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リアクション
1
「今のこのご時世に開国、か。しかもペリーが魚人と化して蘇るなんて……世も末だよね。瀬伊は美形さんの姿で英霊化できてよかったね」
くすくすと喉で笑い、それを押し殺すように綺麗な手を口元へと宛がった柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は、舵に手を添えている柚木 瀬伊(ゆのき・せい)を見た。
瀬伊はといえば、眼鏡のフレームを押し上げながら、冷たい表情をしている。少なくとも、険しい瞳で貴瀬を一瞥したのは間違いがない。
彼は考えていたのである。
――俺が死んだ後の歴史はさらっているが……あの様な姿で英霊化したあげく、既に開かれた地で再び『開国』を望むとは……正直、意味がわからん。
――とはいえ、このまま放置するわけにもいかないしな。
――手を貸すとしよう。
「て、冗談なんだから……そんなに睨まくてもいいだろう? まぁ、厄介な行動ばかりしているみたいだし……お仕置きしてあげないと、ね?」
ね、と言いながら微笑んで見せた貴瀬に対し、瀬伊は溜息をつくように肩をおろした。
瀬伊は、小早川隆景の英霊である。
小早川隆景といえば、毛利元就の三男で、毛利水軍の指揮官として活躍した名将だ。
幼名は徳寿丸である。小早川家の当主が陣中にて病いを発し急逝した為、毛利家から迎え入れられた跡継ぎである。
――……あぁ、瀬伊……いや、『小早川隆景』は毛利元就公の3男だったね。
毛利水軍といえば、当時はかなりの力を持つ軍勢だったようだし隆景自身、何度も水軍を率いて勝利に導いていた……とか。
貴瀬はそんな事を思い出していた。『瀬伊』とは、貴瀬が勝手につけた名前である。
「海や船が懐かしい?」
微笑を浮かべた貴瀬の言葉に、瀬伊は細く息をつきながら振り返った。
「懐かしくない、といえば……嘘になるか。まぁ、過去の栄光に過ぎないさ」
――蒸気船の操縦は初めてだが……何とかなろう。堅実に立ち回ってみるとしようか。
そんな風に考えながら彼が空を仰いだ。
――……船は久しいな。
その時のことだった。
早急の下、子供らしく高い声が谺する。
「わ、わ」
看板から落ちそうになっていた柚木 郁(ゆのき・いく)の手を、慌てて貴瀬が掴む。
「危ないよ」
慌てたように貴瀬が唇を尖らせる。だが、郁は意に介さず朗らかに笑っていた。
「はわゎー、おふねさんがいっぱいだよー」
キラキラと純真な瞳が二人に、何かを訴えかけている。
「今日はおふねさんにのるの? ――え? 瀬伊おにいちゃんがそうじゅうするのっ」
――貴瀬には動かせなくもないだろうが……船に慣れている俺が引き受けたほうがよかろう。
そう考えていた瀬伊は、無言で頷く。
すると貴瀬の幼少時代によく似た容姿の郁が、愛らしい青い瞳を輝かせた。
「すごいね、瀬伊おにいちゃん」
瀬伊の背後からぎゅっと抱きついてきた少年は、それから大海原へと視線を向ける。
一方の瀬伊はと言えば、遠くを見つめながら、堅実に立ち回ってみようと考えていた。
そんな二人の様子に、貴瀬が穏やかに頬を持ち上げる。
――懐かしいと言って、何を見つめているのか、俺にはわからないけれど……。
「またゆっくりこよう? 郁と一緒に一日遊び倒しに、ね?」
いつだって来る機会はあるのだから。
そんな想いで、貴瀬は瀬伊の肩を二・三度叩いた後、ふわりと腕を抱えた。
「邪魔だ」
だが海に魅入られた瀬伊はといえば、その様につれないことを言って、貴瀬の手を振り払う。
戦いはこれからだった。
黒船ゼーアドラーは、ドイツ海軍の帆船を改装した仮装巡洋艦に縁を持つ黒船だ。
その船に、水上バイクに似た小型飛空挺を海面スレスレで走らせているのは、草薙 武尊(くさなぎ・たける)だった。
「海洋小説の世界が目の前に存在するとは実に、実に感動的であるな」
名著である『海の鷲』を思い浮かべながら彼は、小型飛空挺を可能な限りの高速で飛ばして移動していた。そしてその知的な黒い瞳で、弱点を推察していく。
「弱点は艦尾」
一人呟いた彼は、小型飛空挺を操りながら、ゼーアドラーへと近づいた。
「何やつだ?」
集まってきた船乗り達に対し、武尊は笑って見せた。
「黒船の弱点を探している」
その言葉に、ペリーの乗る黒船を屠ることを胸に抱いているゼーアドラーの人々は目を瞬いた。そこへ船長がやってくる。
「黒船は、黒船でしか討てないとのこと」
船長の声に、理知的な様子で武尊が思案する。
「では、黒船に縁を持つ品であれば、倒すことも可能であろう」
オールバックにした髪に触れながら武尊が呟くと、船長が近隣にある船を一瞥した。
「今船上では、黒船によるバトルロワイヤルの勝者が僥倖を得られるという噂が流れている」
「僥倖?」
「なんでも、とてつもない力を得られるとか」
「とてつもない力……」
「わが軍は、力など求めない。ただ、海の太平を願う。貴方はどうだ?」
「無論だ」
「では、そうであるならば、貴方に力をお貸ししよう。何か必要なものはあるか?」
「黒船には黒船で――そうだな、黒船縁の品であるならば、当初の目的の黒船にも打撃を与えることが出来るだろう。それ故、この船のロープを、お借りしたい。我はそれを契機に、黒船をどうにかすることを誓おう」
黒船ゼーアドラーから少し離れた場所を航行している二隻の黒船があった。
一方は、黒船ヴィクトリー、もう一方は、黒船クィーン・エリザベスである。クィーン・エリザベスといえば、2000年7月4日に、ニューヨークにて、海上自衛隊の練習艦『かしま』に栄光あるキスをしたことで名高い、20世紀後半を代表する客船の一つと同じ名前をしている。
クィーン・エリザベスに乗船しているグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、シニョンにした金髪を撫でながら、嘆息した。
「陸の英霊どもに負けるわけにはいかぬ! 我ら英国――もといシャンバラ王国海軍、自らのホームグラウンドたる海洋で苦杯を嘗めたとあらば末代までの恥辱と心得よ!」
高々と宣言したグロリアーナは、それから船の周囲を蠢いている魚人達を睨め付けた。
エリザベス?世の英霊であり、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に瓜二つの彼女は、檄を飛ばす。
その声をテレパシーで聴いていたローザマリアは、金色の長い髪に指を伸ばしながら嘆息した。
彼女と、総指揮をしているホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)は、ヴィクトリーに搭乗している。
「もう少し北へ行けばミカサがある――ネルソンと並ぶ偉大な先達、アドミラル・トーゴーの御前で海軍軍人が無様な姿を見せるわけには行かないわね」
船艦・三笠と、アドミラル・トーゴーこと東郷平八郎のことを思いながら、ローザマリアは美しい睫毛をしばたたかせた。
「先ずは挟撃を避け乱戦に巻き込まれないよう戦闘海域の外縁に陣取るべきなのであろうな」
ネルソンが独り言のように、そう呟く。
「そうかもしれないけど」
ローザマリアは、口にしながらシルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)へと視線を向けた。
「安心して。ローザの根回しで予めローザの持つ対イコン用爆弾弓から取り外した対イコン用爆弾を持てるだけ持って海へ飛び込むから」
視線に気付いて応えたシルヴィアは、微笑むと、海に砲弾をばらまいた。
「優先的に狙うのは、此方に突撃して来る船や絶妙の舵捌きで如何にも操縦者のパイロットランクが高そうな黒船――そうでしょう?」
シルヴィアの声に、安堵するようにローザマリアは頷く。
そして一同は、戦闘参入前に北の横須賀がある方角へ敬礼したのだった。
港での喧噪は、ギルマン・ハウスへも届いていた。
二人で入浴し、あがったばかりのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、薄茶色の綺麗な髪を後ろで一つにまとめて、シュシュとコンコルドでとめてから、浴衣を帯で縛っている。
セレンフィリティよりも幾ばくか早く着替え終わったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、色っぽい鎖骨を浴衣の裾からさらしながら、窓の外を凝視していた。
「折角、夏休みを利用して、湘南地方を気ままに旅していたのに」
不服そうに唇を尖らせたセレンフィリティに、セレアナが振り返る。
「確かに私も、湘南地方を二泊三日の予定で旅していたら、三崎港の傍で魚人騒動に遭遇するとは思わなかったわ」
「未知との邂逅ね」
「貴方の嗜好も散々未知だけれどね――兎に角、なんとかしないと」
「何それ、酷ーい」
浴衣姿の二人は、とても色っぽい。
そうこうして、二人もまた、魚人退治へと赴くことになったのだった。
他にも数多の噂が流れ、港の周辺は酷い有様になっていた。
――いわく、冷凍マグロの中に紛れ込んでいた魚人達の目的は、停泊していた朽ちた黒船である様子。
――いわく、その黒船は、魚人達が狙う程の強い力を秘めた代物らしい。
――いわく、黒船を手に入れた者は、すごい力を得られる。
――いわく、開国を果たすと願いが叶う。
だがそれらは、純粋にマグロを楽しみに来た人々には、あまり関係のない事柄だった。
「鮪丼は三崎港の近くより、少し離れたところにあるお店が美味しい気がするねぇ」
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)のその声を、周囲は聞いてはいなかった。
どころか、カレー以外は料理上手と言える彼のそろえてきた食材をなぎ払い、魚人達は暴れ回っている。
――冷凍鮪が解凍され、しかも手足が生えて街を荒らしている。
その話を聞いた時、 弥十郎は思った。
「鮪は脂が多いから鮮度が命だというのに……ゆるせん!」
珍しいと言える程の怒りがそこにはあった。
それは、話を訊いてもらえなかったからではない。
この国の、美食を広められない悲しさ故のものである。
――珍しく弟が頭に血が上っています……。
そう考えた佐々木 八雲(ささき・やくも)は、心配で思わず此処まで着いてきた。
「弥十郎、少し落ち着け」
八雲は兄らしくそう言ったのだったが、弥十郎は聞く耳を持たない。
「鮪は脂が多いから鮮度が命だというのに……ゆるせん!」
手足がはえた鮪が街を荒らしている状況下で、弥十郎は断言する。
「ゆるせん!」
彼はどうやら、食事を台無しにされて頭に来ているようだった。
弥十郎は、黒船スパイシーモヒートの甲板上で、恨みを訴える。
――それは、食材を台無しにされた恨みだ。
「落ち着け」
再度八雲が声をかける。
するとぼんやりとした眼差しで弥十郎が視線を向けた。
「解凍して時間が経ってるから、かなり水気もぬけてるよね。これじゃ、脂を足してネギトロくらいしかできないじゃない」
「正気に戻ったのか?」
八雲の問いに、ぼんやりとした様子で弥十郎が首を傾げる。
「何が? それよりも、美味しいマグロをこんなことにしちゃった人を成敗しないと」
「バトルロイヤルに参加して勝ち残れば凄い力が手に入るという噂は、本当なのか?」
桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は、一人呟きながら、戦闘の始まった海を見据えていた。
魚人達が占拠したと思しき黒船は、相も変わらず港に向けて砲撃している。
続々と集まってきたそれ以外の船は、魚人の黒船目指して特攻しているものから、海を泳いでいる魚人を狙っているもの、未だ動かず静観しているものまで、様々だ。
噂の真偽を確かめる為に【織田水軍】を組織した忍は、共に乗船している皆へと振り返った。
そこには、いやに楽しげな様子の織田 信長(おだ・のぶなが)の姿があった。
「今日はやけに嬉しそうだな、信長――やっぱり昔の仲間と一緒に戦えるからか?」
忍の言葉に、信長が顔を上げる。
実際信長は、久しぶりの海戦に心を躍らせていた。
「うむ! お乱が一緒に戦ってくれるなら私にとっては心強いのじゃ!」
信長はそう告げると森 乱丸(もり・らんまる)へと視線を向けた。
――信長様にまた仕えることができる!! ここで信長様に良い所をみせなければ!!
そんな事を考えながら乱丸は、海を見つめて気合いを入れ直した。
乱丸は、ディフェンスシフトで防御力を上げて戦闘に備えている。
そうしながら竹槍を握り直した。
「黒船が動き出したみたい」
そこへ操舵していたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が声をかけた。ポニーテールにした綺麗な青い髪が揺れている。
――ペリーを止めないと浦賀に被害がでちゃう!
幾ばくかの焦燥感に駆られながらも、敵船と距離を取ったリアトリスは、それから一同に振り返った。
それを眺めながら陽桜 小十郎(ひざくら・こじゅうろう)は、ひっそりと考えていた。
――海上の戦いとはどんなものか身を投じて学ぶのも一興、さてわしの蹴鞠ぶりを披露するかのう〜♪
その頃湯島 茜(ゆしま・あかね)は、スキルの博識で潮の流れを確認していた。
金色の髪が揺れている。
開国で得られる力に興味を持った彼女は、一人決意していた。
「黒船界の頂点に立つよ!」
高々と宣言した茜は、一見頼りなさそうな色を浮かべて、麗しい緑色の瞳で瞬く。
しかし幼い頃から帝王学を叩き込まれてきた美少女は、確固とした決意で周囲の船の様子を、しっかりと見守っていた。
「大砲の用意は?」
そうしながら、振り返り砲台の傍へと歩み寄る。
「できたであります」
すると大砲を弄っていたエミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)が、顔を上げた。
彼女の重力に反して上を向いたツンツンの赤い髪を風が揺らす。
ナゾベームの獣人である彼女もまた海へと視線を向けてから、静かに頷いた。
「いつでも撃てるのであります」
その頃、夏侯 淵(かこう・えん)の船では、情に厚そうな精悍そうな顔つきで、船長が水面を見守っていた。淵の赤いポニーテールが、潮風で揺れている。
「陸の武将と侮らぬがよいぞ」
彼は中国、後漢末の武将で、深海戦の経験すらある、夏侯惇の族弟であり正妻は曹操の妻の妹という、要するに二人の従弟にあたる英霊だ。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の黒船と、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の黒船の非物質化を手伝った後、彼は自身の船のラムへ、機晶爆弾の装着を行った。
衝角――ラムとは、軍船の船首水線下に取り付けられる体当たり用の固定武装で、古代から近世に至るまでの古い歴史を持つ、軍船同士の接近戦において敵船の側面に突撃して、推進力を生み出す櫂の列を破壊して機動性を奪ったり、その船腹を突き破って浸水させ、行動不能化ないし撃沈することを目的とした代物である。
「わぁ男の娘だぁ」
その様子を見守りながら、乗船している皆に、彗星のアンクレットを試用して、素早さをあげていたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が声を上げた。続いてライゼは、パワーブレスを用いて、皆の攻撃力を上げる。
「男の娘ではない!」
頬を引き攣らせて怒声を挙げた淵が、ライゼを追いかけ始める。
それを後目に、戦闘指揮、攻撃の役目を担っているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、溜息をついた。今のところ、海は未だ平和である。それを幸いに彼は、得意の料理の腕前を披露する為に、大きな寸胴鍋に向かっていた。時間をかけて準備をしたカレーの中身を確かめているのである。
「にゃははは〜良い香り」
すると防衛に専念している朝霧 栞(あさぎり・しおり)が、そう声をかけた。
現在この船が平穏なのも、出航して早々に栞が行動を起こしたからである。
栞は、ブリザードとファイアストームで、大量の水蒸気を発生させ、更にその外周にアシッドミストを使用したのだった。その為、熱と水蒸気による蜃気楼が辺りには発生している。他の船から見ればあたかも、栞達の乗る黒船がその場に居ない様に見える状態だ。
こうして暫くの間、無駄な戦いをせずに他の黒船の数が減るのを待つのが、この船の一つの計画だった。
「それにしても、”開国”とはなんでしょう。既に、日本は開国しているというのに」
周囲の喧噪を見守っていた夜霧 朔(よぎり・さく)が、静かに呟いた。
その声に操舵補助をいていたルカルカが振り返る。
「そういえば、開国をすると願いも叶うみたいだし――そうだ。夢半ばで洋上にある船たち……いわば船英霊の望みを叶えようよ。開国の願いは『横須賀を国際交流都市』とする事。海京を玄関とした地球パラミタの交流の拠点としよう。それが真の開国だと思うから」
ルカルカのその声に、朔が頷いた。
「優勝した際には『この地浦賀をシャンバラとの国際交流都市』としますと明言しましょう」
そこへ遠くの船から、不意に砲撃が飛んできた。
甲板上で構えていた垂は、短く嘆息すると、乱撃真空波――真空波とチェインスマイトを駆使した超連続の真空波で、他の黒船から放たれた大砲を打ち落とした。
すると近隣の船から飛び上がり、攻撃を加えようとしていた数人が、上空で息を飲む。
「凶悪だ! 悪魔か!!」
その声に、船にいた人々は一斉に視線を挙げた。
「「違う! らぶりーえんじぇる!!」」
即座に船名を訂正して見せたルカルカ達の正面で、一緒に訂正してのけた垂が、海へと的をたたき落とした。
そうした光景を眺めながら、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は思わず呟いた。
「ダリルの指揮は、ダリルらしい冷徹さだと思う」
そもそも事前に、強化装甲で自艦防御力増強したのも、爆弾の破壊方向は前方鈍角コーン型だが、最終戦の勝敗を決める技――非物質化したルカルカの船に機晶爆弾付きラム突撃による損傷防止を意図したのも彼である。他にも、他船が攻撃している船に対し1対多数の数的有利を持って戦う草案や、他船の位置も射線や敵進路の盾に利用するというのは、中々に容赦のない作戦である。
カルキノスの声にダリルが視線を挙げた。
――冷徹と言われても構わん、そんな風に思いながら、彼は続ける。
「奇麗事では勝てんよ」
「そらそーだ」
納得するようにカルキノスが同意したとき、遠くに別の黒船の陰影が見て取れたのだった。
その頃浦賀湾上空では、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が続々と集まってくる黒船を識別していた。
薄茶色の綺麗な長い髪が、静かに揺れて、彼女の白磁の頬に時折かかる。
ヴァルキリーである彼女は、天城 一輝(あまぎ・いっき)の黒船天城とプッロの乗る黒船プッロの上空で、観測係をしているのだった。
黒船は命中率が悪いので、上空から砲弾の落下地点をデジタルビデオカメラに録画し、それをリアルタイムで銃型HCを用いて一輝達に映像を流しているのである。
「こうすると、誤差修正しやすくなるはずですわ」
太平洋戦争でも観測用の飛行機は大型艦船に常備されていたという。
――これで命中率のアバンテージを取ることができるだろう。
彼女はそんな事を考えながら、船にいる人々へと視線を向けた。
その時、鉄壁の百人隊長としても名高い、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)は、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が施していく黒船への偽装を見守っていた。
プッロは、ユリウス・ガイウス・カエサルがガリア遠征に行った時、ローマ第三大隊の百人隊長だった人物である。キケロ陣営がガリア連合軍に包囲された時、百人隊長のプッロが得物の槍を投げ付けて包囲網を突破、陣営の全滅を救ったと、あの高名な『ガリア戦記』にも記されているそうだ。その功績故に、カエサルから『ユリウス』を名乗る事を許されたのだという。而して彼は、砲撃をした事が無かったので、戦闘は乗組員に任せていた。
だから戦闘行為や偽装の風景を眺めながら腕を組み、負けず嫌いさが覗く精悍な青い瞳で、周囲を見渡しているのである。あるいは、何か他の過去の出来事に対して、追憶に耽っていたのかも知れない。
「第一次ポエニ戦争……あれはシチリア島を舞台にしてローマとカルタゴが戦った戦争だ」
呟いたプッロは、蒼穹を見上げながら、思案する。
「海戦が初めてのローマ軍は、敵の船に乗り込む事で得意の接近戦になだれ込み勝利した。今回は、隙あらば相手の黒船に乗り込み『第一次ポエニ戦争』の実体験をするつもりだ」
彼がそんな事を一人口にした時、コレットが嬉しそうな眼差しで顔を上げた。
純真爛漫を体現しているようなコレットの、素直そうで甘えがちな愛らしい性格が、その表情からは見て取れる。
「できたんだもん」
コレットの声に、プッロは見るも無惨なぼろ船に偽装された黒船プッロの外見を改めて見据え、息を飲んだ。
これは彼女が、スキルであるハウスキーパーを使い、既に敵の攻撃を受けてボロボロになっているかのような偽装を施す事で――『あれ? 先にこいつをトドメ刺した方が早くね?」と混乱させる為に行った、偽装工作である。
一同のそんな作業風景を見守っていた一輝は、唇を舐めると、顎に手を添えた。
「黒船の武器は、舷側に並んだ大砲だ。つまり戦う時にはわざわざ敵に脇腹を見せなければならない」
――戦いに勝利するのはオレだ!
そんな思いで彼は、慎重な性格を滲ませる茶色の瞳で、辺りの様子を再度見渡す。
「ここは……T字戦法だ」
こうして一輝は、今後の戦略を練ってから、改めて海の気配に耳を澄ませたのだった。
「まさか『黒船』を使う時が来るとはね――黒船の名は……シャイニングスター号! うん、今名づけた!」
海へとこぎ出した黒船シャイニングスター号の甲板上で、秋月 葵(あきづき・あおい)が高々と宣言した。
彼女の薄茶色のツインテールが、風を受けてはなびいている。
「黒船持っていて――良かったのかなぁ。そもそも開国? 訳分からないし……とにかく迷惑行為は禁止だよー」
つらつらと呟いた葵は、それから腕を組むと、決意するように声を上げた。
「悪い事する人は、まじかる判事・リリカルあおいがお仕置きだよー。――良い、みんな。浦賀の人達に迷惑かけている黒船を取り締まるよ!」
葵のその声に、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が顔を上げた。
「海賊王になるにゃー」
愛らしいセミロングの銀髪の上に海賊帽子を被ったイングリットは、空賊や海賊が好んで使う片刃の剣――カットラス片手にミルクアイス食べながら船首に陣取っている。
「葵〜早く突撃するにゃー!」
イングリットはどうやらこれを、海賊ごっことか考えているらしく、遊ぶ気満々の様子である。DSペンギン達を率いて葵の黒船に乗り込んだ彼女は、彼女なりにやる気もあるらしい。DSペンギン達は、ダークサイズの戦闘員にして、ペンギンの割に利口で手先も器用である。おでん串を武器に戦うこともでき、羽毛とあつあつおでんのおかげで氷結と炎熱に若干の耐性を持っている。 が、武装がおでん串ばかりのペンギンたちの光景は、中々不思議な様相を醸し出していた。
「ちょっとグリちゃん、船首で遊んでいると危ないよ」
葵がそう声をかける。その時、周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)が二人の船の傍へと、自身の黒船を横付けしてきた。
「あ、公瑾ちゃん」
「英霊ペリー操る黒船サスケハナ号を沈めるなら、我が黒船ポーハタン号が適任かと」
『周』や『呉』と書かれた幟や旗を靡かせているポーハタン号へと振り返った公瑾の容姿は、とても麗しい。流石、容姿端麗で『美周郎』の異名を持つだけのことはある。
「私とて呉の大都督として水軍を率いていたのです。彼――ペリー如きに遅れを取るわけにはいきません」
都督とは、三国時代に現れ軍政を統轄した官職または称号のことである。
「別に、開国などに興味はありませんが」
「あたしも開国には興味がないの。でもこのまま、浦賀の人たちへの被害をただ見ているだけなんて、お仕置きが必要だよ」
こうして様々な意図を持ち、人々は海へと繰り出す事となったのだった。
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