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リアクション
第四章
1
飛空艇自爆のアナウンスは外部にも響き渡っていた。
「このアナウンス、どういうこと、よッ!」
遮蔽物でガードロボのミサイルをやり過ごしつつ、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は声を張り上げた。
遮蔽物から跳び出すと、ミサイルを撃ち終え隙が生じたガードロボへ一瞬で肉迫。巨大なハンマーによる一撃を脚部に見舞う。
ロケットパンチで反撃に移ろうとする敵を嘲笑うように、突進と同スピードのバックステップで離脱。このヒットアンドアウェイで行動不能にしたガードロボは、すでに片手では余る数に達している。
「聞いたままでしょ。もうすぐ自爆する、ってこと」
パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、セレンフィリティの相手とはまた別の機体をランスで突き刺す。縦横無尽、正確無比な槍の乱舞に、ガードロボは後退をよぎなくされる。
「で、どうする?」
「どうするってまあ……決まってるで、しょ!」
セレアナの問いに応じながらも、セレンフィリティはガードロボの車輪を破壊。身動きが取れなくなったところで、背面に回り込む。
ミサイルポッドやレーザー砲の砲身を叩き潰すと、不敵に微笑んだ。
自分がどうするかなど、わざわざ答えるまでもない。
「自爆か。どうする?」
「わざわざ聞くことか?」
魔鎧化したパートナー、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の問いかけに、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は苦笑で応じた。
その返答に、アウレウスも苦笑する気配。
「そうだな。愚問であった」
無駄口に興じながらも、二人は的確に、眼前の機晶姫に対処していく。
中・長距離型の個体の攻撃は、その隙を突いて至近距離に踏み込む。突進の勢いを上乗せた掌打を腹部へ見舞い、よろけたところで軸足を刈り、投げ倒す。
近距離型のブレードは魔鎧に覆われた前腕でさばき、首を掴んで腹部へ膝を突き刺す。加減はしているので再起不能になることはあるまい。
疲労はあるが、機晶姫へ対処するコツは掴めてきた。
何も問題はない。
飛空艇が間もなく自爆するというこの状況、やることはひとつだ。
「流石にこの距離で爆発に巻き込まれたら死にますね。離脱しますか? 三船さん」
「ハッ、馬鹿言うな」
パートナー、白河 淋(しらかわ・りん)のからかい混じりの問いを、三船 敬一(みふね・けいいち)は一笑に伏した。
敬一は眼前の近距離型機晶姫のブレードを銃剣でさばき、刺突を一発。バックステップでかわした機晶姫に向けさらに踏み込み、肘打ちの要領で銃床による打撃を叩き入れる。
こめかみを打たれ足元が怪しくなった機晶姫の隙を突き、鋭く放った前蹴りを腹部へと突き刺した。
「まだ作戦は終わってない。大将も諦めたわけじゃないだろ。なら、やることは決まってる」
「……ですね」
苦笑を返し、淋は中距離型機晶姫のレールガンによる砲撃を回避。『レビテート』で浮遊、『ロケットシューズ』による加速で距離を零まで詰めると、シールドをレールガンの砲身に押しつける。シールドに内蔵されたパイルバンカーの一撃で、敵の武装は砕け散る。
『繰り返します。現在、当飛空艇は鹵獲防止プログラムを作動中。プログラムを停止するには、至急当該コードを打ち込んで下さい。繰り返します。現在――』
当該コードとやらを打ち込めば、自爆は止まる。
なら、外部での足止めを請け負った陽動班の面々にできることはひとつである。
――仲間を信じ、この場を守る。
それが戦線を維持する全員の、共通した唯一無二の見解だった。
2
「なぜですか!」
「落ち着いて下さい、小暮少尉」
あまりにも冷静な――いや、悠長とすら思える白竜の執り成しに、秀幸の焦燥はますます加速した。
飛空艇のブリッジ。
コンソールの前に立つ秀幸の眼前には、モニタに表示された絶望的とも言える桁の数字の羅列が浮かんでいる。
鹵獲防止プログラムを停止させるための暗号コードだ。
別のモニタでは、すでに8分を切った自爆までのカウントダウンが刻々と数字を減じている。
「このままじゃみんな死んでしまう。なのになぜ――誰一人逃げようとしないんですか!」
「信じているからですッ!」
秀幸の焦燥を断ち切るかのように、白竜がここへ来て初めて声を荒げた。
虚を突かれた秀幸の肩を、白竜が強い力で握りしめる。
「どちらにせよ、この短時間で完全な安全圏まで全員が退避するのは不可能です。だが軍の作戦に命の危険がまったくないものなど存在しない。それはこの作戦に参加した全員が理解していることです」
「そ、それは、そうですが、しかし――」
「それに、まだ手段はある。暗号コードを解けばプログラムは阻止できる」
確かにその通りだ。
暗号は複雑に見えるが、なにしろ古い。洗練された現代のアルゴリズムの知識を応用すれば解読不可能なものではない。
いや、秀幸の数学力があれば解読自体は可能と言い切ってしまっても良い。
「……しかし、自分が時間内に暗号を解くことに成功する可能性は――7.14%です」
そもそも、一定の知識があれば解けない暗号など存在しない。問題は時間だ。処理をコンピュータに任せるとしても、コンピュータに命令を下すために、ある程度の法則を見つけ出す必要がある。それは人間の仕事だ。
この場で考え得るすべての法則を試すことはできないし、どの法則を検証するかは勘――すなわち運に委ねるしかないのだ。
『7.14%……なら、俺が加われば14.28%だな』
不意に艦内無線から響いたのはアーティフィサー、亮一の声だ。
『じゃ、私もやるから21.42%!』
同じくアーティフィサー、未羅。
『28.56%』
テクノクラート、セラフィーナ。
『35.7%』
ダリル。
『42.84%』
小次郎。
『49.98%』
未那。
『57.12%』
ティナ。
『64.26%』
クレア。
『71.4%』
トランスヒューマン、詩穂。
『78.54%』
鉄心。
『85.68%』
ローザマリア。
『92.82%』
未沙。
飛空艇内にいる、暗号解読に必要な技能を持った仲間たちの声で、可能性は一気に90%を超えた。
「皆さん……」
「そして、私で99.96%です」
白竜が加わり、成功確率はほぼ確実なものに変わった。
「誰も、小暮少尉ひとりに責を負わせるつもりなどありません」
ここに至って、丈二やヒルダの言葉の意味が秀幸にも肌で感じられた。
誰も死を恐れていないわけではない。
ただ、それを覆すほどの、仲間への信頼に溢れているのだ。
信頼と、言葉にすれば容易いが、これは確かに、直に体験しなければ理解できない代物だ。
温かく、力強い。
胸に宿った形のない、だが確かにそこにある力を確かめ、秀幸は決然と言い放った。
「ご協力お願いします。この作戦の成功率は――100%です」
3
飛空艇内のやり取りは、外部で戦闘中の面々にも無線を通して筒抜けだった。
「ははっ! 新入生が腹くくったんじゃ、僕らも逃げるわけにはいかなくなったな!」
「最初からそんなつもりはなかったのではありませんか?」
パートナー、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の言葉に笑顔を返しながらも、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はサイコキネシスによる味方の援護の手は緩めない。
ガードロボのミサイルの軌道を逸らし、その隙を突いてパートナーのミカエラとテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が近接戦を仕掛けていく。
ガードロボに取りついたテノーリオが『ピッキング』で装甲上のコントロールボックスをこじ開け、ミカエラは必要最小限の配線を切断してガードロボの機能をひとつひとつ奪っていく。
「二時の方向、来ますよ。ミサイルです」
「はいよ、っと」
後方から子敬が飛ばす指示も的確だ。
指示に応じ、トマスは再びサイコキネシスを放ち、ミサイルが逸れたのを確認したミカエラとテノーリオは、わずかに動きを止めた機体との距離を詰める。
効率的な波状攻撃と連携で、無数に思えたガードロボも徐々に数を減らしている。
「疲れることを知らない相手は、疲れますねぇ。まあ、それもあと少しの辛抱でしょうか」
子敬の呟き通り、飛空艇からアナウンスされる自爆までのカウントダウンは、すでに5分を切っている。
成功にしろ失敗にしろ、この戦いもカウントダウン終了までには終結する。
とはいえもちろん、作戦成功への疑念など、トマスは欠片も抱いていなかった。
「なんだかんだで結構楽しかったよね、っと!」
機晶姫の足元に鋭く低空タックルを決め、地面に転がしながら、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)はどこか感慨深けに呟いた。
『アボシネーション』『ヒュプノシス』の併用で数体の機晶姫を抑えていたパートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、透乃をたしなめるような口調で声をかける。
「言ってる間にほら、次が来ますよ」
「わかってるって!」
右側から放たれたレールガンの軌道から身軽なバックステップで身をかわし、着地と同時に地面を疾駆。レールガンを持った機晶姫の顔面に牽制の左ジャブを放ち、視界を塞いだ状態で腰を落とす。
死角からバック宙の要領で顎先を蹴り上げられた機晶姫は、たまらずレールガンを取り落とした。
陽子が機晶姫を抑え、抑えきれなくなった個体を透乃が倒す。
単純だが効果的な戦術のおかげで、透乃には戦いを楽しむ余裕すらあった。まあ、スリルがあるほど楽しめる性分なので、どちらにせよ楽しんだであろうことは間違いないが。
そういった意味で、この楽しい時間が終わってしまうことは惜しくもあった。
『鹵獲防止プログラム発動まで、240秒』
無機質なカウントダウンが焦燥を煽ろうとしているが、透乃にとっては宴の終了、カラオケクラブで退室時間が近いとのコールを受けるに等しい。
やはり彼女も、作戦の成功を微塵も疑ってはいなかった。
外部の戦闘すら意識の外に置き、秀幸は一心不乱に数字の羅列と向き合っていた。
蹂躙と形容するに相応しい勢いでコンソールのキーを叩き、迅速に、確実に解読作業を進めていく。
もはや焦燥も不安もない。
あるのはただ、極限の集中のみ。
『鹵獲防止プログラム発動まで、120秒』
焦燥を煽るはずのカウントダウンですら、今の秀幸にとっては思考を加速させてくれる、ありがたいバックアップに等しかった。
4
『発動まで、59秒』
カウントダウンを聞きながら、悠は甲板上から眼下の敵を機関銃による弾幕で屠り続ける。
パートナー、麻上 翼(まがみ・つばさ)は飛空艇を背に、やはり対象を絞った光条ガトリングによる弾幕で足止めしていた。
天地双方から襲い来る弾幕をかいくぐって来た敵は、同じくパートナーの張 飛(ちょう・ひ)が愛用の薙刀と、持ち前の怪力で薙ぎ払っている。
「おっしゃー! 俺の刃のサビになりたいヤツは遠慮しないでかかってきな!」
心なしか、飛の雄叫びにも疲労の色がにじみ始めている。
無理もない。かれこれ一時間以上、こうして敵の足止めに労を費やしている。
表面上は見えないが、他の仲間たちにも相当疲労が蓄積しているはずだ。
『37秒』
カウントダウンは、図らずも仲間たちの最後の士気を鼓舞することに一役買っている。
悠自身、スキルの補助があるとはいえ、重い機関銃を取り回しての迎撃の疲労に襲われている。蓄積した疲労は、徐々に、そして加速度的に四肢の動きを鈍らせていく。
『21秒』
不意に、翼の鋭い声が悠の耳朶を打った。
「悠さん!」
「! しまっ……!?」
疲労で意識がぼやけていたせいだろう、迫った危機にも反応が遅れた。
ガードロボのレーザー砲。
飛空艇とはいえ、悠の立ち位置は甲板上だ。地上からの仰角砲撃であれば、飛空艇に被害を与えず悠だけを照準することも可能である。
『16秒』
咄嗟に甲板を蹴り、レーザーの軌道から身をそらす。
そのまま地上へと落下。受け身を取って衝撃は殺す。
が、落下地点がまずかった。飛空艇から離れすぎている。
飛空艇の間近に位置取っている翼や飛と異なり、この位置は――、
『7秒』
――まだ生きているガトリング砲の、射程圏内だ。
『6秒』
センサーが悠の姿を捕捉する。
『5秒』
ガトリングの砲身が軋み、動き出す。
『4秒』
いっそゆるやかな砲身の動きはしかし、落下の衝撃で体勢を崩した悠には絶望的な速度だ。
『3』
砲口が悠を睨む。
『2』
悠は目を閉じ、砲撃の雨を覚悟する。
『――』
だが、いつまで経っても砲撃は訪れなかった。
死の直前、脳の処理速度が加速することによる錯覚かとも疑ったが、違う。
気づけばカウントダウンは止み、周囲のガードロボや機晶姫たちも、動きを止めている。
「成功、したんだ……」
事態を把握し息を吐いた悠は、地面に大の字に倒れ込んだ。
地面を伝い、肌には飛空艇の、確かな鼓動が木霊していた。
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