リアクション
第6章 アガデの都〜バルバトス 2
「次〜、アムちゃんたちには何を買って行こうかしらぁ〜?」
るんたった〜。
足取り軽く、スキップ踏みながら展望台からの坂道を下っていく。
「お土産買うのって、ほんっと楽しいわよね〜。つい、いっぱい買っちゃう!
あ。それで、アムちゃんっていうのはね〜」
と、後ろをついて歩く雫澄を振り返る。
「うん。ほかの魔族の人たちの話も知りたいけど……僕は、きみの話が聞きたいな」
「私〜?」
「その考えが受け入れられるかられないかは別だよ。ただ、きみを知るために、きみが何をどう考えているのか知りたいんだ」
「たとえば何について?」
「そうだな……」
雫澄は考え込む。
「この都についてはどうです?」
訊いたのは、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)だった。
「もうずいぶんいろんな所を回られました。この都の感想はいかがですか?」
「そうね〜初めて見たときは宝石箱みたいって思ったわ〜。白壁や赤い屋根が朝日にきらきら輝いてて」
「ふたを開けたらおもちゃがたくさん?」
「そう! あなた、よく分かってるじゃな〜い」
きゃははっと笑って口元に手を添える。
子どものような無邪気さに、雫澄はほほ笑ましい思いでいっぱいになる。だが悪魔であるシュヴァルツには見えていた。彼女の目の奥には、暗い、底なしの闇があることを……。
「ふふっ。そうねぇ。あなたは分かるわよねぇ。悪魔なんだし〜」
バルバトスの手が腕を這い、ツタのように絡みつく。
「あなたも悪魔なら、一度ならず経験したことあるでしょう? 他人がきれいなもの持ってるって、そりゃあむかつくわよね〜。だから取り上げて、目の前でグシャグシャに踏みつぶしてあげるの。跡形もなく壊してやって、その上にいちから作り直すのよ。私のものをね〜」
内緒話をするように、吐息まじりにささやいて。
ククッとのどを詰まらせ、心底楽しげにバルバトスは嗤った。
さもありなん――シュヴァルツは息を吐く。
「そう……なの?」
バルバトスの初めて見せた悪意に雫澄はとまどう。
「あらぁ? 人間だってやるじゃない〜。きれいな羽を持ってるからって、むしっちゃったりするでしょう〜? あれと同じようなものよぉ」
「……たしかにそういう人もいるみたいだけど……」
それは、まだ善悪が確立されていない子どもの話だ。――大抵の場合は。
「でも……あのぅ……」
おずおずとアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が進み出た。
「私は……グシャグシャにする前に、よく確認してほしいです……」
――トモちゃんが、いるかもしれないから。
アユナは声にならない言葉でそうつぶやく。俯いているので、唇が動いていることすらだれも気付かない。
そして、こわごわ続けた。
「あのぅ……もしもザナドゥ側がこの戦いに勝ったら、地上の人たちをどうするのですか?」
「み・な・ご・ろ・し」
「えっ?」
驚きのあまり、目を丸くして顔を上げた少女に、バルバトスはにっこり笑って見せた。
「って言ったら驚く〜? あ、驚かせちゃったぁ?
それはいくら私でも無理よ〜、こんなにいっぱいいるんだもの。どれだけしたくてもね。非効率だし〜」
「あの……じゃあ、ザナドゥが支配した後の世界では人々はどうなるんですか?」
「なぁに? 気になるわけ〜?」
声に、少なからず苛立ちがにじんだ。
敏感にそのことに気付いたアユナは、あわてて手を振る。
「いえ、あの、そんなことは……」
「ならいいじゃない、どうなろうと」
「ただ……あのぅ……私の大切な友達の『トモちゃん』を、殺さないでほしいんです。どんな子かは、私が見ればわかるので大丈夫です。それ以外の人は、別に殺してしまっても構いませんが……」
「わがままね〜。じゃあ、あなたが私の近くにいるときにその子が現れるのを願っておきなさい。あとは知らないわ〜」
そう言ったあと。
「あ、でも、あなたの止めが間に合わなくて殺しちゃう、ってこともあり得るかもねぇ」
バルバトスは意地悪く付け足した。
「そんな……っ! どうかそれだけは――」
アユナが必死に説得を試みる。
そのときだった。
「えいっ」
迎賓館を出てから今までひと言もしゃべらず、黙々とあとをついて歩いていたプリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)が、いきなり横の路地に向かって眠り花粉を放った。
バタリ。倒れ出て来た人物の頭に向かい、すかさず焦げ茶色の革トランクを振り下ろす。
ガシッ、ガシッ、ガシッ、ガシッ。まるで容赦がない。
しかもこの攻撃、無表情に、単調に、冷徹に、しつこく遂行されているのだ。
「プリムラ、プリムラ。そのへんにしておこうね」
ほうっておけばいつまでも続きそうな攻撃に、佑一が後ろから革トランクを掴んでやめさせた。
「すごいわね〜、あなた〜」
バルバトスが感心した声で歩み寄る。
「……は。申し訳ありません。この方がバルバトス様をずっといやらしい目で見てつけてきていたような気がしたもので、つい……。
もしかして、お知り合いの方でしょうか」
「いえ、全然〜」
つま先で、ツンツンと突っついた。
「生きてる〜?」
「……い、いたたたたた……」
ドクドク出血していた頭を抱えつつ、風祭 天斗(かざまつり・てんと)が身を起こす。
「あ、頭割れるかと思った……っ」
割れてる、もう割れてるから。
「――は。お美しいお嬢さん」
「あなた、だぁれ〜? 私をつけてたんですって?」
見下ろしてくるバルバトスの両手をとり、天斗は言った。
「もちろんです、お美しいお嬢さん。あなたほどお美しい人を見たのは初めてです。これはぜひ声をかけてさしあげなければならないと思いまして」
「……なに? その上から目線」
プリムラが冷静にツッコミ。
「おや、あなたもお美しいお嬢さん。初めまして、俺は風祭 天斗っていいます。あなたとはもう10年経ってからお会いしたかった。しかし今巡り会ったのも運命。もしや10年後には会えないかもしれませんので今ごあいさつを。10年後のお嬢さん、こんにちは」
「――バカだ」
「バカだね」
「バカだったんだ」
「そんなこと言っちゃかわいそうだよ。頭の打ちどころが悪かったんだよ、きっと」
「じゃあかわいそうなバカということで」
ひそひそとささやかれているのを尻目に、天斗は無駄に愛想をきらきらさせながらバルバトスにぴったりと身を寄せる。
「あなた、バカなの〜?」
「何をおっしゃいますか、お美しいお嬢さん。ひととひとの出会いというのは大切なものです。ひと目会ったそのときから恋の花は咲くことだってままあるんですからっ。そうなればあなたは私のハニー、私はあなたのダーリン、これは運命の出会いとなるわけです! いつだってそうなる可能性がある以上、声をかけてあげずにいられるはずはないでしょうっ。ただし美しい方限定ですがっ」
「――まぁ、可能性は無限だよね」
「逆の場合だって可能性って言うんじゃない?」
「あれ、ストーカーの論理でしょ」
「ナンパ師の論理ですよ、いやだなぁ、お嬢さん」
HAHAHA!
「……それで、あなた、私の「ダーリン」になりたいわけ〜?」
「おおう、あなたからそのような申し出を受けるとは。よろしい、私のことをダーリンと呼ぶ許可をあげましょう。そのかわり、あなたは私にハニーと呼ばれるのです」
「じゃあダーリン」
バルバトスはにっこり笑って天斗を見つめる。
「なんだい? ハニー」
「私、飲み物がほしいわ〜。そうね〜、甘酸っぱいフルーツのジュースね〜、ちゃんとフルーツの飾りがついて、氷の浮かんだヤツ。一緒につまめる物があったら最高ね〜。もちろん手を拭く物も忘れないでね〜。あ、それと日傘もちょっとほしいかしら〜? 日差しがきつくなってきたし〜。私かわいいお花の柄のついたのがいいわ〜。もちろん持つのはあなたよ〜、だって持ってたらお土産買えないじゃな〜い。お願いね〜、ダーリン」
「――パシリだ」
「パシリだね」
「パシリだったんだ」
「ダーリンってパシリのことだったっけ?」
ゆる〜くみんなが見守る中、天斗はバルバトスの望みをかなえるために、ひたすら走り回っていた。
* * *
とあるブティックの前で。
「……くしゅっ」
月詠 司(つくよみ・つかさ)はくしゃみをした。
ギリギリ、両手でカバーするのに間に合ったのだが。
「やぁねー、きたなーい。もうちょっと離れてよ」
ぴょこっと飛び退いて、
アゾート・ボムバストゥス(あぞーと・ぼむばすとぅす)はしっしと手を振る。
「うつさないでよねー」
「……うつらないですよ。これ、花粉症ですから……」
ちょっとピンクになった鼻をグズグズさせながら司は答える。その声も、すっかり鼻声だ。
「花粉症って今の時期じゃないでしょ」
「あら。ザナドゥでもらってきちゃったのよねー♪」
先頭を歩いていた
シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が、笑いながら入り口をくぐる。
カランコロン、とドアについたドアチャイムが鳴って、奥から店員が出てきた。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
「ショーウィンドーにあった、あのスカーフ見せてほしいんだけどー」
「はい。お取りいたします。どうぞこちらへ」
にこやかに店員に鏡の前へと案内され、そこで待つシオン。
「お客さま、さすがのお目利きですね。あれはエスキシェヒル産のシルクで作られた最高品質のスカーフで――」
つらつらと流れる水のように店員の口から出る口上を聞くとはなし聞きながら、司はぼーっと立っている。
「……つらいの?」
アイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)が、司にだけ聞こえる声でささやいた。
今、彼女は魔鎧となって司を包んでいる。彼女は布タイプの鎧であるため、司の『花粉っぽい症』対策にもいいかと思ったのだが、あまり効果は上がっていないようだ。
「大丈夫……心配してくれて、ありがと――くしゅっ」
ああ、それにしても最近のどがよく渇く、と司はバッグをごそごそさせて、中から水筒を取り出した。中に入っているのはトマトジュース。すっかり常備品になってしまった。
(昔はこうじゃなかったはずなんですが……)
まぁ、体質というのはいつ変わってもおかしくないものだし。花粉症なんていうのも年々発症者が増加しているそうだから、単にその仲間入りをしてしまったというだけなのだろう。ここ近年の自分の運のなさを考えると、十分あり得ることだった。
水筒についたストローで、ちゅーっとトマトジュースを飲んでいると。
「お嬢さま、そのドレスにはこちらのお靴がお似合いですわ〜」
上得意の来店にホクホク顔の店員が、シオンに靴を勧めていた。
まるでルノワールの絵画から抜け出したかのような、しゃれた帽子と豪奢なドレスに身を包んだシオンの横には、積み上げられた商品の山が……。
プーーーーッと思わず吹き出す司。
「し、シオンくん……いつの間に……」
さーっと血の気を引かせる司の前。
「ねーねー、これどう? 似合うー?」
シオンの格好とは対照的に、露出度の高いオフショルダーのワンピースドレスに丈の短いレースのボレロを着たアゾートが、ぴょんっと通路に飛び出した。司がこちらを見ていることに気付いて、やはーっ☆ と手を振っている。
「……あれもやっぱり、俺のおサイフから出ることになるんでしょうか……」
(ワタシには、鎧として守る事しか出来ない……。あとは自力で頑張って……)
アイリスは胸の中でそっとつぶやいた。
「次はあそこね〜♪」
こうなったらこの通りのお店、全店制覇よ〜。
「……そしてそれは全部俺持ちなんですね」
シクシク泣きながらシオンとアゾートの後ろをついて歩く司の両腕には、買い物袋がぎっしりぶら下がっていた。
「これ、絶対欲しくてやってるわけじゃないですよね。俺をイジメたいだけなんですよね……」
(……司、がんばれ……ワタシ、見守ってるから……)
見守るだけなんですね。おサイフは出してあげないんですよね。
シクシク、シクシク。
「あーっ! あれかわいいっ!!」
きゃーっとシオンが声をあげて、とある店のショーウィンドーに手をつく。それとほぼ同時に。
「これよこれ! まさにこれね〜! ロノウェちゃんにピッタリのドレス〜♪」
反対側から駆け寄ってきた女性が、ショーウィンドーに手をついた。
「ん?」
と、お互いを見合う。
まさにボーイ・ミーツ・ガール……じゃなくてガール・ミーツ・ガール。
こうして2人は出会った――――
「これ、ワタシが先に見つけたのよ!」
「何言うの〜! 私よ〜! あなたは距離が近かっただけよ〜!」
「譲りなさいよ! あなた、もういっぱい買ってるみたいじゃないの!」
「あなただって、後ろの紙袋の山、あなたのなんでしょ〜?」
「あなたの方が断然多いわよ!」
――ケンカしてますけど。
(……でも、仲よくなっちゃうんですよね。女の人って不思議ですねぇ……)
結局、好みが合うと話も合うのか、すっかり意気投合したシオンとバルバトス、そしてアゾートは、キャッキャウフフしながら飲み物を片手に通りを歩いて行く。
「……そういえばアゾートに聞いたんだけど、魂を捧げるのは一種の契約みたいなモノらしいわね? だったらうちの司が魂を捧げたら『召喚スキルを魔神が逆利用して魔神召喚』とかって出来るのかしら?」
またとんでもないこと思いつきましたね、シオンさん。
「『魔神召喚』ねぇ〜…出来たとしたら面白いでしょうね♪」
アゾートは面白半分――どころか面白十分で頷いたりして。
「あら、ユニークね〜。したことないから分かんないわ〜。できないと思うけど……なんなら試してみる〜?」
ちら、とバルバトスの目が後ろの司に向く。
「とんでもありませんっっ!!」
こればかりは聞き流せないと司は即答し、首をぶるんぶるん振ったのだった。