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リアクション
第2章 禍の神の名を持つ者
「こいつを頼む」
急きょ組まれた治療班の女性に意識不明のティエンを渡したあと。
「ユピリア! おまえは俺の相棒なんだ、ミスんじゃねぇぞ!」
叩きつけるように言い置いて、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は割れたガラスを踏み散らして走り出した。
「……え? 『相棒』? 陣が私を相棒って……それってそれって、生涯の相棒ってこと? きゃー、陣ってばこんな所で大胆なんだからぁっ」
とかなんとかユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が乙女の妄想で身悶えている間に、その姿は階段を曲がって見えなくなる。
階下ではない。彼が目指したのは屋上。そこから狙える一瞬だった。
厚い扉を向かい側へ叩きつけるように開き、金網を飛び越える。その下には、思った通り、死龍とそれに乗った少年の姿が見えた。
そして、それぞれの武器を用いて戦っている学生たちも。
「どこへ行くつもりだか知らないけど、みんなを元に戻さないうちは絶対どこにも行かせないんだからねッ!」
スロットル全開。リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の小型飛空艇ヘリファルテがうなりを上げて上昇した。行く手を塞ぎ、風龍から繰り出される風刃や鉤爪を避けられるだけの距離は取りつつも、隙をみて高周波ブレードでときどき切りつける。
「これほど巨大な相手にどこまで効果があるかは不明ですが、ウィングたちの時間稼ぎには有効でしょう」
同じく、光る箒を用いて前に出たファティ・クラーヴィスが、凍てつく炎やバニッシュを放ってウィングから聞いた死龍の弱点――右鉤爪の龍珠を狙う。
上空の赤龍の半分ほどしかないとはいえ、それでも臨戦体勢をとった風龍は、軽く校舎ほどの高さがある。だが、留まることなく動き続けることで、彼らは風龍の注意を自分たちへと向けることに成功していた。
一方で、風龍の頭から空中へと移動した少年・ドゥルジは、ズボンのポケットに親指をかけ、中距離から繰り出される魔法攻撃の猛攻を髪の毛一筋揺らすことなく、すべて退けていた。
アンノーンが酸度0%のアシッドミストを放ち、霧散する前に雷術を放つ。雷は卵の殻のようにドゥルジを包んだバリアの表を走り抜け、地表に流れた。
「……駄目だわ。あのバリアのせいで届かない」
放ったアシッドミストがドゥルジを包むフォースフィールドを破ることなく散っていったのを見て、光る箒上から加夜がつぶやく。
だがこれ以上近づくのは危険すぎた。ドゥルジは無数のエネルギー弾を撃ち出してきていて、その速度は常人の反射を上回っている。これ以上距離を詰めれば、たとえ見えたとしても反応しきれそうになかった。
「せめて一度に何発撃てるのか分かれば…」
しかしそれを確認している暇もない。
「精神攻撃もたいして効いている様子はないようですね」
ウィングは、その身を蝕む妄執が効果を上げていないと悟ると、さっと攻撃方法を切り替えた。
パワーブレスの輝きに包まれた右手でプリンス・オブ・セイヴァーを構え、神速を用いて校舎と風龍の体を足場にドゥルジへとまっすぐ駆け上がる。最後の足場を蹴って、ドゥルジの上に出たウィングは、他の者たちの攻撃でがら空きになった背中に向かって剣を振り下ろした。
瞬間、キィ…ンと空間が震えた。
「――ち…ぃ、固い」
刃を受け止めたバリアの向こう側で、そうくるのは分かっていたと言わんばかりにドゥルジがねめつける。
ウィングの体が、ぴたりと空中で固定された。
「これは!?」
「サイコキネシスじゃ! それも相当強力じゃぞ!」
切りつけた姿勢のまま、指1本動かせないでいるウィングの頭を、ドゥルジがわし掴みにした。
「砕けろ」
無情な宣告が発せられた瞬間。
重い砲撃が、ドゥルジのフォースフィールドに側面からぶち当たった。
「今のうちに離れてください!」
レオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)が下から機晶キャノンを続けざま発射する。
最初の1発でよろけたドゥルジの手から強引に頭を抜いたウィングは、バリアを蹴って、その場を離脱した。
ドン! ドン! と重い衝撃音をたてて全弾命中し、弾幕が張られる。だがそれすらも、ドゥルジの厚いバリアを貫通することは不可能だった。
返礼とばかりに撃ち出されたエネルギー弾数発がレオナを襲う。避け切れなかった最初の一撃が、機晶キャノンを弾き飛ばした。
走ってかわそうとしたレオナだったが、エネルギー弾はどこまでも彼女を追ってくる。まるで追尾式ミサイルのようだ。迫るエネルギー弾を『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)がファイアストームで相殺した。
「ありがとう」
レオナに、アンノーンは無言の頷きで返す。
「たしかに入ったと思ったんだけど…」
ドゥルジの体には、その痕跡らしきものはない。
「やつのフォースフィールドは厄介だが、常に全身を包んでいるわけではないようだ。攻撃が強力と判断すると、部分的にそこを厚くするためほかが薄くなる。1発目は不意をつけたからだ」
だがその1発目すら、ドゥルジに傷を負わせることはできなかった。足元をふらつかせただけだ。
「とんだモンスターね」
(でも、だからといってここで引き下がるわけにはいかない)
胸に石を撃ち込まれた瞬間の雨宮 渚(あまみや・なぎさ)の姿が胸によみがえる。
そのとき感じた、体中が焼け焦げるような思い。
(ようやく自分の意思が分かった。私は、渚を、みんなを、守りたい)
レオナたちが見上げる中空で、ドゥルジは口端に薄い笑みを浮かべたまま、足下の彼らを見下ろしていた。
「弱点のない生き物なんて、この世に存在しませんわ!」
グレートソードに爆炎波を放つユピリア。ウィングと同じく校舎を足場に駆け上がり、宙のドゥルジに切りつけた。だが捕まる危険を回避するため、バーストダッシュで加速をつけたツインスラッシュを放った直後には距離を取り、決して足を止めない。
「うるさい小すずめ」
ドゥルジは歌うように彼女を評した。
燃える刃を右手で受け止め、指で鋼を握りつぶす。ユピリアの放った右の回し蹴りは左手で受け止めた。
その動作に、きらりとユピリアの目が光る。
「かかった!(これで陣とのデートは間違いなしね!)」
身をひねり、ドゥルジの受け止めた足を支軸に右の踵で後頭部を回し蹴る。さらに背中を両足で蹴ることで、自らの離脱とドゥルジの体勢を大きく崩すことに成功した。
「よくやったユピリア!」
屋上からチャンスを伺っていた高柳陣がバーストダッシュで飛び出した。高速で落下しながら、すれ違いざま額に銃弾を撃ち込もうとする。
「愚かな人間」
いつだって狙うのは頭部か胸部。腕に自信があればあるだけ、その攻撃は読みやすい。
ドゥルジは、もはやそちらを見てもいなかった。
銃弾は到達する手前で見えない壁に当たり、全弾こなごなに砕け散る。
そして一撃必殺のチャンスは、逃せば、次の瞬間相手の好機に転じてしまうもの。
ドゥルジから、巨大なエネルギー弾が落下する陣に向かって発射された。
「陣!!」
「くっ…!」
自然落下する身では、避けようがない。エネルギー弾の威力を少しでも弱めようとしてか、反射的に銃を持つ手を上げる。
だが迫りくる途方もない力の前で、はたしてどれほどの効果があるだろう?
「うそ! いやっ、やめて! 陣ーーーーっ!!!」
ユピリアが悲鳴を上げる中、エネルギー弾が陣を直撃し――轟音を立てて地を揺るがし、校庭に大穴を穿つ。
陣は、跡形もなく消滅していた。
「まさかそんな……高柳くん…」
気絶したユピリアを受け止めて、加夜が呟く。
目の前で起きた学友の死という衝撃をだれもが受け止められないでいる中、動いたのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。
「戦いに犠牲はつきもの。とはいえ、これはいささか興醒めもすぎるというものです」
強烈な寒気を伴ったブリザードがドゥルジに向けて放たれる。
ブリザードの吹き荒れる中心で、こんなものは春の微風と言わんばかりに遙遠を見上げるドゥルジ。
中距離からの魔法攻撃はフォースフィールドによって完璧に退けられる。それはこれまでの攻撃で遙遠にも分かっていた。
だが、全身を包むフォースフィールドはそれにより、層の厚さが薄くなる。
そこに、レプリカディッグルビーから罪と死を放ち、さながら暗黒の雷のように真上から打ち落とした。
1発、2発、3発と連発するが、すべてドゥルジに受け止められる。
しかしこれこそが遙遠の狙いだった。
ブリザードが弱まるにつれ、全身を包んでいたフォースフィールドが、真上からの攻撃に集中している。
ブリザードが完全に消えたとき、クリアになった視界に姿を現したのは紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)だった。
「落ちなさい!」
ブラインドナイブスをまとった遥遠によって、栄光の刀が振り切られる。死角をついて繰り出された一撃は、確実にドゥルジの脇から入り胴を捉えたはずだった。
「えっ?」
手応えはあったのに、振り切った次の瞬間ドゥルジはいささかの乱れもなくそこに立っている。切れた服だけが、遥遠の攻撃の痕跡を留めるのみだ。
「そんなはずは…」
「ないと?」
ドゥルジがあとをついだが、たいして面白くはなさそうだった。そういった反応は見飽きたと言わんばかりに。
「ああっ…!」
驚いた分、距離をとるのがわずかに遅れた。
遥遠の後ろ髪がわし掴みにされ、背がそり返る。
「犠牲が1人では足りなかったらしいな」
「遥遠!」
後ろに引かれたドゥルジの左手が遥遠の胸部を貫こうとしているのを見て、遙遠が真上から奇襲をかけた。
レプリカディッグルビーが振り切られ、ドゥルジの右手を切り落とすと同時に、ドゥルジの左手に氷室 カイ(ひむろ・かい)の放った奈落の鉄鎖がからみついた。
「いまだ!」
奈落の鉄鎖で仰向けに引き倒そうとするカイ。
遥遠を胸に引き寄せた遙遠のレプリカディッグルビーが、離脱する瞬間ドゥルジの首を捉える。
いや、捉えたかに見えた。
「こんな手は、くさるほど見てきた」
恐怖も危機感も感じられない。ただそう呟く退屈そうな声を、遙遠は確かに聞いた。
ドゥルジの左手が、奈落の鉄鎖による拘束などものともせず振り切られ、レプリカディッグルビーの刃の付け根を掴んでやすやすと握りつぶす。
「うわっ!」
鉄鎖を放す暇もなく、カイの体は宙に浮き、地に叩きつけられた。
肺を圧迫され、一瞬、息がつまる。だが飛来するエネルギー弾数発を感じ取って、そのまま地面を転がって回避した。
ゆるんだ奈落の鉄鎖がドゥルジの左手からはずれて地面に落ちていく。
入れ替わるように、切り落とされて落下していたはずの右手が浮き上がり、切断面を合わせて癒着してしまった。
小石と化して落ちていた切片すら、飛び返って元の位置に収まり、隙間をふさぐ。
おそらくは、ほんの数秒の出来事。
白い光が切断面だった場所を走ったあとは、ドゥルジの腕は完全に以前の状態に戻ってしまった。
「人間。いいかげん、飲み込みの悪いおまえたちにも分かっただろう。俺に従うことが身のためだとな」
ドゥルジは、闇色を強めた空を見上げた。
夕日はとうに沈んでいる。
「潮時だ」
独り言のような宣言とともに、そこにいる全員に向かって、エネルギー弾が発射された。
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