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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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2章 炭坑へいざ行かん!


 オレンジ色の温かみのある光がぼんやりと暗闇の中で浮かび上がる。
 灯りを手にしたレオンを先頭に理子たちは廃坑へと足を踏み入れた。照らし出された坑内をぐるりと見渡し、理子は頭上を見遣った。完全に光は届かないが、予想外に高いところに天井があるのが見て取れる。土砂が崩れるのを防ぐためか板が梁のように張り巡らされ、電気を通していた名残だろう、電球のぶら下がった電線が走っていた。いくつかの貨車や線路もそのままになっており、理子はかつてにぎわっていただろう炭坑の様子を何となくではあるが思い浮かべられるような気がした。
「炭坑って、もっと狭いものだと思ってたわ」
「発掘がさかんだったんだろうな。ここは機晶石の質も良くて、大振りのものが採掘されていたらしい。ヒラニプラでも主力となる鉱山だったと聞いたぜ」
 本来ならこの度は“お忍び”である。レオンは、理子に対しての口調を砕けたものへと変えていた。中には正体に気付いている契約者もいるだろうが、念には念をである。
「なるほどねえ……これだけ広かったら、ちょっとぐらい暴れても大丈夫そうね」 
「廃坑になってからそう年月も経ってないから大丈夫だとは思うけどな、理子っち、派手にやると崩れてくるかも知れないぜ。加減してくれよ」
 苦笑するレオンのそばでキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)は思わず、と言ったように呟いた。
「秘密基地ってロマンですよねえ」
 あちこちに向けている自らの光術は、熱の篭った瞳までも照らし浮かび上がらせた。レオンのように懐かしむと言うよりは憧憬のようなものを感じ取り、理子は迷わず訊ねてみた。
「キリエは作ったことないの? 秘密基地」
「子供の頃は――無かったです、そういう経験。だから余計に憧れちゃうというか。何とかして奪還してあげたいって思います。きっとあの子達にとっては大事なものでしょうから」
「ウェルは?」
「え?」
「秘密基地よ。作ったりとか、遊んだことはある?」
「あ、ああ……」
 まさか話題を降られると思って居なかったマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)は、理子の唐突な問いかけに目を丸くした。少女さながらの可憐な相貌が光の加減だろうか、僅かに翳って見える。
「自分も――よく、わからない」
 幼い頃から戦場にいた。”秘密基地”という存在がどれほどの意味を持つのか――。キリエと理子の話を聞きながら、口を挟まないまでも、ウェルは2人と似た心境だった。
ただ、子供達にとって大切なものらしい事は明白だ。それは縄張り意識かも知れず、ただの独占欲かも知れなかったが「大事なものを取り返したい」という強い願いはとても眩しい。
 同時に気がかりなことがもう1つある。それは『遊び人・理子っち』のことだ。依頼はレオンの名で出されたもので、彼女の名は挙がっていなかった。しかし2人の様子を見ていると、むしろ「理子っち」が依頼主ではないのだろうか。そんな疑念すら抱くのだった。ランディの時もそうだった。先導を切るのはやはり彼女であり、依頼主はむしろ「護衛」とでも言った方がしっくり来る。レオンとてさりげなく“理子っち”を庇うように歩いている。
灯りに浮かび上がる横顔。
 理子という名前にも聞き覚えがある。同じ名前の、代理とはいえ、この大陸の半分を統べるもの。まさかとは思うが。盗み見ていたつもりが距離が近いこともあって理子はウェルの視線に気付いてしまった。
「どうかしたの?」
「いや……何でもない。レオン、あの先を照らしてくれ」
 ウェルに言われ、レオンは足元を重点的に照らしていたランタンを肩の高さまで持ち上げた。するとぽっかりと二つの洞穴が現われる。
「二手に分かれてるわね」
「枝分かれしていても、本道でないほうは行き止まりになっているって話だ」
「どっちが本道なのかしら」
「右のほうへ線路が続いてるから、おそらくそっちが本道だろうな」
「ここの地図、持ってるんだっけ?」
「あるにはあるんだけどな――あんまり使えないって言うか」
 レオンがポケットを探る。すると理子は一緒に入っていた懐中電灯を抜き取り、左の道をひょいと覗き込んだ。道が続いている。奥を照らそうと腕を伸ばし一歩踏み入れる。カラッと石がぶつかるような音がして、同時に黒い影が飛び掛ってきた。咄嗟に光を向ける。照らされたのはショートソードの刀身だ。
 懐中電灯を左に持ち替え、柄に指が触れたとき――陰は小さく呻き、その場に崩れ落ちた。
「理子っち! 言ったそばから」
「ごめん、大丈夫よ」
 悲鳴を聞きつけレオンたちが駆け寄って来る。
 明かりを向ければ何かが倒れている。コボルトだ。よく見ると細い矢のような物が刺さっている。致命傷では無いが苦しげに顔が歪んでいる。毒でも塗ってあるのだろう。
「こんな入り口付近にも住み着いていたんですね……」
 キリエは眉をひそめる。さほど深く進んだわけでも無いのにコボルトが現われるとは。強くないとは言え、それは訓練を積んだ契約者だからの話である。子供達が遊ぶには危険に違いない。奥に巣窟が出来てるかも知れない。ひょんなことから迷い込んだコボルトが住み着いてしまったのかも知れない。廃坑になっているのだから人の手も入らず、危険に身を晒す事も無い。
 理子は周囲を懐中電灯で照らしてみた。助けてくれたのだろうけれど、一体誰が――。誰の姿も見えない。釈然としないままだが、足を止める時間も惜しい。
 まだ道は奥へ続いているようだった。先だって突き進むとレオンが言ったとおり十数メートル先で行き止まりとなっていた。採掘場だったのか、空間は円形に慣らされている。ちょっとしたダンスでも踊れそうな広さだ。
 小さな土砂の山がぽつぽつとそびえていた。掘り出した際に出たものだろう。忘れ去られたスコップやつるはしも落ちている。拾い上げて見れば、手入れをしなかったせいかサビだらけだ。
「ここには、もうコボルトも往なそうね。とにかく先へ行って見ましょう」
 理子たちが元の道へ戻るのを、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は岩陰から見守っていた。コボルトを退治したの何を隠そう彼だった。クロセルは誰にも気付かれぬよう身を潜め、理子の後を尾行していたのだ。
 理子が一人で坑道を覗き込んだとき、ダークビジョンで周囲を警戒していると、待ち構えたようにコボルトが飛び掛らんとしていた。そこをブロウガンで狙い打った。矢の先には理子の予想通り、屍毒(プトマイン)が塗ってある。
「それにしても、炭坑って、結構、広いんですねえ」
 可燃性のモノが無いのならわざわざ危険を冒して坑道へ入らなくても、入り口で火をたいて酸素を消費してしまえば良いと思っていたのだが、それには少し広すぎるようだ。
 クロセルとしてはずばっと子供の悩みを解決するヒーローの出番と行きたいところでもあった。しかし、今回の目標はあくまでも秘密基地の解放だ。
「今回ばかりは、見せ場はお譲りしますよ」
 コボルトを退治すればまた子供達の下に炭坑は返ってくるだろう。
 暗躍というポジションも悪くは無い。
 これもまた――キリエの言葉を借りるわけではないが、1つの“ロマン”だろうから。


 本道へ戻り、道を歩きながら一人びくついている人物が居た。
「僕、暗いところ苦手なんだよ……」
ラサーシャ・ローゼンフェルト(らさーしゃ・ろーぜんふぇると)は光源でもあるキリエとセラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)に引っ付きながら恐々と足を進めていた。さっきも石につまづいて声を上げ、ちゃんと足元を見ろとメーデルワード・レインフォルス(めーでるわーど・れいんふぉるす)に叱られたばかりだ。
そうは言われても苦手なものは苦手だし、怖いものは怖い。頑張ると決めたものの、いくつかの灯りのお陰で随分と坑道は明るくなっているが、分かれ道などぽっかり空いた穴は蔵病をくわえ込んでいて、吸い込まれてしまいそうだ。
「それに、何か出て来そう」
「出るに決まっているだろう」
コボルトが、とメーデルが言い終わるのを待たずにラサーシャは非情な配偶者に泣きそうな声を放つ。
「そう言うこと言わないでよ、メーデル! 僕がオバケとかユウレイとか苦手なの知ってるくせに!」
「あ。ほら、あそこに」
「わああああああ!」
 目をぎゅっとつぶり、メーデルの背中へとしがみつく。万が一その姿を見てしまったら怖くて動けなくなってしまいそうだ。
 乾いた音が連続して響いた。焦げたような匂いもする。恐る恐る目を開くと、ウェルが銃弾を向けた先でコボルトが倒れていた。銃声に慌てふためいたコボルトがショートソードやハンドアクスを振りかぶり飛び掛ってきた。
広がって戦うには狭すぎる。距離を置いて沈めるのが一番だ。胴体がガラ空きになる隙を付き、ウェルは銃弾を打ち込む。急所を確実に狙う。か細く鳴きコボルトはバタバタと沈んでいった。
一体一体は弱いからと言って油断はできない。その武器には鉱物毒が塗ってあるはずだ。
「毒を受けたらすぐに治療します! 無理はしないで下さい!」
「魔物とはいえ非道な行いをした己を恥じなさい。容赦しません……!」
 声を張り上げるキリエ、身の丈以上もあるトゥーハンディッドソードを構え、厳しく睨みすえるセラータ。そしてメーデルワード。
ラサーシャも腹をくくり、とりあえずまだ息のあるコボルトをせっせと簀巻きにしていった。