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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(前編)

リアクション

「まあ、なんだ。俺ははっきり言って、今の状況は変だと思ってる」
 政敏は頭を掻きながら、話を切り出した。
「だって、サンダラーが毎回、大会の参加者を殺すわけだろ? それじゃあ、ガンマンがいなくなるか、大会をやめるか、どっちにしろこのままじゃいられないわけだ」
「つまり、そのサンダラーってラスボスの目的は大会を終わらせて、ガンマンを全滅させることなのね! なんて悪そうなやつ!」
 ばんっ! とテーブルを叩き、山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)が叫びをあげた。また面倒なことになりそうな気配が酒場じゅうに広がる。
「ミ……なんとかさん? なんかそういう話の雰囲気じゃないと思うんですけど
 隣に座らされていた獅子神 玲(ししがみ・あきら)が、なんとなく言いにくそうに口を挟んだ。
「しかし、サンダラーという人々の目的。これは何か重大な秘密がありそうですね。……普通なら、わざわざ皆殺しになどしませんから」
 ミナギの様子を面白がっているのか、獅子神 ささら(ししがみ・ささら)は引き留めもせず、そのまま話を続けたがっている様子だ。
「まあ……確かに、そうよね。他のアウトローと敵対してるってわけでもなさそうなのに、なぜそこまでして殺すのかしら?」
 と、リーン。
「……そんなことはどうでもいいわ。大事なのは、今度の大会にもやつらが出場するってこと」
 ジェニファーがさらに苛立ちを募らせたように言う。一刻も早く、サンダラーに関する話題を打ち切ろうとしているかのようだ。
「それじゃあ、ジェニファーちゃんはサンダラーとやり合うためにこの大会に参加するつもりなんだ」
 黙って話を聞いていた、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が口を挟んだ。
「別に……うっ」
 何か答えようと振り返ったジェニファーが言葉を詰まらせる。アルマのテーブルには、テキーラのボトルが何本も空になって並んでいたのだ。
「飲み過ぎだぞ、アルマ」
「いいじゃない、どうせ佑也のお金なんだから」
「だから言ってるんだよ」
 パートナーである如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が止めにかかるが、顔を赤くして目を据わらせたアルマは取り合わない様子だ。
「すみません、この人、自分に甘くて……」
 ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)がアルマに水を飲ませようとしつつも、周りに頭を下げている。
「ちょっと、まるであたしが好きで飲んでるみたいじゃない」
「いや、その通りだろ」
「全然違うわよ! これは、情報収集のために仕方なく……うっ」
 佑也に反論しようと勢いよく立ち上がった拍子に、なにやら胸と口を押さえるアルマ。
「うわー! ちょ、ちょっとストップ! 早く水飲めって!」
 いきおい、手を焼かされる佑也。盛り上がる一角から、ジェニファーは視線を戻した。
「……君たちはあたしたちに聞いてばかりだけど、こっちからの質問はオーケー? だいたい、何のために何を調査しに来てるわけ?」
「えっ?」
 酒場じゅうが一瞬、沈黙に包まれる。
「……もしかして、誰も説明してなかった?」
 はたと気づいた歩が、おそるおそる聞いてみた。そういえば、誰も説明した記憶はなかった。


「それじゃあ君たち、そんなおとぎ話を信じていろんな地方に何十人も調査隊を派遣してるわけ?」
 説明を聞いたジェニファーは、呆気にとられたように、ずれた帽子を直した。
『大いなるもの』の復活を止め、この世界を守るために各地の封印を調べてる……という話を聞いて、ジェニファーは笑いこそしなかったが、驚いた様子だ。酒場のガンマンたちも、どう反応していいか困っている様子だ。
「いろいろあって、伝承というのは、あまりバカにならないと私たちは学んできたからね」
 医者兼葬儀屋の看板を掲げた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、薬の量を確かめながら答えた。
「君たちのところでは、医者までそんなこと言うのね」
 いつもの調子を取り戻そうとしてか、ジェニファーが肩をすくめる。
「ああ。オレとしちゃあ、その『大いなるもの』とサンダラーに何か関係があるんじゃないかと見ている」
 ローズの傍らで、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が指を立てた。
「『大いなるもの』が今この時期に何かを企んでるんなら、ゲートで繋がったこの場所にも、何かが起きているはずだ。話を聞く限り、そのサンダラーってのは、この地方からも浮いてる存在のように聞こえるんだがな」
「誰も、彼らの正体や事情を知らないんでしょう? 目的も分からないし、何か大きなものが関わってると思うんだよね……」
 歩もシンに続いて、首をかしげている。
「ラスボスとはそういうものなのよ。ジャンゴのような、でかいだけで不気味さのないやつとは設定からして違うのよ!」
 いかにも何か知っている、という様子で言うミナギ。すみませんすみませんと玲が頭を下げている。
「……はーあ。なんだか、隠してるのもばからしくなってきたわね」
 帽子をいじりながら、ジェニファーがため息を吐く。調査隊の壮大だが大づかみな活動を前に、駆け引きをする気も無くなってきたらしい。
「……あたしは、サンダラーについては何も知らないわよ。ただ、あいつらを追いかける理由はある。大したことじゃないわよ、よくある話」
「……と、言うと?」
 政敏が問う。ジェニファーは軽く肩をすくめ、自分の額を自分の指でさした。そして、拳銃の反動を示すように、指を跳ねさせる。
「あたしの兄さんがあいつらに殺されたのよ、前の大会でね」
 そう言ってから、ジェニファーはやりにくそうに、手近なグラスを呷った。ちなみに中身は、パラミタ製のオレンジジュースだ。
「……そ、そうだったんだ。それじゃあ、復讐のために……大変だったでしょう?」
 告白を聞いて、リーンはぐっと胸を押さえながら言う。
「別に、そういうわけじゃないわよ……さっきも言ったとおり、よくある話だしね。ただ、やられたからにはやり返す権利があって、あたしは権利を使う方を選びたいってだけ」
「それで、大会に参加するために来たというわけか」
 なにやらスッキリした顔のアルマを支えて戻って来た佑也が、なるほどと頷いた。
「応援するわよ! なんていじらしい子なの!」
「サンダラーが仇だという人は、他にも居るんでしょうね……」
 興奮した様子のアルマを座らせながら、ラグナがぽつり。
「あー……」
 どうやらこっちもかなり踏み込んでしまったらしいぞと、政敏は頭を掻いた。
「早撃ち勝負でもする?」
「しないわよ。やる気なら、君も大会に参加したら?」
 ジェニファーはふっと笑みをこぼしながら答えた。が、別の一角で手が上がる。
「その勝負、受けて立った!」
「なんでですか!?」
 ミナギだ。玲が驚いても気にしない様子で、スイングドアを飛び出していく。
「さあ、表に出なさい!」
「……なんという井の中の蛙ぶり……ワタシ、少し感動しています」
 ミナギの執事であるはずのささらが、言葉とは裏腹ににやついている。
「……そういうつもりじゃなかったんだけどな」
 政敏はぽつりと呟きながら、店の表へ向かった。
 なお、この勝負は酒場で暇をもてあましているガンマンたちには格好の見世物になったし、アフターケアはローズがしっかりとしてくれたことを追記しておく(葬儀屋としてではなく、医者としてのケアだ。念のため)。