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リアクション
3
「きゃー、ほっといたらあたしの黒船が壊されちゃう!」
頭のサイドで一つに束ねた青い色の髪を揺らしながら、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)が思わず声を上げた。
どこかたどたどしい仕草で、操縦を始めた彼女のことを、甲板から張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)が見守っている。
「何かあって操縦できなくなっちゃったら、代わってね」
張遼に対しそう告げた夢見は、ゆっくりと唾液を嚥下しながら、ペリーが乗っていると思しき黒船サスケハナ号を見据えた。
「実は実戦で船を操縦するのは初めてなのよねー。まあ、きっと大丈夫」
彼女のその声に、精悍な顔つきで張遼が思案するように、遠い目をする。
「拙者も蒸気船の操縦は初めてでござる」
勇敢な英霊である彼ではあったが、早期の離脱も念頭に置きながら、今後の戦略を検討していた。
その時、二人が乗る黒船夏野丸は、サスケハナ号を砲撃できる、射程圏内へと進んでいく。
――自分の黒船を壊したくない。
そう考えながら操縦している夢見は、どこか及び腰に見える。
だが、サスケハナ号へ近接した第一の黒船は、この夏野丸だった。
「自分の大砲の射程ギリギリから相手を狙うよ」
宣言した夢見に対して、張遼が頷いてみせる。
「サスケハナ号や、やる気満々の船は外輪部分を攻撃して動きを鈍くしてからじっくりやっつけるわ。いきなりボイラーとかの機関部を攻撃して爆発させちゃったら、乗ってる人が逃げる暇がないもの」
サイド今後の方略を口に上らせながら、夢見は考えていた。
――外輪部の攻撃に『急所狙い1』が有利に働くかしら。
暫し悩んだ末、彼女が実際に使ってみると、それは有意な効果を示したようだった。
「よし、積極的に使うよ」
こうしてサスケハナ号相手に砲撃を始めた二人の船へ、その時忍び寄ってくる影があった。
船のすぐ傍の水面がざわめき、どこからか砲弾を向けられた事は、明らかだった。
「ちょっと操縦を代わって」
「しかし、拙者が船を動かすという事は非常事態という事でござるな」
「お願い」
「分かった――ただし緊急時には、早急にここを離脱する事を考えよう」
張遼に操縦を任せ、夢見は敵船の姿を捉える為に、周囲を見渡した。
するとそこには、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)とリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が操る黒船の姿があった。
「黒船でバトルロイヤル、と言う事は、最後まで残っていればいい、と言う事になります。となると、戦いの中で不用意に目立つと皆に警戒されて袋叩きにあうだろうし、だからと言って何もしないのも戦ってる中では逆に目立つ存在となってしまう。そのためには――」
操縦しながら小次郎が呟いて、夏野丸を視界に捉えた。
凛々しい茶色の瞳をスッと細めて、腕を組む。
「最初は少し戦って、途中は目立たないように傷ついた黒船に追撃をかけるとしますか。尤も――撃沈してしまえば目立つ。傷口をひろげて、トドメは他人に刺させる事がベストだろうな」
その初戦の相手に、たまたま近場にいた夏野丸を選んだ小次郎は、浦賀湾からの離脱を決定したらしい敵船の影を眺めながら、嘆息した。
「最後まで生き残る事に主眼を置こう」
一人そう口にした小次郎は、リースを見上げる。
彼女は、美しい銀色の髪を揺らしながら、観測係として周囲に目を配らせていた。
「他の艦は?」
「今のところ強硬姿勢に出ようとしている船は、無いようですわ」
リースのその声に、小次郎は周囲を見渡した。
――数多いる黒船の群れの中に、このまま紛れ込んで、自体が落ち着くまで静観するか。
彼がそんな事を考えた、丁度その時のことだった。
「――! きます」
「何?」
慌てて振り返ろうとした小次郎の視界に、水しぶきが見えた。
一拍遅れて、轟音に耳を劈かれる。
――ドオォォォォォォォォン!!
小次郎達の船へと奇襲を仕掛けたのは、湯島 茜(ゆしま・あかね)とエミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)が乗る黒船だった。
茜が潮の流れを読んでいたことが、幸いしたのだろう。
「リース」
「ええ、分かっておりますわ」
阿吽の呼吸で、リースが禁猟区を発動させる。
――最後は黒船でトドメを刺さなければいけないが、途中はどんな手でもいいということ。そのため、使えるものは何でも使う。これが小次郎の考えだった。
それをくみ取りリースは、敵の観測などを観測手に任せて攻勢へと転じることにした。 観測手とは、長距離射撃を行う際に、標的までの距離や風向などを調べて教えてくれる従者で、本来はスナイパーと組んで仕事をしたいらしい。
しかし、リースの禁猟区が発動されるよりも、僅かばかり早く、茜のアビリティ――戦慄の歌が響き渡った。大砲を撃ちながら近寄ってくる彼女達の前で、一時小次郎が、行動不能となる。これを幸いにと、茜は己の黒船の衝角を用いて攻めに出た。
「これで、とどめだよ!」
だがその攻撃を止める為、リースが咄嗟に光術を用いて目くらましを行う。
茜とエミリーが、その輝きに目を細めた。
その隙を突くように、リースが外輪目掛けてブリザードを放つ。
ブリザードは外輪の動きを阻害して、茜たちの船の速力を落した。
妨害工作に徹しようとしたリースの隣で、小次郎が体の統制を取り戻す。
そこへエミリーが、空飛ぶ魔法↑↑で空を飛び、乗り込んできた。
咄嗟に格闘になだれ込みそうになった時、エミリーはたたみかけるように、焔のフラワシで小次郎達の船を焼き払おうとした。一時夏の暑さとは異なる熱気が船を覆ったが、リースがすぐに消し止める。
対してリースはといえば、己の魔法を、全力で茜たちの船へとぶつけていた。
こうして暫しの間、二艘の間では、黒船同士――いや、双方の力の押し合いとも言える戦闘が続いたのだった。
「はぁ」
額に浮かぶ汗を拭いながら、何とか勝利した小次郎が、傷む体に鞭を打って立ち上がったのは、十数分後のことである。
「なんとか、勝利することが出来ましたわね」
こちらも疲労困憊といった様子で、リースが微笑する。
それに微笑み返しながら、小次郎は次の作戦を思い浮かべながら、一息つこうとしていた。
「後は――隻数も少なくなってきた事だし、奇襲を受けてではなく、正面から実力を発揮する事にしましょう。――観測手、他の敵艦との距離、敵艦の速力を正確に把握して教えてください」
彼のその言葉に、観測手達がデータをまとめ始める。
「どうするのですか?」
リースが訊ねると、小次郎が呼吸を整えながら応えた。
「その諸元――数値と自分の速力を元に着弾時の座標を予測して弾を撃ち込む。後はリース、時々光術を撃って目くらましをしてもらいたい。それと同時に進路を微妙に変化させ、敵の予測位置から艦をずらす事によって、こちらの黒船に攻撃が当たらないようにする」
「わかりましたわ」
二人がそんなやりとりをしていた時、予想外に近くから、攻撃が飛んできた。
「な!?」
小次郎が狼狽えた声を上げたときには、幾人かの観測手達が地にひれ伏していた。
「そこから海へ飛び込んで頂けませんか?」
そこへさわやかな、笑みを含んだ声がかかる。
現れたのは風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だった。
外部からの攻撃に注力していた小次郎達には、内部からこうして敵襲を受けるというのは寝耳に水とった状況だったのは仕方がない。
優斗は、やさしそうな容姿を崩さないまま、既に観測手達を倒していた。
もちろん問答無用で敵船の乗組員を叩きのめすのは彼のスタイルに合わないので、まずは退艦するように依頼してから、である。
「もう一度、お願いします。そこから海へ飛び込んで頂けませんか?」
「何を馬鹿な」
小次郎が声を上げると、嘆くように優斗が溜息をついた。
「当然、受け入れられないとは思いますが……」
「あたりまえです」
――予想通り拒まれた場合に戦闘で敵乗組員を排除しよう。
――尚、依頼に応じ素直に退艦して下さった方は見逃します。
そう考えていた優斗は、曖昧に笑うと迷彩塗装で姿を確認しがたくしながら活動を開始した。見えなくなった彼の姿を、小次郎とリースが視線で探す。
優斗はこの船に来る為に、宮殿用飛行翼やロケットシューズを用い、機動力を活かし大砲の弾を避けつつ、空からやってきたのだった。そうしてこの黒船に乗り込み、攻撃を仕掛けはじめたのである。
「どこにいったのでしょうか」
不安げにリースが呟いた時、甲板側で、盛大な炎が上がった。
優斗が、パイロキネシスで敵船内を炎上させたのである。
至る所で、混乱が起き始めた。
その隙に彼は、大砲を使用不能をさせ、小次郎達の乗る船の無力化を図っていく。
敵船を一隻一隻確実に沈めていくために。
「僕の故国での狼藉は許しませんよ」
いつのまにか、小次郎達の後ろに回っていた優斗がそう言ったとき、この船での勝者が確定した。
「これは、また中々のもの」
自船の黒船に迷彩塗装を施し、黒船に見えないようにしたり、敵船からの砲撃が届かない距離を保ったりして、機を待っていた諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)は、また一隻優斗が沈めようとしている敵船を眺めながら、嘆息した。
これまでは自船が沈められないように守備及び攻撃の回避に専念していた孔明であるが、現在は、優斗の敵船の制圧に合わせ、その後に大砲で敵船を沈めていく作業に従事しているのである。
「はやく、海に平穏が戻ると良いのですが」
「まさか黒船が動かせるとは思ってもみませんでしたわ。最上最高のマグロにありつくべく黒船バトルロワイヤル、勝っていかなければならないのですね」
レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が海原を一瞥しながら呟いた。ボブカットの青い髪が、透けるような白い肌によく似合っている。
「ウエストのサイズが気になるから食事、量的にはさほど要りませんが、上質の部分は一匹のマグロからもほんの少ししか取れないと聞きます」
レイチェルの声に耳を澄ませていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、一見穏和そうな黒髪を揺らしながら思案していた。
――折角、海の魚を食べつけていないフランツに、三崎港で水揚げされたマグロ丼を食べてもらおうと思っていたのに。
マグロが無いと現地で言われたばかりか、目にしたマグロ達からは手足が生えてきたものだから、どうしたものかと彼は考えあぐねいていた。
――そんなわけで。
「マグロを分けてよこさんかいッ!!」
泰輔達は、黒船でそこらの漁船を襲って、じゃなくてすごんでみせて、まるごと一匹分けてもらうという作戦に出ていたのである。
凄んでいる泰輔の隣で、レイチェルはといえば、他の黒船の外輪部分に、バイク投げ込んで航行不能にしている。
「やりおるな」
思わず呟いた泰輔に対し、レイチェルは微笑を返した。
「私はいつだって全力です! ――さぁ、至近距離まで黒船をお願いします」
レイチェルはそう言うと、特技の投擲をする準備を整えた。
宙を跳ぶバイク達――そして、航行不能になり、海へと落ちては、このバトルロワイヤルから脱落していく人々。
「すこしでも頂上に近づきましょう!」
威勢の良いレイチェルの表情を眺めながら、当初の鮪を食べるという目的から、勝利へと目標が変わりつつあることを泰輔は自覚していた。
そんな光景を眺めながら、黒船の操船を主だって手伝っていたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が呟いた。
「海に住む魚はでかいんだな。川魚の『ます』もでかいのはでかいけど、あしは生えてないぞ?」
生粋の都会っ子であり下町出身、その上『歌曲の王』として名高いフランツは、綺麗に整えた薄茶色の髪を撫でながら、脳裏で、1817年にシューベルトが作曲したDie Forelle――『鱒』を反芻していた。
「むー、とりあえず、黒船の操船手伝うのメインでするから、容れ物に見合ったでっかい美味い魚、食わせろよ、泰輔!」
海を、容れ物と表現した彼は、茶色い瞳で海を見据える。彼の華麗なる舵さばきには、乞う、ご期待! そんな形容がふさわしかろう。
「我も力を貸そう」
彼らのそんな様子を見守っていた讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、長い銀髪を指先で巻き取りながら微笑した。
「博識を駆使して、黒船のチューン・アップを万全にしておいた」
顕仁は、機晶技師をしていた経験知つめこんだその豊富な見識を持ってして上手く扱うことが出来るスキルを駆使し、黒船の整備を行ったのである。
「……はもちりの、梅肉和えなどが夏は恋しいものだが、関東では鱧は食べぬそうじゃし、骨切りのできる料理人もおらぬであろうしのう。まあ、マグロで我慢するとしよう」
彼はそう呟くと、腕を組んだ。
一方、内心では別のことを考えていた。
――イコン扱いの黒船によるバトルロワイヤルの勝者が、一番良い魚を得られるのじゃな。
既に伝言ゲーム状態で情報が錯綜している中、彼は周囲を駆ける他の黒船を一瞥しながら、唇を舐める。
「……土台になる白飯も美味でなければなるまいの。手配、じゃ」
丁度顕仁がそう口にした時の事だった。
彼らが乗る黒船の方向へと、砲撃が跳んでくる。
――ドオォォォォォォォォン!!
「ふむ、外しましたな」
砲撃をした秦 良玉(しん・りょうぎょく)は、愉悦混じりの表情で微笑むと近海を走行中のパートナーの黒船を一瞥した。そちらには、沙 鈴(しゃ・りん)が乗っている。
パワードスーツ一式に身を包み、その力で操船やバランス取りをこなしている良玉は、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)達の乗る黒船を再び射程圏内に捉えると、唇の端を持ち上げた。
良玉の船は、事前に迷彩塗装で海や遠景の陸地と誤認させるような塗装が施されている。
――なに、黒くなければ黒船でない?
――じゃあ船内を黒く塗っておこうかの。
等と考えて彼女は、防水塗装の為、幾ばくか船体を黒く塗ってもいた。
――イコン操縦はあまり得意でない、じゃから、己の力量を考えて積極的には打って出ず、数が減るまでは隠れ潜んでいようか。
「寡兵で大軍に当たるのに通じるものがあろう」
そんな事を考えながらも、漁船を襲撃している様子の泰輔達の船に、一撃を当てようとした彼女は、やはり名高い、中国は明の軍人だけの事はある。
「いかようにすべきか。次は当てるか――黒船が呼んでいる! 勝利をこの手に! 明朝にも操船技術があった事を知らしめてやる!」
そう考えていた良玉は、その時始めて、どうにも鈴が乗っている船の様子がおかしいことに気がついた。
「マグロに手足が生えたのはパラミタ線の影響と思われる。浅間山にパラミタ線を研究する基地――早乙女○究所があるという極秘情報があったが、今回の事件も察知していることだろう。――情報を報告書として提供するのはやぶさかでない。それよりもバトルロイヤルの最中に、パラミタ化したカジキマグロ……現在ではマグロとは別種か……兎に角マグロがラムアタックをしてこないかが心配である……うッ」
吐き気をこらえながら、鈴はつらつらと自分の見解を述べた。
船酔いによりぐるぐると回る世界にあっては、良玉が放った砲撃の音も、敵船の姿も、何処か霞が勝っているように感じてならない。
彼女は、美しい黒い髪を揺らしながら、吐き気をこらえて舵を握った。
何とか立ち上がり、周囲の光景を一瞥する。
――その時だった。
「フ、フ、フフフフ」
限界まで突破した彼女の船酔いは、鈴に特殊な力をもたらしていた。
「酷い船酔いによって酔拳発動!」
彼女のそんな叫び声と同時に、鈴の船は、泰輔達が乗る黒船へと突進していった。
酔った操舵で、蛇行する彼女の黒船は、他船の攻撃をふらふらとかわして行く。
動揺に攻撃もトリッキーな態勢や角度から行われた為、近海にいた他の黒船達は霧散していった。しかし急な出来事に、交わしそびれた泰輔達の黒船は正面からその猛攻を受けることとなった。
眼前でのその光景に慌てたように梶を切り、事態を見守っていた良玉は、ただ呆然とそれを見ているしかない。
自滅(?)してしまった鈴と、その攻撃から散り散りに逃げていった泰輔達を彼女が見守っていた、その時のことだった。
「敵艦発見! それじゃー正義の名の下にお仕置きしちゃうよ♪」
高々と響き渡ったのは秋月 葵(あきづき・あおい)の声だった。
それを諫めるように、周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)が声をかける。
「バトルロイヤルとはいえ、無差別攻撃は効率が悪いので、最初は他の黒船から距離を捕りつつ、少なくともサスケハナを倒すまでの味方の判別が必要です」
「だけど公瑾ちゃん、いまこの船他を襲っていたもん」
反論した葵の隣で、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が声を上げる。
「葵〜早く突撃するにゃー!」
響いてくるその声に、秦 良玉(しん・りょうぎょく)は、慌てて手を挙げた。
「こちらに敵対する意図はない。それよりも、今からあたしは、開国とやらの為に共同戦線をはっている黒船に対して、情報攪乱で通信を混乱させ、そちらの黒船が沈めやすいようにお膳立てをしよう」
――その言葉を信じて良いものか。
公瑾が思案していたとき、二つの黒船の近海が続けざまに、砲撃された。
息を飲んで良玉が、ライトニングウェポンを付与したサイドワインダーで一隻を沈める。
「ありがとうにゃ」
イングリットがそう告げると、頷いてから良玉が、船酔いが高じて意識を失っているらしい沙 鈴(しゃ・りん)の船へと飛び移った。
「あたしはこっちを回収して、一端この近辺から脱出する。健闘を祈っておりますよ」
そう言い自身の船へと戻った良玉は、静かに黒船でその場を立ち去った。
「なるほど――段々数が減ってきたとはいえ、だからこそ注意が必要といった様相」
見送りながら、公瑾が呟いた。
「高速機動や心眼で強化した『ポーハタン号』で撃ち合い――こちらから支援攻撃を行いますので、そちらは別角度より『シャイニングスター号』が衝角で接近戦を行うという作でいきましょう」
その声に頷いて、葵がシャイニングスター号の舵を切る。
二つの黒船が振り返ると、その先には、汽走戦列艦ナポレオン号の陰影がはっきりと見て取れた。
一方の汽走戦列艦ナポレオン号の船上では。
「エコール・ナーバルでの所有船でドンパチ出来るなんて嬉しい〜……んだけど、なんだろう、二隻も来たよ!」
フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)が、青い瞳を揺らしていた。
彼女は、海軍士官学校として高名な、仏海軍の兵学校『Ecole Navale』に入学した経験を持つものの、なにせこの船としての戦いは、初戦である。それも手伝って些か緊張しているようだった。
「案ずるな」
90門の大砲を扱う砲手達の指揮を執りながら、アンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)が声をかける。
彼は、ギーズ公アンリ1世――仏の大元帥であり、かつてのカトリック同盟の盟主だった人物だ。
「我が前に立つ愚か者に正義の鉄槌を!!」
その威厳ある声が響き終わるのと同時に、ポーハタン号とシャイニングスター号は続けざまに攻撃を受け、傾き始めた。
「操縦は任せるどすなぁ。機動性に重点を置いおこう」
ルイ・デュードネ・ブルボン(るいでゅーどね・ぶるぼん)がそういって、余裕ある笑顔を浮かべた。
こうしてまた二隻、黒船が沈みゆこうとしていた。
その頃、そこから少しばかりペリーの乗船しているサスケハナ号にほど近い場所を、ゼーアドラーが航行していた。
指揮をしているのは草薙 武尊(くさなぎ・たける)である。
彼はこの黒船が近づく頃、航行不能になった場合に備えて、接舷戦闘の準備をしていた。
あくまでも意図する目的は、ペリーの行いを止めることにある。
武尊がそんな事を考えていた時、ゼーアドラーに近づいてくる者があった。
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)とマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)である。
「結局、休みはなしか……」
そう呟きながら船上へとあがったゆかりは、武尊の正面で、僅かに海水に濡れた綺麗な黒髪を手で撫でた。
「私、どうせならサスケハナ号へボーディングして、そこで一暴れしたいの。そこまで手を貸してもらえない?」
夏休みを利用して地球に降り、横須賀で海軍カレーを食べた後はのんびりと日露戦争の記念艦三笠やら横須賀港に浮かぶ海自や米海軍の軍艦でも見物して、それから三崎港でマグロ丼……と思った矢先に、この騒動に巻き込まれ、彼女はそれなりに怒りを覚えていたのである。
折角の休暇を台無しにされたのだから、頭にくるのも当然だろう。
その隣でマリエッタはといえば、船に群がってくる魚人相手に、攻撃魔法を炸裂させていた。見た目は実に優しそうなマリエッタであったが、笑顔で魔法を放つその姿は、見る者に寒気を喚起させる。――見た目と裏腹に鬼、といった面持ちだ。
「この女、バトロワにかこつけてストレス解消してるんじゃないのか」
船員の一人がそんな事を呟いたのだったが、彼女は気にしない。
「……そうだな。ともにペリーを倒そうではないか」
武尊が同意して見せたことで、二人もまたゼーアドラーに間借りをすることとなった。
ペリーに迫るまで、あと少しのことである。
その頃、黒船スパイシーモヒートの甲板上には、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と佐々木 八雲(ささき・やくも)の姿があった。
弥十郎の発案と根回しが功を奏し、ここまでの間スパイシーモヒートは、特に被害を受けることもなく航行してきている。
「ペリーの魂胆は、黒船を集めてバトルさせることを考えているようだからねぇ」
食材を台無しにされて頭にきている弥十郎は、その元凶であるペリーを一発殴りたくなって、こうして黒船に乗っているのである。
「そのバトルロワイヤルで最初に負ける不名誉になってもらおう」
彼はそう考えていたが、既に何隻か、黒船同士の諍いも起きている。
けれどそれはまだ些末なことだろう。
肝心なことは、ペリーを討つことである。
ここに来るまでの間、スパイシーモヒート上から、弥十郎は多くの黒船に呼びかけてきた。
「ペリーを狙うから邪魔しないでね。ペリーを沈めたら、後は僕の船とか好きにして良いから。あ、邪魔したら容赦しないんで」
笑み混じりの彼のその声だったが、どこか気迫と恐怖を感じさせ、多くの黒船は道を空けるに至った。
――勿論、耳を貸してくれない場合は、穏和にすますとは限らない。
弥十郎の料理人としての誇りはそれだけ高く、現にいくつかの黒船は沈まされてもいた。
そんな彼の様子に、八雲が嘆息する。
そして精神感応を用いて、会話を試みた。
「(ペリーはペリーなりの考えがあるのだろう)」
八雲がそう告げると、驚いたように弥十郎が顔を上げた。
「(だったら、食材をおもちゃにしていいの?)」
「(いや、それは……)」
「(例えるなら兄さんの大事な子に思い切り泥を浴びせた感じだよぉ。許せる?)」
八雲を兄と呼び、弥十郎が腕を組む。
「(むむ……)」
「(ペリーだか、プリンだかしらんけど、みてよ、この鮪。大トロが傷んできてるよ。悔しいねぇ)」
その怒りが隠った調子に、思わず八雲は溜息をついた。
「(そっか。なら一品料理を作ってからでかけろ。そのままじゃ、お前の方が料理されてしまう。少しだけクールダウンだ)」
彼らが丁度そんなやりとりをしていたときのことだった。
スパイシーモヒートが砲撃されたのは。
――ドオォォォォォォォォン!!
砲撃音に紛れるようにして、陽桜 小十郎(ひざくら・こじゅうろう)の攻撃が炸裂する。
彼は森 乱丸(もり・らんまる)の指示に従い、知的な青い瞳と愛らしい赤い髪を揺らしながら攻撃を行っていた。勿論彼らの目標はペリーだったが、目標を倒す上での仕方のない行動である。
「てい」
マホロバ人の彼は、エンシャントワンドで雷術を使用して、電と書くと雷を帯びた電の字が浮かび上がらせた。そして浮かび上がってきたもの、雷を纏った電を敵艦に向けて蹴り飛ばしている。
小十郎は満足そうにその成果を眺めながら、ある程度敵を倒したことを確認した。その上で、エンシャントワンドで炎術を使用して炎と描く。すると火が炎という字に浮かび上がった。そして最初に日本酒の入った丸くて小さな木製の水筒を、敵の黒船に向けて投げる。その後、火で描いた炎を黒船に向けて蹴り飛ばした。
「良い感じです」
織田 信長(おだ・のぶなが)と一緒の成果、気合いが入っている乱丸は、携えている竹槍を握る手に力を込めながら、小十郎に声をかけた。
そうしていると、周囲から魚人達が、船へと上り始めた。
それに対し乱丸は、竹槍で敵の太ももや目などの急所を貫くように突き、敵一人につき一回の攻撃で倒すように心がけるよう戦う。
「勝敗の運は天にあり! この戦に勝てば末代までの高名ぞ!」
そこへ信長が声をかける。
信長は、アクティブアビリティに加速と高速機動、そして回避上昇を使い機動力を上昇させた。
――船での戦は後ろを取られたらいけないので先に後ろを取られたら不利になるだろう。
瞬時にそう判断した信長は、機動力を生かして戦う事を決意した。
同時に、従者の観測手やダメージ上昇を使い強力な砲撃が当たりやすくできるよう試みる。
そんな光景を眺めながら、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、短く吸気をした。
リアトリスは、ドラゴンアーツを用い、その右目を龍の瞳に変え、ヒロイックアサルトにて両手の甲に織田家の家紋が浮かび上がらせた後、鬼神力を使用する。
リアトリスは、黒船を操縦をして敵船に近づくという重任をこなしていたのだが、一方で戦闘になっても舵は離せないので戦闘には参加できないという大変な立場にあった。
それでも、魚人が甲板にはい上がってくる度に、敵に舵を取られないように気をつけながら戦っている。その都度揺れる美少女とも美少年ともつかない、多くの者の視線を釘付けにして止まない表情を凛々しくかえて、善戦していた。
戦法はフラメンコを踊りながら、敵の攻撃を避け、即天去私で攻撃をするというものである。リアトリスは、錬金術師を目指すフラメンコが大好きな、友人を馬鹿にされるのを嫌う、心優しい性格の持ち主なのだ。
リアトリスのそんな奮闘ぶりを一瞥しながら、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は思案していた。
「本当に勝者が、すごい力を手にするんだろうか」
――この噂はもしかしたらペリー本人が流した嘘かも知れないので、ペリーのサスケハナ号を倒して最後まで勝ち残り真実を確かめなければ。
彼はそんな事を考えながら、ある種の白兵戦の色を呈し始めた船上に、目を細めていた。
「さて! 俺も色々と準備をしないとな」
ここまで比較的余裕を持って戦況を見守っていた忍だったが、海から直接魚人達の攻撃を受け始めたことに、考え込まずにはいられない。
彼は、DSペンギン達と武者人形を、白兵戦用員として先導すると、信長が機晶爆弾を使って罠を張り、機雷代わりに使っている爆弾が設置されている場所へと、魚人達を上手く誘導した。
それから、たった今沈めようとしている黒船スパイシーモヒートへと跳び移り、囮となって小十郎達の攻撃を支援する。そして火計を行い操舵をしている相手を混乱させた。
その隙に、自艦が砲撃する。
それを見守り、船へと戻った忍は、信長の言葉を思い出す。
未だ戦が始まる前に告げられた言葉だ。
――信長が、戦は相手より速く動けた者が戦に勝つと言っていた。
そこで自身の乗る黒船は機動力を上げ、忍は情報攪乱などを駆使して相手のレーダーや通信など情報伝達能力を混乱させる事にした。
こうして、黒船スパイシーモヒートとの戦いは、一段落することになる。
「良かった」
安堵したように一息ついたリアトリスに対し、忍が微笑み返す。
――その一時が、命取りとなる。
――ドオォォォォォォォォン!!
不意に響いた轟音に、乗船していた一同は、ハッとして誰とも無く目を見開いた。
「一言いっておく! 俺は泳げないからな!」
忍のその声に、弱点が泳げないことであるリアトリスもまた、遠い目をしたのだった。
「また一隻、海の藻屑になったね……」
元来はペリーを討伐することを目標にしていたのだったが、ペリーの乗る黒船サスケハナ号の周囲に黒船がひしめき合っている為、中々狙いが定まらない。
その事実を憂いている様子の柚木 瀬伊(ゆのき・せい)を一瞥しながら、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)がそんな事を呟いた。
外見年齢が10歳の、とても愛らしい柚木 郁(ゆのき・いく)に命綱をつけながら、貴瀬が微笑む。
「手が足りないところは言ってね?」
その言葉に、瀬伊が一瞬だけ視線を向けた。
「守備にも些か不安がある」
ヒロイックアサルトを使用し、黒船を操縦している彼は、殺気看破と歴戦の防御術、そして防衛計画で敵船の攻撃を避けながらも、まだ甘さを感じていた。
冷静な瀬伊のその声に、少しばかり考え込むようにしてから、貴瀬が海を見据える。
「分かった。じゃあ、フォースフィールドやミラージュで黒船を守れないか試してみるよ。それに――届けば雷術で攻撃してみる」
貴瀬がそう告げて微笑んだ時、傍らで見守っていた郁が、可愛らしい青い瞳で二人を見た。
「いくはね、おうたでおにいちゃんがんばれーっておうえんするのっ」
満面の笑みでそう告げた少年は、何とはなしに、海を見た。
つられて二人が視線を向けると、そこには敵船と思しき黒船の姿がある。
「わるいおふねさんがちかづいてきたら、荒ぶる力でおにいちゃんのちからむきむきーてして、恐れの歌とか嫌悪の歌のおうたをつかってあいてのおふねさんむぎゅーするんだよっ」
一人何度も頷きながら断言した郁の前で、瀬伊が呟く。
「攻撃を避けつつ、大砲で狙っていくか。――徐々に力を削り最後に一気にけりをつけよう」
本来はサスケハナ号に対して考えていた計画だったが、背に腹は代えられない。
緊迫感が募る船上で、ただ一人朗らかな様子で郁が続ける。
「がんばれば、瀬伊おにいちゃんのやくにたてるかなぁ?」
「充分役に立ってるよ」
穏やかな表情で貴瀬が、郁の柔らかい髪を撫でる。
すると郁は嬉しそうに頬に朱を指して呟いた。
「さいごにかったひとに、おめでとーのおうたをうたってあげるんだよっ。えへへ、しょーりのめがみさまがほほえんだひとに、いーぱいのしゅくふくをあげるのっ」
にぱ――そんな様子で微笑んだ少年(?)に、戦いながらも瀬伊と貴瀬は何とはなしに和んでしまったのだった。
こうして郁の活躍もあり、一隻の黒船が残った。
そこへ、港から事の次第を見守っていた人々の声が響いてくる。
それは、瓜生 コウ(うりゅう・こう)とベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)の実況だった。
「おおっと、また沈んだ。これで残っている船は――サスケハナ号を除いて、後十数隻!」
盛り上がっているのかいないのか、何処か気怠そうな調子で叫んだコウの言葉が、マイクを介して港に響き渡る。
それは浦賀湾を望む横須賀港に、月美水産と846プロダクションの提供により設営されたステージの傍らでの出来事だった。
無惨にも破壊されてしまった様々な食を提供していた店舗や、市場の役割も兼ね備える形で、コウとベイバロンがいる実況場の周囲には、飲食店や食材を売る狩り措置の店舗も数多く並んでいる。
イカ焼きや、マンドレイク丼などの良い香りが漂ってくる中、マイクをオフにしたコウが、溜息をつきながらベイバロンを一瞥した。
「なんでお前がいるんだ? 黒船で戦いに来たのか?」
「装備するにはレベルが足りませんし、黒船は一人乗りイコン扱いだそうですわ」
妖艶な肢体を惜しげ無く色っぽい服からさらしながら、ベイバロンが応える。
「残っている黒船は、正確には14隻――武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)さんが強奪したリヴェンジと、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)さん達が操る黒船、そして天城 一輝(あまぎ・いっき)さん達が洗練された作戦で繰る天城とプッロ、それから草薙 武尊(くさなぎ・たける)さんと水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)さんが、打倒ペリーの元に集ったゼーアドラー、その上、流石は無精といった所ですか柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)さん達が操る黒船に、海軍らしさを発揮したフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)さん達の汽走戦列艦ナポレオンと、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)さん達のヴィクトリーとクィーン・エリザベス、圧倒的な戦略を誇るルカルカ・ルー(るかるか・るー)さんと朝霧 垂(あさぎり・しづり)さん達のらぶりーえんじぇる、他にも{SFL0040427#フィーア・四条}さんの黒船、百合園ほんわかクラブの黒船、等、そして何よりも、英霊ペリーと乗っ取ったセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)さんが率いるサスケハナ号――勝敗は一体誰の手にもたらされるのでしょうか」
ベイバロンが長い赤髪をかき上げる様を見据えながら、コウは腕を組んだ。
「つまり、オレ達は乗れないんだろう? じゃあなんで来たんだよ?」
「せっかくのMCのお呼ばれですし、それに英霊中心シナリオですからいい機会かなと……」
「メタ視点の発言をするな……ま、いいけどよ、何する気だ?」
コウが顎に手を添えると、ベイバロンが両頬を持ち上げた。
「この手のバトルロイヤルには解説役が必要でしょう? ですからナレーションと解説を……」
「ダブルアクション扱いにならないといいけどな……」
「全くどちらがメタ視点なのか――そうだ、ポロリもありますのよ」
「やかましい」
このようにして、港で実況されながら、黒船によるバトルロワイアルは進行していったのだった。
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