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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

リアクション

 夕陽が完全に地平線に沈む頃……保安官事務所。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、薄暗い照明だけがついているその建物の戸を開けた。
「……なんだ。何しに来た?」
 爪にやすりをかけていた保安官が、ぼそりと聞いた。
「あなたのサインをもらいに来たのよ」
 ローザマリアは胸に抱えた書類を、たたきつけるように机の上に置いた。
「……なんだ、これは?」
「私を保安官補としてあなたが雇うために必要な資料。最終的に、保安官補としての契約にはあなたの同意が必要なんでしょう?」
「やめとけよ。そんなことしたって、何の得にもならないぞ」
「無法者たちがのさばっているせいで、町の人たちが困っているでしょう。だったら、それを止めるのが保安官の仕事じゃないの」
 腰を上げようともしない保安官が、ローザマリアの置いた資料を手に取り、どさりとダストボックスに放り込んだ。
「ちょっと、なんてことを!」
「大会が終わるまではおとなしくしておいたほうがいい。無法者を取り締まっても無駄だ、連中が大会で殺し合いをしてくれるのを待っておいた方が確実だぜ」
「あんたの仕事は、無法者を見殺しにすることじゃなくて取り締まることでしょう!」
「彼女の言うとおりだ」
 ばたん! 再び、事務所の戸が開け放たれ、大股にヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が進み出る。
「この国を、人を守るのはおまえの役目だろう。俺たちの中で特にお人好しな連中が彼らを守ったとして、それで無法者の脅威を克服したことにはならないぞ」
「つまり、あんたがやらないでどうするんだって言いたいみたいッス」
 シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が、ぽそりと翻訳を付け加える。
「おまえは、以前の大会に優勝してシェリフになったのだろう。それは、この地を愛しているからじゃないのか。無法者を恐れて、何が保安官だ!」
「……おれが怖がってるのは無法者なんかじゃねえ。お前たちはサンダラーを知らないからそんなことが言えるんだ」
 それでも、保安官は腰を上げない。帽子のつばで顔を隠すように下を向いた。
「サンダラーって、あのめちゃくちゃ強いって噂の2人組ッスか?」
 シグノーが、何を怖がるんだとばかりに首をかしげる。
「強いってだけじゃねえ。連中は異常だ。何か……この世のルールをすっ飛ばしてるような、そういうやつらだ。あいつらに勝つ方法があるとして、この世で生まれ育った俺には想像もつかねえ」
 ぞっとしたように、保安官がうめく。
「……やっぱり、腑抜けだって話は確かだったみたいね。だったら、もうあんたには頼らない。勝手にやらせてもらうわ」
 怖じ気づいた保安官に痺れを切らし、ローザマリアがきびすを返して事務所を飛び出した。
「……もしかしてあんた、サンダラーについて何か、知ってるんじゃないッスか?」
 他の、サンダラーについて語るものの口調とは明らかに違うものを感じて、シグノーが小さく聞く。保安官は小さく唇を震わせ、
「……俺がしゃべったことは、誰にも言うんじゃないぞ」
 そう、言った。懺悔するように、額に両手を合わせて押し当てる。ヴァルはじっと、腕を組んでその姿を見つめている。
「……連中は、もともとは市長が雇った護衛のガンマンだったんだ……そのはずだ」
「そのはず、というのはどういうことだ?」
「連中は確かに腕が立ったが、あんなむちゃくちゃな強さじゃなかった。何かあったのかも知れないが……知りたいとも思わない。どうせ、やつらに迫ったところで、撃ち殺されるのがオチだ」
 絞り出すような声音。シグノーがヴァルの顔を盗み見る。
「……どうやら、本当にサンダラーという連中には何かがあるらしいな」
「もういいだろう! おれにこれ以上のことを期待するな。大会が終われば、また保安官の仕事に戻るさ!」
 かんしゃくを起こしたように、保安官が叫ぶ。シグノーはその様子に、小さく首を振った。
「……行こう。たぶん、サンダラーのことは、もうこの地の司法や正義だけの問題じゃないッスよ」
「ああ……別の手を、打たなければならないだろうな」
 ぼつりとヴァルは答え、保安官事務所を後にした。


 市庁舎。氷見 雅(ひみ・みやび)の目の前で、しっかりと市長の手が書類にサインを書き込んだ。
「それじゃあ、これで契約者が採掘をしてもいいのね?」
「無法者が増えてからは、あまりああいった仕事をしてくれる人手は減っていましたから。採掘権をいきなり渡すわけにはいきませんが、きちんと給料は払いますよ」
「むうっ、それだけかあ……」
 異邦人である契約者たちが採鉱のために雇ってもらえるのは、雅の交渉の甲斐があったというものだが、本人はまだまだ不満げな様子だ。
「ふわぁ。あんまり、はりきりすぎることはないですよ。前進したでもよかったのです」
 雅の付き人よろしく控えているタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)が、あくび混じりに言う。
「大きなことをするためには、大きなお金が必要なのよ! じゃあこうしましょう、あたしたちが、まだ見つかってない金脈を見つけたら、その採掘権はあたしたちのものってことで……」
「ですから、さすがにそういうわけには……」
 市長は引き留めようとするが、雅はすっかりゴールドラッシュのロマンで頭がいっぱいだ。ずかずかと進み、市長の本棚を漁る。
「今見つかってる金鉱が乗ってる地図とか、あるでしょ! そこ以外を探すから、早く見せて!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! だ、誰か来てください!」
「何何、マップ……これね!」
 市長の静止を振り払い、ファイルを引っ張り出す雅。市長がそれを止めようとした拍子に、まとめられていた紙がどさどさどさ、と床に落ちる。
「ふわぁ。なんだか大変なことになっているのです」
「あたしは地図を見せてって言ってるだけよ……お、これかしら?」
 いくつも散らばった紙の中から、雅は一枚の地図を拾い上げた。どうやら、縮尺がかなり大きな地図らしい。広がっている荒野の一点に、大きな印がつけられている。
「そ、それは!」
「金脈の地図じゃなさそうね」
 ひょい、と地図を手放す雅。市長は慌ててそれを拾い上げ、他の散らばった紙と共にデスクの上に重ねた。
「これ以上の勝手な振る舞いは、保安官を呼びますよ!」
「わ、わかった。わかったってば」
 市長の顔は、激昂したように赤くなっている。雅もそろそろ、引いた方がいいだろうと判断した。
「……何よ、騒がしいわね」
 市長の叫びを聞きつけて、廊下で順番待ちしていた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が顔を覗かせる。
「あはははは、なんでもないのよ。ご用事だったら、どーぞどーぞ」
 ごまかすような空笑いと共に、場所を譲る雅。千歳は不審げにしながらも、部屋の中で市長に頭を下げる。
「私はあちらでは司法に携わる職についています。こちらは、私の助手にあたる、イルマ・レスト(いるま・れすと)です」
「お見知りおきを」
 イルマもどうように、頭を下げる。その態度に、市長はほっと胸をなで下ろした様子だ。
「用事というのは、これから行われる大会のことで……判官としては、ぜひ警備に協力させてほしい。市民に被害が出ては困るから」
「お気持ちは嬉しいですが、心配はいりませんよ。保安官たちが警備についてくれます」
「しかし、それだけでは何十人もいるガンマンから市民を守りきることはできないのでは?」
 イルマが問うと、市長は肩をすくめる。
「今までは、あまり大きな事態に発展したことはない……としか言えませんね。それに、あなたがたが大会に関わる事で問題が起きる可能性の方を考慮しなければなりません」
「……私たちが、警備をしながら契約者の有利になるように手を出すかも知れないということですか」
 千歳が聞くと、市長は大きく頷いた。
「公平性を欠くというものでしょう」
「いいじゃない、なーんかこの町、しみったれてるし、お祭りは派手にやった方がいいわよ」
「ふわぁ。もしかしたらワタシたち、お呼びでない雰囲気かも知れないです」
 突然口を挟む雅。千歳はふっと口元に笑みを作る。
「まあ、事情があるのは仕方ないよ」
 と、警備の件に関しては、ひとまず身を引いたようである。
「それにしても、サンダラーというコンビが優勝した時には、他の参加者を全員殺すようなことを認めたようだけど……それって、市長としては問題ないのかな。人殺しを容認するようなものでしょう?」
 あくまで、司法官としての質問の体裁を取っての質問だ。市長もぴくりと眉を跳ねさせたが、感情的に反論することはできない。
「……彼らがちゃんとした、この町の市民なら問題ですよ。ですが、流れのガンマンや、増してや悪党たちが死んだところで、私たちとしては困るどころか、死刑の手間が省けて助かるぐらいですよ」
「……ふうん」
 千歳の目元がいくらか鋭さを増す。……少なくとも、建前としてそう言ってるわけではなさそうだ。無法者たちが普段それだけ憎まれるようなことをしてるのだろうか?
「……その、サンダラーに撃たれた方々は、ちゃんと葬儀を?」
 イルマが問う。
「ええ。丁重に弔って、町の共同墓地に。身元が分からないものも居ますから、全員に墓標が立てられるわけではありませんがね」
「……なるほど。死者を悼む気持ちは大切ですわね」
「もう、よろしいですかな? 次の仕事が詰まっているのですが」
 これ以上余計な事はして欲しくない……といった表情で、市長が言う。ちらりと雅を盗み見ていた。
「ええ。……それじゃあ」
「あたしも! もうしゃべってる場合じゃないし、とにかく行動ね!」
 千歳と雅が、共に部屋を出る。
「あんなにすんなり引き下がって、よかったの?
 廊下を歩きながら、雅が疑問を口にする。千歳は小さく肩をすくめた。
「本当に警備につきたいってわけじゃなかったから、いいのよ。市長がどんなひとか、知りたかっただけ」
「ふわぁ。それじゃあ、どんなひとだったんですか?」
 キコキコと歩きながらタンタンが聞くと、千歳は少し考えてから、こう答えた。
「かなり、潔癖みたいね。やりにくい相手だわ」