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リアクション
こうして、追いかけっこだけではなく、門前のそこここで色々な遊びが始まった。
「おにいちゃん、できないー」
子供たちに言われているのは、シャンバラ教導団のゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)だ。すごろく、メンコ、ベーゴマなど、昔懐かしい遊び道具を用意してみたのだが、子供たちはそれで遊ぶことは出来なかった。遊び方を知らないのではなく、彼らは現世に存在する道具を持つことが出来ない。物理的に不可能だったのだ。
「代わりにやってあげることは出来ますが、一人プレイを見せるだけでは面白くありませんし……」
実はこういった昔の遊びをしたことがないゴットリープは、内心ほっとしながら呟いた。だが、かと言って、鬼ごっこや隠れんぼは他でもやっていて芸がない。
「ああ、これなら良いかも知れませんね」
ゴットリープは集めて来た遊び道具の中から、紙芝居のセットを取り出した。枠に紙芝居をセットしてみせると、子供たちの視線が集まる。
(よし、これなら行けそうですね)
「紙芝居の始まり、始まりー」
ゴットリープは、少々ぎこちない口調で、紙芝居を読み始めた。
「よーし、こっちも始めるか。……お話を聞きたい子は、こっちでも絵本を読むからおいで!」
大岡 永谷(おおおか・とと)も、絵本を取り出して手招きをする。持って来たのはロングセラーになっている日本の昔話の絵本で、ちょっと鳥獣戯画に似た、日本画の手法を取り入れた絵のものだ。奇をてらわずに、こういう本にした方が受け入れられやすいのではないかと思って、こういった本を選んで来た。
寄って来た子供たちを座らせて、永谷は絵本を読み始めた。子供たちの中には、そもそも『紙』というものが珍しい子もいるのかも知れない。食い入るように、めくられて行くページを見つめている。
「……もう何冊か持って来たんだけど、もっと聞きたい子はいるかな?」
一冊読み終えて永谷が尋ねると、子供たちの間からうん!とかもっと!と声が上がる。
「じゃあ、次は桃太郎のお話だよ」
永谷は次の本を出して、読み始めた。
「あ、そっか、紙人形とか折り紙は、作ってあげても触れないからあまり面白くないかな?」
蒼空学園の芦原 郁乃(あはら・いくの)は、ゴットリープや永谷と子供たちの様子を見て呟いた。まわりに居るのは女の子が多く、折り紙を作る様子を見せれば興味を持ってくれそうだが、やはり一緒に遊びたい。
「塗り絵もダメだし、即興で紙芝居でもいいかなと思ったけど、あっちでもやってるし……」
郁乃はポケットを探って、チョークを取り出した。
「すいませーん、道路にチョークで絵を描いてもいいですか? 後でちゃんと消しますから」
近くに居た修行僧に尋ねる。
「どうぞどうぞ、子供たちをあやして下さるなら、多少のことは多目に見ます。御仏もお許し下さるでしょう」
むろん異を唱えるわけもなく、修行僧はこくこくとうなずく。
「よーし……」
郁乃は腕まくりをすると、アスファルトの上に大きな四角を描いた。
「いい、ここが玄関ね。こっちがお台所で、こっちがリビング……じゃわからないか、お茶の間。家族がみんなで集まって、一緒にいる部屋。家の外にはお花が植えてあって、犬小屋にかわいいワンコも居まーす……っと」
家の見取り図風の絵をさらさらと描き終わると、郁乃は女の子たちを見回した。
「と言うことで、みんなでおままごとをしよう! お母さんの役は誰がする?」
子供たちのうちの何人かが手を挙げる。あたしはお姉さん、じゃあわたしは……と声が上がり始める。
一方、郁乃のパートナーの英霊荀 灌(じゅん・かん)は、逆に男の子たちを集めて影踏みを始めようとしたのだが、
「……影、ないじゃないですか……」
亡霊たちには実体がないので、影も出来なかったのである。
「鬼ごっこはあっちでやってるし、サッカーや木登りも無理だし、えー、どうしよう……」
「『だるまさんがころんだ』とか『けんけんぱ』は? チョークまだあるから、使うなら貸すわよ」
困っている灌に、郁乃は声をかけた。
「『けんけんぱ』は正しいルールが良くわからないけど、『だるまさんがころんだ』なら何とか……」
灌は郁乃に来てもらい、うろ覚えなところを確認しながら、ルールの説明を始めた。
「何とか、桃花さんたちがお菓子の用意を終えるまで時間を稼がないと」
「うん、頑張ろうね!」
灌と郁乃は顔を見合わせ、うなずきあった。
「……郁乃様と荀灌ちゃん、今頃どうしているかしら……」
庫裏でクッキーの生地をこねていた、芦原 郁乃(あはら・いくの)のパートナー秋月 桃花(あきづき・とうか)は、ふと首を傾げて呟いた。
「ああ、だめだめ、それは熱いの!」
ガスコンロにかかった鍋に手を伸ばす子を、慌てて止める。本堂や庫裏の中にも、人数は少ないが子供たちがうろうろしていた。そのほとんどは、まだ幼く、外での遊びに加われないような子たちだ。
「現世のものには触れないのじゃから、止めなくても良いのではないかのう。熱さは感じないじゃろうし、鍋をひっくり返すこともないし」
おはぎを作ると言って餡を練っていた、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)のパートナーのヴァルキリー天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が言った。小豆から煮る時間がないので、市販の袋入りの餡を練って、おはぎに使える固さに調節しているのだ。
「本人が熱くなくても、見ている桃花が熱いから嫌なんです!」
桃花はきっと幻舟を見返す。
「ま、気持ちは判らぬでもないが……」
幻舟はやれやれと息をつくと、二人を見上げている子供を見た。まだ二つか、三つくらいだろうか。
「早く菓子が欲しいのじゃな? 気持ちはわかるが、もう少し待つのじゃ。私も、子供の頃はこれが楽しみでのう……お彼岸が待ち遠しかったものじゃ」
「ほら、邪魔にならないように、こっちに来てピュリアと遊ぼうね」
「いい子にしていたら、うちのママたちがおいしいお菓子を持ってきてくれるぞ」
パートナーの守護天使ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)と、男性型機晶姫アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が、鍋に近付きたがる子供たちに声をかけてくれたのに胸を撫で下ろしながら、蒼空学園の蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、ぴーぴーとアラーム音を立てる炊飯器の蓋を開けた。
「おお、こちらでも丁度、餡が練り上がったところじゃ」
幻舟が炊飯器の方へやって来る。
「あ、こっちにも少しもらっていい? あんこのお団子を作りたいんだけど」
朱里の背後には、調理台でほかほかと湯気を立てている茹で団子がある。
「やっぱり、食べ慣れているお菓子って言うか、おやつがいいかなあと思って」
「では、そこのきなこを一緒に使わせてもらえぬかのう。砂糖と塩は入れてあるのかえ?」
団子の隣のバットに入っているきなこを見て、幻舟が言った。
「いいよー、一緒に使おう!」
朱里はにっこり笑ってうなずいた。
一方、ピュリアとアインは庫裏の隅に小さな子供たちを集めて、どうにか作業の邪魔にならないように遊んでやろうとしていたのだが。
「ううむ、やはり触れることは出来ないのだな……」
子供たちと相撲を取ったり、高い高いをしてやろうと思っていたアインは、何度も子供たちに触れようと試してみたが、どうしてもすり抜けてしまって困っていた。
「じゃあ、パパも一緒ににらめっこしようよ!」
ピュリアはアインの手を引っ張った。
「いい、おねえちゃんたちがこれからやってみせるからね。ヘンな顔をして、笑ったほうが負けなんだよ? にーらめっこしーましょ、笑うとまーけよ、あっぷっぷー!」
ピュリアは思い切り頬を膨らませた。アインは仕方なく、手で思い切り目尻を下げてみた。
「……くふ、ぷふふふふ」
しばらく沈黙が続いた後、ピュリアは噴き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「パパの顔、顔ー!」
いつも冷静なアインの顔が崩れたのがツボに入ったらしい。
顔から手を離したアインは、さすがに微妙な表情でため息をついた。
「……先に笑い出したのだから、ピュリアの負けだぞ」
「ふふ、そうだね」
笑いすぎて浮かんだ涙を指先でぬぐいながら、ピュリアはうなずいた。
「こういう風にね、笑った人が負けなの。今度は、みんなでやってみようね」
子供たちを見回して言い、アインを見上げる。
「僕もか……?」
アインは困り顔になったが、ピュリアの『お願い、お願い!』と訴えかけてくる視線には勝てず、子供たちの輪の中に入った。朱里はその様子をちらりと見て微笑んだが、すぐに手元に視線を戻した。
(アインが頑張ってるんだもん、私もピュリアのママとして頑張らなきゃ!)
「それにしても、この子たち、現世にあるものを動かせないっていうことは、実際にものを食べることも出来ないわけですよね? この作ったお菓子はどうするんですか?」
朱里が皿に盛ったきなことあんこの団子を見て、桃花は一緒に作業をしている僧侶に聞いた。
「神仏にお供え物をする時も、神仏がそれを実際に召し上がるわけではありませんな? お供え物は、人間が神仏を大切に思い、きちんとお祀りしていますということを示すものです。亡くなられた方に対しても同様で、こうして一生懸命お供え物を作りととのえることで、我々の気持ちを表すのです」
少し関西の訛りのある口調で、僧侶は答えた。
「祭壇の準備が出来ましたぞ」
そこへ、本堂でお菓子を供える祭壇の準備をしていた大岡 永谷(おおおか・とと)のパートナーの魔道書、滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)が姿を見せた。
「出来たものから運ばせて頂きたいのだが、どれを運べば良いでござるか?」
「あ、このお団子をお願い」
朱里が手を挙げる。
「これは美味しそうな……子供たちが喜んでくれると良いでござるな」
世要動静経はにっこりと笑って、お団子を運んで行った
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