校長室
【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第16章 アガデ襲撃 2 「……ありがとうございますー」 ほこほこのどんぶり椀を両手に持って、獅子神 玲(ししがみ・あきら)は満面の笑顔で礼を言った。 「い、いや、これくらいは……」 ごにょごにょ。 椀を手渡した男は語尾をごまかす。その視線の先にあるのは、玲の横に積み重ねられた椀のタワー。それは、座っている玲の身長を超えていて、しかも2つもあった。一体どこにこれだけの量が入っているんだろう? 「あなたは命の恩人ですー」 目じりに涙まで浮かべて、玲はまるで天上の食物を口にするようにおいしそうに食べる。 「そんな、たかがメネメンで大げさな……」 「いいえ……あなたが通りかかってくれなかったら……もう二度とおいしい物が、口にできませんでした……」 「どうしたんだ? あの女性は」 少し離れた所でそのやりとりを聞いていた男が、同じくメネメンの入った椀を受け取りながら訊く。 「ああ、クムジさんが城に避難してくる途中の林ん中で見つけたんだよ。なんでも、行き倒れてたんだってさ。息があったからああして運び込んでたらしいけど……どうやら空腹だっただけみたいだね」 「そうか。まぁ深刻な病気とかじゃなくてよかったなぁ。 でも、もう1人のあの子は? 全然食べてないみたいだけど」 「あの子は運び込まれてからずーっとあの調子だよ。ついて来たから連れだろうってことだけど……」 答えながらも自分も理解できないことを説明するのは難しいと、女性は肩をすくめて見せた。そして、食事を配る作業に戻っていく。 「ふーん」 男は不思議そうに今もぼんやりと宙を見ているだけの少女――リペア・ライネック(りぺあ・らいねっく)を見つめていた。 あっという間にからっぽになった椀を手に、ふうと息をつく玲。 「……もう少しほしいのです……が」 さて、どうしましょうね。 周りを見回す。 彼女が運び込まれた中庭には大勢の人がいて、食事の配給の真っ最中。さっきの恩人も、配るのに忙しくて玲にかまっている暇はなさそうだ。 「でも……まだおなか、すいてるのです……」 残念ながら、ギーグにもらったザナドゥの食べ物は口にあわなくて。ただでさえすきっ腹状態だったのにうろついたりしたものだから、倒れたときには完全にエネルギー切れ状態だった。これっぽっちでは全然足りない。 でも、みんな忙しいようだから。 「自分で、もらってきましょうかね……。 あ、リペアはここにいてください。厨房行ってくるだけですから」 じーっと立ち上がった玲を見上げているリペア。何か、考えているようにじーっと見つめたあと、こくんと頷いた。 「玲……待ってる……」 ぐーぐー鳴ってるおなかを抱えて厨房への廊下を進みながら、玲は考えた。 (このご恩に報いるには……どうすればいいでしょうか……) 何かお手伝いをする? (でも私、不器用ですから……反対に物壊して、迷惑かけそうですよね……) となると、やっぱり食べ物には代金か。 「そうだ、ギグに払ってもらえばいいんですよ」 ザナドゥについている間はおいしい食べ物をおなかいっぱいおごると約束させているのだし。(注※大分玲の中で都合良く記憶が改ざんされてます) いいこと思いついた、とギーグ・ヴィジランス(ぎーぐ・う゛ぃじらんす)を召喚する玲。しかし開口一番、ギーグが言ったのは。 「はぁ? ざけんじゃねーぞ、てめぇ。なんで俺がそんなの払わなきゃなんねーんだよ」 だった。 「だって、食べ物……」 「ありゃあのときだけ! ずっとなんて、面倒見切れるか!」 「でも、じゃあどうすればこのご恩を――」 言い合いしながら厨房の入り口をくぐる。 彼女の視界に飛び込んできたのは、街の子どもの扮装をした音無 終(おとなし・しゅう)の姿だった。 「――なんだ、玲か」 一瞬ぎくりとしたものの、見られたのが同じザナドゥ側の玲たちと知ってほっとする。 「……何をしてるんです?」 「ん? 薬を仕込んでるんだよ。これ、全員に行き渡ったあたりで効くように、遅行性のやつでね。みんな眠っていれば、侵入しやすいだろ」 惜しむらくは毒を仕入れられなかったことだ。手持ちのものは即効性の物ばかりで――それだと、全員が口にするのは難しい。 「へー、やるじゃん、おまえ」 ギーグが感心する前、終は瓶の中身をメネメンがたっぷり入った鍋にそそぐ。 その姿を見て、玲はわなわな震えながら叫んだ。 「……薬なんか入れたら、せっかくのおいしい食べ物を(私が)食べられなくなるじゃないですかーっ!!」 おなかすいてるんですよ! 私は!! 「わ、ばかかおまえ! 大声出したら人が来るだろーがよ!」 「……ち」 駆けつけてくる者たちの足音に、終は入り口をふさぐ玲を突き飛ばして逃げ出す。 「許しません! ギーグ、追ってください!」 「アホか! だれがするか、んなこと!!」 玲は、「フィーネ」だったモノ――黒のリンガ・レプリカ――を両手に構え、終の背に向けてなぎ払いをかける。 左右の壁が、そして天井が、崩壊した。 「……なに? 今の音」 城で起きた崩落の音を聞きつけたのは、小型飛空艇オイレに乗って上空から策敵していた霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)だった。 「城、かな?」 同乗していた月谷 要(つきたに・かなめ)が鋼骨機翼――宮殿用飛行翼――を広げ、飛び出す。 「要!?」 「ちょっと見てくるから悠美香ちゃんは待機してて」 一路、城へと向かう。 城壁の見張りがばたばたしているところからして、やっぱりあの音は城で起きたのか――そんなことを考えていると、城の門から飛び出す人影が見えた。 「子ども……かな?」 そしてわずかに遅れて女性らしい影。連れかと思われた一瞬、女性がなぎ払いを放った。 「……うわっ!」 左腕を斬られた少年が、バランスを崩して転がる。 「何するんだ、おまえもこっち側だろ?」 背中と腕に浅からぬ傷を負った終は、ぜいぜいと荒い息をしながら自分に近づく玲を見る。 「知らないんですか? あなた。食べ物のうらみっていうのは、恐ろしいものなんですよ……。 食べ物に薬を仕込むなど、絶対に許せません!」 「なんだってー!!」 それまで、技を放った方が悪者で子どもを助けなくてはと思っていた要。しかし最後のひと言を聞き取った瞬間、急ブレーキをかけた。 「おまえ、城の食べ物に薬を入れたのかっ!? そんなことをしたら捨てるしかなくなるじゃないかっ!! うわー、もったいな!」 「まったくです! あんなおいしい食べ物を、もう(私が)食べられないなんて!」 くっ……と無念のあまり、こぶしをつくる。 「なに!? うまい食べ物!? それ、食べられなくなったの!?」 それは万死に値するな、マジで。 要と玲、地上と上空から、2人が全く同じ視線を終に向ける。 今ここに、ザナドゥ側人間側という垣根を超えた、食欲魔人のタッグが生まれた。 「食べ物を粗末にするような者は、生かしてはおけません!」 「いっぺん死んで、無駄になった材料サンに詫びてこいーっ!!」 「……うわあああああっ!!」 2人の攻撃を受け、小さな終の体は弧を描いて吹っ飛んだ。 さらに剣で斬りつけようとした要に、突然煙幕ファンデーションがぶつけられる。 「わぷっ!」 彼がひるんでいるその隙に、銀 静(しろがね・しずか)が終を抱えてその場を離脱した。 玲はといえば――……。 「――え? 寝てる?」 バッタリ地面に倒れている彼女には、さすがに要もビックリ。 「……お、おなかが……すいたのです……」 「大変だ! おいきみ! 大丈夫か?」 空腹のあまり目を回している彼女を、先の戦いで傷を負ったせいと勘違いした警備の騎士たちがあたふたと城の中へ連れ戻す。 「うーん。なんだかなぁ……」 そのとき。 無防備な要の背中を、投げつけられたハイアンドマイティによる強烈な一撃が割った。 「!!」 「油断してんじゃねぇよ。ここは戦場、前線なんだぜ」 墜落する要に見えたのは、そう言って嗤う白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の姿だった。 「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 荒い息を吐き出しながら林の中を走る終。全身に負った傷からは、まだ出血が止まっていない。 静の手を借りながらも、ひたすら前へ、前へ。 どこというあてがあるわけではない。 それは、危険な場所から少しでも遠ざからねばならないという生物の生存本能に起因した行動だった。 だが傷を負った彼らの動きは、どうしても遅い。周囲への警戒も散漫になる。 突然茂みから飛び出した影に横殴りされ、終は地面を転がった。 「おっと、動くんじゃねーぞ、人形。じゃねぇときさまの大事なご主人の首と胴体が真っ二つだ」 その言葉に、静はぴたりと動きを止める。 仰向けになった終の腹に足を乗せて立つギーグ。その手に握られた魂を刈るものが、終ののどに触れていた。 ギーグはいたぶるように徐々に乗せた足に体重をかけていく。激痛が体を裂き走ったが、終はすっと息を吸い込むだけで耐えた。 「いいか、覚えておけ。もしひと言でもこのことを魔神に告げたりすれば、おまえらのどちらかあるいは両方を、生きながらリペアに『贄』として喰わせてやる。あいつは悪食だから、だれの魂でも喰うぞ」 鼻と鼻をつきつけ、目線を合わせ……ギーグはささやく。 「忘れるな。背後に気をつけろ。たとえおまえに見えなくとも――俺はいる。確実にな……」 (玲……遅い……) 知らない人間たちの中にぽつんと残されたリペアの頭の中に、そんな言葉が浮かんだ。 あれからどのくらい経ったのか分からない。 (玲……いな……い……) いつから? (……ギ……グ……に……言われ、た……「監視……しろ」……って) 「あら? あなた、どこ行くの?」 ふらふらと廊下を行くリペアに、女性が声をかけた。 首を回してそちらを見るリペア。まったくまばたきをしない目で、自分を呼び止めた女性を凝視する。 「あなた……?」 「どうした?」 玲やリペアを連れてきた男が、2人の様子に気づいて寄ってきた。 「いえね、この子が――」 女性の言葉にかぶさって。 リペアの放ったソニックブレードが、2人の胴を切り裂いた。 即死して、折り重なるように倒れた2人の上にリペアが覆いかぶさる。 (喰う……贄……喰わ……なきゃ……) 「急げ! どこかけがをしているのかもしれない!」 玲の腕を肩に回し、2人がかりで運び入れていた騎士たちが遭遇したとき、リペアはもうすでに数人を手掛けていた。 「これは……!」 胴を割られ、血を流して死んでいる女の上に乗り、全身を血まみれにしてガツガツと何かを食べているふうな少女。その背後には点々と、惨殺された男女の死体が転がっている……。 「う……ああああああああああああああっ!!」 悲鳴が上がった。 「お? もう中で暴れてるやつがいるな」 城内から聞こえてきた悲鳴に、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はそちらを向いた。 「残念、一番乗りはとられたか。 まぁいいさ。MVPは俺のモンだ」 要を踏み、その背から極刀『無縫修羅』を引っこ抜いて肩に担ぐ。 「行くぜ」 松岡 徹雄(まつおか・てつお)に合図を送り城へ向かおうとしたとき。 「ま……て……」 よろめきながら、要が立ち上がった。 「なんだ、まだ生きてたのか」 とはいえ、どう見てもふらふら。立っているのがやっとという姿だ。 「生きててよかったな。じゃあな」 手をひらひらさせ、再び城へ向かおうとした竜造の肩口に痛みが走った。 「――てめぇ……半死人だろーが、やるってんなら容赦しねーぞコラァ!」 一刀両断すべく『無縫修羅』を振り上げる。 次の瞬間。 「要!!」 クラースナヤと白漆太刀「月光」を手に、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が割り入った。 竜造の攻撃を二刀で受け止め、すり流す。 「……駄目……だ……悠美香ちゃん……」 「要は殺させない!」 新手の出現に、ひとまず距離を取った竜造へ斬りかかっていく悠美香。彼女の二刀を受け止めたのは徹雄だった。 「おい、俺の相手だぞ」 文句を言うが、仕事遂行中は無言を貫く徹雄は今回もまた、ひと言も返すことはなかった。 「……ちっ。交代ってワケかよ」 考えてみれば、ここまで暴れまくってきたのは竜造だ。まぁここでくらい華を持たせてやってもいいかもしれない、と後ろに下がる。 (城攻略の前に、少し体を温めておくにも好都合だろうしな) 『無縫修羅』を地に立て、両腕をかける杖がわりとする。 彼の前、悠美香が繰り出す攻撃を徹雄は難なくいなしていった。 鋼と鋼のかみ合う音、すり流される際に出る火花が夜気に散る。 悠美香は二刀を使っていたが、今日に限ってはなぜか普段の冴えがない。数太刀を交わし、彼女の腕を見極めた徹雄は、一気に攻勢に出た。 ガントレットをはめた腕で一刀を跳ね上げ、すかさずもう一刀を持つ腕に蹴りを入れる。 「ああっ……!」 ゴキリと、体の中で鈍い音がしたのを悠美香は感じた。 折れて感覚の失われた手から月光が飛ぶ。 激痛に支配され、動きの止まった一瞬をついて、徹雄はさざれ石の短刀で一気に下から斬り上げた。 「きゃあっ……!」 「悠美香ちゃん!」 左の下腹から入った刃が右の肩へと抜ける。だが刃はヴァーチャープレートに邪魔をされ、その下に傷を負わせるまではいかなかった。わずかに頬をかすめ、切り裂いたのみ。 (踏み込みが浅かったか) 「おおーいどうしたよ? 剣を貸してやろうかぁ?」 後ろから竜造のちゃかしが入る。 徹雄の視線がそちらに流れた、わずかな瞬間。 要はエリクシル原石を噛み砕き、黒檀の砂時計を使用して、彼を背後から羽交い絞めた。 「要!?」 「さあ行って……悠美香ちゃん……このことを、早くセテカさんに……」 「そんな、要を残してなんて!」 「大丈夫……俺も、あとから追うから……」 悠美香は首を振った。そんな言葉、信じられなかった。ここがもし要の最期の場所だというのなら、そこは自分の最期の場所でもあるべきだ。 「約束する……だから……早く……早く、行け!! 城の人たちを助けるために!!」 要の叫びが悠美香の心を裂いた。 (卑怯よ……そんなこと言うなんて……!) この場を離れたくなんかない。だが剣もろくに持てないこの腕で、ほかに何ができる? 「要、待ってて! すぐ助けを呼んでくるから!!」 泣きながら、悠美香はオイレに走った。 『ごめんね、悠美香ちゃん。俺のわがままだったのに……』 「――えっ?」 要からの心話が届く。 振り返った悠美香が見たものは、パラダイス・ロストの白光だった。 「かなめぇぇーーーーっ!!」 「……けっ。自爆しやがったぜ、こいつ」 竜造は、地面に倒れた要を蹴り転がした。 「無事か?」 「――ああ」 短刀についた血のりを振り飛ばしながら答える。 本来なら、パラダイス・ロストを受けてこれはあり得ないことだった。己の持つ全魔法力で敵を討つ、究極の攻撃魔法。 しかしそれも、敵のそばにあってこそだ。 要がパラダイス・ロストを発動させることを悟った徹雄は、これに冷静に対処した。羽交い絞めで上がった肘でこめかみを打ち、腕の力が緩んだところで身を引きはがす。そして短刀で要の顔面を切り裂いたのだ。 冷徹な攻撃だった。わざと急所の目を狙った。 脳に牙をたてるも同然の、その耐えがたい激痛は要の集中力を奪い、力を半減させた。 蹴り飛ばされ、転がった地面でパラダイス・ロストは発動した。だが要に、そのとき自分のいた場所さえ分かっていたかどうか……。 「つまんねーことに時間くっちまった。早く行かねーと先のやつらにおいしいとこ全部とられちまう」 城に向かおうとする竜造の左足を、何かが押さえた。 要だ。 白目をむいたまま、ブーツに牙をたてている。 竜造は驚かなかった。ただ、鮮血色の長ドスをその背に突き立てた。 「行くぞ」 「――あの女はいいのか?」 「かまわねーよ。呼びたきゃ呼べばいいのさ。どうせこの都のやつァみんなぶっ殺すんだしな。まとまってくれりゃ好都合だぜ」 なぎ払いで一気に城門を砕き、中へ入って行く。 地を揺るがす爆発音と人々の悲鳴が夜空に上がる。 城内における破壊と殺戮が、ついに始まった――。