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葦原明倫館・春の遠足in2021年6月

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葦原明倫館・春の遠足in2021年6月

リアクション

「さてと……今日の工房の修行はお休み〜と♪
 いままでがむしゃらにやってきたし、あまり急ぎすぎて無理をしても意味がないわ」
(なにかつかめそうな感じがしてるんだけど、工房で打ってるだけじゃダメそうなのよね)

 ん〜っと背伸びをしながら、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は工房を出た。
 梅雨雲のあいだからたまに射す陽光が、とても気持ちいい。

「イベントがある日くらいは休んでもいいわよね、ほぼ毎日修行してるんだし」
「ふむ、今日は休養か……たまには身体だけではなく精神も休めんとのう」

 あとをついて、天津 麻羅(あまつ・まら)も日の下へ。
 きょろきょろと、辺りを見渡す。

「それじゃ久々に、緋雨についてまわるかのう……どこへ行くのじゃ?」
「どうしようかな……みんなはスタンプラリーをやってるのよね」
「ではわしらもそのなんとかラリーとやらへ参加するかえ?」
「けどね、結構難易度高そうなの。
 スタンプを集めた人全員にタダ券配るって言ってるくらいだし……」
「そうか、わしも面倒なのはゴメンじゃのう」

 行き先は決まらず、校庭の中心で立ち止まって数分間。
 ぽんっと、緋雨が両の手をたたいた。 

「せっかくだから、ハイナさんや房姫さんと話そうかしら」
「ほう、よいのではないか。
 それなら疲れなさそうじゃ」
「工房を使わせてくれたお礼を言うのと、いままでの報告もしておいてほうがいいわよね」

 そうして、緋雨と麻羅は、校長室を目指して歩き始める。
 校庭にも学内にも、生徒の姿はほぼなかった……こともなかった。

「お久しぶりでーす、まったりしにきました!」
「ほんに久方ぶりですね」
「よう来たのう、入るでありんす」

 校長室の方から聞こえる、元気すぎる声。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、房姫とハイナに招き入れられた。

「お茶を飲みながら、読書にふけってもいいかしら?」
「こぼさねば構わぬぞ」
「ええ、本を読むことはよいことですから」

 許可をもらうと早速、祥子は荷ときを始める。
 分厚い本を横に置いてから、緑茶とお茶うけを差し出した。

「お茶うけは、『味噌饅頭』と『ちまき』です。
 とりあえずはお茶にしましょう!」
「えぇ、すぐに準備しますね」
「なにを読んでおるのじゃ?」
「いま読んでるのは『葦原藩史概略・壱』という本ですよ」
「ほぅ」
「古代シャンバラ王国が滅んだのちに、マホロバへ渡った者たちが書いた葦原藩創設期の記録です。
 まずはこのへんを押さえて、時代を現代までくだるかたちでマホロバ幕府の歴史とともに学ぼうと思っています。
 教職課程にもかかわることだし、しっかりしなきゃと思って……」
「祥子は先生になりたいのか?
 なればうちに来やれ、大歓迎でありんす!」

 ハイナの求めた握手に、祥子はにっこり応える。
 とそのとき、扉がノックされた。

「こんにちは、長原淳二です」
「緋雨と麻羅もいま〜す!」
「入ってもよいかのう?」
「いま開けるでありんす〜」

 扉を開けると、笑顔で立つ長原 淳二(ながはら・じゅんじ)と、うしろに緋雨と麻羅。
 訊けば、校長室の前で出会ったらしい。

「和風なお茶菓子を買ってきました。
 お口に合うとよいのですが……」
「どれどれ……」

 淳二が差し出した紙袋には、大量のみたらし団子が!
 親指を立てて、ハイナが大喜びしている。
 かくして、6名はお茶を飲み始めた。

「あっ、あのっ!
 ハイナさん、房姫さん、工房を使わせていただき、本当にありがとうございます!
 まだまだ理想にはほど遠いけど、なにかしらのきっかけはつかめそうなの」
「そうか、それはよい」
「その調子で、今後もがんばってくださいね」
「はいっ!
 あとついでに、ハイナさんと房姫さんに訊きたいことがあるの。
 葦原というかマホロバというかパラミタに、地球にはない珍しい鉱石ってあったりするのかしら?」
「珍しい鉱石、とな?」
「どのようなものでしょうか?」
「えっと、簡単に言うと物語上にしか存在しない、ミスリルとかオリハルコンみたいな金属のことなんだけど。
 最高のものを造るには、技術だけではなく、最高の素材も必要になってくると思ってね」
「なるほど……房姫、知っておるかえ?」
「いえ、わたくしは存じ上げません」
「う〜む、房姫が知らぬということは、ないと考えるのが妥当ではないかのう」
「そうですか、そうですよね……」
「すみません、お役に立てなくて」
「いえ、ありがとうございます!」

 まず口火を切ったのは、ちょびっと緊張気味の緋雨だった。
 本日の目的、半分達成。
 あとは、まったりのんびり世間話でも……おや?」

「ところでハイナも房姫もいけるクチかえ?」

 すかさず、麻羅が2人へ問いかけた。
 しかも、お猪口をあおる仕草つきで。

「妾は焼酎が好きでありんすよ」
「わたくしも飲めますが、果実酒やワインなどが好みですね」
「そうか、では今度、ともに飲もうではないか!」
 秋のひやおろし前に、夏のすっきりとした酒をつまみの鰹と一緒に飲むのはうまいぞえ」

 大人の会話が交わされるあいだ、残る生徒組の会話も弾む。

「お、このお饅頭、味噌味なんですね。
 美味しい」
「みたらし団子も、味がしっかりとしていて美味しいわ!」
「どのお茶請けも、渋めの緑茶だと甘さがひきたっていいわあ」

 淳二も緋雨も祥子も、お茶とお茶うけに舌鼓をうつ。
 そして、しばしの沈黙。

「あ、ところでハイナさま、房姫さま」
「ん?」
「どうしましたか?」
「ちょっとお訊ねしたいのですが、お2人はどんな本をお読みなのです?」
「妾は、戦術書や武術の本が多いのう。
 いま読んでおるのは、日本の新選組にかんする書物じゃ」
「わたくしはれ……」
「れ?」
「いえ、占いの占術や天文学の本を読んでいます。
 最近は、陰陽師について研究しておりますの」
「へぇ、どちらも面白そうですね。
 ちなみに、マホロバや葦原藩についての歴史を学ぶうえでおすすめの本などはございますか?」
「ふむ、いくつかあるにはあるが……」
「図書館へ行かれてはいかがでしょうか。
 わたくしが厳選してとりそろえた本ですから、きっと祥子さんのお役に立てますわ」
「ありがとうございます、この本を読み終わったら行ってみます!
 じゃああとは、またーりまたーり、本でも読みましょう☆」

 本を手にとると、祥子はごろ〜んと寝転がる。
 麻羅はハイナと酒の話を、淳二と緋雨は房姫と占いの話を始めたみたい。
 そうして、しばらくのちのこと。

「師匠、いらっしゃるでござるか?」
「おるえ?
 入るがよい!」
「失礼するでござる!」

 やってきたのは、ハイナの弟子である杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)だ。
 脇目もふらず、師匠のもとへと一直線!

「師匠!
 師匠はなぜそんなに強いのでござるか?
 拙者、師匠との日々の修行をがんばっているでござるが……実力に現れないでござる。
 一体どうすれば……」
「なにを言うておる、焦るでない。
 お主、妾と修行をはじめてからどれくらいになる?」
「えっと……4ヶ月くらいでござる」
「じゃろう、まだ4ヶ月じゃ。
 そんなに早く結果が出るなら、妾はもう修行などしておらぬわ」
「はっ!」
「急いてはことをし損じる。
 自分と妾を信じて、しっかり修行に励むことじゃ」
「なるほど……拙者はまだ甘かったでござる!」
「龍漸さんの一所懸命さは、わたくしも存じております。
 修行の成果、必ずや実力となりましょう」
「師匠!
 房姫殿!
 感謝申し上げます!
 これからも、ご指導お願いいたしますでござる!」

 しかと頭を下げ、龍漸はハイナと房姫に礼を述べた。
 心を落ち着かせて、風呂敷包みから箱をとりだす。
 中身は、きなこたっぷりのわらびもちだ。

「師匠!
 房姫殿!
 拙者の気持ちでござる、ぜひ食べてくだされ!
 たくさんつくってきたゆえ、ほかのみなさんにも食べてほしいでござる!!」
「まぁ、ありがとうございます」
「なるほど、じゃから手の傷が増えておるのだな。
 無茶をしおって……」
「なんと!
 隠してござったが……さすが師匠でござる!」
「どうじゃ、痛くはないのかえ?」
「心配ご無用!
 日々の修行と比べれば、痛くもかゆくもないでござる!」
「そうか、これは頼もしいでありんす」
「それよりお味はいかがでござろう?
 口に合わないなら遠慮なく言ってくれでござる」

 つくった本人からそう言われると、なんとなく身構えてしまう。
 だが龍漸の心配を余所に、そこにいた全員が美味しいと口許を緩ませる。
 読書や歓談など好きなことをして過ごす時間は、おのおのにとってとても有意義なものだった。