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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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第8章 対赤龍戦1

   ……不覚。動けなくなりました。
   このままこの体が力尽きても、わたくし自身に人間のような『死』はないのですが…。
   『死』でなくても、『仮死』のような状態になってしまうので、綺人に何らかの悪影響を及ぼしてしまいます。
   力尽きる気は全くないですが…。
   ユーリ、クリス、綺人に何かあった時は、あなたたちで支えてあげて下さいね…。



 赤龍との戦いは、大きく分けて地上班と上空班に分かれていた。
 奈落の鉄鎖に足をつながれているとはいえ、赤龍にはファイヤーブレスも火炎弾もファイヤーウォールもある。左の鉤爪は人間の胴回りよりも太く、はるかに大きい。つながれた分、怒りに凶暴性が増し、攻撃力はいささかも衰えた様子はなかった。
 そして現在、その赤龍のほとんどの攻撃は、上空班に向けられている。
 地上には校舎ほどの高さでファイヤーウォールが吹き上がっており、地上班にはおいそれと近づけなかったからだ。
 地上班で善戦しているのは、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)を纏った御剣 紫音(みつるぎ・しおん)だ。
 アストレイアのパワーブレスで上乗せされた力でアルティマ・トゥーレをかけたアウタナの戦輪2つを横投げし、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)と1つずつ受け持ってサイコキネシスでコントロールする。それにより、戦輪は通常ではあり得ない角度で曲がり、稲妻のような軌道すら描いて火炎弾やファイヤーブレスを避け、ファイヤーウォールを突っ切って、戦輪は2方向から赤龍を切り裂いていた。
 ただ、悲しいかな、赤龍は全身腐肉に包まれていて、それを切り裂いた程度では、大したダメージを与えられない。
 しかし、赤龍の注意を引きつけ、上空にばかり攻撃を定まらせないことには成功していた。



「あんな生き物がいるなんて…」
 いや、生きてないけれど。
 もう殺されてしまっているのだけれど。
 それでも、山ほどの大きさの龍が今こうして目の前にいるのだと思うと、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は感嘆せざるを得なかった。
「そうですね」
 頷いたものの、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)はそこまで素直に感じ入ることはできなかった。
 その山ほどの大きさの龍を殺せるやつがいて、しかも僕として操っている。
 こんなことを繰り返すような輩が敵としていることは、とても歓迎できる事実ではない。
(不安がありますが、やれる事はやってみましょう)
「とにかくあのファイヤーウォールをなんとかしないといけないでしょう。地上班が近づけませんから」
「私、ちょっと試してみたいことがあります。
 稔くん、お願い」
「分かった」
 前もって2人の間では打ち合わせ済みか、クレアを乗せた安芸宮 稔(あきみや・みのる)運転の小型飛空艇が、さらに高く上昇していく。
 ファイヤーウォールの熱波が届かない上空で止まった小型飛空艇の上に立ち、クレアはファイヤーウォールの真上から氷術で作り出した氷の槍を次々と撃ち込む。
 だが、残念ながら50メートルもある龍を覆うファイヤーウォールは、クレア1人の氷術ではどうにもならなかった。



「やはり、まずはあれをどうにかしないと駄目だろうな」
 廊下の窓から外の様子を伺っていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がつぶやいた。
「右の龍珠に攻撃をしようにも、上空からでは胴体に邪魔をされている。龍の体構造上、龍珠には下から攻撃した方が有利だ」
 現状、考えるべきは龍珠への攻撃方法ではなく、いかに龍珠に攻撃を可能な状態にするか、だ。龍珠への攻撃はその次考えればいい。
「死んでも龍だぜ。自分の弱点である龍珠を無防備にするなんて甘かねぇよ」
 ドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が鼻で笑った。種族は違うが、系列が似ているせいか、どこか向こうよりの目になってしまうらしい。
「それによ、結局ファイヤーウォールはやつの魔力から出てるんだ。一度消したってまた立ち上がられるのがオチだぜ。立ち上がるたびに消してりゃ、先に尽きるのはこっちだ」
「なにを弱気なことを! 戦う前からそんなことでは負けたも同然ではないか! 今は勝つことだけを考えろ!」
 夏侯 淵(かこう・えん)が憤慨しながら全員にファイアプロテクト、オートバリア、オートガードをかけた。
「淵の言う通りね! みんな、行こう! 上から下の人たちを援護よ!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はパートナーたちとともに屋上へ駆け上がった。


「ホース持ってきたよーっ! これでいい?」
 両手に白い放水用ホースの束を抱き込んで、てけてけてけっとクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が駆け戻ってきた。
 ボルト止めされていた消火栓蓋を取り除いていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が顔を上げる。
「よし。じゃそれをこの口にはめて」
「うん」
 口金を押し込むと、ガチャンと音がした。くるくる回して口金を締め、ガッチリはまりこんでいるのを確認すると、反対側のホース口をクマラに持たせる。
「あっちへ走って、なるべくホースが折れないように伸ばして。あと、水がかなり強く噴出するから飛ばされないよう気をつけて」
「分かった」
 距離をとった先でクマラが両足を踏ん張ったのを確認して、エースは水栓を開けた。
「うひゃあー」
 ホースがシュルシュルシュルッと一気にふくらんで、大量の水がホース口から噴き出す。生きた大蛇を脇に抱え込むようなものだ。抑えるのが精一杯で、方向までなかなか定まらないのを見て、エースが補助についた。
「まず、校舎とその周辺の地面、常緑樹にかけるんだ。かなり燃えやすくなってる。こうしないと、自然発火する可能性がある」
「やっぱ、あのファイヤーウォールのせいかな?」
 目の前に立ち上がっている、天を突くような火壁を見て、クマラがぽつり言う。
 ファイアーリングを装備しているし、防御魔法のファイアプロテクトやオートバリアの輝きに包まれているけれど、それでも肌があぶられているように熱かった。
「それもあるけどね。もともと火炎系の魔法が使用されると、どうしても周囲の火の元素が活性化されてしまうんだ。そうすると、みんなの用いる術にも影響が出てくる」
 全くの無から何かを生み出せる魔法などない。氷術も雷術も、つまるところ大気中の4元素から呼び出しているのだ。
 火の元素が活発になれば、水の元素は押しやられてしまう。おそらく最初からこの付近にあった水の元素は、ほとんどなくなってしまっているだろう。
 少ない水の元素をみんながいっせいに取り合って魔法に使用すれば、効果は下がる一方だ。
 だからエースたちは水分を補うことで魔法力の底上げを図るという行動に出たのだが。
 しかし、ホース1本の放水では、全然足りない。
「クマラ、ここは任せてもいいかな?」
「うん! オイラちゃんとできるヨ」
 エースはそっと手を放し、多少揺れているものの方向が固定されているのを確認すると、もう1つホースを持って別の消火栓に急いだ。
 少し離れた所で、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、同じようにホースから水を放出していた。
 ただしこちらは、上空で攻撃している者たち用だ。噴水のように、ほぼ垂直に放出していた。
「ちょっとあなた! それ、直接あのファイヤーウォールにぶっかけてよ!」
「できません。そんなことをしたら、大量の蒸気が発生して上の人たちが蒸し焼きになります!」
 でなくても、彼らの乗っている小型飛空艇が故障するかもしれない。
 エオリアはホース口を押さえながら、水音に負けないよう大声で叫んだ。
「この水を利用して、氷術を行ってください!!」
 メシエはエースに合図を送ると、自分もまた別の消火栓へと移動した。


 エースたちによって、打ち水のように大量の水が撒かれた。
 赤龍の放つファイヤーストームとファイヤーウォールのせいでカラカラに乾いていた地面や校舎は、ジュウッと音をたてて、水を一瞬で気化する。だがそれも最初のうちだけで、やがては、赤龍から遠い位置に水たまりや湿り気のある場所ができ始めた。
 さすがに赤龍の周囲では火力が勝っていたが、それでも風が水分を含んでいた。
 少し離れた場所では、噴水のような放水。
「ふふっ。これはちょうどいい」
 来栖はつぶやき、光る箒の上に立った。
 両手を広げ、ありったけの魔法力で氷術を用いて巨大氷柱を作り出す。
 届くまでに溶けてしまっては元も子もない。
「もっと大きく、もっと鋭く…!」
 精度を上げるため、目を閉じて集中する。
 その目を開いたとき、来栖の前には自分の3倍以上の、ちょっとした岩石並の氷の塊ができていた。
「死体ごときが偉そうにしてるんじゃねぇ! 死体は死体らしく地べたで腐ってろぉッッ!!」
 氷塊の上に飛び乗り、自由落下に来栖の重みをプラスする。
「うおおおおおーーーっ!!」
 加速をつけて落下した氷塊は、うまく赤龍の死角をつき、その背に突き刺さった。
 しかし、赤龍は動く死体。その肉は腐っていたのだ。
「……しまっ…!」
 気づいたときにはもう遅い。来栖は氷塊で引き裂いた腐肉の中を突き抜けて、腐肉の塊とともに地面に叩きつけられた。
 うまく腐肉をクッションとして落ちたからいいものの、頭から生ゴミをぶちまけられたような状態と大差はない。
「……クソッ、死体にこんな目にあわされるなんて…」
 大半は来栖にちょっと考えが足りなかったせいだが、それも来栖は赤龍への怒りに転嫁した。
 と、そのとき。
 ヒュルルルル…………と、何かが落下してくるような音がして、来栖のすぐ前に、氷の槍が突き刺さった。
「うわっ!」
 槍は次々と降り注ぎ、赤龍を貫いて下の地面に刺さっていく。
 そのうちの何本かが、まるで来栖を狙ったかのように、手元、足元、胴のすぐ横と、かなりきわどい位置に落ちていた。
「おやぁ、そこにいたんですか?」
 氷塊が突き破った穴から覗ける空に、小型飛空艇に乗った六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)がいる。
「小さいので全然見えませんでしたよ」
 相手を殺しかけたというのに、全然悪びれたふうもなくうそぶく。
 分かっていて、巻き込まれてもまぁいいか、程度の考えでやったのだというのを隠そうともしない。
(……くっ。偉そうに見下ろしやがって…! あいつ、いつか絶対仕返ししてやる…!)
 怒りに燃える目で鼎をにらむ来栖。
 だが、実は来栖にそんなことをしている暇はなかったのだ。
 来栖の氷塊攻撃、鼎の氷の槍乱射で、もともとグズグズだった赤龍の胴部が、内臓の重みに耐えられず破裂した。
    バシャーッ
 まさに豪雨。鉄砲水もかくやたる、半分溶けた内臓が下に向けて撒き散らされる。
 それが内側からファイヤーウォールに触れたものだから、ジュジュジュジュジュ〜〜っと焼けた腐肉の臭気が立ち上ぼった。
 赤龍は全く影響ないが、その上を飛んでいた人間の方はたまったものではない。
「うっげ〜〜〜〜っ! 冗談よしてよねーっ! 服ににおいがついたらどーすんのさーっ」
 鼻をつまんで一時退却。
 一方、逃げる所がどこにもなく、内臓の塊や腐液に押し流されるかたちでファイヤーウォールを高速で突っ切った来栖は、校庭をかなりすべった所でナナによって抱き止められた。
「ちゃんと準備もしないであんな龍に1人で挑むなんて、少しは落ち着きやがれです、バカ神父」
 平坦な声でズバズバ言う。
「攻撃するときは結果も先読みしてしろよです。あまりのばかっぷりに、こんなのがパートナーかと自分が情けなくなるです」
 反論したかったが、今はあまりに精神的・肉体的ダメージがひどすぎて、その場にガックリ四つんばいになってしまった。
 その視界に、見慣れた靴先が入る。
「ククク。これはまた、ずいぶんといい格好になったものだな、来栖よ」
 まるで来栖が自分の足元にひざまずいているかのような体勢で、嘲り笑う。その芝居がかったしぐさにも、ツッコミを入れる気になれず、来栖は頭を起こした。
 ビチャリ。
 髪についていた腐液が飛び散る。
「……ジーク、たわ言もいい加減にして、おまえも見てばかりいないで働きなさい。
 そしてナナ。変わりなさい」
「……ボロボロのくせに、偉そうに命令するなです」
 だがナナは素直に魔鎧化した。
 濡れた上着を脱ぎ捨て、赤いコートをまとう。
「さて。焦げたにおいもそろそろ薄れたでしょう。いきますか」
 来栖は戦場に駆け戻った。



 赤龍は既に死んだ存在なので、内臓が抜けようが、肉がいくら剥ぎ取られようが、肋間骨が少々砕けようが、何のダメージも受けない。
 しかし体重が軽くなることで多少の影響は出た。動きが前より俊敏になったのだ。
 また、上空班が一時攻撃を中止したため、鉄鎖の拘束に本気で抗い始めたのだった。


 激しい振動が鉄鎖を通じて伝わる。少しでも気を抜けば、弾き飛ばされそうだ。
「……なぁ、ミーナ。俺さ、いつも、自分でも結構情けない男だと思うけど…」
 何を言っても無反応で眠り続けるミーナの、熱に紅潮した頬を思い出す。
 ミーナだって、今も戦っているのに、俺が先にあきらめてどうする!
「この戦いだけは……負けられないんだ!!」
 淳二は腰を落とし、全体重でもって鉄鎖を押さえ込んだ。
 一方で。
 ピィー…ン、と音を立てて、フィアナの受け持っていた奈落の鉄鎖が切れた。
 ファイヤーウォールの炎であぶられ続けて弱っていたところを、赤龍の爪で引きちぎられたのだ。
「あぶない!」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、後ろにそっくり返ったフィアナを胸に庇い込んでしりもちをつく。
「やはり数が足りません。これではじきに残り4本も切れてしまうでしょう」
 そうなったら赤龍は再び舞い上がり、手の届かない高みから攻撃してくるのは目に見えていた。
 ファイアプロテクト、オートバリア、リカバリ、禁猟区――回復・防御スキルを持つ者たちがこぞって全体魔法としてここにいる全員にかけ続けているけれど、それでもかなりの熱量を感じる。これがなければ、今ごろたいまつのように燃え上がっているかもしれない。
 だがそれも、長引いてSPが尽きれば終わりだ。
「早期決着。迷ってる暇なし、思いついたことは何でもやってみるしかないねぇ」
 なぶらは光る箒にまたがり、フィアナとともに上空へ舞い上がっていく。
 そして、この1本の鉄鎖が切れたことは、ほかの4本にも大きく影響した。
「……あっ」
 右手を拘束していた鉄鎖が切れたせいで、赤龍の動きがさらに活気づいた。
 抑えようにも鎖が波打ち、うまくバランスがとれない。
 左の二の腕に巻きつけていた鉄鎖が突然ピンと強く引っ張られ、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は一瞬宙に浮いたあと、地面に叩きつけられてしまった。
「クリス、大丈夫?」
「大丈夫、です」
 すりむいた手を握り込んで、さっと立ち上がったクリスは再び鉄鎖を両手で引く仕事に戻る。
「位置をかわろう」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が、すばやく比較的振動の少ない後部と場所を入れ替えた。
 綺人、クリス、ユーリの3人がかりで鉄鎖を押さえ込んでいたが、この鎖もいつまでもつか…。
「クリス、ユーリ。僕は上に行こうと思う。ここは2人でも大丈夫?」
 綺人の決意を秘めた言葉に、2人は無言で頷く。
「じゃあ任せたから」
 綺人は小型飛空艇オイレに向かって走った。

「……っ!」
 赤龍の抵抗がますます激しくなってきた。
 レオナが鉄鎖を押さえ込むのに苦労していると。
「手伝います」
 ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が、鉄鎖を手に巻きつけた。
「ありがとう」
 だが、1本が切れた今、次に切れるのは……次でなくてもその次に、と切れるのは時間の問題だろう。
 あともう1本切れれば、その余波で残り3本の持ち手たちはひどい衝撃を受けるかもしれない。
 観念して、この作戦は放棄すべきだろうか?
 そう思い始めたときだった。
 新しい鉄鎖が宙を飛び、右の鉤爪に絡みつく。鉄鎖の先にいたのは、ルナティエールだった。
「ごめん、待たせた!」
「ルナ! 遅いよ!」
「マスター……それでこそマスターだ!」
 駆け寄ってきた2人に、じゃらりと鉄鎖を渡す。
「おまえら、それ持ってろ」
「えっ?」
 言い捨てて、ルナティエール自身は空飛ぶ箒で舞い上がった。



 上空班が1人、また1人と戻ってきた。
 校庭上空を飛び交う小型飛空艇、レッサーワイバーンそして空飛ぶ箒たち。
 次々と射出される火炎弾やファイヤーブレスを避けつつ、果敢に氷術やブリザードを放っている。
(みんな、がんばって!)
 屋上の端から九条 イチル(くじょう・いちる)により、魔法攻撃力向上の嫌悪の歌が音吐朗々たる声で歌い上げられた。
 イチルは視界の隅で、奈落の鉄鎖を持って踏ん張っているファティマの姿を見ていた。暴れ馬のような鉄鎖の動きにアニエスカと一緒に耐えている。
(アニーがいるってことは、生徒の退避は完了したんだな)
 がんばれ2人とも。
 嫌悪の歌のあと、悲しみの歌を、赤龍にぶつける思いで歌う。
 少しでも動きが鈍るように。ファティマたちの負担が軽くなるように。
(みんなで額をくっつけて、がんばろうって円陣を組んだね。俺たち1人ひとりは非力かもしれないけれど、できる限りのことをして、みんなを助けようって。
 俺もがんばるからね)
 だが次の瞬間、赤龍の目が、屋上に立つイチルを見た。
 自分に未知の攻撃をしかける者。それが彼だと、赤龍は敏感に察知したようだった。
 渾身の思いを込めて最後の一小節を高らかに放ったイチルに、火炎弾が撃ち出される。
「危ない、イチル!」
 さっとルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)の空飛ぶ箒が間に割り入るように飛んできて、氷術をそれにぶつけた。
「ルツ! ありがとう」
「礼を言う間があるなら、さっさとハルに乗らぬか」
「うん、ごめん」
 後ろで休ませていたレッサーワイバーンのハルに駆け寄り、空に舞い上がる。
「ハルもがんばろう」
 イチルの励ましに応えるように、ハルが力強く鳴いた。
「ハーイ。元気の出る言い歌だね! ありがとう!」
 光る箒にまたがったライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が、すいっと近づいてきて、それだけを言うとまたさっと離れていく。
(僕もがんばらなくちゃ! みんなが安心して戦えるように、僕がしっかりみんなをサポートするんだもん!)
「みんな、受け取って!」
 ディフェンスシフト、ファイアプロテクト――ライゼは、切れかけた防御スキルをあらためて全員にかけ直した。
「よーし! 元気倍増! 魔力解放モード!!」
 嫌悪の歌による高揚感に、栞は体の中で魔法がパチパチはじけるような感じがした。
 紅の魔眼、禁じられた言葉、絶対暗黒領域、リジェネレーションと、次々発動させ、きわめつけに地獄の天使で電子の翼を生やす。
 宙にすっくと立ち、両手を広げて無数の氷柱を作り始めた。
「まさかおまえ、またそれをする気かっ!?」
 さっきので懲りなかったのか?
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)があわててレッサーワイバーンを寄せる。
「だーいじょーぶ。狙いはそこじゃないからっ。
 いっけー!!」
 狙いは龍のうなじ!(龍にうなじがあるか分からないけどっ)
 その骨を砕いて頭を落とせば、攻撃力はほとんどなくなったも同然!
 無数の氷柱を1点めがけて降らせる。
 しかし届く前に、鋭く振り返った赤龍のファイヤーブレスで、すべて溶かされてしまった。
「あらら」
「そりゃ向こうだって同じ手はくわないって」
 あーあ、と垂があきれ声を出す。
 次の瞬間、赤龍の反撃の火炎弾が2人に向かって吐き出された。

「危ない、2人とも!」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は2人に肉薄した火炎弾がほぼ同じ軌道で2発あるのを見て、ヘリファルテを180度巡らせると一気に加速した。
 あれでは最初の1発は落とせても2発目は間に合わない。
「朱里、無茶だ」
 すぐそばで小型飛空艇を駆っていたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)がその声を聞きつけ、そちらを振り仰ぐ。朱里のヘリファルテは1発目と2発目の間に強引に割り込もうとしていた。
 近づくだけで強烈な熱波にあおられ、魔法力を放つべく伸ばした手が、直接炎に突っ込んだように痛む。
「……くうぅっ!」
 この距離では氷術をかけたところで衝突は避けられない。
 朱里はそう判断し、自分に向かってくる巨大な火炎弾に、今導ける、ありったけのサンダーブラストを叩き込んだ。
 激しい白光が火炎弾の一部を砕き、角度を変えさせることに成功する。
 火炎弾の脅威が去ったことにホッとしたのもつかの間、突然、ヘリファルテがグラグラ揺れだしたと思うと落下を始めた。
「きゃあっ!」
 レッドランプがついたと思うや、全てのランプが消える。エンジン音まで止まってしまっていた。
 防御魔法やファイヤーリングをしていた朱里と違い、ヘリファルテは高熱に耐え切れなかったのだ。
 ふわりと体が浮くような無重力を感じた次の瞬間、ヘリファルテから投げ出された体は墜落を始める。
 だがすぐ後ろにいたアインが彼女の細い胴を腕に巻き込み、自分の小型飛空艇へと引き寄せた。
「なんて無茶な…」
 それ以上言葉が続かない。
 もしもこの腕が届かなければ彼女は地表に叩きつけられていたのだと思うと…!
「うん。ビックリした。まさかああなると思わなかったから」
 複雑な顔をしているアインを見上げて、いたわろうと手を伸ばす。けれど、隠しようがないほどその手も震えていた。
 朱里自身、あのままだったら自分がどうなる運命だったか、理解できている。
 だが。
「アインも、無茶した?」
 金の髪が一部白く凍っているのを見て、くすりと笑う。
 大方、1発目を撃ち落そうとした垂たちの氷術攻撃の余波を受けたのだろう。朱里を庇うために。
「とにかく、きみはもうSP切れだ。そこにおとなしく座っていろ」
 アインの言葉に、しかし朱里は首を振って、ハンドルを握るアインに手を重ねた。
「私が運転する。アインがこっちに移って。そうすれば狙いが正確になるでしょ」
 アインは、いいから言う通りにしろ、きみはまだショックが抜けれていないだろう、と言いたかったのだが。
 朱里の顔を見て、これは逆らうだけ無駄だと悟った。これまでのことからして、こういう顔をしたときの彼女は止められない。
「龍珠を遠距離から六連ミサイルポッドで砲撃する。きみは火炎弾にだけ注意してくれたらいい」
「うん、分かった」
 朱里は意気揚々、小型飛空艇にまたがった。



「やはり上空の者だけでは無理がある」
 天城 一輝(あまぎ・いっき)が運転する小型飛空艇の助手席で、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)がつぶやいた。
「ああ、同感だ。あのやろう、龍珠を握った右腕を腹の下に入れてやがる。あれを叩くには地上のやつらとの連携が不可欠だ」
 そしてそのためには、あのファイヤーウォールをなんとかしないといけないのだが。
「何か手はあるか?」
「ふむ」
 ユリウスは考え込むそぶりを見せた。
「1つの可能性としてだが、ないことはないが…」
「いかにも気が進まないって口調じゃないか」
「以前の戦いを思い出していた。あのときは水を操る死龍だったからな、今回の赤龍とは違うかもしれん」
「――ああ、なんとなくその先が読めてきたぞ…」
 とたん、一輝も声がうつっぽくなる。
「つまり、あの炎は流動するというわけか」
 上にくれば下があく。
 だがそれを確かめるためには、突っ込まなくてはならない。
 しかも、赤龍にそれと認識させた上で。
「ひどい特攻だな」
 ヘタすりゃファイヤーブレスで丸焼けだ。
「では、やめるか?」
 ユリウスの挑発に、一輝はにやりと笑った。
「切り込み隊先陣の栄誉ってヤツか? 上等じゃねぇか」



 死龍は学習する。だから氷柱攻撃は効かない。
 生きていない、ただの操り人形のくせに、ずいぶんおりこうな犬だ。
 姿から、大きなヘビと言うべきかと思ったが、ヘビはあんなふうに人になついたりはしない。しかも自分を殺したやつに。
 犬っころを相手にするときはどうするか?
 決まっている。口を押さえ込んでやればいい。
 鼎はくつくつ腹を震わせて笑った。



 一輝とユリウスのアイデアに、上空班はいっせいに頷いた。
 上空班のみんなが、それぞれ氷術や武器を用いて直前まで赤龍の気をひいてくれることになっている。ファイヤーブレスや火炎弾でなく、ファイヤーウォールで防ごうと判断するギリギリまで。
 銃型HCを用いて、下にいるローザから、地上班の者にも話は通っているはずだ。
 成功すれば、地上班にチャンスがいくことになる。
(……失敗したら黒こげだな……いや、成功しても黒こげかも)
「――くそ! 考えてたって仕方ない! 行くぞ、振り落とされんなよ!」
「いつでも」
 一輝はスロットルをふかし、ついで小型飛空艇をほぼ垂直で急降下させた。
 ユリウスがランスバレスト、エンデュア、ヒロイックアサルトを次々と発動させ、流動する光に包まれる。
 次の瞬間、彼は深緑の槍を投擲した。
 槍を追うかたちで、一輝が飛ぶ。身に着けているのはみんなからの防御魔法とファイアーリングだけだ。
 ぐんぐん近づいてくる赤龍の体。
 その視界を、流れる炎がさえぎった。
「やった!」
 深緑の槍が貫いて空けたファイヤーウォールの穴を突っ切る一瞬、快哉を叫んでしまった。
 だがまだ早い。
 脊柱に着地し、最初のファイヤーブレスを待ち受ける。
 おそらくこれだけは避ける暇がない。みんなの防御魔法を信じるのみだ。
 そう、覚悟して、体を硬くしたとき。
 1台の小型飛空艇が、赤龍の横面に体当たりをかけた。
「……なっ!?」
 黒煙を上げて爆発する小型飛空艇。
 さすがの赤龍もこれには驚いたのか、ファイヤーウォールが消えて全くの無防備状態になる。
 アーマーの隙間からフレイムワンピースの裾をひらめかせ、鼎はふわりと一輝の前方に降り立った。
「口内を狙ったんですが、下顎ですか。
 ま、一部破壊することはできたようだし。これでよしとしましょう」
 顎の半分近くを欠損した赤龍を見て、あっさりと言う。
 火炎弾はともかく、ファイヤーブレスはあの状態ではまともに吐けまい。
(ククッ、これで今度こそ龍珠は私のモノです)
 奪魂のカーマインと灼骨のカーマインを抜き放ち、二丁拳銃で、鼎は一輝ともども突っ込んで行った。