リアクション
第8章 迎賓館〜ロノウェとヨミ
会談の期間中、魔神たちの部屋として用意された貴賓室は、もともとは女神イナンナの滞在用として設けられている部屋である。
最高級の贅を尽くしてしつらえられた部屋は、白銀と金線によって繊細な曲線を多用されて作られており、アラベスク模様の透かし彫りの入った衝立やクローゼット、シャンデリアはまさに豪華絢爛。カリグラフィーが刻まれたミニテーブルに用意されている茶器セットまでカラーリングを統一され、トータルコーディネートされている。この奢侈さは、もしかすると領主の部屋以上かもしれない。
しかし。
この部屋はあくまで「女神イナンナのために」用意されているスウィートルームである。
目に入る物全てが繊細で、優雅で、何もかもが女性的なリビングで。ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)はなんだかいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。
ドゥムカは全身が機械鎧の機晶姫である。身長はゆうに3メートルはある。体重は詳細は不明だが、おそらく単位は「t」だろう。戦闘に特化しているため、鎧に透かし彫りだのレースだのはついていない。色だって白銀や金ではない。そりゃあ場違いすぎて、いたたまれなくなって当然というものだ。
「……くそ。仕事じゃなきゃァ、だれがこんなとこいるかってんだ……」
隅っこで壁を向き、ぶつぶつ言っている。
そして、彼の言う仕事――その護衛対象である魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)はといえば、現在入浴中でここにはいない。
ここにいるのは、三道 六黒(みどう・むくろ)のパートナー九段 沙酉(くだん・さとり)と帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)、そしてロノウェの副官ヨミだった。
「さあヨミちゃん。お好きな物をどうぞ」
【伝説の手づくりチョコ商人】の称号を持つ尾瀬。テーブルの上を隙間なく高級チョコの箱で埋め尽くしている。
「……おおおおおおお……っ」
ずらりと並んだチョコを前に、まるで世界中の富を積み上げられたかのように目をきらきらさせ、よだれを垂らしているヨミ。大きな尾と耳が、ぱたぱたぱたぱた動いている。
「どれでも何個でも。もちろん全部でもいいんですよ」
全部、という言葉に反応して、ヨミの目が尾瀬に向く。数分後、ヨミは尾瀬の膝の上で口いっぱいにチョコをほおばっていた。
「ほらほら。お口の回りがチョコだらけですよ」
尾瀬にハンカチで拭かれる間も、ヨミは両手に握ったチョコを放さない。尾瀬の手が離れた途端、両手のチョコを一度に口に突っ込んだ。
(なんだかお母さんの気分ですねぇ)
幸せそうにもっちもっち食べているヨミを見下ろして、ふとそんなことを思う。
ヨミはロノウェの副官の悪魔。それなりの実力を持つ者であるはずなのだが、とてもそうは見えなかった。どう見ても見かけ相応というか……まだ成人にも達していないように見える。潜在能力もそれほどあるようには感じられない。
(何か裏があるのでしょうか……)
ふと思いを馳せかけたところで、はっとなる。
そんなことより、今はやることがある。
「ねぇ、ヨミちゃん。今回いらっしゃったのはロノウェ様とバルバトス様のおふたりですが、なぜこのおふたりだけで、ほかの魔神たちはいらっしゃらなかったんでしょうか」
「招待をいただいたのはロノウェ様ですが、こちらへ来ることを決められたのはバルバトス様なのです。ご自分もいらっしゃるからとロノウェ様を説得なさったのです。バルバトス様がご一緒でなければ、ロノウェ様はいらっしゃるおつもりはなかったのです。それに、アムドゥスキアス様やナベリウス様がご一緒に来られるなんて、そんなことはあり得ないのです。――あと、ヨミ様と呼びなさいっ」
「え? 不仲なのですか?」
「違うのです。そんなことも知らないのですか? おまえ、悪魔のくせに知らなさすぎなのですっ。いいですか?」
ヨミはチョコを持つ手をふりふり説明をした。
「魔族は5000年前の魔王封印を境に分けられるのです。封印前と封印後なのです。封印前の魔族はみんな、人間を強く憎んでいるのです。それは歳が上であるほどはっきりしていて、四魔将は全員封印前なのですが、封印前の魔族にも当然人間に対する感情に温度差があるのです。バルバトス様とロノウェ様はものすごーく憎んでいて、侵攻にも熱心なのですが、年若いアムドゥスキアス様はどちらかというと趣味人ですし、ナベリウス様は……まぁ、楽しいこと優先といいますか、あのとおりの御方ですから」
「なるほど。価値観の相違で普段から話が合わない、だからあまり会わないというわけですね」
「なのです」
「ではやはり不仲――」
その言葉を聞いた途端、ヨミが暴れた。
「だーかーらー! 違うのですっ!!
もともと魔族には、人間のように意味もなく群れ集う必要なんてないのです。身内でもない限り、利があるから、効率がいいから、一緒にいるのです。だから「不仲」という言葉など存在しないのです! 「仲間意識」というものが存在しないのですからっ。
そんなものを感じるなんて、人間に感化された証拠なのです、おまえ!」
まったくもう、これだから地上世界と行き来している魔族は、とぷんすか怒るヨミの頭をなでながら、尾瀬は今の情報を整理する。
「……つまり「仲間意識」でいるわけではないのですね?」
書状を受けたのはロノウェ。彼女と話の合うバルバトスは、もしかしたらそのとき一緒にいて、会談のことを知ったのかもしれない。そしてロノウェを説得して、一緒に向かうことにした。仲間意識などないから、その場にいないほかの2人には知らせることも考えなかった……。
「四魔将が一緒にいらっしゃるのは、パイモン様への敬意と魔王ルシファー復活という共通の目的があり、一緒に動く方が効率がいいからなのです。それまでは必要なときしか顔を合わせることはなかったのです。一番会うバルバトス様とさえ、こんなに頻繁に会うのは初めてなのですから」
ぱくっとチョコを口に放り込むヨミ。
話している間中、チョコを握り締めていたものだから、手のひらがチョコでべたべたになっている。その手を拭いてあげながら、尾瀬はふと、あることに思い当たった。
「ということは、ヨミちゃんとロノウェ様は親子……か、きょうだい?」
「ヨミ様と呼びなさいと言ってるのに!
違うのです。ヨミとロノウェ様は、魔族でも全く別なのです」
ムキーっと怒ったあと、ヨミは自分の耳を引っ張って見せた。ロノウェにあるのは角だ。
ヨミは獣タイプの魔族で、ロノウェは違う。
(この関係でもない、か……)
「思ったのですが、ヨミちゃんが新しい魔将になって、ロノウェ様にさらに貢献すればいいのでは? あ。でも魔将は入れ替わりもないんでしたっけ。でも、4人でなければならないということもないのでしょう?」
「魔将になったらロノウェ様といつも一緒にいられないから、ならないのです。それに、ヨミの力や歳ではまだまだ魔将クラスにはほど遠いのです」
「ヨミ様はおいくつですか?」
「忘れたのです。でもずーっとずーっと、覚えてる限りずーっとヨミはロノウェ様と一緒だったのです。だからこれからもずーっとずーっとロノウェ様と一緒にいるのですっ」
ロノウェのことを思ってか、チョコの山を見たときよりもさらに幸せそうな笑顔でヨミは笑う。
全幅の信頼。身内でもない限り、効率や利がなければ一緒にいないと言い切ったのは自分なのに。
ヨミがロノウェに向けているのは、純粋な愛情だった。
「……お口の回りがチョコだらけですよ」
ハンカチで拭きとってあげる。さっきより、少し丁寧に。
そのとき、ロノウェの声がした。
「ヨミー? 髪を洗ってほしいなら早くいらっしゃい。もう出るわよ?」
「あ。はーいなのですっ」
ぴょんっと尾瀬の膝から飛び降りたヨミは、ぱたぱたぱたと浴室へ向かって駈け込んでいく。
尾瀬はその小さな背に、何か不吉な予感めいたものを感じずにはいられなかった……。
「ちゃんとお湯に肩までつかって、100数えてから出るのよ」
「はいなのですー」
先に風呂から上がったロノウェが、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングルームに戻ったとき、扉をノックする音がした。
「……はい」
「失礼いたします、ロノウェ様」
アナトがトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)を連れて入ってくる。
「湯浴み中でしたでしょうか。申し訳ありません」
「いえ。今出たところだから。それで、何の用?」
「何も持ってこられなかったように見受けられましたので……差し出がましいかと思ったのですが、おふたりにお召し物をご用意させていただきました」
アナトはトライブの運んできた布の山からいくつかを取り上げ、ソファの背に広げた。
そして彼には残りを持って、浴室にいるヨミの方へと向かわせる。ドゥムカは気を遣って、自ら衝立の奥に引っ込んだ。
「これなどロノウェ様にお似合いではないでしょうか」
精巧なレースの模様が胸元に入ったブルーグリーンの膝丈ドレスを手にとって見せる。
「……どれでもいいわ。ただ、深いえりぐりの物は駄目よ。場にふさわしくないわ」
「分かっております。こちらはレースですが、きちんと裏に布が入っておりますから、肌が透けては見えませんわ」
「ならいいわ」
「失礼します、ロノウェ様」
みことが一礼して近づいた。
「先に御髪を整えさせていただきますね。どうぞこちらへお座りください」
鏡台の前にロノウェを座らせたみことは、さっそくアナトから預かった宝石ケースを開き、真珠の付いたピンを用いて結い上げようとする。
「三つ編みでいいわ」
「え? ですがあのドレスでしたら、うなじを出された方が――」
「いいの。パーティーに出るわけではないんだから」
鏡の向こうから、ロノウェがにらんできた。
「分かりました。申し訳ありません、ロノウェ様」
みことはちょっと残念に思いながらもプロのメイドらしく、思い切りよくロノウェの望む通りの髪型に仕上げていった。
そして先の南カナンでの戦いのうわさを聞いたとして、話術巧みに情報を聞き出そうとする。
「ロノウェ軍は、とても統率された、お強い軍であったとか。雷術も、あまり効果がなかったとその戦いに参加した友人が言っていました。ロノウェ様は雷の技をお使いになられるとか。もしかして、そのことが関係されているのですか?」
「……あなた、何が言いたいの」
格段にトーンの落ちた不機嫌そうな声。危険な兆候だ。
みことはさっと切り替えた。
「いえ、ふとそう思ったから口にしただけです。お気を悪くされたのでしたら申し訳ありません」
「口を動かすより、手を動かしてちょうだい」
「分かりまし――あっっ」
襟足のところで滑らせた指が、ふと紐のような物に引っかかった。みことの指の動きで後ろに引っ張られ、ロノウェの胸の間から何かが飛び出して頬に当たる。それは、一見ナツメ型をした黒曜石に見えた。
「も、申し訳ありませんっ」
あわてて頭を下げるみこと。だが頭の中では今見た物について考えを巡らせていた。
下着の下につけている、飾りも何もない、鎖に通したわけでもない、紐でくくっただけのあれが、ただのアクセサリーであるはずがない。
(アクセサリーって普通、自分を飾るためにつけるものだし)
ではあれは何のために……?
「わたしからも謝罪させていただきます。当館のメイドが粗相をいたしまして、申し訳ありません」
かばうように前に立ったアナトも頭を下げた。
「もういいわ。自分でするから」
ロノウェは顔をしかめると飛び出していたそれをまた胸の間に戻し、さっさと自分で三つ編みを完成させてしまった。
「それで、わたしはいつまでこの格好でいればいいの?」
「はい、ただいま」
みことはアナトがソファの背にかけていたブルーグリーンのドレスを持ち上げる。着せ付ける間中、なんとかしてもう一度あの石を見ることができないか考えるが、いい案は思いつかなかった。
「ああ、ぴったりですね。よかった」
着替えを完了させたロノウェを見て、アナトがほほ笑む。
「捨てないでとっておいた甲斐がありましたわ」
「これはあなたの服?」
肌触りや布の感じは、新品そのものにしか思えないのに?
そんなロノウェの疑問を表情から読み取って、アナトは答えた。
「これは、わたしが7歳で婚約したときに実母が買い揃えてくれていたうちの1着なのです。16になって、領主様と結婚したとき用にと。
ただ、母はわたしが8つのときに亡くなりましたので。まさかわたしがこんなに大きくなるとは思わなかったのでしょう。母自身、小柄な方でしたから」
「結婚しなかったのね」
出迎えのとき、彼女は「領主の婚約者」と名乗った。
「ええ、まぁ。いろいろとありまして……。でも、今回の講和が結ばれれば……」
「そう」
ロノウェはまったく興味が持てなさそうに見えたので、アナトはそこで話を終えた――のだが。
「それはめでたい!」
突然ソファの向こうから高級日本酒と杯が突き出された。
「よし! ここにいる皆で一献飲もうぞ!」
「あ、あげはぁ!?」
立ち上がった揚羽が、ソファを回って歩いてくる。心なしか、すでに顔が赤らんでいるような……。
「も、もしかして、もう飲んでる?」
「む。何を言うか。こんなのは飲んだうちには入らぬぞ」
「って、高級日本酒上から4分の1くらいもうなくなってるじゃん」
わわわわ、とあわてふためくみことの前、揚羽はアナトに杯を突き出す。
「じきに婚儀とな! めでたきことじゃ! さあ飲め!」
「いえ。わたし、お酒は飲めませんので。せっかくですが、ご遠慮させていただきます」
「ではおぬしじゃ」
と、今度はロノウェに突き出す。
酒のつがれた杯を見、揚羽を見、ロノウェは言った。
「これから話し合いを控えている状態で、そういったことはできないわ」
「多少酒が入った方が力みも抜けるというものじゃが」
しかしロノウェの態度は変わらない。
「ふむ、どうしても呑めぬか。魔族とは存外つまらぬものよのう」
揚羽はキュッと杯を飲み干した。
そこに、ぱたぱたぱたっと軽い足音が聞こえてくる。
「ロノウェ様ーっ!!」
盛装したヨミが、元気いっぱいロノウェの腕の中に飛び込んだ。
「まぁ。かわいいわよ、ヨミ」
「ロノウェ様も、とってもおきれいなのですっ」
膝の上で正座したヨミの髪を、手櫛で整えてあげるロノウェ。
「おつかれさま、トライブ」
小さな子どもを着替えさせるのに、どれくらいの忍耐力を必要とするか……。
浴室から出て早々、ぐったりしているトライブに、アナトはにっこりほほ笑んだ。
* * *
アナトやみことたちが退室して早々現れたのは、
次百 姫星(つぐもも・きらら)だった。
そのタイミングの良さからして、どこかで見張って、彼女たちが出て行くのを待っていたのかもしれない。
彼女たちを相手に、べつにこそこそ隠れる必要はない、堂々と出てくればいいのに、と思うかもしれない。しかし彼女の場合、それも仕方なかった。
青い鱗鎧肌、悪魔の双角を持ち、黒龍の腕、魔獣の脚さらには大蛇の尾まである。並の悪魔より悪魔らしい外見の持ち主なのだ。心は乙女でも、目には見えないところを言い張っても、口をきいたこともない相手にそれを理解してというのは無茶すぎる。でもやっぱり、目の前で叫ばれたり逃げられたりすると、ちょっぴり傷ついてしまう。心は乙女だから。
それでもここまで来たのは、魔神が来ると聞いたからだ。
最強の魔族。それってそれってもしかすると――例の、大淫婦かもしれない。2人の魔神のうち、1人は絶世の美女みたいだし。
(最強で絶世の美女っていったらかなり確率高そうよね? なんたって大淫婦だもん)
そうしたら、火口くんについての情報が手に入るかも……。
「あのー、お、お邪魔しまーす……」
こそこそ。扉を少しだけ開けて、するっと入り込む。なるべく相手を刺激しないように。
でも、大淫婦ってどんな外見なのかなー? とドキドキして部屋を見回したらば。
そこにいたのは、外見どう見ても10代前半の、2人のお子ちゃまだった。(でかぶつ機晶姫は無視)
「あ、あるぇ……?」
膝に抱っこされているちみっ子は5歳以上にはとても見えないし、抱っこしている方も…………胸がせんたく板だし。大淫婦って言われるような色気は皆無。
もしかして、もしかしなくても、大ハズレ?
「おまえ、何なのですっ! 魔族のくせに、ロノウェ様を前に無礼ですよ! 叩頭しなさい!」
ぴょんっと床に飛び降りたヨミが、立ち尽くすだけの姫星に向かって怒りながら詰め寄った。
「一体どこの軍の所属です! こんな不作法な真似をするのは、うちの軍でないことは確かですねっ! もしうちの――」
「ヨミ、いいわ」
ロノウェが立ち上がった。
「彼女は魔族じゃないわ。人間よ」
「えっ?」
「魔族ならクリフォトの護符もなく動けるはずがないわ。そもそも結界内に入ることだって不可能よ。
あなた、何者?」
「私は――……あの、私、次百 姫星っていいます。そして、はい、人間です。こんな姿してるけど……」
姫星はぺこっと頭を下げると、意を決して訊いた。
「私、魔神様たちにぜひお尋ねしたいことがあって来ました! ザナドゥの大淫婦って何者なんでしょうか?」
その呼称に、ピクッとロノウェの眉が反応した。
ヨミは目を見開いて、あわててロノウェを振り仰ぐ。そしてロノウェの表情を見て、思わず口元に手をあてた。
しかし俯いている姫星はロノウェの反応に気付いていない。勇気をふり絞っているからだ。そしてそれがしぼむ前にと、一気にまくしたてた。
「強さを大魔王から気に入られて魔王の1人となった、あの火口さんが「ヤバイ」のひと言を残して去っていくほど恐ろしい力を持っているらしい……のですが、その刺客であろう悪魔は、羽田空港まで来て竜騎士の攻撃に巻き込ませようと地面から足を引っ張って転倒させるだけという姑息な手を使うセコイ奴。脅威なのか馬鹿なのか全然分かりません!
しかも、何処にも姿を現さず情報は一切不明。困り果てて、直接聞きに来た次第です。もし良ければ、その人? が何者なのか…教えてください!
情報の対価は……」
と、後ろに回してあった手を突き出す。
「さすがに魂は無理ですが、コンビニで買ってきた私の大好物「ポテトチップス うす塩味」と「ポテトチップス コンソメ味」でいかがでしょうかっ?」
用意していた言葉を全部吐き出して、ようやく姫星は目を床から上げる。
ロノウェは、すっかり目が座っていた。
「あ……あら……?」
「……いいこと? あなたは魔族ではないから、1度は見逃してあげる。
忠告よ。今度その名を口にしたら、あなたの命はないものと思いなさい。――ああもう、あんなやつ、思い出すだけで嫌になるわ」
露骨に嫌悪の表情を浮かべて、ぷいっとそっぽを向く。
「でも……っ!!」
「かーっ! ウッセーなぁ。ロノウェ様は聞きたくねーって言ってるだろーがよ!」
詰め寄ろうと伸ばした姫星の手の先に現れたのは、
ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)だった。
間に入り、ロノウェを自分の体で隠す。
「二度は言わねーぜ」
威嚇するかのように出された忘却の槍。そして全身鎧の巨大機晶姫に怖じて、姫星はすごすごと退室して行った。
「ところでロノウェ様よォ」
着飾ったロノウェをしげしげと見て、ドゥムカは言う。
「こっちの世界にはPADってのがあるからつけたらどうよ?」
どう見てもそのドレス、胸がないとしまらないぜ。
「……よけいなお世話です」
ロノウェは真っ赤になった。
「ほんとーによけいなお世話なのですっ! ロノウェ様は今のままで十分すばらしいのですっ!」
肩までよじ登ったヨミが、頭をピコピコハンマーで叩く。武器としてのピコハンではないため痛みはないが、耳元でピコピコされるとさすがにうっとうしい。
とはいえ、こんなちみっ子に手をあげるわけにもいかないし。……軽く手が当たっただけで死にそうだ。
「……ちっ。口と手がチョコで汚れてるぜ、ヨミ様。ちゃんと拭いて、きれいになってから俺にさわってくれよ」
「汚れてなんかないのですっ! 失礼ですよ、おまえっ!」
「いや、汚れてるだろ」
意外と座り心地を気に入ったのか、肩に乗ったままでいるヨミの顔をわしわしっと布で拭く。
「ぷふーっ。……おまえ、乱暴なのですっ!」
ピコピコ、ヒコピコ。
ヨミがやり返していると。
ノックもなく扉が開いて、するりと
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)と
魄喰 迫(はくはみの・はく)が入ってきた。
「こんなとこにいやがったのかよ、ドゥムカ」
小さな子どもに頭をピコピコされているドゥムカを見て、迫がニシシッと笑う。
「ケッ、仕事だよ」
「仕事かぁ。ずるいなぁ、こっちに内緒で自分だけラクして〜。俺、シャノンさんの命令で朝からずーっと動きっぱなしで疲れちゃった〜」
ゴクゴク。
ことわりもせず、マッシュは棚の上のティーポットからついで飲む。
「んなことより、何の用だ?」
「あ、そーそー」
言われて思い出したとばかりに、迫はポケットから折りたたんだ紙を引っ張り出した。
「これ、あたしが作ったこの周辺の見取り図。一応城までの経路も何個か。でも、入るとしたらやっぱり正面しかなさそうだぜ。あの岩は登れねーな。微妙にハングってるし。ま、飛べば関係ねーだろーけど」
ぽいぽいっとテーブルの上の箱からチョコを取ってモグモグする。
「あ、これ、うめーっ」
「それ、ヨミのなのですっ! 無礼ですよ、おまえっ!!」
「……うるせーなァ」
ドゥムカの耳元で叫ぶヨミ。でもしっかりドゥムカの頭を抱え込んでいて、肩から降りる気配はない。
「そんで、こっちが俺の作成した、この館のマップねー」
はい、魔神サマ。
ぴらりと差し出されたそれを見、そして迫の作った地図を見て、ロノウェはヨミに手渡した。
「頭に入れておきなさい、ヨミ。この先必要になるかもしれないわ」
「はいなのです」