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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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第5章 宝物室へ!

 8人は、小型端末を覗き込む悪路を先頭に走っていた。
 もう、とうに蒼空学園生徒に許された区域は抜け、学園の中枢に続く不可侵区域へと入っている。悪路が最初の圧力扉のコンソールに接続し、開けたとき、フオン……フオン……と低音の振動音のようなものがしていたが、1〜2分で切れた。
「オレたちの侵入に気づいてるな」
 ま、気づかないわけがないか、と武尊は思い直した。
 体育館の連中が知らせたのかもしれないし、埋設してある監視カメラで見ているのかもしれない。
 隠密でないのだから当たり前だ。
「あっちです」
 分かれ道では、悪路が指し示す通りに進んだ。すれ違う者は1人もおらず、走っているのも廊下というよりは通路と呼ぶにふさわしく思えた。
「自動迎撃装置を備えたオートマンとかが、角から出てきてもおかしくない雰囲気ね」
 デジタルカメラを覗き込みながら芽美がつぶやくと同時に、前方から、シュッと空気の抜けるような音がした。
 隔壁が左右の壁から現れて、中央で閉じかける。
「うおおおっ!」
 六黒が飛び出し、完全に閉じるのを阻止する。そればかりか、左右に少しずつ押し広げた。
「もうちょっと我慢しろ」
 ぶるぶる震える六黒の脇をすり抜けた武尊は、こじ開けられた扉の向こう側の壁を探り、ここぞと思う場所を蹴り割る。へし折れた壁材の向こうを走る配線を引きちぎると扉の圧力が失われ、六黒はやすやすと押し開くことができた。
「おっと、休んでる暇はないみたいだぞ」
 数メートル先で再び閉まり始めた隔壁に、六黒と武尊が走り出す。
「悪路! 隔壁は何個だ?」
「あと3つですね。その向こうはレーザーの通路。それからまた隔壁」
 他人事のように飄々と悪路が答える間も六黒と武尊は隔壁の無効化に努め――4枚の隔壁を解除したとき、武尊はともかく六黒は全身でぜいぜいと息をしていた。
「ここのレーザーは偏向反射です。壁が複数の偏向パネル製でしょう? あれがレーザーを次々と反射します。レーザー発射装置自身、標的に合わせてパネルとパネルの隙間に設けられた道を走るので、パネルに対し常に同じ入射角からレーザーが入るとは限りません。ですのでどの方向から来るか、予測はほぼ不可能です」
 ようは360度方向から複数のレーザーが襲いかかるということだ。
 ここはオレが行く、との意思表示のように、大助が無言で通路の真正面に出た。
「ま、待ってくださいマスター! やばいですよ、侵入だけじゃなく施設破壊までしちゃったら、ますますマスターの立場が…!」
 ゴーグルをつけ、魔拳ブラックブランドを装着した両の拳を合わせる。
 大助は七乃の制止を完全無視し、通路に飛び込んだ。
「……えーい、仕方ないです! ここまできたら、七乃も覚悟を決めました!
 マスター、七乃はどこまでもマスターと一緒です! 2人で、一刻も早くグリムさんを助けてあげましょう!」
 神速、残心、先の先そして情報攪乱とスキルをフルに活用し、無色のレーザーが飛び交う中を走りながら、大助はパネルとパネルの間にある細い道に目を走らせた。
 発射されたレーザーには頓着せず、魔鎧の七乃が全て弾き返すに任せる。ブラックコートで覆いきれない顔面や頭部はできる限りブラックブランドでかばったが、かばいきれない何発かが頬や額をかすめていった。
 パネルの隙間の道は暗く、射出装置は見えないが、かすかに動作音がする。金属同士のこすれる音。
 1つ、2つ、3つ……4つ。
 大助は左右の壁に続けざまに鳳凰の拳を繰り出し、レーザー発射装置全てをパネルごと叩きつぶした。
「行くぞ、七乃」
 ぼそり、低い声でつぶやく。
「――はい! マスター!」
 初めて自分の名を呼んでくれたことに歓喜する七乃。
 パチパチと火花を散らす通路をあとに、大助は再び閉まり始めた隔壁に向かって走り出した。



 隔壁が閉まる寸前、すべり込んだ大助が、見よう見まねで武尊のように壁を壊して配線を引きちぎる。
 だが奥の隔壁の方は無理だった。
「そうそう。第二防御システムはね、神経ガスなんですよ。隔壁で密閉して、体がしびれて動けなくさせるガスを充満させるみたいです」
 いつの間にかグループの一番後ろについた悪路が言う。
 しかし通路は大助によって密閉されていないにもかかわらず、ガスの噴出口が開き、シューッと放出する音が始まった。
「おやおや」
「くそ!」
 めいめい口と鼻をできる限り覆って、閉じた隔壁に駆け寄った。
「駄目だ、重要な回路は全部あちら側らしい」
 壁のパネルを数枚叩き割って引き剥がした武尊が言う。
「どいていろ!」
 六黒が武尊や大助を突き飛ばすように後ろへ払い込み、隔壁を蹴りつけだした。
 ドゴン! ドゴン! 重い音がして、隔壁が周囲の壁ごと揺れる。やがて隔壁の中央がひずみだし、指がかかる程度の隙間ができた。
「ぬおおおおおおーーーーーっ!!」
 大助、武尊が右側を、六黒が左側にはりつき、左右に引く。蹴りで隔壁自体がゆがんでしまっているため、完全には無理だったが、変形した扇のような形で人1人がすり抜けられる程度に開いた。
「早く行け!」
 透乃、陽子、芽美が次々と抜け、次いで悪路、大助、武尊、健流がくぐる。
 六黒は、ガスの噴出が止まったことに気づいて、隔壁にかけていた足を下ろした。
「どうした?」
 ゆがんだ隔壁の向こうで、背後を振り返っている六黒に武尊が気づく。
「先に行け」
「は? 何言って――」
「ここはわしが引き受けてやろう。おぬしらは先へ行け」
 六黒のにらみつけるような強い視線が、隔壁をくぐったばかりの健流に突き刺さった。
 視線を合わせ、何かを受け取ったように、健流が小さく頷く。
「行こう」
 パタパタと走り去っていく足音と気配を背中で感じながら、六黒はポキポキと指を鳴らして完全に後ろの隔壁に向き直った。
「出て来い、蒼学のクイーン・ヴァンガードどもよ! いや、ガードマンたちか? どちらでもよい。挟撃を狙ってのことであろうが、わしがそうはさせぬ! ここより先は、わしを倒さぬうちは、うぬら足指1本たりとも進めぬと知れ!」
 六黒の気迫か、それとも闇黒ギロチンとアボミネーションによる畏怖の効果か、隔壁の向こう側でざわめきが起きる。バタバタと走り去る足音。
 だが果敢に隔壁の影から飛び出す者たちがいた。
 畏怖を寄せつけない、エンデュア、護国の聖域の清浄な輝きに包まれた、2人の少女だった。
「あんたたちを宝物室に近づけることはできない! たとえどんな理由があるとしても、あんたたちのやってる事は法に触れてる!
 あたしはジャスティシアよ! 人に法を説き、その道を正させる者。法を軽視した、その処罰を受ける覚悟はあるのよね?」
 幻槍モノケロスを正面に構え、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が高らかに言い放つ横で、ふわぁとセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)があくびをかました。
「ちょっとちょっと、おねーちゃんってば。せっかくの謳い文句がだいなしじゃないっ」
 こそこそ。横のセシリアにだけ聞こえるようにひそめられた声でミリィが叱りつける。
「そうは言うても、出るものはこばめ――いだだだだだ!? わ、分かった分かった、真面目にやるからぐりぐりは止めろじゃ!?」
 両のこめかみを拳でグリグリッとされてようやく渇が入ったか、セシリアもしゃきっと身を起こす。
「ま、そういうわけでの。悪いが、これ以上おぬしらを進ませるわけにもいかぬのじゃ」
 セシリアは主に、六黒の後ろで見物に徹しようとしていた悪路を見据えて言っていた。
 制御室に戻った彼方からの指示では、悪路が手にしている小型端末を最優先に砕かなくてはいけないということだった。
 ある程度知識のある者であれば手に入れることが可能な区域データとはいえ、どうぞお持ち帰りをと渡すわけにもいかないだろう。
「法、法と、まるで天下の宝刀のように軽々しく口にするが、きさまらがそうして宝物室を守ったとて、法がやつらの相棒を助けてくれるのか? 死したのちに生き返らせるとでも言うのか!
 今、救うべき者があり、救う手立てがあるのならば、それに向かって突き進むのが正しい道であろうが! それを鼓舞しこそすれ、法に反すると杓子定規に阻むきさまらはまっこと度しがたい!」
 空気が、ビリビリ音を立てて震えたかに思えた一喝だった。
 六黒はミリィに向かって走り出す。
「け、警告はしたんだからねっ!」
 幻槍モノケロスの石突で床を打つ。
「たとえ無私から発した行いであろうと、手段を間違えばそれは正当とは呼べない!
 ジャスティシアの名にかけて、あなたたちを粛清します!」
 幻槍モノケロスの刃に白い輝きが集積し、その力は破邪の刃となって六黒に向かい放たれた。



 ミリィは強かった。
 ――この先に進めば彼らは間違いなく死ぬことになる――たとえ両足の骨を折ることになったとしても――彼方の言葉が脳裏から離れない。
 これは彼らのためにも負けられない戦いなのだとの思いが彼女の力をさらに輝かせ、技を冴えさせる。
「はッ!」
 幻槍モノケロスの下をくぐり、背後へ回り込んだ六黒に向かって石突を突き込む。
 六黒が飛びずさり、石突はそのまま残像を突き抜けただけに終わったが、間合いを詰められることは避けられた。
 手の届く範囲に入られたらやばい。
 一度も捕まったことはなかったが、体格差を思えば当然の警戒だろう。
 一体この熊のような巨躯で、どうしてこんなにすばやく動けるのか? もちろんそれは、武神とまで呼ばれるほど極められた肉体に、黒檀の砂時計の効果が上乗せされた結果だが、ミリィがそれを知るよしはない。
 幻槍モノケロスを棍として使い、打撃は手と足を柄に添えて防御、回転させて間合いへの侵入を阻み、隙をつくように死角から破邪の刃を放つ。
 だが数度受けただけで、六黒はミリィの覚悟を見抜いた。
 覚悟のなさを。
 六黒がわざと右肩の防御を下げて見せた隙に、ミリィの突きが入る。思った通り、穂先ではない。
 そのことが、さらに六黒の怒りをあおった。
「甘いわ!」
 柄を掴み、握り砕いた。
「ああっ!!」
 驚く間もあらばこそ、わずか2歩で距離を詰めた六黒の拳がミリィのみぞおちへと入る。
(ごめん、彼方。あたしやっぱり覚悟できなかった…)
 目もくらむ痛みに息がつまり、ずるずるとその場に崩折れるミリィ。
「ミリィ!」
 悪路を壁と隔壁の間に追い詰めていたセシリアだったが、思わずそちらを振り返ってしまった。
 その見逃せない隙をついて、悪路の膝蹴りが腹に入る。とどめとばかりに肘打ちがうなじに落とされた。
「……駄目……行かせ、ない…」
 ズボンを必死になって掴むミリィを、六黒の冷酷非情な赤い目が見下ろす。
「きさまなど、殺す価値もない」
 髪を掴んで持ち上げ、ミリィの無防備なのどに深々と牙を埋めた。
「ミ、ミリィ…」
 吸精幻夜で生気を吸い取られ、うっすら目を開けたまま動かないミリィに近づこうと、セシリアがじりじりと床を這う。
 くすりと嗤う悪路の声が、意識の遠のきかけたセシリアの耳に届いた。
 かすみ始めた視界の中、姿はもう見えなかったけれど、声のした位置に見当をつけてアシッドミストを放つ。
「わわっ……端末が…!」
 悪路のあわてふためく声に、してやったりと笑う。それを最後に、セシリアは気を失った。


「ああ……これ、結構高かったんですよ?」
 酸化して壊れてしまった小型端末をブラブラさせて、悪路はため息をついた。
 ここを出たら、適当な作り話でさも大切なデータのように見せかけ、高く売りつけようと考えていたのだが。――データだけでも取り出せるだろうか?
「行くぞ」
 悪路の嘆きなど気にもとめず、六黒は隔壁をくぐっていく。
(こうなったら、沙酉に期待するしかないでしょう。うまくドゥルジと精神感応で連絡がとれていればいいのですが…)
 こちらもかなり望み薄だと、悪路自身思う。
 そして実際、六黒や悪路と離れて1人になった九段 沙酉(くだん・さとり)は、ただぼんやりと中空のドゥルジを見つめているだけだった。