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リアクション
第3章 品評会――その1
「それにしても面白そうなことを考えてくれるもんだぜ……」
炎天下の荒野の中、【パラ実新生徒会会長】である姫宮 和希(ひめみや・かずき)はこれでもかとばかりにだれていた。暑い日が続いているからと、タライに水を張り、その中に水着で入り、団扇で扇いでいる。トレードマークである学ランはさすがに脱いでいるが、学帽はかぶったまま。一体何をしに来たのかと疑いたくなる姿である。
「あれ? 和希ちゃんじゃない、どったの?」
「んお?」
水に浸かったまま和希は声のする方に顔を向ける。するとそこには今回のイベントの発起人である要がいた。その近くには彼女のパートナーであるアレックスもいる。
「お〜、要にアレックスじゃないか。こんなとこで何やってんだ?」
「そりゃこっちのセリフだよ。こんなとこでタライに入っちゃって、何やってんの?」
「……まあ、この姿を見て何をやってるのかわかったら、そいつは天才か変人だな」
暑さで頭がおかしくなっているのか、和希の言動はどことなくおかしかった。
「俺はな、ここでみんなの熱い魂をしかと見せてもらおうと思ってんだ」
「魂?」
「イコンだよイコン。品評会やるんだろ? だったらやっぱ審査員がいないとな」
そう、和希はこれから行われる即席イコン品評会の審査員長を行うつもりでいたのだ。パラ実の連中がなにやら面白そうなことを始めるという。それならば生徒会長である自分が参加しないわけにはいかないだろう。
「審査員なんてやってくれちゃうの?」
「おう。別に何かしらの景品を用意してるわけじゃないけどな」
水着姿でタライに入ったまま、和希はケラケラと笑う。
「聞いたぜ要、アレの大きさと強さに不満を持ってるってな」
「そうなんだよね。やっぱり他のと比べて小さいから弱っちすぎて困っちゃうんだよね〜」
「わかる、わかるぞ要! 漢のモノはやっぱ大きくて強くないとな!」
「……お前ら、イコンの話をしてるんだよな?」
和希と要のその会話だけを聞くと別の意味にも取れてしまう。まさか別の話題ではあるまいとアレックスは確認として聞いてみる。
「イコンに決まってるじゃない」
「ああ、イコンのことに決まってるぜ」
何を言ってるんだお前は。アレックスに注がれる2人の視線はまさにそう言っていた。もっとも、今の会話が「別の意味」にとられたところで気にするような和希ではなかったが。
「それにしても……、暑いな、ここは……。熱い魂の前に別の熱さで参っちまいそうだぜ……」
ひたすら団扇で扇ぎながら和希がぼやく。
「まあただでさえ炎天下の上に、イコンだの出虎斗羅だのが大勢やってきてるからな。エンジンの熱とかも追加されてんだろ」
涼しい顔で冷静に状況を分析するのはアレックスだ。
この場に集まったのは、イコンはイコンでもそれぞれ独特のカスタマイズが施された、いわゆる「魔改造イコン」である。鉄の塊が動くというそれだけでも熱いのに、操縦するパイロットの熱気がそれを増幅させていた。しかもイコンだけではなく、パラ実特有の出虎斗羅の姿まで見える。和希が水の中でだらけてしまうのも無理は無いだろう。
「確かにここまで熱いと、何か冷たいものが欲しくなっちゃうよね……」
「そう言うと思って、ここに用意は整っております」
要のぼやきに一体誰が反応したのか、彼女たちの近くに缶ジュースが突き出されていた。
「今日はこんなにも暑いしね。喉が渇くのもしょうがないよ。というわけで、お1つどうぞ」
「お〜、なかなか気が利いてるじゃないか。ありがとな」
遠慮というものを知らないのか、和希は缶ジュースの持ち主――このような状況下においてさえ執事服を着込んだ椎名 真(しいな・まこと)から適当なものを抜き取った。
「さ、要さんとアレックスさんもどうぞ」
「あ、こりゃどうも……」
「ありがと〜」
アレックスは少々遠慮がちに、要は和希と同じく無遠慮にジュースを受け取る。
夏の暑さ、そしてイコンや大型車両の熱気が充満する中において、真のこの差し入れは非常にありがたかった。そのおかげか、和希の熱に浮かされた頭も元に戻ったらしく、発言が明瞭になっていった。
「ぷは〜! よし、頭も復活したところで、本格的に審査員やるとするか!」
「え、これ審査とかあったの?」
「……なんだおまえ、何も知らずにここに来たのか?」
目の前にいる水着姿の女がイコン品評会の審査員長であると知った真が目を丸くする。
そもそも真がこの品評会に参加したのは、彼のパートナーである彼方 蒼(かなた・そう)が原因だった。犬の獣人である蒼は機械いじりが非常に好きであり、最近ではイコプラの制作にハマっているのだという。そんな蒼は、今回のイコン魔改造の話を聞きつけるや否や、
「魔改造ならまかせろー! でっかいイコプラにはまけないー!」
イコンのことを「巨大なイコプラ」と思い込んでいる蒼は、イコン魔改造の様子を見て、それを自身のイコプラ魔改造の参考にしようと張り切りだしたのだ。
「変な方向に火がついちゃったみたいでね。あんな風に……」
真が指差す方には、自前のイコプラを持ち込んで、いかにして魔改造するか悩む蒼の姿があった。
「デッカイイコプラがーしがし♪ じぶんはイコプラいーじいじ♪ かいぞー♪ かいぞー♪ まかいぞぉー♪ ゆーめはイコプラぬいぐるみー♪」
どちらかと言えば非常に楽しそうだったが……。
「まあ実際、イコンの改造風景なんて見ること自体少ないしね。何かしら参考になればいいけど……」
果たして、本当に参考になるのだろうか。真は内心でかなり不安だった。
金属とエネルギー機構を中心に構成されているイコンは、魔改造どころか通常の改造も難しく、本気で行うとすれば専用の製造プラントを利用しなければならない。しかもそのプラントは誰でも簡単に使える代物ではなく、まして一般の学生にはその所在は明かされていないとされている。しかも、仮に製造プラントにアクセスする権限を持っていたとしても、イコンの改造、あるいは新規製造はほぼ不可能とされ、できることといえば既存のイコンをベースにバージョンアップした新型を生み出すことくらいである――それでも気軽に行えるようなものではない。
逆にイコプラの魔改造それ自体は容易である。何しろ素材はプラスチックであるし、兵器ではなく、言ってみれば「おもちゃ」も同然のプラモデルは、素材さえ揃っていれば誰にでも魔改造ができるのだ。だからイコン魔改造をイコプラ魔改造の参考にするという蒼と真の発想は決して間違いなどではないのだ。
問題があるとすれば、イコプラ魔改造に使う「素材」である。デザイン、構造、巨大化の際のアイディア。そういった改造案をどのようにイコプラに反映させるか、という点で真は蒼と共に魔改造の風景を見学するつもりでいた。だがその結果、蒼が、
「ほんかくしようー!」
などと言い出して、自宅にある家電製品の金属パーツを勝手に持ち出すようなことでもされたらたまったものではない。
(イコプラサイズなら、本格的なものを使わなくたってパテとかでいけそうだしね。っていうか、本気で金属使うなら、身の回りの金属クズとかお店で売ってる金物とか、あるいはジャンクショップのクズ鉄とか……、どうせ使われるなら、できればそういうのを使わせないと……!)
そしてそれを達成するためには、蒼ではなく自分が改造の案を考え付かなければならない。実は真の役割とは非常に重大なものだったのだ。彼とパートナーの間という局地的なものではあるが。
「まあそんなわけだから、見学だけでもさせてよ」
「私は別に問題無いよ」
真の頼みに発起人である要がそう言うのだ。アレックスと和希に拒否する理由は無かった。
「真にーちゃーん。何かあまいものないー?」
「はいはい、用意は整っております」
そう言い残し、真は蒼を世話しに行った。
「んじゃまあ、とりあえず、審査そのものは和希ちゃんに任せるとして、私たちは横でコメントでも考えておく?」
「まあそもそもの目的がイコン改造のトップを決めることじゃないからな。俺はそれでいいと思うが……」
元々審査をやると言い出したのは要ではなく和希である。それならば審査は和希1人に任せておき、要とアレックスは横から茶々いれをする程度にとどめておいた方がいいだろう。
「まあ、それでいいんじゃないか? おまえらが審査に加わってくれたら俺も楽できたんだけどな」
「趣旨が趣旨だからなぁ……」
審査を断るということに、アレックスは苦笑するしかなかった。
かくして、即席のイコン品評会が始まった。
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