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リアクション
第二章
1
稲妻が頭上を走り、一瞬遅れて轟音が耳朶を打つ。
背筋に冷たい汗が伝うのを感じつつ、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は強く地面を蹴った。
発掘現場のもろい地面を踏み砕き、ほんの数歩で最高速度まで加速。一息で敵機晶姫の眼前へと肉迫する。
発射直後の不安定な姿勢。機晶姫は脇に抱えたレールガンの砲身を咄嗟に振りかぶるが、遅い。
ルーシェリアは左のこめかみ目がけ振るわれた砲身を、右手の槍で迎え打つ。槍を振るった勢いのまま、右足を軸に半回転。左手の円盾で機晶姫の横面を殴りつける。バックハンドブローの要領だ。
「伏せろッ!」
「はい!」
背後からの鋭い声に応えるなり、ルーシェリアは素早く身を屈める。
直後に発砲音。体勢を崩されていた機晶姫の胴から鈍い音が響く。
ルーシェリアがちらりと背後をうかがうと、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がショットガンを片手にこちらへ駆けてくるところだった。
敵は未だ倒れるには至っていない。
体勢を立て直す余裕を与えず、ルーシェリアとエヴァルトは揃って追撃に入る。
機晶姫の頭部へ鋭い拳を放つエヴァルトに合わせ敵の足元へ槍の柄による打撃を加えながら、ルーシェリアは声を張った。
「エヴァルトさん! 飛び道具はまずいんじゃないんですか!?」
「安心しろ、ゴム弾だ!」
応えつつ、エヴァルトはショットガンを非物質化。素手素足による連撃を放っていく。
左ジャブから右ストレートの綺麗なワンツー。右拳を放った勢いのまま右脚を跳ね上げ、流れるような動作でハイキックを敵の頭部へ。
攻撃後のわずかな隙を槍の打撃でフォローしつつ、ルーシェリアは感嘆の息を漏らす。
身にしみついたドラゴンアーツの動きだ。龍鱗化した拳は一撃で岩をも砕く威力を秘めている。
ただ作戦上、かなりの加減を要求されているのだろう。機晶姫は地面に足がめりこまんばかりの勢いでその場に踏み留まり、辛うじてだがこちらの攻勢を凌いでいる。
と、不意にその足から力が抜けた。
「しまっ……!」
声を上げたエヴァルトの拳が機晶姫の腹部へと突き刺さる。
踏み留まることをやめた敵は、拳の勢いに逆らうことなく数メートルの距離を吹き飛ばされた。
それこそがあちらの狙いだ。
すでにレールガンには次弾に必要なエネルギーが充填されていた。砲口がルーシェリアとエヴァルトを見つめる。
倒れた姿勢で、ロクな照準もなく撃つ気だ。二人にとって回避自体は難しくないが、再び距離を離され、この後の戦況が不利になる。
「我に任せよ!」
奥歯を噛む二人の横を突風が通り過ぎた。小型飛空艇だ。
機晶姫の砲撃の瞬間、小型飛空艇は勢いそのまま砲身に衝突。狙いを強制的に上空へと変えられ、レールガンの弾体は発掘現場の天井に小穴を穿つに留まった。
バイク型の小型飛空艇――草薙 武尊(くさなぎ・たける)はUターンするなり、ルーシェリアとエヴァルトの方へと突進してくる。
「掴まれ!」
言われるまま二人がバイクのハンドル部分にしがみつくと、武尊は目標の飛空艇へと一直線に愛機を駆った。
「ちょ、これじゃ距離が離れて――」
「いや待った、クレセントさん」
抗議しかけたルーシェリアをエヴァルトが制したのと、小型飛空艇が問題の飛空艇の側面に張りつくのとは同時だった。
ルーシェリアが視線を背後に投げると、立ち上がった機晶姫は再びレールガンの砲身を持ち上げている。
砲身が雷光を帯び、三人が砲撃に備えた瞬間――唐突に、その雷光が収まった。
代わって機晶姫は、重武装ゆえの鈍重な動作でこちらへと駆け寄ってくる。
「やはり、我の睨んだ通りのようだな」
「どういうことでしょう?」
「機晶姫やガードロボは『飛空艇を守る』よう命じられている。飛空艇を背にしている限り、連中も不用意に飛び道具を使うわけにはいかないってことさ。だろ? 草薙さん」
「ああ。まあ、賭けの要素も大きかったわけだが」
「なるほどぉ」
「と、なんて言ってる間に来たみたいだ」
致命傷を与えず行動不能にすることは、実際にやってみると存外に難しい。
とはいえ、戦況を維持するだけでもこの作戦上は十分に意義がある。
改めて各々の武器を構え、三人は機晶姫迎撃のため疾駆した。
2
その降り注ぐさまは雨のようだ。
ガラにもなく詩的なことを考えながら、和泉 猛(いずみ・たける)は雨――ミサイルの洗礼の中へと無造作に足を踏み出した。
爆音。地面がえぐれ、熱を帯びたミサイルの破片が周囲の土嚢を蹂躙、布袋を炎上させる。
様子を眺める者がいたとしたら、猛は即死と判断しただろう。
だがミサイルの巻き上げた粉塵が晴れたそこには、猛が悠前と佇んでいる。服には埃ひとつ被っていない。
どころか、周囲の地面がクレーター状に抉れている中、猛の足元だけが陸島のように原型を留めていた。
キィ、と音を立てたのは猛が五メートルほど離れて対峙するガードロボ。その視覚センサーだ。遠赤外線による探知で猛の健在を認識していたのか、すでに頭部レーザー砲の砲撃準備を整えている。
「おっと」
砲口が強く瞬く寸前、猛は足場を蹴り、斜め前方へと身を移す。
ミサイルやロケットパンチであればサイコキネシスと歴戦の魔術で弾道を曲げ被害を抑えられるが、流石にレーザーの砲撃は防ぎようがない。
熱線が放たれ、猛が立っていた足場が一瞬で蒸発する。
意に介さず、猛はガードロボとの距離を詰めた。頭部から蒸気を放出するガードロボに肉迫、至近距離で脚部の車輪へサイコキネシスの一撃。
砲身の排熱で反応にラグが生じた隙を突かれ、ガードロボは残った車輪による後退を余儀なくされる。
これで頭部レーザー砲使用のリスクを学習。レーザー砲の使用はできるだけ控えるはずだ。猛にとっては都合が良い。
「レーザー砲自体を壊してしまえば話は早いのだけどね……」
下手に砲身や火器管制システムを破壊してしまうと、機晶エネルギーが暴発、自壊の危険がある。
作戦の副次的な目的と、猛の個人的な動機からもそれはあまり好ましい展開ではない。
「欲しいのだよ……ガードロボ」
独りごちだ時、背後から聞き慣れた悲鳴が響いた。
「やっぱり怖いよー!」
「ちょ、落ち着いてください! あまり振り回さな、ああもう落ち着けって言ってんでしょうがッ!」
振り返ると案の定、猛のパートナー、ルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)がぶんぶん腕を振り回し、襲い来るミサイルを叩き落としている。
ルネの手の中でミサイルを叩き落とすのに使われ、不満をぶち負けているのは魔鎧、ベネトナーシュ・マイティバイン(べねとなーしゅ・まいてぃばいん)だ。
鎧化しているとはいえミサイルの雨を受けて傷ひとつつかないベネトナーシュはさすが魔鎧といったところか。だが彼女を軽々と振り回し、高速で飛来するミサイルをガンガン弾き飛ばしているルネも、強化人間の面目躍如といった風情だ。
「猛さん! 見てないで助けてくださいよー!」
「そもそもなんで僕が防具……っていうか物扱いなんですか!」
「あー、まあ、引き続きがんばれ、ルネ。あとベネトナーシュ、世の中には適材適所という言葉があるのだよ」
背後から「そんなぁー!」だの「横暴だー!」だのと悲鳴や罵声を浴びせられつつ、猛は自身の敵に向き直る。
再び背後から「やっちゃいましょう、ルネ」とか「はい!」と殺意の籠った声。直後、打ち飛ばされたミサイルが飛来するが、それもサイコキネシスで無力化してあくまでも無視。
以前からガードロボは一体くらい欲しいと思っていた。教導団に恩を売って入手のチャンスを増やすには、ここで活躍しておくに越したことはないのだ。
3
永谷を始めとする威力偵察班からの連絡で、敵に関するいくつかの情報が判明した。
悪い材料としては、やはり敵は一体を攻撃すると他の個体も反応すること。現役と仕様が近いことが確認され、ミカエラの情報を役立てることが可能なガードロボはともかく、機晶姫と一対一で対峙、致命傷を与えず行動不能にすることは困難であること。
こちらに都合の良い材料も他にいくつか報告されている。
まず敵が他の個体への攻撃にも反応するということで、囮作戦の実行も可能になった。
加えて、飛空艇を背にして戦えば、敵が飛び道具の使用を避けることもわかった。
「つまり飛空艇に近づけば楽になるということですが……」
「近づくこと自体、楽ではない」
パートナーのルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)と第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)の言葉に、東 朱鷺(あずま・とき)は無言で首肯した。
小型飛空艇を駆り、迫り来る六連ミサイルを回避。爆風と破片を受けつつなんとかバランスを保ち、次いで跳びかかって来た小柄な影を迎撃する。
「……っ」
小柄な影――機晶姫のトンファーブレードを左腕で弾く。魔鎧化した第七式のおかげでダメージはないが、衝撃が小型飛空艇の操作に影響。進路変更を余儀なくされる。
進路を変更した正面には、ミサイルの再装填を終えた中距離型機晶姫が待ち構えている。
「お任せ」
背後からルビーの声。同時に小型飛空艇の後部から重みが消える。
強化スーツの加護を受けたルビーは、小型飛空艇を足場にして軽やかに跳躍。正面の機晶姫に体重の乗った膝蹴りを見舞った。
「次だ」
第七式の声に先んじて、朱鷺は背後へ右腕を振るった。すぐそばに迫っていた近距離型機晶姫のトンファーブレードを魔鎧で弾き、腹部へ肘を一撃放つ。
敵が背後の地面に墜落するのをしり目に、朱鷺は冷静に現状を分析する。
現在位置は目標の飛空艇北側。陽動班が集まっているため、敵の数も多い。
当初は「隠れ身」のスキルを使用していたが、どうやら機晶姫たちのつけているゴーグルにはそれを看破する能力があるらしい。
朱鷺としては敵の死角を突いて飛空艇内部への侵入を試みたかったが、難しいようだ。
飛空艇の起動が直接可能なクラスはアーティフィサー、テクノクラート、トランスヒューマン。このまま内部を目指し彼らの援護を図るという手もあるが、現状を見るとこのまま陽動に徹した方が作戦上は効率が良い。
判断から行動までは迅速だった。
一度小型飛空艇を停め、ルビーと第七式に合図を出す。
「了解」
「やむをえまい」
朱鷺の意図を察したルビーは小型飛空艇の後部に再びまたがり、第七式は魔鎧として朱鷺の守りを固めた。
小型飛空艇を再始動。朱鷺は機晶姫たちが追いつけるであろう速度を保ち、飛空艇から距離を取る。
相手をしていた二体以外の機晶姫やガードロボも、戦場を駆け抜ける朱鷺たちの姿を見咎め、追撃に入った。他の仲間を苦戦させていた個体も、高速で移動する相手に反応、こちらを追ってくる。
陽動に徹すると決めた以上、多数の敵を引きつけるリスクを負うこと程度、朱鷺には造作もないことだった。
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