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リアクション
【四 機動強化服先端総研】
金の流れを調べているのは、何も西地区管轄風紀委員オフィスに詰めている者達ばかりではない。
神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)とルカルカ・ルー(るかるか・るー)の両名は、太田善三郎の口座がある海京銀行西地区支店に足を延ばし、ルカルカの国軍としての捜査権限を駆使して、オンライントレーディングログを取得しようと頑張っていた。
銀行側は全面的に協力してくれている為、手続き上の問題は何ひとつ無かったのだが、とにかくトレーディングログの量が極めて膨大である為、アイスキャンディが仕掛けたハッキングによる入金データを特定するのに、酷く手間取っていた。
「アイスキャンディ側に潤沢な資金がある……という読みは、ものの見事に外されてしまいました。正直、ちょっと悔しいですね」
ログの吸い上げに恐ろしく時間がかかる為、端末の前で手持ち無沙汰になっていた緋翠とルカルカだったが、雑談の中で自分達の推測が外れてしまった旨を頭を掻きながら口にすると、ルカルカも難しい表情で、大きな胸を押さえ込むような形で腕を組む。
「ルカも、あんまり偉そうなことはいえないよ。だって、銀行側が振込みや入金に絡んでるって、思い込んじゃってたもんね……」
この時点でふたりは、振り込まれた電子マネーが全て、もともと太田善三郎所有の財貨であることを突き止めている。
つまり、これまでアイスキャンディは自身の懐からではなく、標的の財貨をそのまま別の口座に移動させていただけに過ぎなかったのだ。
「ここ来る前にルージュさんと電話で話したんだけど、絶対に思い込みや主観で動くなっていってたのは、まさにこういうことだったんだね」
いいながら、ルカルカは端末前の椅子の背もたれに上体を預け、いささか落胆した調子で天井を眺めた。
もうこうなったら、純粋にログ上からアイスキャンディの動きを掴む以外に無い。
「ダリルにゃ悪いけど、目を皿のようにしてログと睨めっこしてもらうしか無さそうだね」
「そう……ですね。これだけの量ですから、やらされる方は、たまったものではないでしょうけどね」
緋翠が苦笑して肩を竦めると、ルカルカもばつの悪そうな笑顔を浮かべる以外に無かった。
再び、西地区管轄風紀委員オフィスの外部開放用カンファレンスルーム。
緋翠とルカルカが送り付けてきたログデータを独自に開発したFTPで受け取ったダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、そのあまりのデータ量の多さに若干面食らった様子で、端整な面を困惑に歪めていた。
「また随分大量に送り付けてきたものだな……これを全部見ろ、という訳か?」
あからさまに嫌そうな顔つきで、端末モニター上に映し出されるログの塊を睨みつけているダリルだが、その横から、クレアがダリル以上の難しげな表情で顔を突き出してきた。
「これはもう、人海戦術でやるしかなさそうだな……ヴィゼントさん、メシエさん、聞いての通りだ」
既にクレアの頭の中では、このふたりも手伝うことになっているらしい。
ヴィゼントとメシエは互いに苦笑しながら顔を見合わせつつ、それぞれが割り当てられた端末に飛びつき、ダリルからのデータ転送を待ち受けた。
ところが、すぐ隣の端末にデータを送りつけるだけでも結構な時間がかかることが分かり、仕方無く他の三人は、ダリルの端末にユーザーアカウントを別に作成してリモートログインし、四人で一台の端末内でのログ解析を進める破目となってしまった。
しかもデータパターンが極めて多岐に亘る為、フィルターツールがほとんど役に立たないというおまけつきであった。
「まさか、こんなベタな人海戦術を取らされることになるとはな……」
ダリルのぼやきは、この場に居る全員の心情を代弁しているといって良かった。
西地区管轄風紀委員オフィスにて、ダリル達が心の中で悲鳴をあげている頃。
一旦ルカルカと別れた緋翠は、近くのカフェにて無線LANに端末を接続していた水鏡 和葉(みかがみ・かずは)のもとへと向かった。
和葉と同じテーブルでは、パートナーのルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が手持ち無沙汰にアイスコーヒーをすすっていたが、緋翠の姿を見つけると、嬉しそうに手を振って自分達の位置を知らせてきた。
緋翠が和葉とルアークの待つテーブルにつき、ダージリンティーを注文してから、急に声を潜めて海京銀行西地区支店での経緯を手短に話した。
事が事だけに、最初のうちは真剣に話を聞いていた和葉とルアークであったが、やがて事態がオフィス組に委ねられたところまで話が終えると、ルアークが早速持ち前の口の軽さを発揮した。
「へぇ〜、もともとの持ち主に、別口座への電子マネー移動ねぇ……な、和葉。その被害者って連中、もしかして天学の上層部の誰かと繋がってんじゃないの? なぁんて、ね」
あまり深く考えずに放ったルアークのそんなひとことだが、しかし緋翠が慌てて腰を浮かし、ルアークの口元を掌で押さえる。
「しっ、ルアーク……誰が聞いているか分からないのですから、不用意なひとことは謹んでください」
しかし、一方の和葉はルアークの軽口に何かヒントを得たらしく、小難しい表情で手元のメモに何やら素早く書き込んでいる。
「調べてみる価値はあるかも知れないな……よし、ひとつオレが、調べてみるか」
和葉は手元のメモ帳をぱたんと閉じると、飲みかけのミックスジュースをひと息に空けて、席を立った。
「やばい相手に絡むかも知れない……警戒だけは、厳重にね」
いつになく緊張気味に語る和葉のその言葉に、緋翠とルアークは揃って頷いた。
* * *
ルージュはオフィスを出て、何人かの風紀委員や外部協力者達と共に、試作パワードスーツが盗まれたという機動強化服先端総研へと向かったのだが、途中、新たに協力を申し出てきたコントラクター達と出会った。
「はろはろ〜。パラ実で番長やってる伏見明子ですよ〜」
「あ、えーと……そのパートナーのレイです」
現れたのは、伏見 明子(ふしみ・めいこ)とレイ・レフテナン(れい・れふてなん)のふたりである。
レイは普通に自己紹介をするだけに留めたが、明子の方はいきなりフレンドリーに手を差し伸べてきて、半ば強引にルージュの手を取り、ぶんぶんと豪快にシェイクハンド。
対するルージュはといえば、明子になされるがまま、握られた右手を上下に大きく振りっぱなしにされる有様であった。
「早めに騒ぎが収まって欲しいって事で、捜査協力に来ました。どうぞよろしくー」
笑顔を浮かべつつ、口ではそういっている明子だが、ほとんど同時に、彼女はテレパシーをルージュの意識に投げかけていた。
(突然で申し訳無いんだけど、皆にはあまり聞こえて欲しくないから、こっちで質問させてくれるかな?)
(……俺の知っている範囲で頼むぞ)
理由も聞かず、ルージュは同じく精神の声だけで応じてきた。思わぬ即答に、逆に明子の方が驚かされたぐらいである。
ともあれ、新たな協力者を得たルージュ率いる風紀委員と外部協力者の一団は、機動強化服先端総研へと向けて、再び歩を進め始めた。
すると早速、明子がテレパシーを用いて、ルージュに質問を投げかけてくる。明子にしろルージュにしろ、他者に悟られぬよう、互いに素知らぬ風を装っていた。
(ずばり、きついことを聞くけどさ、気を悪くしないでね)
(遠慮は要らん。で、何だ?)
(……強化人間って、そもそもが人体実験が前提だから、色々無茶やったりで恨みや因縁が溜まり易い気がするのよね。今回も多分その辺りが原因だと思うケド。そこで管区長って立場の人に聞いてみたいんだけど、その辺のもやもやってさ、どう解決していったら良いと思う?)
この時、ほんの一瞬だけだが、ルージュの口元に僅かな苦笑が浮かんだ。事情を知らない者が見れば、ルージュが何かの思い出し笑いをしているのではないかと勘繰ってしまうところであろう。
一方の明子はといえば、ルージュのこの思いがけない反応に、厳しい質問をぶつけた身ではありながら、僅かに戸惑いを覚えてしまった。
(ねぇ……何か、おかしなこと訊いた?)
(おかしくはないが、訊く相手を間違っている。生憎だが、俺はお前のいうもやもや感を覚えたことが無い。よって、どう解決すればという質問にも、俺としては解を持っていない、と答えるしかないな。だが、敢えていうなら……)
この時、ルージュは一瞬だけ妙な間を作った。答えあぐねているのか、それとも答えそのものに自信が無いのかは、よく分からない。
だが、その直後に明子の脳裏に響いたルージュの思念には、確固たる覚悟の力が宿っていた。
(そういうのも全部ひっくるめて、強化人間だ。これを仮に運命や宿命という言葉に置き換えるとするならば、己の宿命に打ち勝てない者は、ただ自滅する。それだけの話だ)
明子は思わず息を呑んだ。
管区長を務める程の強化人間の何たるかを、この場で初めて理解した気分になった。
と、その時、ルージュの携帯に着信音が鳴った。ルージュが出ると、通話口の向こうから響いてくるのはルカルカの声だった。
『あ、ルージュさん。さっきダリルから連絡あってね。やっぱり、痕跡は残ってわ』
「ほう……どの程度まで掴めた?」
『それがね……被害者のうち、最初と二番目を除く残りの四人から、結構な規模と頻度で、同じルートに一定の額の電子マネーが流れていたの。勿論それらは、アイスキャンディのハッキングによる入金とは全く別。つまり今回の一連の事件は、全くの無差別攻撃じゃなくて、裏に何かがある、と考えた方が良さそうね』
ルカルカからの報告では、まだそれ以上のことは分かっていないそうだが、早い段階でアイスキャンディに何らかの意図があっての攻撃であることが分かったのは、大きな収穫だった。
ルージュは早速、ルカルカからの報告内容をレイの籠手型HCに記録させた。
細かい分析は、後でやる。今はとにかく、機動強化服先端総研に向かうのが先決であった。
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