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黎明なる神の都(最終回/全3回)

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黎明なる神の都(最終回/全3回)

リアクション

 
 その誓約は、呪縛のように
 今もわたしを苦しめる

 見ず知らずのわたしを、彼は護ってくれた
 命をかけて

 けれどその結界は
 牢獄のようにわたしを閉じ込め

 緩慢に流れる時間の中で
 わたしは己の無力に歯噛みする


 彼の命を犠牲にした、ぬるま湯のような小さな世界で

 わたしは
 己の運命を切り開くことができるのか――



 第14章 無茶と無謀
 
 キアンがネヴァンの転移の魔法陣によって連れ去れた後、遅れてハルカオリヴィエ達も領主アヴカンの館に到着し、図らずも一同がこの場に介することとなっていた。

「そんな……」
 と、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、半ば呆然と呟いた。
 スレンの、父親に会いたいという、その無邪気な願いを叶えてやる為に、ここへ連れて来た、はずなのに。

「とにかく、拉致られたイルダーナ? キアン? を追わないと」
「気をつけて」
 火村 加夜(ひむら・かや)達と頷きあい、身を翻すトオルに、オリヴィエ博士が声をかける。
「何だ?」
「彼はあの魔女と、交わしている“誓約”がある。
 簡単に言うと、体のいい奴隷契約みたいなもので、最悪、彼は君達の敵に回るだろう」
「何だそれ」
「彼はあの魔女に逆らえない。左目を、取り戻してあげてくれ」
「左目?」
 加夜が訊き返す。
「それは、彼が左目に包帯を巻いている理由かい?」
 オリヴィエに歩み寄り、黒崎 天音(くろさき・あまね)が訊ねた。
 丁度、それを訊ねようと思っていたところだった。
「彼の左目は何故、隠されているのかな?」
 オリヴィエは、軽く肩を竦めて小さく苦笑した。
「あの魔女は、彼の左目を殊更欲しがっていたみたいでね。
 彼は十年前、あの魔女との誓約の証に、左目を取られた。彼が持っていた杖と一緒にね。
 それが今、どのような形状をしているかは知らないが。
 左目を取り戻せば、誓約の呪縛は失われ、彼は自由になるはず」
「じゃあ、まずは、その魔女の居場所を突き止めないとね」
 魔女、ネヴァンはファリアスには入れない。
 そしてその後、タラヌスの港からも姿を消した情報が入った。
 ネヴァンは、点在する浮き小島の一つに根城を構えているらしい。
「移動手段、か……」
 トオルが眉をひそめた。
「ふん……」
 天音のパートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、眉間に皺を寄せる。
「『力あるもの』の存在に、ぞろぞろと群がる欲塗れの輩が見えるようだな」

「ファリアスに張られている結界は、どうなるのかな」
 各々自分の行動を決めていく中で、清泉 北都(いずみ・ほくと)が、オリヴィエ博士に訊ねた。
「こんな形だけど、キアンさんが島を出たのなら、もう必要ないものでしょ、命を削る結界なんて」
「ああ、そうだね」
 思い出したように、オリヴィエも頷く。
「なら、もう解除してしまえば?
 あなたならまさか、方法を知ってるんでしょう」
 その結界は、オリヴィエの寿命を削るものなのだという。
 目の前にいるオリヴィエの体調が悪いようには見えないが、それでも、心配だ。パートナーの吸血鬼、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が、北都の心配を見て
「とりあえず、『吸精幻夜』を逆に使って、博士に力を与えてやれねえか試してみようか?」
と提案してみる。
「効果は確実じゃないんだね?」
 やったことねぇけど、と付け足すソーマに北都はそう苦笑して、よくよくの時には頼むよ、と言った。
「勿論知ってはいるけど」
 オリヴィエは苦笑した。
「私には解除は無理かな」
「どうして?」
「非力だし」

「多分結界のキーは、このゴーレムですよね」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が訊ねた。
 お久しぶりです、と言った弥十郎を見たオリヴィエは笑みを深め、それが肯定であることを示す。
 北都や樹月 刀真(きづき・とうま)が目を見張り、弥十郎は、オリヴィエの背後に、感慨もなく佇むブリジットを見遣った。
「ゴーレムを破壊することが、結界を解除する鍵ですか?」
「胸の位置に埋め込んであるから、破壊しないといけないだろうね」
 普通に訊ねた弥十郎に、オリヴィエも普通に応える。
「向けられた戦意にはもれなく反応するようにしてあるし、それなりに強く仕上げてあるし、」
 創造主といえど、最早オリヴィエにもブリジットを破壊することはできないのだという。
「上手いこと隠したなあ。
 でもそれだと……困りませんか。今のキアンさんは島の外にいるわけで……島に入れませんよね」
「そうだね」
 しかし頷いたオリヴィエは、特に困ったふうでもない。
「でも、もしもこれで全てが片付けば……彼がここへ戻る必要性はないしね」
 そんな答えが返ってきた。
「それはそれでいいとは思うが」
 弥十郎の兄、強化人間の佐々木 八雲(ささき・やくも)が口を開く。
「確かに、結界の解除は必要だろう。
 破壊しなければならないのなら、それも仕方ないが……あいつは、この子を大事にしていると感じた」
 ぽん、と触る手に、ブリジットは反応しなかった。
「あいつにとって、このゴーレムは十年共にした家族なのだと感じた。
 だから、これからも一緒にいられるようにして欲しいんだ」
「家族、ねえ……」
 オリヴィエは首を傾げる。

「博士?」
 会話を聞いたり天音らに色々聞いたりと状況を把握した漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ふと首を傾げてオリヴィエに訊ねた。
「博士は、自分が扱えるものはひとつだけ、って言ってたわよね」
「言ったね」
 それはゴーレムのことで、彼が今回ここへ来たのは、ブリジットのメンテナンスの為、という意味だろう。
「でも、結界魔法も使えたのね」
 その言葉を受けて、天音が笑みを浮かべて
「あれ?」
と口を開いた。
「博士はいつだったか、魔法は使えないって言っていなかったっけ」
「使えないよ」
 オリヴィエはあっさり答える。
「えっ、使えないの?
 じゃあ銀のプレートも実はゴーレムで、その能力で張ってるの?」
 月夜の言葉に、オリヴィエはふっと笑った。
「その発想はいいね」
「笑いごとじゃない」
 月夜は真面目に言い募る。
「魔法においては、名前は重要な役割を持つことも多いのよ」
「知ってるよ」
 だからこそ、とオリヴィエは答える。
「この街全体を覆って特定の存在のみを封じるなんて、大規模で繊細な結界を張るプレートに名前を刻むなんて、魔法が使えないなら、その代償は」
「命、というわけか」
 月夜の言葉を、天音がそう引き継いで、オリヴィエは口の端を緩めた。
「魔法が使えれば、もっとちゃんとした結界が張れたのだろうけどね。
 生憎、私はこれひとつしか知らなかったし、まあ、この方法が使い物になったのだから」
「変なことを訊きますが」
 刀真が声を低くした。
「……貴方にとって、自分の寿命ってどの程度の価値があります?」
「――さてね」
 オリヴィエは小さく肩を竦める。
「何という無茶をするんです」
 何故オリヴィエは、ファリアスに結界を張ったのか。
 話を聞いて尚、刀真には納得がいかなかった。
 オリヴィエとキアンは初対面だったはずだ。
 ブリジットのような高性能のゴーレムを簡単に与え、命を削った結界まで張って彼を護ろうとするほど、親しかったようには思えない。
 刀真は、必要と判断したら、命を振るって無茶をすることなど、普通にある。
 だが、オリヴィエのこれは、それとは違う気がした。
「樹月さんがそれを言うんですか」
 これまでの、刀真の数々の「無茶」を知っている尋人が小声で突っ込みを入れる。
「俺は自覚してやってるのだから大丈夫」
 いやそこは自重して、と月夜が溜め息を漏らし、何が大丈夫なんだか、と肩を竦める尋人の横で、
「お前も十分無茶をしている……」
 と、パートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)がぼそりと突っ込んだ。
 突っ込みの連鎖にくつくつと天音が笑いを堪え、それをブルーズが複雑な眼差しで見つめる。
「……とにかく、この結界はもう、必要ないのでしょう。
 破壊する必要があるなら、破壊します」
 刀真はブリジットに向けて、剣を抜き払う。
 それを受けて、す、とブリジットが身構え、オリヴィエは肩を竦めると、場所を空ける為に後退した。