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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第11章 アガデ会談 2

「陽の光の下で魔族たちの楽園を手に入れたいという気持ちは分かるよ」
 程度に差こそあれ、無意識的に見る人を不快にさせる外見の持ち主とは思えない、とても静かな声でブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は切り出した。
「ボクたちだって、太陽は好きだもの。晴れ渡った空を見ればそれだけでうきうきしてくるし、反対に、曇り空を見ると気持ちまでどんよりとしてくる……天候って、心と密接に結びついているものだよね。ずっと暗いまま、明けることのない世界には、だれだっていたくないもの」
 そこで言葉を切り、だれからも異論が出ないのを見てブルタは頷く。
「だれだって好き好んで行きたがったりしない、そんな所へ何千年も追いやられれば、地上の人類を憎む気持ちも分かる。だけど、じゃあ憎い憎いって言ってただ人間を殺すのが唯一の道ってことはないんじゃないかな。末端の魔族はともかく、あなたたち魔神は指導者なんだから、もっと理性的になるべきだと思う。憎しみという感情にばかり目を向けず、ザナドゥの利になることで動くべきだと。
 そこでボクは、魔族の受け入れ先としてタシガンを提案したい」
 具体的な名が上がったことに、一瞬コントラクターたちの間でざわめきが起きた。
 ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)はブルタの横で彼らの反応を伺い――単純に驚く者、眉をひそめる者、パートナーとささやきあう者、それは個々人によってさまざまだった――そっとブルタと意味ありげな視線をかわす。
「タシガン?」
 ロノウェは確認をとるように聞き返した。初めて聞く名だった。
「うん。そのほかにもいろいろ考えたけど、やっぱりタシガンが最適なんじゃないかと思う。あっちは領主も吸血鬼だしね。きっと、カナンより魔族に一定の理解を示すんじゃないかと思うんだ。
 それに、最近発見されたナラカの負のエネルギーを正に変える装置もタシガンで稼動しているし、それの更なる開発、研究にザナドゥの知識は大いに生かせるかもしれない。まぁ、これはあくまで可能性の話だけど。でも、そうなれば双方にメリットのある事じゃないかな」
「その前に、あなたはそのタシガンとやらでどれほどの地位についているの? あなたにそれを提案する権利があるとは到底見えないのだけれど」
「ボクは……」
 ブルタは初めて言いよどんだ。
 彼は以前、イェニチェリとしてある程度の地位と発言権を得ていた。しかしそのイェニチェリは解体され、今はもう存在しない。今のブルタの立場は……。
 ステンノーラの手が、そっとテーブルの下でブルタの手に触れる。
「ボクは、一般学生かな」
「そう。
 あなたが言うタシガンが私たち魔族の居場所にふさわしいというなら、まずあなたが率先してタシガンの領主と交渉し、その地へ私たちを正式に招請しなさい。どのような地かも知れない場所を、言われるまま鵜呑みにはできないわ。
 でも、ことわっておくけれど、ザナドゥの民を受け入れる土地を提供すると言ってきたのはそちらの方。私たちの中でそれの優先順位は決して高くないわ。私たちの第一の望みは移民ではない、ザナドゥの顕現よ。受け入れる余地が地上にあろうとなかろうと、私たちのすることに変わりはないわ」
「もちろんだよ」
 ブルタに異存はなかった。ブルタはカナンの恒久平和になど興味はない。カナンの者が憎ければ、好きにすればいい。
 クリフォトが顕現する先がタシガンでありさえすれば、それでいいのだ。
「もちろん、もちろん……。招請ね……」
 とりなしているように聞こえるよう装って、ブルタは椅子に背を預けた。頭の中では着々と、どうすればタシガンにザナドゥの魔神を呼び寄せることができるか、案を練りながら。
「タシガンといえば」
 ブルタの反対側に座していた黒づくめの美女キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)が口を開いた。
「ウェルチはご存じでしょうか」
「ウェルチ? 誰かしら? 私の記憶にはないわね」
 ロノウェは素気なく肩をすくめる。
「ロノウェ様」
 それまで黙々とチョコを口に突っ込んでいるだけだったヨミが袖を引っ張った。
「ウェルチとは、ウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)なのです」
 こしょこしょと耳打ちをする。
「――ああ、ダムデュラックね、魔鎧職人の。ウェルチと言うからだれだか分からなかったわ。彼は、ザナドゥではダムデュラックで通っているから。
 だけど私が知っているのは名前だけよ。その際、かなり優秀であると聞いたことがあるぐらいね」
 それが何? と片眉が上がる。
「いえ、古くからの魔族の1人として心当たりがあるのはウェルチだけなものですから、もしかしてご存じではないかと……思いつきがそのまま口をついて出てしまったのです。浅慮でしたわ、申し訳ありません」
「ウェルチってばさぁ」
 隣に座っていた金死蝶 死海(きんしちょう・しかい)が、きゃっきゃと笑いながら声を上げた。
「悪魔なのに、パートナーの人間のフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)にかなりご執心なのよね。「彼だけのための最高の魔鎧を作るんだ」って。もうまさに愛は盲目って感じ」
 ばん、と高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)がテーブルに手を突いた。
「口を慎みなさい。ここはそういったことを口さがなく話す場ではないでしょう」
「直接関係のない話をしては、向こうも混乱する。会談を終えたあとの宴席でもかまわないだろう」
 バァルも注意を促す。
「はい、すみません」
 殊勝に謝りながら、死海はぺろっと舌を出す。
 もう遅い。ロノウェは耳にしてしまった。敵である人間に首ったけな悪魔。今も少し不快そうに眉間に縦じわを寄せている。
 この情報がのちにどう転がるか……死海は楽しみだった。
「ロノウェ様、あらためてわたくしからご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」
 キュベリエは訊いた。
「なに? 言ってみて」
「このたびのザナドゥの地上侵攻は、本当に魔族の総意なのでしょうか。人間には多種多様な考え方が存在します。種族は違えど、魔族ももちろん1人ひとり考え方は違っていて当然かと思います。
 聞けば、あなた方の指導者パイモン様は、まだ魔族として年若いのだとか。年齢的にはロノウェ様、バルバトス様の方がはるかに上……。
 本当に、古くからザナドゥを支えてきたような魔族たちも賛同されているのでしょうか」
(おろかな女)
 ロノウェはキュベリエをそう評した。
 たとえば賛同がなかったとして、それをこちらが口にすると思っているのか?「賛同はもらえなかったけれど、パイモン様と四魔将で強行したのよ」と?
 どんな答えが返るか分かりきっていることをわざわざ口に出して問うのは、おろか者以外ない。
 だが、問われて答えないわけにもいかない。ロノウェはふーっと重い息を吐き、告げた。
「年齢はたいして重要ではないわ。あの過酷な地で、他の悪魔たちの尊崇と敬意を得るのは力なの。そしてパイモン様は、世界樹クリフォトを統べられている。そのパイモン様がお決めになられたことは、ザナドゥの意思と捉えられるのではないかしら?」
 カナンもまた、世界樹セフィロトの化身イナンナが国家神として国を動かしており、イナンナの意思がカナンの総意となる。バァルにはその理屈が理解できた。



「少し休憩を入れましょう」
 アナトが立ち上がって指示を出した。
 トライブとマリカ、みことがそれぞれ紅茶やコーヒーの乗ったトレイを手に、席を回ってテーブルに置いて行く。
「あなた方もどうぞ。ずっと立ちっぱなしはお疲れでしょう」
 ドゥムカの前に、アナトがトレイを差し出した。
「いや、俺はべつに」
「紅茶はおきらいですか? お望みの物をおっしゃっていただければ、何かご用意させていただきますが。……もちろん、この館で手に入る物に限られますけどね。宴会用に、大抵の物は揃っていますよ」
「……あー……」
 にこやかに笑みを向けられ、ドゥムカは少し困ってしまう。こうなったら受け取るべきか? そう思ったとき。
「我がもらおう」
 バルトが助け舟を出した。
「お茶受けも各種揃えてあるんですよ。いかがですか?」
「クッキーを」
「はい。ただいまお持ちしますね」
「……美人だよなぁ」
 離れて行くアナトを見ながら、ドゥムカがつぶやく。
「バァルの婚約者なんだってよ。仕入れたうわさによると、近々結婚の予定があるらしいじゃねーか。残念だな、ドゥムカ」
「そんなんじゃねェ。下司なこと考えンな」
 笑う魄喰 迫(はくはみの・はく)の頭を、ごつんとこづいた。
「いてーな。
 ……しかしよぉ。あれ、どう思う?」
 迫が目線で差したのは、ヨミの隣に掛けている雄軒とシャノンだった。恋人同士のこの2人、シャノンが人目もはばからず、つまみ上げたクッキーを雄軒の口に押し込んでいる。口端についたくずを指で払う彼女の指を吸い、お返しにと雄軒もまた、笑うシャノンの目を覗き込みながらその口にトリュフチョコをあてがったりして……。
「あー…………ま、いんじゃね?」
 あんなモンだろ、ダンナは。
「そうか? 俺は色ボケ野郎は爆発しろと、さっきから念じているんだが」
 ちっとも成果があがらない。
「それよりマッシュにテレパシーを送って、尻でも刺してもらう方がよほど建設的だな」
 バルトが口をはさむ。
「残念。俺、テレパシー使えないんだ」
「俺もだ」
「我も」
 3人は揃って深々とため息をついた。



「私も最初に質問なのですけれど」
 飲み干したカップとソーサーを脇にどけ、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)がロノウェたちに目を向けた。
「地上に侵攻してきたということは、いずれザナドゥを捨てるということでしょうか? ザナドゥは過酷な環境だと聞きます。悪魔ももともとはパラミタ人だとか?」
「いいえ、違うわ。あなたは勘違いをしているようね。ザナドゥを捨てるのではなく……そうね、ザナドゥを元に戻す、というべきかしら。
 もちろんあなたたち人間による5000年の封じ込めの結果、魔族のほとんどはごく一部を除いてザナドゥの環境に適応してしまっているから、もはやザナドゥ以外の場所で暮らすのは難しいわ。けれど、ザナドゥはもともと地下にあったものではなく、私たちも自ら望んで地下に降りたわけではないのだから、これからもそこに居続けなければいけないというきまりはないでしょう?
 それから、もちろん私たちはパラミタ人よ。何人だと思っていたの?」
 くすり。ロノウェは笑みを漏らす。
 コトノハは少し居心地の悪い思いでごそごそ座り直すと、次に移った。
「それから……これは提案なのですが、今度シャンバラの空京という所で万博が開かれます。たとえこのまま講和が結ばれず停戦とならなくても、ザナドゥも空京万博に参加しませんか?」
 まさかそんなことを聞くとは思わなかったと、ロノウェはきょとんとした。
「バンパク……? 好き嫌いを評価する前に、そもそもそれが理解できないわ。だから評価を下せない。
 そもそも、人間なんかが企画したものに参加しようとも思わないわね」
「では、せめてゲスト参加を。万博とは万国博覧会と言って、世界の歴史を語る催しです。人間を知るためにはとても有益なことと思いますが」
 コトノハは食い下がった。
「「なんか」とか言って相手を理解しようとする努力をしなければ、何を口にしたところで私たちはいつまで経っても平行線のままです」
「……これも条件のひとつなの?」
 ロノウェはバァルに確認をとる。
「いや。それはシャンバラとザナドゥの話だ。東カナンは関与しない」
 つんつんと、またもやヨミがロノウェの袖を引っ張った。
「アムドゥスキアスさまが興味を示しそうな企画なのです。それに、カナンと事を構えているときに、ここでシャンバラとの関係をむやみに悪化させるのも得策ではないかと思われます」
 ヨミの言うことも一理ある。
 ロノウェはあらためてコトノハを見返した。
「個人の思いつきレベルの話では、返答に値するとはとても思えないわ。シャンバラ政府の承認を得た上での招待となったとき、正式な返答をします。これでいいかしら」