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リアクション
1.ヴァイシャリーにて
「にゃ?」
首を傾げる猫娘に携帯電話を向けた目賀トレルは、ボタンを押した。
カシャリ。
カメラ機能で写真を撮ると、トレルはすぐにそれを知り合いへ一斉送信する。
そして携帯電話をポケットへしまうと、何事もなかったかのように歩き始めた。
猫娘は何が起きたのか理解していなかったが、慌ててトレルの後を追った。
「やった! 念願の限定発売、ねこまんまバーガーだ!」
西表アリカ(いりおもて・ありか)は目をキラキラと輝かせた。その手には『ねこまんまバーガー』という、地球人からしたらあまり食べたいと思えないファストフードが。
「しかも最後の一個……大吾にはあげないからねっ」
と、にやりと笑ってアリカが言うと、無限大吾(むげん・だいご)は呆れた顔を向けた。
「別にいらないよ。っつーか、それ美味いのか? 他に買ってる人見なかったけど」
「美味しいに決まってるじゃん! あのねこまんまバーガーだよ?」
大吾はアリカの気持ちが全く理解できなかったが、アリカが嬉しそうにしているのを見て、まあいいか、と思う。
「いっただきまーす!」
と、アリカが大きな口を開けると、手に握っていたハンバーガーが急に軽くなった。否、ハンバーガーが消えていた。
「あ、あれ?」
「ん、どうした? アリカ」
「き、消えて……あー! あの獣人、ボクのねこまんまバーガー盗った!」
周囲をきょろきょろしたアリカは、すぐにそれをくわえて走り去る猫の獣人に気づく。
「こらー! いくら同族だからって人の物とったらダメだよー!」
と、大声で叫びながら後を追うアリカ。
「おい、アリカ!」
慌てて大吾は彼女の後を追うが、食べ物の恨みは恐ろしかった。アリカは全速力で走り、あっという間に距離を縮めてしまった。
「ちょっと待て、アリカ! こんな街中で全速力なんか出したら危ないぞ!」
と、出来る限りの声を出して注意する大吾。
しかし、アリカはそんなことよりも、ねこまんまバーガーだ。
「この泥棒! ボクのねこまんまバーガーを返せー!」
相手との距離が十メートル弱くらいになった時だった。
「にゃあん!」
空色のショートカットの少女の前で、急に泥棒猫が立ち止まった。
「……へっ? わわ!? しまった、勢いつきすぎて止まれないよー……!!」
――どーん、と正面からぶつかったアリカは、相手の上に自分が乗っていることに気づくと、すぐに離れる。
「わわ、ごめんなさいっ」
「いえ、大丈夫です。あまり気になさらず……」
と、起き上がるトレル。
猫娘はねこまんまバーガーを地面へ置くと、トレルにすり寄った。
「っ、ちょ……!」
慌てて後ずさるトレルだが、自分にぶつかってきたのも猫の獣人であることに気づく。
「えっと、それで?」
自然体を装いながら立ち上がり、トレルは彼女たちから離れるようにして服に付いた砂を手で払った。
「その子が、ボクのねこまんまバーガーを盗ったの! 返して」
と、アリカは猫娘と向き合う。猫娘はアリカをじっと見つめた。
「やっと追いついた。アリカ、大丈夫だったか?」
遅れてやってきた大吾が問いかけるも、アリカは猫娘と睨み合って聞いていない。
トレルは何回か咳をすると、二人の間に置かれたねこまんまバーガーを取り上げた。
「それはごめんなさい。お返しします」
と、アリカではなく大吾へそれを返す。
「え、ああ。こっちこそ、どうもすみませんでした」
大吾はアリカと睨み合っている猫娘に何か違和感を覚えた。獣人にしては機械的な動きだし、アリカと同じには見えない。
心の中でそう思いつつも、大吾はアリカの服を軽く引っ張った。
「ほら、行くぞ」
「……はぁい」
アリカはぷいっと猫娘に背を向けると、大吾からねこまんまバーガーを受け取った。
二人が歩き出すのを見送って、トレルはちらっと猫娘に目をやる。
「……ねこまんま、ですか」
食べたいとは思わないが、ちょっとだけ気になるトレルだった。
「あ、いたいた! トレルさーん!」
東雲秋日子(しののめ・あきひこ)はヴァイシャリーの街をうろうろしているトレルを見つけ、声をかけた。
「ああ、あきひこちゃんにキルティスちゃん。お久しぶりです」
と、ちょっと嬉しそうに言うトレル。
「お久しぶりです」
と、秋日子の隣にいたキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)も言う。今日は男装をしているからか、落ち着いた様子だ。
「メールもらったから来てみたんだけど……」
秋日子はそう言うと、トレルの後ろについてきている猫娘へ、にこっと微笑みかけた。
「ああ、そうなんですよ。ずっと私のそばを付いてきてて、野良だから不衛生だし、さっきは人様に迷惑かけるし、もう疲れます」
文句を言うだけ言ったトレルに、キルティスがふと提案をする。
「……名前を、付けるのはどうですか?」
「え、名前ですか?」
「例えば……リアン、とか」
それはフランス語で『絆』という意味だった。猫娘との契約をさりげなく勧めているのだ。
「……リアン、ですか。悪くはないけれど、うーん」
と、猫娘を振り返るトレル。猫娘は秋日子に何か話しかけられており、トレルの方を見てはいなかった。
「猫娘ちゃん、押して駄目なら引いてみろ、だよ」
「にゃ?」
「えっとね、だから……トレルさんの気を引くためには、押すだけじゃ駄目なの」
猫娘ははっとすると、唐突にトレルの服を引っ張った。
「うわっ」
そのまま倒れそうになったトレルをキルティスが助け、秋日子は苦笑いをする。
「そうじゃなくって、うーん、どう説明したらいいかなぁ?」
すぐにトレルは猫娘の手を振り払い、わざとらしく距離を取る。
キルティスはその様子を見て、トレルにちょっとだけ近づいてみた。猫アレルギーと聞いていたため、それが本当かどうか気になったのだ。
けれども、トレルはちょっと咳をするだけだった。それをアレルギーのせいとしても、やはり大したことはなさそうだ。
「だからね、トレルさんを困らせるのは逆効果なの。仲良くしたいなら、ちょっとでいいから控えてみて」
秋日子の説明を聞いた猫娘は、その場でトレルをじーっと見つめると、ぷいっとそっぽを向いた。どうやら理解してくれたらしい。
道の真ん中で立ち話をしている人々の中にその顔を見つけて、毒島大佐(ぶすじま・たいさ)は近づいた。
背後に立って、ぽんぽんとその肩を叩く。
振り向いたトレルの頬に大佐の指がぷにっと刺さると、トレルはものすごく嫌そうな顔をした。
「誰かと思ったらあなたですか」
と、トレルは言う。
大佐は満足すると、彼女の隣へ立った。
「そう嫌な顔をするな。良ければこのヴァイシャリーを案内してやるぞ」
「は?」
秋日子とキルティスは二人の仲があまり良いようには見えなかった。けれども、大佐の方には好意があるのが見て取れる。
「百合園女学院の案内だってしてやらないこともないが、どうする?」
大佐の問いに、トレルは溜め息をついた。
「……あー、すみません。今日はここらで失礼させていただきますね。また今度、話しましょう」
と、秋日子とキルティスへ言う。
「それでは」
大佐に連れられるようにしてトレルが歩き出すと、その後ろを猫娘が付いていった。
「がんばってね、猫娘ちゃん!」
「リアン、その内にトレルさんも気づくと思いますよ」
それぞれが猫娘に声をかけると、猫娘はしっぽを揺らして返答をした。
「……キルティ、リアンって?」
「あの猫娘さんの名前です、秋日子さん」
猫娘は引いていた。なるべくトレルに近づきすぎないよう、慎重かつ大人しく後を付いて行く。
「行きたいところがあれば連れて行くぞ」
「え……じゃあ、とりあえず休めるところに案内して下さい」
「分かった」
二人の会話を聞きつつ、ただ後を追う。
「というより、何であなたがここにいるんですか?」
トレルは猫娘を振り返らなかった。
「何でって、これでも一応、百合園生だからな。当然であろう」
「……猫娘に続いて、本当に今日はついてない」
と、独り言を言うトレル。大佐は猫娘のことに気づいていたものの、それまでずっと黙っていた。
「ああ、あの猫か。ずっと付いてきているな」
「気づいてたなら、さっさと話題に出して下さいよ」
「悪かったな。それで、あいつはどうしたらいい?」
「え?」
大佐は立ち止まると、猫娘と向かい合った。
「どうやら害がありそうだし、追っ払おうか?」
「え、ちょ……出来るんですか?」
じっと大佐を睨み付ける猫娘。大佐は『アボミネーション』を発動させた。
おぞましい気配が大佐から立ち上り、猫娘がびくっと後ずさる。
「ふん、意外と根性がないな」
分かりやすく怯えて見せた猫娘に、大佐はトレルへ向き直った。
「これでもう、付いては来ないだろう」
と、歩き出す。
「……それならいい、ですけど」
猫娘を無視してトレルも歩き出してしまう。猫娘は悔しかったが、為す術がなかった。
「そうだ、電話番号とメルアド、交換していなかったな」
「え? するんですか?」
「別に悪くはないだろう。これを機に、友人になろうじゃないか」
楽しそうに会話する二人……引いて駄目なら、押してみろ!
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