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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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第5章

「もう、何本気で撃ち合ってんのよ! 闇討ちだって聞いてたのに!」
 闇討ちにかかる無法者を相手しようと考えていた緋姫崎 枢(ひきさき・かなめ)は、突如始まった契約者と無法者たちの争いから逃れるため、路地に逃げ込んだ。
「まったく……いやね、すぐにムキになっちゃって」
 同じく、身を隠したナンシー・ウェブ(なんしー・うぇぶ)も大きくため息を吐く。流れ弾が当たりそうな所に出張っていた自分たちの責任など、初っぱなに頭から追い出すのが彼女たちのスタイルだ。
「どうする? 面倒だから帰って寝る?」
 もう日が暮れかけている。ナンシーはあくびをかみ殺しかけている。
「いや……ちょっと待って。誰か来るわ」
 口元に指を当てる枢。彼女の言葉の通り、路地を歩いて近づいて来るものが居る……
「待ってってば。話をしたいだけなんだ。君たちの名前とか、聞かせて欲しいなって……」
 聞こえてきた声の主は、巳灰 四音(みかい・しおん)。むすっと腕を組んだブラット・クロイチェフ(ぶらっと・くろいちぇふ)が、すぐ隣を歩いている。
 そして、彼らが追って歩いているのは……
「枢、あれ」
 ナンシーが驚きの声を上げかけた。枢も、その先に居るものを見て背中に緊張が走る。
 全身に包帯を巻き、大きなハットとポンチョの二人組。無法者とは一線を画した雰囲気を持っている……
 そのうちの片方が、煩わしげに四音に向けて腕を振った。
「邪魔をするなと言ったはずだ」
「もちろん、邪魔したいわけじゃないよ。君たちと友達になりたいだけなんだ」
「それが邪魔だ」
 とりつく島もない様子だ。四音も、まとわりついてはいるものの、次の言葉を探すのに時間が掛かっている。
 この機を逃す枢ではない。
「あなたたち、サンダラーよね? ねえ、大会までは暇なんでしょう? そんなチキンはほっといて、あたしたちと遊びましょ」
 乱れた服をさっと直して、二人組の前に歩み出る。包帯の奥から、冷たい目が向けられた……ように、背筋に寒いものが走った。
 包帯を巻いた二人は、枢に対して返事もしない。無視して歩き出そうとする。
「ねえ、この世界最強のガンマンって聞いてるわよ。その顔を見せて……」
「バカ、やめろ!」
 ブラットが静止するのも聞かず、枢は包帯を巻いた2人のうち、より背が高い方の防止と包帯に手を伸ばそうとする。
 瞬間、その眉間に冷たいものが押し当てられていた。
「……邪魔をするな」
 枢が近づいた瞬間、包帯の男(男だろう、と枢は感じた)はその額に拳銃の銃口を押し当てたのだ。いつ銃を抜いたのかはもちろん、手の動きさえ枢には見えなかった。
 ぎらつく太陽を思わせるような、鈍い赤銅色の銃。異様な存在感とプレッシャーが、枢の頭蓋にずしりと響くようだった。
 見れば、すでに撃鉄は上げられている。
「……な、何よ。ちょっとふざけただけじゃない、ムキになっちゃって!」
 後ろに下がりながら、なんとか減らず口を叩く枢。ナンシーが、目線で「あれはヤバい」と告げていた。
「……あきらめはついたか? 何度話しかけても、連中には無視されるだけだぞ」
 一方、ブラットも、しびれをきらしたように四音に問いかける。四音は苦い表情だ。
「友達になれればいいなって思ってたけど……変な感じだよ。彼ら、ボクを無視してるというか……」
 うまく言葉にできない、というように、その手が宙を掻く。
「……最初から、人間と話すことができないみたいな感じだ。彼らには、他の人と会話をして意思疎通をするっていう、能力と言うか、機能が、備わってないみたいな……」
 恐ろしいような、気持ち悪いような、妙な感覚と共に四音は呟く。彼らが再び歩き始めても、それを追うべきかどうか、四音は一瞬、判断に迷った。
 そのときだ。
「キミたちがサンダラー? 質問してもいいかな?」
 新しい人影が、路地に現れた。桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
「いやね、円。まずは名乗らなきゃ。私はオリヴィア、この子は円。こちらはアリウムさんよ」
 隣のオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、円とアリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)を交互に示した。
「なぜ、大会に優勝してまで参加者の皆殺しを望んだの? ……もしかして、キミたちこそが『猛々しき賢者』その人で、『大いなるもの』を止めるためにやってるのかな?」
 円の高い声が路地に響く。が、サンダラーたちは、彼女らに取り合うつもりもないらしく、無言のまま歩を進めている。
「もしかしたら、協力できるかも知れないし、話を聞かせて欲しいな!」
 言った瞬間、円の手が動いた。魔銃を抜き、サンダラーの顔へ向けて構えたのだ。
 銃声!
「……っ!」
 円が抜いた銃が、宙へ弾き飛ばされていた。円が先に抜いたはずなのに、撃っていたのはサンダラーの方だ。恐るべき早撃ち。
「くっ!」
 一瞬遅れて、オリヴィアが銃に手を伸ばす。今度は、抜くよりも早くサンダラーの拳銃が火を噴いた。
 が、黙って撃たれるオリヴィアではない。全身を霧へと変えて弾丸をやり過ごし、路地の角へと飛び込んだ。
「これは困りましたね」
 同じく、たまたま近くにあった樽の裏に隠れたアリウムが呟く。サンダラーの拳銃はまるで機関銃のように休みなく弾丸を吐き出しているのだ。
「弾込めの必要なしとは思わなかったな」
 痺れる手をさすりながら、円。
「冗談じゃないわ。何考えてるのよ、ただでさえ撃ち合いが起こってるっていうのに!」
 枢とナンシーは、かなり遠くに逃げこんでいる。ただ、飛び出して狙われないとも限らず、動くに動けない状態だ。
「やっぱり、彼らがサンダラー……契約者の敵、なのかな」
「この状況なら、契約者の方から彼らに敵対したように見えるけどな」
 四音とブラットも似たような状況だ。
「分かったよ。ちゃんと始末は付ける」
 もう一挺、用意していた銃に新しい弾丸を込める円。それを、ろくに見当もつけずに路地へと放つ。
「目を閉じて、向こうを向いて!」
 カッ! 地面に当たった弾丸が、猛烈な閃光を放つ。
「……!」
 サンダラーも、暗がりに突然放たれた信号弾に驚いた様子で、顔をかばう。
「包帯のことは、諦めるしかないですね」
「ロザリンのサイコメトリーには、期待したかったんだけどね」
 アリウムと円は言葉を交わし、路地から飛び出す。他の契約者たちも、これを逃せば機会はないと、素早くサンダラーのもとから逃げ去っていった。


「……どう思う?」
 そのやりとりを影から眺めていた音無 終(おとなし・しゅう)が、銀 静(しろがね・しずか)に問う。
「ワタシたちが彼らと話をする手間を省いてくれたわね」
 静の答えは素っ気ない。それでも、終は満足した様子だ。
「まず間違いなく、サンダラーは『大いなるもの』復活のために動いてる……と見ていいだろうな。封印するつもりなら、『異郷より来たりし者』と協力したがるはずだ」
「終も、『大いなるもの』を復活させたいんでしょう? どうするの?」
「……残念だけど、彼らとの共闘は無理だろうな。誰かと手を組むって雰囲気じゃないぜ、あれは」
「それじゃあ?」
「直接仲間になる必要はないさ。やり方はいくらでもある」
 終はにやりと笑みを浮かべた。
「人間の心から『大いなるもの』が生まれるなら、存分に産んでやればいいんだ。自分たちの心から、目を逸らし続けられるわけがないんだからな」