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リアクション
3
その朝、三崎港で水揚げされて浦賀湾を臨む浜辺へと運ばれたマグロ達は、市場へと並んでいた。昔ながらの競りの風景を守る漁港では、黒長靴に紺色のエプロン姿の漁師達が、多数の冷凍マグロを売買していた。
氷の欠片が、アスファルトの上へといくつも転がっていく。
足の先まで跳んできた氷の欠片を一瞥しながら、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は品定めをしていた。
今、巷ではマグロ丼の人気が高いようである。
それを聞きつけたレティシアは、この地で、マグロ丼も出す喫茶店――麗茶亭(れてぃてい)を開店していたのだ。
「やっぱり、マグロ丼の需要が結構有るみたいだねぇ」
どんどん売れていくマグロを一瞥しながら、レティシアが呟いた。
「そうですね。素敵な売り上げになると思います」
ミスティが緑色の髪を揺らしながら応える。するとレティシアは、天震乱磨流剣術で用いる『硬焼き秋刀魚』に手を添えながら微笑んだ。天震乱磨流剣術は、東京は八王子界隈にある高尾山にこもる事三十数分で、彼女が開眼した剣技である。
「マグロ丼の材料は今だと海じゃなくても捕れるんで幾らでも来いですねぇ」
なお硬焼き秋刀魚とは、硬く焼いて刀のような切れ味になったサンマである。非常時には食べる事も可能で、戦闘中に使用するとHPを少し回復するのが特徴だ。
「硬焼き秋刀魚でドンドン捌きましょう、秋刀魚で鮪を斬る! ですねぇ――なんだか今朝は水揚げ量が少ないらしいけど」
陽気そうな茶色の瞳で緩慢に瞬いたレティシアの声。それにミスティが嘆息する。
「魚で魚を斬るのね」
些か不思議な心地もあったが、冷静な性格をしているミスティは、それ以上に、目の前で競り落とされていくマグロ達に目を光らせていた。
「気を抜いちゃ駄目。目的の者を素早く手に入れないとなりませんからね」
ミスティの言葉通り、他にも、マグロ丼作成の為に市場を訪れている者はいた。
「鮪の舟盛りを作るよ!」
そう意気込んでこの地を訪れたのは、立川 るる(たちかわ・るる)だった。
緩やかに波うつ青い髪を結び、揺らしながら、彼女は競りにかけられているマグロの数々を見据えている。
るるは、『小料理るる』という店を、エリュシオン領キマクとシャンバラの国境地帯にほど近い場所で経営しているのである。達筆な看板が目を惹く小料理店で、名物は『ヒトデの煮付け』だ。これは醤油と砂糖、そして料理酒で味付けしたシンプルながらも絶品の看板メニューである。そのような美味たる料理が生まれたのも、彼女が空京大学の入試に備えて家庭科を重点的に勉強し、晴れて今春より教育学部家庭学科に進み、星型の愛らしいヒトデを注目食材として見出したからなのかも知れない。
『小料理るる』は、割烹着を纏った彼女が、そのようにして美味しい酒の肴を提供し(――無論、未成年にはノンアルコール飲料が提供されるのだろう)、同時にその人がら故に、ゴブリンやオークを中心として、人気を集めている。カウンターのみ8席程の店内で営業を続けている彼女は、今回のマグロ丼のブームを好機として、新メニュー――というよりは、旬の物を仕入れようと試みたのだった。
「マグロ丼だなんて、そんなみみっちぃのはダメだよ。ここは豪華に舟盛りね! もちろん器は、この黒船!!」
そんな事を呟いた彼女であったが、黒船でお造りをつくるのは、サイズ的に中々困難だろう。とはいえ、『小料理るる』の今夜の新鮮な仕入れが何になるのかは、ゴブリン達に限らず、常連客達の興味の的となっているのは間違いがない。
丁度同時刻。
イルミンスール魔法学校で手にした広告を片手に、多比良 幽那(たひら・ゆうな)は臨時の丼もの屋を設営していた。
「なにをしておるのじゃ?」
夏の日照りに辟易しながら、ネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が訊ねる。
彼女のお団子にした銀髪の後れ毛は、夏の熱気で、うなじへと張り付いていた。
「海鮮丼に対抗してマンドレイク丼を売るわ!!」
手の甲で額を拭いながら、強い語調で幽那が宣言した。
するとそれを聞いていたアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)が、顔を上げる。
シャギーがかった白髪を肩の後ろへと流しながら、アッシュは考えた。
――むむ、母が店を作り、料理を出すというのならば、それに手を貸さずして何が母の娘か! 我も全力で母の店を繁盛させてみせよう!
「我も手伝うのだよ」
アッシュのその言葉に頷くように、周囲にいたアルラウネ達もまた幽那の周りを囲む。
それを見ていた天照 大神(あまてらす・おおみかみ)が、ポニーテールの赤い髪を揺らした。
「私も手伝おう。太陽神に出来ない事はあまりない!」
こうして、海鮮丼やマグロ丼に限らず、様々な料理が浦賀湾沖で食される事になるのだったが……まだそれは、少しばかり先のお話である。
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