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リアクション
第9章 迎賓館〜バァル
いよいよ会談が始まる。
「では行こうか」
会談列席者たちを伴い、バァルは会談の行われる部屋へと向かう。彼らが部屋の前の廊下に差しかかったとき、そこにはルカルカ・ルー(るかるか・るー)を先頭に、彼女のパートナーカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と夏侯 淵(かこう・えん)が立っていた。
「どうした? こんな所で」
「バァルさん……いえ、領主バァル。先の戦いでは、前のときよりもはるかに多数の裏切り者をわれわれコントラクターより出してしまいました。そのため、カナンにかなりの損害を与え、少なからぬ犠牲者を出してしまったことをお詫びします。あなた方はシャンバラを信頼し、救援を求められた……。友好関係を保とうとしてくださっていますのに、その信頼を裏切るようなことにってしまい、大変申し訳なく思っています」
目を閉じ、すっと頭を下げる。
「いや、それはきみのせいではない。きみが彼らの統括者でない以上、きみが謝罪する必要はない」
「ありがとうございます。
そして、これはできたらなのですが、会談に私も同席してもよろしいでしょうか」
バァルは首を傾げた。
「希望者はだれでも会談に参加することができる。事実、きみのパートナーのダリルも列席者のうちの1人だ」
「私は……先の戦いで、魔神ロノウェと直接剣を合わせました。列席はふさわしくないと、申し込みは遠慮させていただきました。ですが……」
どうしても、胸騒ぎが止められなかった。
魔神ロノウェの印象は、誇り高き戦士だ。あの魔神が姑息な手段で何かをするとは思えない。しかし――相手は魔。
ただ1度の邂逅で、そこまで信用して何の手も打たずにいるには、バァルもアナトも大切な存在すぎた。
彼らは、かけがえのない友人だから……。
バァルはそんな彼女の心を汲み取ったように、頷いた。
「きみとは昨日今日の知り合いではない。きみを信頼している。決してきみの方からは手を出さないと、それだけ約束してくれるのであれば、かまわない」
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げたルカルカの腕を、笑ってぱんぱんとたたく。
「さあ、難いことはもうやめよう。わたしたちはそういう間柄ではないだろう」
「……ええ、バァルさん」
「はいはい。じゃあ次はこっちだ」
扉の前にいる淵が、注目を集めるようにぱんぱんと手を打った。
「この扉をくぐる前に、武器は全てここへ置いていけ」
と、横の会議机を指差す。
「なんだと?」
「話し合いに武器は不要であろう。皆、非武装だ。武器を持って和平を訴えて、相手が信用してくれると思うか?」
「それはそうだが……」
だが領主の近衛として、武器を持たずにいることをためらう騎士たちの前、バァルが最初に腰の剣をテーブルに置いた。
「領主様!」
「彼の言うとおりだ。つい、いつものくせで帯刀してしまったが、講和会談の席上にこれはふさわしくない」
「魔神たちにも当然武装は解いてもらう。武器を持って通ろうとしたら俺が絶対に阻止する」
「そうそう。淵、おつとめ頑張ってねー」
淵は毅然とした態度で告げる横を、ルカルカがレーザーナギナタを持ったニャンルーを連れて通りすぎようとした。
「おまえもだ、ルカ」
――ゴン
曙光銃エルドリッジの銃床で後頭部を叩く。
「えーっ? どうしてー? ルカ、持ってないじゃなーい」
「アホか! 従者に持たせればOKなんて、どこの頭から出た!? 全員・例外なく・非武装!」
「……護衛が丸腰なんて……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
文句を言いつつレーザーナギナタをテーブルに置く。
「ダリル! おまえも鞭を出せ。隠し持ってるのは分かっているんだ」
「俺もか?」
「俺はかまわないだろ? 部屋の外のバルコニーにいるんだし」
カルキノスは対物ライフルを持ち上げて見せる。
彼はバルコニー横の樹の影に潜み、そこで外部からの襲撃者を警戒する予定だった。
「ああ。そっちは頼んだぞ」
「どうしたの?」
扉をくぐった崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が後ろについていないことに気付いて振り返った。
マリカは来た廊下の方を見つめている。
「いえ……」
ふと、先のルカルカの裏切り者発言で思い出したことがあった。
ここへ来る途中で見かけた女性。自分たちとは逆の、街の大通りへ向かって歩いて行ったその後ろ姿に、なんだか見覚えがある気がしたものの、そのときは気付けなかった。
姿が似ていたわけではない。ただ、足運びや手の動き、ちょっとしたしぐさとか、そういったものがマリカの琴線に引っかかったのだ。
「あれは……もしかして」
藤乃様であったような……。
「マリカ?」
今さら思い当たってもしようのないこと。彼女は街へ消えてしまったし、会談の始まる今から追うわけにもいかない。
「申し訳ありません」
マリカは頭を振って考えを散らすと扉をくぐった。
テーブルに置いたバスタードソードに手を触れたまま。
「私……」
ティアン・メイ(てぃあん・めい)は思いつめた声でつぶやいた。
「私は……やっぱり、こういうのは反対です……。魔族と和平なんて……あの侵攻で一体どれくらい犠牲が出たか…!」
「ティアン?」
その声を聞きつけた高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)がそばに寄る。
その肩を抱き寄せ、だれにも聞かれないよう廊下の隅へ連れて行った。
「ティアン、そういうことを口にするのは今はまずいよ」
「でも……!」
「きみの気持ちは分かるよ。僕もあの場にいた。分かるだろう? たくさんの人が死んで、僕たちは生き残った。きみがそのことに少なからず責任を感じているのを、僕は知ってる。殺された彼らのために、彼らの敵と手を握り合いたくない、それは彼らへの裏切りだと思っていることも」
「分かるのなら、なぜあなたは参加を決めたんです? こんな会談、出るのはやめましょう! 間違っているわ、こんなこと!」
玄秀は「分かって」いた。だがそれは「分かって」いるだけだ。分かるからといって、それが自分の考えと同じとは限らないということを、ティアンは理解できないようだった。
「魔族なんて、信用できません。あんな……あんな人たち……」
「ティアン」
玄秀はなだめるように首を振って見せた。
「それでは人は死に続けるよ。戦いが続く限り、人が死ぬのは止まらない。
死んだ人たちのために、きみは戦うの? 生きている人は、死んだ人のために死ななくてはならないの?」
「それは……」
「僕は、生きている人のために、今生きている人を死なせないために、動きたい。そのためなら、たとえ信用できない相手とだって手を握るよ。――その分、こちらが相手よりうまく立ち回ればいいだけだからね」
フッとその目の奥を暗い光がよぎった気がして、ティアンは一瞬背筋に冷たい汗を感じた。
ぱんぱんと、なだめるようにティアンの肩を叩く玄秀。だがティアンの胸の中は一向に晴れなかった。
彼がザナドゥについての情報をかたっぱしから集めていることに、ティアンは気付いていた。まるで何かに憑りつかれたかのようだ。悪魔の力などこの世には不要なもの、不和しか生まないのに、なぜそんなものに惹かれ、追い求めるのか――。
話し合いのための、敵を知るための情報収集と言われればそれまでだ。だがティアンには、今も心に焼き付いて離れない映像があった。
あの南カナンでの戦いのとき、用意されていた小型飛空艇。あれは本当に、撃墜されたときを想定しての物だったのか? それならばなぜ、それで脱出を図ったとき、退却しなかった? なぜああなっても強引にザナドゥへ続くゲートをくぐろうとしたのか?
今もまた、彼は「人のため」と口にした。なのにどうしてもそれを信じきれない自分がいる……。
ティアンは目を閉じ、そういった考えを無理やり押しやった。
そうしないと、おそろしい結論にたどりついてしまいそうだから……。
「ティアン。もしきみが、どうしてもこの会に賛成できないというのなら、部屋へ戻っててもいいんだよ? きみに無理してほしくないんだ」
「……いいえ。参加します。取り乱してしまってごめんなさい」
ティアンは首を振って、そう答えた。けれど、顔を上げて玄秀を見ることができなかった。
今はまだ……。
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