百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回) 【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

リアクション


第15章 アガデ襲撃 1

 地平に完全に日が没すると同時に「それ」は活動を始めた。
 シュルシュルと、細くて黒いツルのようなモノが土を割り、地上へ芽吹く。
 一度そこで動きを止めたかに見えたそれは、やがて双葉を先端につけた。
 双葉の中央から芽生えた茎がさらに伸び、本葉を生やし、さらに太くて硬い茎を伸ばす。
 それはすぐに幹と呼ばれるモノになり、節をつくり、そこから枝を四方に伸ばした。

 それを目にする者がいたなら、まるで大樹ができるまでを早送りで見ているような光景だと思ったことだろう。
 爆発的なエネルギーでもってそれはみるみるうちに成長していく。
 まるで、互いに競い合うように、上に、横に、広がっていく。
 枝同士を絡ませあい、葉をこすり合わせる。
 ざわざわと。

 黒く、無骨な大樹は、根と幹と枝でもって背後の外壁と門を押さえ込んだ。
 探るように表面を這い、ひび割れを見つけたならどんな小さなものにすらツルの先端を食い込ませ、枝と化して支配した。

 ここはイナンナの守護する地。
 いくら驚異の成長を遂げようとも、あの天を衝くほどの巨木とはならない。
 しかしそれもまた、計算のうちか。
 大樹が成長を止めたとき、その高さは外壁を超えるほどではなかった。
 それゆえ暗闇にまぎれ、だれの目にもとまらなかった。

 ざわざわと。
 ざわざわと。
 ひそやかにそれは、都を囲い尽くそうとしていた……。




「玖朔さん!」
 門をくぐり、超霊の面を手に街へと歩き出した玖朔を本郷 翔(ほんごう・かける)が呼び止めた。
 あまりに思いつめた顔をしていたものだから、どうしてもほうっておけなかったのだ。
「あ?」
 暗く、険の立った表情で振り返る玖朔からは、殺意がにじんでいる。だがそれが向けられているのは翔にではない、自身に向けてだ。己を自らの手で壊してしまいかねない、自暴自棄な彼の姿に翔は内心やきもきしつつ言った。
「玖朔さん、あの……あそこに見える、鐘楼の横の赤い屋根の家、分かりますか?」
「ああ? あれが何だよ」
「調べましたら、あそこは薬師の家だったんです。今は避難されていて空家ですから、あそこを休息の場としました。けがの治療もある程度できるようになっています。もし……疲れたり、けがをしたら、あそこに来てもらえますか?」
 玖朔は翔の指差す家屋を見、翔を見、再び歩き出す。
「玖朔さん」
「……あんだよ。言いたいことあるならいっぺんに言えよ」
 うなる玖朔に、翔は静かに告げた。
「今、あなたは何かを破壊したくてたまらないのかもしれません……。周りにいる人全てが憎くて、腹が立って、手の届くところにある物全てを壊してしまいたい衝動にかられているのかもしれないですね。
 ですが、だれを殺しても何もならない。その苦しみが癒されないことは、あなたも承知しているはずです、心のどこかで。きっと、ひとを傷つけた分、あなたはあとでそれ以上に傷つき、自己嫌悪することになります。なぜなら、そうしたい相手は彼らではないから。
 命を奪うことになれば、それこそ取り返しがつかない……。ですから、壊すなら建物にしておいた方が無難でしょう」
 それに、その方が見た目にも派手に暴れてるように見えますしね。
「……ちっ。んなこたぁとっくに分かってるさ!」
「そうですか。無用な心配をしてしまいました、申し訳ありません」
 素直に執事然と頭を下げる翔に、玖朔は上げた手の下げどころを失ったような罰の悪い思いで背を向ける。
「行ってらっしゃいませ」
 玖朔の姿が見えなくなるまで翔が頭を上げることはなかった。

*       *       *

「すっかり暗くなっちまった」
 男は店の戸口に鍵をかけつつ独りごちた。
 まぁ、1日が終わって帳簿の帳尻が合わないのはいつものことだ。
 ただ今夜は避難所へ行かなければいけないのが厄介だった。自宅なら、このすぐ裏にあるのに。
(今から行って、食べ物が残っているかなぁ)
 期待は薄い。ほうっとため息をついたとき、2軒先の店から見慣れた顔が現れた。
「やぁ」
 暗がりから突然声をかけられたせいか、ぎくりとその体が引きつる。
「……ああ、セイさん」
 振り返り、顔見知りの男であることを知って、女はほっと胸をなで下ろした。止めていた手を動かし、ショールを羽織る。
「あんまり驚かさないでよ。びっくりしたわ」
「ははっ。すまないね。あんたもこの時間かい?」
「ええ。今日はすごいお客が来てねぇ。たくさん買ってってくれたんだよ」
「ああ見たよ。もっとも、こっちはガラス越しだったけどね。きれいな人だったね」
「魔神って言うからすごく緊張しちゃったんだけど、なかなか気さくな女性だったよ。にこにこ笑ってねぇ」
 2人は連れができてお互いに緊張がほぐれたのか、談笑しながら歩いて行く。
「ああほら、私たちだけじゃないみたいだね」
「やあ、靴屋の」
「ああ。おふたりもまだ残ってたのか」
 ブロックを過ぎるごとに人が増え、やがて10人ほどのちょっとしたグループになった。
「みんな、商売熱心だねぇ」
 これだけいればひと安心と、ほっと息をついたときだった。ふと、前方の街燈の下に、立つ人影が見えた。
「おや? あれは……」
 じっと目をこらす。
「ああ、あれは金物屋のアルじいさんだよ。ほら、背中が丸まってるだろう。――おーい、じいさん! あんたも一緒に行かないかい?」
「――違う! 近づいちゃ駄目だ!!」
 声に反応し、こちらを向いたそれが、溶けただれた顔を持つ恐ろしい悪鬼――グールであると気付いた青年が手を伸ばす。だが遅かった。
「……え?」
 男は自分の肩を貫いて前に出た指を、不思議そうに見つめた。その体がぐらりと揺れ、地面に崩れ落ちる。
 街燈の下に出てきたのは、何体ものグール、ゾンビそしてスケルトン……。
「! どうして……!?」
 じりじりと後退する、彼らの退路を断つように、背後にふらりと巨躯の男が現れた。異国の奇妙な鎧をまとった男。
「た、助け――ひいっ!」
 街燈に照らされたその横顔がこちらも骨と知って、男は引き攣った悲鳴をあげた。周囲の者たちとぶつかって倒れ、尻もちをつく者もいる。
「……ここは戦場なり……」
 骨の武者葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)はそう告げた。
「これよりこの都は未曽有の悲劇の地と化す。地を埋めるは無数の骸、流れるは赤き血の川。だれも生き残ることかなわず。
 酷烈たる運命に囚われし弱き者どもよ。力なき有象無象は早々に逃げ散るが良い。さもなくば……赤き川の1滴となるのみ」
 狂骨の手から放たれる黒き霧、アボミネーション。
 それを受けた先頭の男は、のどを押さえ、苦悶の表情を浮かべながら街路を転がった。
「う……うわああああっ!!」
 かなしばりが一気に解けた。
「きゃああああ!!」
「だれか来てーっ!!」
「助けてくれーっ」
 思い思いの方角へ、いっせいに散って行く人々を、グールたちが追う。髪を掴み、引き戻し、切り裂く。
「きさま! そこで何をしている!!」
 悲鳴を聞きつけた騎士が、剣を手に現れた。その数4人。しかしどれも狂骨の敵とはなり得ない。
 彼はアボミネーションを叩きつけ、暗黒ギロチンをふるい、またたく間に彼らを斬り伏せた。
「駆逐せよ……弱き者は、生き残るに値わず……」
 鎧をきしらせながら、狂骨は大道を歩く。
 左右の路地では、グールやゾンビたちによる狂宴が繰り広げられている。
 そこから流れ出てくる血が、狂骨の通りすぎた大道に赤き血の川を生み出していた……。

*       *       *

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 互野 衡吾(たがいの・こうご)は路地から路地へ走っていた。
 ときどき背後を振り返り、追手の様子を伺う。
「おい! こっちだ!! 見つけたぞ!!」
 そんな声が聞こえて、さらに速度を上げた。
 昼間のうち、辺りを下見して頭の中に叩き込んだつもりだったのだが、ここはどこも似たような路地ばかりで、走っているうちに今いる所がどこだか全く分からなくなってしまっていた。 
「迷路かよ、まったく……」
 袖で額の汗をぬぐう。
 そのとき、前方後方両方から足音が聞こえた。
「しまった!」
 挟みうちだ。逃げていたつもりが追い込まれていたのだ。
 地の利は向こうにある。今日初めて来た身では分が悪いのは当然。
(やるしかないか……!)
 衡吾はワイヤークローを握った。
 できるなら対人戦はやりたくない。だから街の破壊も空家に限って行ってきた。だが、捕まるとなれば話は別だ。
 だが次の瞬間、彼は横の細路地から伸びた手によって暗がりに引っ張り込まれた。
 同時に小門が閉じられる。
「むぐっ」
「しっ――音をたてるな」
 ふさがれた口の横で、ひと差し指が立った。
「――どうした? なぜいない?」
「おかしいな。たしかにここへ追い込んだはずだが……」
 小門の向こうから、はちあわせした追手がとまどう声が聞こえた。
「くそ! いいから捜すぞ! これ以上破壊される前に、早く捕まえるんだ!」
「あ、ああ……」
 走り去る足音。それが完全に聞こえなくなるのを待って、衡吾は詰めていた息を吐いた。
 自分がそうしていることも気付けていなかった。
「おい、動けるか?」
 両手をついて荒い息をしている衡吾に、またも影から声がかかる。どこかくぐもって聞こえる声。男であることは分かるが、だれかまでは分からない。
 それもそのはず、雲の切れ間から現れた月に照らされたその面には、超霊の面がかぶさっていた。
 苦悶の表情を浮かべた醜い面に、どきりとする。
 仮面の男は立ち上がり、衡吾にも立つことを促す。
「走れるか?」
「ああ……」
 訝しむ衡吾に、仮面の男はあとについて来いと合図をした。
「なら、俺を手伝え」
「――俺は、人殺しはしない」
「奇遇だな。俺もそうだ」
 仮面の男は、笑ったようだった。

*       *       *

「おおっと。始まったようだなぁ」
 極刀『無縫修羅』を両肩に担ぎ、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は坂道から街を見下ろした。
 風に乗って悲鳴が聞こえてくる。それと、かすかではあったが血臭もかぎとれた。
「んー、相変わらずいいにおいだ。けど、方角が悪いな。ぶつかっちまう」
 竜造は松岡 徹雄(まつおか・てつお)に目線で合図を出す。徹雄は昼間のうちに街の各所に仕込んであった爆弾を時間差で爆発させていった。
「……数がちっとばかし足りねーな。いくつか見つかっちまったか」
 連爆する光が断続的に起きるのを見て、顔をしかめる。
「ま、いいさ。あれでも十分陽動の役目は果たすだろ」
 目指すは居城。敵の本陣だ。それ以外はみんなザコでしかない。
 だが近づくにつれ、だれにも見つからずにというのはやはり無理だった。
「これはきさまの仕業か!!」
 騎士団が現れ、ざっと周囲をとり囲まれる。
 巨大な剣を担いで歩いているのだ、言葉でごまかせるはずもない。
「……めんどくせェ」
 竜造は『無縫修羅』でなぎ払いをかけた。しかし倒せたのは半数。大半は左右の建物や街燈を砕いたにとどまる。
 大振りした隙をついて、先頭の騎士が間合いに飛び込んだ。
「はあっ!」
 1回転し、マントで視界をふさいだ次の瞬間剣を突き上げる。
「……ちッ!」
 竜造は顔面にきたそれを百戦錬磨の経験と勘でかろうじて避けることができた。
 大剣の弱点は、一撃を大きくはずせば隙を生じやすいことだ。いったん距離を取ろうとするが相手もそれと見抜いてか、そう容易にはさせてくれない。途切れない猛攻で竜造を後退させる。
 視界の隅で、徹雄もまた、騎士たちに取り囲まれているのが見えた。
「うおおおっ!!」
 男は卓越した剣技の持ち主だった。歳は四十後半か。相当実践も積んでいるのだろう。竜造はできる限りその剣をかわし、かわせないときは龍鱗化した腕でかろうじてすり流す。まともに受けても腕が切り落とされることはない。しかし、剣を叩きつけられる衝撃は骨まで達する。
(……くそッ。腕がしびれてきやがった)
 得物を長ドスに持ち替える隙も見つけられないまま、竜造はどんどん壁に追い込まれていく。しかしそれが反対に竜造への好機となった。背後に壁があっては斬りかかれないのだ。それと見抜いた竜造は、『無縫修羅』を捨てた。
「こいよオッサン」
「……ふっ!!」
 竜造の心臓を狙って突きがくる。
「そうくると思ったぜ!」
 寝かされた刃を下からのこぶしで叩き折り、しゃがみ込んで避けた竜造は、折れた刃を騎士の腹部に突き立てた。
「がはっっ……!!」
「イェサリ様!! ――あッ!」
 主人が倒されたことに動揺した隙をついて、徹雄がのどを切り裂く。
「そっちも終わったか。んじゃー行くぞ」
 街路に転がっていた『無縫修羅』を担ぎ上げ、竜造は再び歩き出した。彼の目に映るは、月の光を浴びて輝く城のみ。
 そして、この一部始終を録画している者がいた。
 ベルフラマントをはおり、装備品には迷彩塗装を施して、完璧に気配を絶っている。
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)――彼は冷徹な観察者だった。竜造や徹雄に騎士たちが次々と倒されていくのを、目をそらすことなく撮り続けた。
「……イェサリ……様……」
 かろうじて息のある騎士が、這いずって主君の元へ向かう。その腹部から流れる血の帯。彼が願いかなわず途中で息絶えるまで、小次郎はビデオを回し続けた。
 この場の騎士が全員死したのをきっかけに、小次郎は別の路地へと向かう。血の流れを追いさえすれば、死体はいくらも見つかった。
 なかには軽傷の者も、重傷を負った者もいた。
「たす、け……て……たすけ……」
 うつ伏せに倒れ、ぶつぶつとそればかりをつぶやいている者も。
 だが小次郎は彼らのために、指1本動かさない。
 感情はセルフモニタリングで凍結してある。だから何も感じない。
 解いたとき、自己嫌悪に陥るかもしれない。やりきれない気分になり、何かを……自分を、破壊したくてたまらなくなるかもれしない。だがそれはすべてあとのことだ。今彼が望んでいるのは、この血の惨劇を克明に記録すること。感情を一切排除して、あるがままを記録することだった。戦場カメラマンのように。
 爆破された家屋を録画し、グールやスケルトンから逃げ惑う人々を録画する。
 そのとき、南西の方角で爆発が起きた。
 臨時避難所のある方角だ。
 小次郎はカメラを止め、そちらに向かった。