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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

リアクション

 ダウンタウンにも、戦いは広がっている。
 何人もの無法者に取り囲まれた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、困ったように腰の銃に手を伸ばしかけた。
「おっと。銃に触るなよ。へへ、そんなちっぽけな拳銃じゃ、この数を相手にすることはできねえだろ」
 にやにやと笑みを作って、優梨子に銃を向けた無法者たちが近づいて来る。
「でしたら撃てばよろしいのに、どうして撃たないのですか?」
「分かるだろ。俺たちゃ、とんと女に縁がなくてな。撃つ前に、ちょっとくらい体を楽しませてもらおうってな……」
「あら、よかったです」
 ほっとしたように、優梨子が息を吐く。観念したかと無法者が手を伸ばそうとしたところ……
「よかったです。殺すのにためらわなくていいタイプの方々で」
 瞬間、優梨子の手元からもうもうと煙が噴き上がる。
「何だッ!?」
 驚く無法者が引き金を引くが、優梨子はさっと身をかわし、片手を振るう。すると、無法者たちの首へ、しゅる、と何かが巻き付いた。
「これはナラカの蜘蛛糸と申しまして、刃物のように鋭い糸なんですよ。ほら、こうすれば……」
 優梨子の手がほんの少し、糸を引く。ぷつ、と男達の首に糸が食い込み、糸がにじんだ。
「不思議と、悪党の血は赤くて美味しいのですわ……」
「ひ、ひいっ……」
 陶酔したように優梨子が言い、悪党が命乞いの言葉を口にしようとしたときだ。
「おい、やめやがれ!」
 飛び出してきた狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)が銃を抜き、無法者の首へ繋がる蜘蛛糸を撃ち抜く。ぶつ、っと正確に放たれた銃弾が糸を経ちきった。
 優梨子が糸を引ききる間に、尾瀬 皆無(おせ・かいむ)も手の中のナイフを閃かせて糸を切断する。
「ったー、また大変な美人がいるもんだな……いろんな意味で」
 優梨子を眺めて、皆無が思わず漏らす。
「ひ……ひいっ」
 悲鳴を上げて走り去る無法者。優梨子も乱世も、それをわざわざ追いかけようとはしない。
「あら。契約者の皆様を守るために、ああいう手合いの方々には消えてもらおうと思っていただけですのに」
「自分のサディズムを満足させたいだけだろ。あいつらを殺してみろ、今度こそどんな手を使ってくるかわかんねえぞ」
「……言っとくが、貴様の言動はきっちり証拠として押さえておくからな」
 乱世の着るライダースーツ……魔鎧ビリー・ザ・デスパレート(びりー・ざですぱれーと)が告げる。
 彼らの後ろに立ったグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が、手の中のビデオカメラを示す。優梨子にその存在を伝えてから、ふっと迷彩で姿を景色に溶け込ませた。
「考え方が違うようですね。でも、私はやめるつもりはありませんし……邪魔をしないでもらえます?」
「退くと思うか?」
 乱世が銃に指をかけたまま言う。皆無は危険な気配を察して、グレアム同様、その姿を風景に溶け込ませる。
「……仕方ないですね!」
 優梨子の手中から、再び煙が上がる。こんなこともあろうかと用意してあった、予備の煙幕ファンデーションだ。
「……チイッ!」
 乱世が舌打ちして銃を放つが、優梨子の動きは彼女が考えるよりもさらに速い。グレアムの念力が煙を晴らそうとするが、間に合わない。
「忙しい方ですね」
 優梨子が再び、蜘蛛糸を放つ。めちゃくちゃに暴れるそれは、びしりと乱世の腕を捕らえ、身を隠していた皆無やグレアムにも巻き付いた。
「この野郎……!」
 乱世がうなると同時、ビリーはぶち、っと何かが切れる音を聞いた気がした。
「お、おい、やめろ、腕が切れちまうぞ!」
「魔鎧だろ、耐えろよ!」
「そんな無茶な!」
 ぎぎぎ……と蜘蛛糸が食い込み、ビリーと乱世の腕部に痛みが走る。それでも構わず、乱世は腕を振り上げて引き金を引いた。
「きゃあっ!」
 弾丸をかわした優梨子が思わず体勢を崩す。
「いまだ!」
 体勢と共に集中が崩れたと見て、皆無とグレアムが意識を集中する。催眠術だ。
「う、っく……」
 趣味で戦い回っていた優梨子は、すでにかなり消耗している。このままでは、催眠術に意識を奪われてしまうかも知れない。
「……仕方ないですね、ガンマンの干し首、いただきたかったですけど」
 いかにも残念そうに優梨子が呟く。まだまだ連射を続けている乱世から逃れるように、蜘蛛糸で縛り付けた彼らの横を駆け抜けていった。
「逃げたか? クソッ!」
「こういう機会に好きなだけ殺してやろうって人も居るんだな」
 ようやく蜘蛛糸を断ちきりながら、皆無がぽつり。
「無法者と同じどころか、ますますタチが悪ぃな……」
 自分も消耗していることを感じ、ほつれかけたビリーの左腕部を押さえながら、乱世は苛立ち紛れに呟いた。


「一度ならず二度までも……邪魔をしやがって、今度こそ決着を付けてやる!」
 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)が吠えるように叫ぶ。
「なんだと、てめえらこそ、俺たちの邪魔なんだよ!」
 一角に集まっていた無法者たちが一斉に引き金を引き、勇刃の警告に鉛玉で返事をする。
「まだ懲りてないみたいね……まったく」
 枸橘 茨(からたち・いばら)が、奇しくも優梨子と同じ煙幕を巻き上げ、無法者たちの視界を塞ぐ。
「このっ!」
 熱海 緋葉(あたみ・あけば)が煙幕の中央にツッコミ、野性的な勘を頼りに、タイムちゃんタワーからビームを乱射する。するったらする。
「……あれ? なんであいつ、こんな所に?」
 ふと勇刃がまばたき。茨とふたりで来たところまでは覚えてるのだが。
「後で本人に聞けばいいでしょ。今は集中!」
 茨の魔法が空気を変質させ、無法者にガスを吸わせる。明らかに、照準が鈍ってきた。その中へ、素早く勇刃が踏み込む。
「お前たちに、大会は優勝させない!」
 ばちばちと電撃火花を散らす警棒を剣のように振るい、触れる無法者たちをなぎ倒していく。
「どうやら、無法者を捕まえる気みたいですわね。それなら、お手伝いしますわ」
 騒ぎを聞きつけたセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が、晴れはじめた煙の中に飛び込む。無法者の構える銃を片手で打ち払ったかと思うと、もう一方の銃で肩や腿を撃ち抜く。
 あるいは、銃で遠くの敵をけん制しながら、レーザーマインゴーシュで無法者の銃を斬り飛ばす。まるで、銃を使っての二刀流武術の様相だ。
「……お、おい、てめえらこれを見ろ!」
 煙が晴れた頃、無法者のひとりが叫びを上げる。太いその腕の中には、ESPに頼って体裁きが緩んだ瞬間を狙われた緋葉が捕らえられていた。
「ちょ、ちょっと! 放しなさいよ! この変態! スケベ!」
 暴れる緋葉だが、こうなっては腕力では敵わない。
「あらー……困りましたわね」
 セシルが脚を止めて呟いた。
「こ、こいつの頭をぶち抜かれたくなかったら、武器を捨てるんだ……」
 じりじりと無法者が後ろへ下がっていく。その背後に、ふっと別の気配が現れた。
「……あら、これなら銃を使うまでもありませんわね」
 男の銃は緋葉に押しつけられたままだ。がら空きの首筋に、後ろから冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が噛み付いた。
「ひっ!? ひいいぃ……」
 血を吸われた男は、頭の中をかき乱されるような感覚に引き金を引くことすら忘れて、どさりと倒れ込んだ。
「あ……ありがとう……」
 ぽかんとした緋葉が言う。
「彼らから話を聞くためです。感謝してもらう必要はありません」
 エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が答える。まだ口がきけそうな悪党を見つけ、ずるずると壁際まで引きずった。
「あら。それなら、私も話を聞こうと思ってたのですわ。ご一緒しても?」
「お好きになさってください」
「それなら俺もだ。こいつらにはいろいろ聞かなきゃいけないことがあるからな。おい、嘘ついたら背筋に電撃だぞ」
 ばちばちとスタンスタッフを鳴らして勇刃が言う。
「う、嘘ついたら、あんたが馬に裸で抱きついてる写真を撮るわよ!」
 これは緋葉。ちなみにエンデが黙ったまま、銃を男に突きつけている。
「ど、どれかでいいだろ……」
 情けなげな無法者に、エンデが見下ろしたまま質問をはじめた。
「あなたがたは“有情の”ジャンゴという方に使われているようですけど、彼は約束を守る人間なのですが? 私は、彼についた、まあ、大枠では仲間と言える人たちが騙されていないか心配なのです」
「だ、だから“有情の”なんて呼ばれてるんだよ。俺たち無法者の間では信頼が何よりの武器だ。ジャンゴは約束は破らない……それ以上に、弱みを握ったり、力で脅して破らせないことの方が多いけどな」
 脂汗を浮かべながら無法者が答える。ふむ、と頷き、セシルが顔を近づけた。
「それじゃあ、ジャンゴさんは、サンダラーという人たちを倒すためにどうするつもりなんですか?」
「た、単純さ。待ち伏せだ。サンダラーをジャンゴのアジトまでおびき寄せて、そこで一斉にやつらを撃つんだ。さすがの連中も、何十発も一度にくらえばひとたまりもないってな」
「嘘はついてない……と思うぞ」
 判官としての尋問術か、男の顔の様子を見ながら勇刃が言う。
「賢者と大いなるものについて、聞いたことはありますか?」
 片手で銃をもてあそびながら、小夜子が問う。
「じ、ジャンゴが調べろつってたけど、ふ、古い話の中に出てくるだけだ。そんなおとぎ話、今じゃ誰も信じちゃいねえよ!」
 無法者はいよいよ恐怖感が限界、というように言った。
「よーし、それだけ聞ければ十分だ」
 勇刃が言い、手慣れた様子で男の自由を縛める。
「意外ですわ。あまり、捕まえて尋問しようなんてタイプには見えませんでしたのに」
 ぽつりとセシルが呟く。
「ようやく、知恵がついてきたってことでしょ」
 緋葉がふんと鼻を慣らしながら言う。
「そういえば、お前なんでこんなところに……」
「べ、別にあんたたちのために来たわけじゃないわよ! 無法者が暴れてるとか、そういうのが許せないだけ!」
 質問を最後まで聞かずに発動するツンぶりに、一同は思わず苦笑した。