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第1章 泣く子には負けられない! 〜西福寺〜
東西シャンバラ合同の京都修学旅行は、宿舎である和風旅館に着いたとたんにアクシデントに見舞われることになった。地上に迷い出てしまった亡者をナラカへ送り返す手伝いをして欲しい、と閻魔大王から依頼が来たのである。
「去年といい今年といい、何で修学旅行先で戦闘なんだ!」
「普通の修学旅行がしたい……。祇園で舞妓さん体験の予約を入れてたのにぃぃぃ」
「湯豆腐が……生八ツ橋がぁ……」
生徒たちは不平たらたらだったが、事態を収束させないと修学旅行どころではなくなってしまうので仕方がない。手分けをして、西福寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、そして一条戻り橋の四か所に向かうことにした。
「出発する前に、閻魔大王に一つお尋ねしたいことがある。我々は一条戻り橋に向かうつもりなのだが、亡者を橋の付近に足止めしているという結界の張り方を教えて欲しい」
パートナーの守護天使島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)、剣の花嫁島本 優子(しまもと・ゆうこ)、守護天使三田 麗子(みた・れいこ)を連れたシャンバラ教導団のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、立ち去ろうとする閻魔大王を呼び止めた。
「万一のことがあってはいけませんので、結界を張る手伝いをしたいのです」
だが、閻魔大王は首を左右に振った。
「結界は修行を積んだ僧たちでなければ張れぬもの、そなたたちは、他の事を手伝うてくれぬか」
「何か護符のようなものを作って貼るなど、我々にも出来るような方法はないのですか?」
クレーメックは重ねて尋ねたが、
「いや、護符の形だけを真似ても効果はない。修行を積んだ者が正しい方法で作らねば、ただの紙切れにしか過ぎぬ」
と言われてしまった。
「……では、わたくしたちは、一条戻り橋にいらっしゃる僧侶の方々の手助けをいたしましょう」
ヴァルナが言い、クレーメックたちは大広間を出て行った。それと入れ替わりに、今度は葦原明倫館の御影 月奈(みかげ・るな)が閻魔大王に声をかけた。
「今回のことが、地上に後々まで残るような影響を及ぼすことはないのでしょうか? 京都は地脈が集まる地と言われているので、心配なのですが……」
「開けてはいけない時に開いてしまったというだけで、本来開かないものが開いてしまったわけではないからのう。ずっと開きっぱなしではさすがに問題もあるじゃろうが、この程度のことなら、あふれ出てしまった亡者どもをすぐに追い返せば、後に何か残るようなことはない」
閻魔大王は特に慌てる様子もなく、月奈の問いに答えた。
「そうでしたか。でも、念のためにお祓いしておこうかしら……」
月奈はまだ心配らしく、呟きながら部屋を出て行く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
亡者が現れた四つの場所のうち、六波羅蜜寺と西福寺はほとんど隣り合わせと言っていい場所にある。六道珍皇寺も数百メートルしか離れていないので、この三か所に行く生徒たちは、京都駅から宿舎のホテルまでの移動に使った貸切バスで、そのままそれぞれの寺に向かった。
「うわっ……」
西福寺に向かった生徒たちは、狭い境内に収まり切らず、提灯が吊るされた門前にたむろしている子供の亡者たちを見て、思わず息を飲んだ。中には悲惨な死に方をした子供もたくさんいるのだろうが、幸いにも、かれらはスプラッタな姿ではなかった。しかし、髪は乱れ、ぼろをまとった者が大半で、そんな子供たちが路肩にうずくまったり、顔を覆ってすすり泣いているのは、やはりこの世のものとは思えない光景だ。その中を若い修行僧が数人、子供たちに声をかけながらおろおろと歩き回っているのだが、子供たちは泣き止む様子はない。
「これは……とにかく、子供たちをどうにかここに足止めしておかないと」
シャンバラ教導団の月島 悠(つきしま・ゆう)が眉を寄せる。寺の者がやったのか、寺の前の道路には既に通行止めの札が出されていて、一般人が寺の門前に近付くことは出来ないようにしてあるが、亡者である子供たちを物理的に止めることは難しいだろう。
その時、
「嫌ぁああああああッ!!」
悠の背後で悲鳴が上がった。
「まずい! そう言えば翼は心霊現象が苦手……」
振り向いた悠の目に、すぐ後ろにいたパートナーの剣の花嫁麻上 翼(まがみ・つばさ)が、ガトリング銃型光条兵器を取り出して、子供たちに向けて引金を引くのが見えた。
修行僧が、頭を抱えてうずくまったり逃げ惑ったり、あたりはパニックに陥る。子供たちは光条兵器が何だか判らずにぼーっとしている者も居れば、飛び道具だということは理解して伏せたり逃げたりする者、修行僧の反応に釣られて大泣きする者、と様々だ。
「子供たちを逃がしてはダメだ!」
叫びながらガトリング銃型光条兵器を取り出して駆け出そうとする悠を、
「麻上さんを止める方が先だろう! 泣き止ませなくちゃいけないのに、おびえさせてどうするんだ!」
同じシャンバラ教導団の大岡 永谷(おおおか・とと)が腕を掴んで引き止め、叱責した。
「みんな、とにかく落ち着いて! お坊さんたち、あの武器は人間には影響ありませんから、落ち着いてください。じゃないと、子供たちが怯えてしまいます」
蒼空学園の火村 加夜(ひむら・かや)は、子供たちと修行僧たちに声をかけた。
「えっ、人間には影響がないって……」
「当たっても痛くないのですか?」
修行僧たちが我に返り、加夜に尋ねる。加夜はうなずいた。
「あれは光条兵器と言って、パラミタの特殊な武器なんです。絶対に大丈夫ですから、一緒に子供たちを落ち着かせてください」
「はぁ……」
修行僧たちは半信半疑ながら、どうにか落ち着きを取り戻し始めた。その間にも加夜は、泣いている子供たちに声をかけ、慰めた。
「はぁぁぁい、ほらほらみんな、こっち見て〜。世にも珍しい白黒逆の大熊猫だよー」
永谷のパートナーのゆる族熊猫 福(くまねこ・はっぴー)が、大声を上げながら手を振った。
「しかも、あたいは忍者! どろんと消えちゃったりもするんだよ!」
光学迷彩を使って、姿を消したり現したり。顔や手だけを迷彩シートの外側に出してひょいひょいと動かすと、子供たちの間からくすくすと小さく笑い声が上がった。
「見てごらんなさい、面白いねえ。どんな仕掛けになっているのかしら?」
加夜が子供たちに水を向けると、近付いてきて福の背中側を覗き込み、どんなからくりがあるのか調べようとする男の子も現れた。
「うん、やっぱり、こういう時は思い切り良くやらないとダメだな。ここは一つ、童心に返ってみるか!」
波羅蜜多実業高等学校の酒杜 陽一(さかもり・よういち)は腕まくりをしながら進み出ると、
「そーら、あばばばばばばー!」
と妙な声を出しながら、頬を引っ張ったり鼻の頭を上に向けたりして変な顔を作ってみせた。きょとんと目を丸くした少女が、思わずぷっと噴き出す。
「ふふん、そういうことなら、遠慮は要らないわね!」
パートナーのアリス酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は、周囲に居た子供たちに声をかけた。
「ほらっ、みんな、あそこに居る怪獣をやっつけるわよ!」
そして、真っ先に陽一に向かって駆け出した。……両腕を差し出し、唇を尖らせて。
「う、うわ、こっち来んなぁぁぁぁ!!」
子供たちを遊びに誘うと見せかけて、自分を押し倒して唇くらい奪うつもりが見え見えの突進を見て、陽一は顔色を変え、全速力で逃げ出した。その様子を面白がって、いかにもやんちゃそうな男の子が数人、美由子の後について陽一を追い掛け回す。
「悠、今のうちに翼を我輩の中に押し込めるのだ!」
子供たちの視線が福に向いた隙に、悠のもう一人のパートナーの防御陣地型機晶姫藤 千夏(とう・ちか)が、悠に声をかけた。
「ほらっ、翼!」
悠は永谷と二人で、まだガトリング銃型光条兵器を乱射している翼を羽交い絞めにして、千夏の体内にある空間に押し込めた。
「そこで菓子の下ごしらえでもしているのだな」
まだ体内でぎゃあぎゃあ言っている翼に、千夏は言った。
「幽霊とか苦手なんだったら、宿舎で留守番しておいて貰えよ……」
福が子供たちの注意を引きつけたのを見て、永谷はほっと息をつき、悠に言った。
「ご、ごめんなさい……」
翼を取り押さえた時にはずみで制帽を落としてしまった悠は、すっかりしおらしくなって、ぺこぺこと頭を下げる。
『悠、そこに居ますかー? ボク、もうここから出たくないんで、クッキーの材料を持って来てもらえませんか?』
と、千夏の中から翼の声がした。
『ちゃっちゃと作って、早く普通の修学旅行に戻りたいです……生地出来たら渡しますから、焼いてもらってください』
「粉と砂糖とバターでいいのね?」
『卵もお願いします。あ、あと、厚手の清潔なビニール袋を10枚くらい』
「……はいはい」
悠は制帽を拾い、材料を貰いに駆けて行く。
「ふぅ」
それを見送って、加夜は額の汗をぬぐい、周囲の子供たちを見回した。
「みんな、いつもどんな遊びをしてるのか、お姉さんに教えてくれないかな。お坊さんたちも、一緒に教わりませんか?」
加夜の言葉に、修行僧たちはほっとした表情でうなずいた。
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