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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

リアクション

「それじゃあ何かい。あんた、こんないい絵を隠しとくってのかい?」
 十枚重ねの座布団に座った若松 未散(わかまつ・みちる)が、ジャンゴひとりを観客に演目を疲労している。
「そりゃ、あっしは吸血鬼だよ。日の目なんか見ない方がいいよ」
 下げを口にして、頭を下げる。ジャンゴが大きな掌を打ち合わせ、拍手を送った。
「ははは、面白い話だ。お前さんたちの故郷じゃあ、いつもそんな話をしてるのかね?」
「これは落語と言って、芸の一種でございます。未散くんは血のにじむような努力をして、この技術を身につけたのですぞ」
 拍子木を手にしたハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が代わりに答える。ジャンゴは自分のアゴを撫でて少し考える仕草を見せた。
「ようし。それじゃあ、夜にまた別の話を聞かせてくれ。すぐ準備できるだろうな?」
「当たり前だ。すぐにできる演目だけでも百は軽いよ」
 一度脱いだ羽織に袖を通しながら、未散が答える。
「それじゃあ決まりだ。手下にも聞かせてやってくれ」
「……ところで、『大いなるもの』について、何か分かってるのか?」
 懐に潜り込んだとみて、噺を切り出す未散。ジャンゴはやれやれと肩をすくめた。
「今、手下どもが調べてるところさ。心配しなくても、大会が終わるころにはお前さんたちが知りたがってることも分かるだろうよ」
「そうか……しっかり頼むぜ」
「俺様たちは義理堅いんだ。お前さんがしっかり働いてくれれば、見返りはちゃんと返すさ」
「……未散くん」
 不機嫌そうに未散の顔を盗み見るハルにとりあわず、首を振る。
「調べるって言ってるんだ。約束させたんだから、待ってやろうじゃないか」
 ……と、貸し切りの演目が終わったと見て、戸が叩かれる。現れたのは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)と、彼が召喚したステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)である。
「話を聞いて欲しいのだけど、いいかな?」
「面白い噺ならさっき聞いたところだが」
「これは有益なほうの話ですわ」
 見た目からして怪しげなブルタをあしらおうとするジャンゴに、ステンノーラが告げる。ジャンゴは、軽くアゴをしゃくって続けるように促した。
「一つめ。仲間は多い方がいいよ。だから、酒場のウェイターをやっているガンマンを仲間に引き込むべきじゃあないかな?」
「あの小娘のことなら、もう断られたよ。見た目通り、生意気な女でね。俺様は来る者は拒まねえが、あっちが来ないんじゃ仕方ない」
「それで、あの酒場にはあなたに従わないガンマンが集まっているのですな」
 ちくりと言うハルを、ジャンゴがにらみつける。ブルタはそういった機微に気づいているのかいないのか、次の指を立てた。
「二つめ……の前に」
「聞きたいことがあります。サンダラーというのは、どのような武器を使って、どのように戦うのですか?」
 引き継いで、ステンノーラが問う。ジャンゴは小さくうなってから、
「一人は拳銃使いだ。もう一人はライフル。とんでもない早撃ちと狙撃手でな。はっきり言って、あんな凄腕は他に見たことはねえ」
「並みのガンマンでは、手も足も出ないと?」
「頭数を揃えて、罠にかけるしかねえ」
 なるほど、とグランノーラは目を閉じたまま頷いた。
「それなら、ボクたちに、サンダラーに勝てるかもしれない武器の心当たりがあるよ。大きな乗り物で、建物ごとぶっ飛ばせる威力があるんだ」
「それって、イコンのことか?」
 未散が口を挟む。ブルタはこくこくと頷いた。
「それを銃だって言い張って大会に持ち込めばいいんだよ。ガンマンの数を揃えるより、よっぽど効率的さ」
「そんなことをしてみろ、いい笑い者だ」
「サンダラーさえ殺せれば、言い訳はいくらでもできるさ。大事なのは、やつらを倒すことでしょう?」
「持ち込んだとして、市長が認めるとは思えねえ。あっちも、俺様たちが居ない方がいいと思ってるんだ……つまり、どれだけ理由を付けても、俺様たちが今より有利になるように計らったりはしないだろうってことだ」
「そう。勝つためには良い作戦だと思うんだけどなあ」
 やれやれと言うブルタ。
「悪知恵だけは働くみてえだな。ちゃんと、それを大会で発揮してくれるように願ってるぜ」
「実際に発揮するかどうかはともかく、発揮することはできる、とだけお答えしておきます」
 と、ステンノーラ。
「……とにかく、晩飯の後は頼んだぜ」
 話は終わりだ、と言うように未散に告げて立ち上がるジャンゴ。
「おおっ、それは、ボクが聞いてもいいのかい?」
「俺様の役にたつつもりがあるならな」
 そう告げて、アジトの奥へと引っ込んでいった。
「そ、それじゃあもっとセクシーな衣装でおねがいしたいなあ!」
「……い、嫌だ!」
 魔鎧の体にもかかわらず息を荒げるブルタに、反射的に未散は叫んだ。
「私はあくまで情報を得るためにジャンゴに近づいてるんだ、おまえに肌を見せるためじゃない!」
「男はみんなサービスを期待してるんだよ!」
「……仰ることはそれなりに分かる来もしますが」
 がしょがしょと未散に迫ろうとするブルタの前に、ハルが立ちふさがる。いつの間にか、手の中には銃が現れている。
「今日は少し、わたくしの引き金が軽いようですよ?」
「お、おい、ハル?」
 何かに苛立っているらしいハルの内心が読めず、思わず未散が驚愕の声を漏らす。
「……あまり、ここで事を荒立てるべきではありませんわね。世の中には、状況など関係なく感情的に振る舞う方もいらっしゃいますから」
 そう言って、ステンノーラもブルタを引き留める。今ひとつ納得いっていないようだが、
「それじゃあ、できる限りぎりぎりのサービスを期待しているよ」
 ……と、そう言って、ブルタも入ってきたドアから外へ。
「……どういうつもりだよ?」
 残された未散は、ハルの背にぽつりと問いかけるが……。
「なんでもありませんとも」
 出てきた時と同じく、ハルの銃は魔法のように消えていた。