校長室
【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第19章 アガデ会談 4 少しときをさかのぼって、迎賓館。 ノックをして、夏侯 淵(かこう・えん)がドアから頭を出した。 「バルバトス様が……たちが、えーと……来られました」 彼のかなりとまどった声と表情に、ルカルカが「ん?」となる。だがそれがなぜかはすぐに判明した。 バルバトスは1人ではなかったのだ。 彼女の後ろには秋葉 つかさ(あきば・つかさ)そしてハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)、伊吹 九十九(いぶき・つくも)、アンナローゼ・リウクシアラ(あんなろーぜ・りうくしあら)といった面々が続き、そしてそのだれもが着崩れたしどけない姿で、いかにも情事のあとといったにおいを漂わせていた。 上気した頬、のどや胸元に散る赤い小さなあざ。特にハヅキなどは、露出した手足に鞭のあとをつけている。 この部屋にいる全員が、彼らが今まで何をしていたか……どんな罪悪にふけっていたかを正確に理解した。 ざわめきどころか、もはやいかなる声も出ない。 「バルバトス様」 「ごめーんロノウェちゃんっ。すっかり遅れちゃった〜」 許して、と両手を合わせて拝む真似をする。 「すっごく楽しかったの〜。こーんなに楽しかったのはひさしぶりね〜。ここへ来て、これだけは良かったかも〜」 と、満面の笑顔でバァルを見る。 バァルは何と返せばいいか分からず、沈黙を通した。 「うふふ。さぁいらっしゃい、ウサギちゃん〜」 空いていたロノウェの隣に腰かけたバルバトスは、椅子の周囲に4人をはべらせ、つかさにキスをする。スカートから露出した彼女のふくらはぎに舌を這わせる九十九、屈辱に赤く染まった顔で、それでも無抵抗で胸をなぶられるハヅキ……。 激怒したイーオンのこぶしがテーブルに落ちた。 「ふざけるな! ここをどこだと思っているのか! いくら客とはいえ、節度を持ってしかるべきだ! これはあまりにこちらを愚弄している!」 「なぁに〜? こうして参加してあげてるんだから、いいでしょう〜? ちゃんと聞いてあげるわよ〜。ね? ウサギちゃん」 「はい♪ バルバトス様。……ですから、もっとキスしてください……」 「んふっ。かわいいウサちゃんね〜。すっかりおねだり上手になっちゃって〜」 こちらを見ようともせず、またつかさとのじゃれあいを始めたバルバトスには、さすがにイーオンも二の句がつけない。 だれもが言葉を失った中、聞こえるのはバルバトスとたわむれる4人の嬌声のみ……。 急速に険悪な雰囲気が満ち始める中、懸命にどうにかしようと――なんとかこの場を穏便にできないものかと、ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)が発言をした。 「バルバトス様……私はあなたとぜひお話がしたくて、参りましたの。まずは、和平へとつながる講和の席についていただけまして、お礼を申し上げますわ。ありがとうございました」 頭を下げるが、バルバトスはちらとも目を向けない。 「私は……ザナドゥの方たちと人間たちが互いに傷つけあうだけにしかならない事を望んでいませんし、バルバトス様やロノウェ様、ヨミ様、そしてここにはいらっしゃらないほかの魔神のの皆様とも分かりあいたいと、心から思っていますわ。それに、戦争の終結と平和を願う私たちの呼びかけにこうして皆様がお集まりになったという事は、皆様の中にもそれを望む気持ちが少なからずあり、分かりあえるという事だと思いますわ。 ですから……どうか、互いに傷つけあう事は考え直していただけないでしょうか。そして、講和の印として、アガデの都とそこに住む方達を見守っていただけないでしょうか、バルバトス様」 「私もジュンコと同じで、互いに傷つけあう事を望んでいません」 補強するように、ジュンコのパートナーマリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が発言した。 「心の底から、皆様と分かりあいたいと思っています。 そのためにはまず、私たちはお互いの事を理解する事が必要であり、そのために必要なのは歩み寄りだと思うのですが、どうでしょうか?」 「はいはい。あなたたちの言いたいことはよ〜く理解したわ」 ひらひらと、バルバトスは手を振って見せただけだった。 「さぁこれでいいかしら〜? もう終わった〜? ああ、そうそうロノウェちゃん! さっきね、街ですーっごくかわいいの見つけちゃったのよ〜。あ、またそんな顔して〜。見せブラなんかじゃないわよ、安心して。そういうのは売ってなかったのよ〜残念! こんなド田舎の国じゃあ仕方なかったわね〜。 でもね、ロノウェちゃんにピッタリのエメラルドグリーンのタフタドレスを見つけたの! 配達させたんだけど、多分、もう届いてると思うのよ〜。早くお部屋に戻って着て見せて〜。ねっ? ねっ?」 あくまで真面目にとりあおうとしないバルバトスの態度に、部屋の中にはますます凶悪な、それこそ触れようとすれば触われるのではないかと思えるほどの危険な空気がたちこめる。 (これは少々やばいかもしれませんね……) 一触即発といった彼らの表情を伺いつつ、雄軒はひそかにフラワシを呼び出した。 「――彼女たちの言うとおりだ。この席を提案したのはこちらだが、それに応じたということは、そちらにも相応の意思があってと思っていたが」 押し殺した声で、バァルが問うた。 バルバトスでは話にならないと、彼はロノウェを直視している。 だれもがロノウェに返答を求め、彼女を見つめたが、ロノウェは思いを読まれるのを拒むように目を半ば以上伏せ、答えるそぶりは見せなかった。 言うまでもないが、バルバトスはロノウェの上官である。いかにバルバトスの態度が目に余る、ふざけたものであるにせよ、この場で上官であるバルバトスを諌めるようなことはできない。また、彼女が現れた以上バァルと対話すべきはバルバトスであり、彼女を差し置いての発言は控えるべきという考えが彼女にはあった。 そして当のバルバトスは彼の生真面目さをあざけ、せせら笑う。 「あら〜、私は招待に応じるとは返したけど、真面目に参加するなんて返した覚えはないわよ〜。そんなことできるわけないじゃない、人間なんかの話を聞くなんて、こんなくだらないことってないもの〜。 私に聞いてほしかったら、方法は2つ。私に魂を抜かれて私のかわいいコになるか、私を殺して首をトレイに乗せるかよ〜」 これに反応し、椅子をはね飛ばさんばかりの勢いで起立したのは高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)だった。 「これは到底聞き捨てならない、許しがたき侮辱発言です! 国賓として招かれた身で、しかも講和会談に応じる意思ありと明確に返書を返しておきながらその態度! 失礼にもほどがあるでしょう! これがわれわれの統治者、支配者となるべき『優れた種族』とあなたが主張した魔族のとる態度でしょうか!? お答えください、ロノウェ殿!!」 名指しで請われたことに、ロノウェが口を開き、何事かを言おうとした瞬間。 バルバトスが大きく背をそり返らせ、高嗤った。 「ばっかばかしいわねぇ。 いい? 『対等』や『礼儀』といったものが求められるのは、相応の敬意を示すべき相手であってこそなのよ〜。あなたたちのどこに、私の敬意を勝ち取れるだけのものがあるのっていうの〜? どれをとっても何ひとつ私にかなうものなどない、下等な人間ごときが」 あなたたちなんて、せいぜいがこのウサギちゃんたちと同じ、ペットで十分よ。 「ロノウェ殿! これまでの発言は全て記録されています! その上でお訊きしたい! これがザナドゥの総意であるか否か!?」 「ああもう、うるさいわね〜」 バルバトスの手のひと振りで、部屋中のカメラや録音機材、ライトの全てが破壊された。 「なっ!?」 破壊は高天井のシャンデリアにまでおよび、部屋は一瞬で光を失い、窓から差し込む月明かりのみとなる。 「記録なんて必要ないわぁ。こんなの、ただの茶番ですもの〜。もう役目は十分果たしてくれちゃったし〜」 足元へ転がってきたレンズをこれみよがしに踏み砕き、立ち上がるバルバトス。 コツコツとヒールを響かせ、テーブルの端まで歩く。その目は、席に座したままのバァルをひたと見据えている。 「領主バァル。人の中でも最もおろかな理想主義者サン。これはあなたへの教訓、そしてザナドゥの総意と知りなさい」 言い終わると同時にバルバトスの右手がひらめき――その一刹那に、アナトの胸は十字に切り裂かれていた。 (あらあら。大変なことになっちゃってるわね〜♪) 屋根の上から特製スパイカメラセットを使ってこっそり部屋の中を盗撮していたシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は、しっかりとその惨劇を録画できたことに胸の中で小躍りをする。そして、これから起こるであろう出来事をさらに克明に記録せんと、カメラを回し続けた。