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リアクション
――神殿中央部へ続く大樹の道――
「やっと……見つけたッ! こっちだよ」
黒井 湊(くろい・みなと)は墨のように焼け焦げた魔法陣の跡から、この先に石があると直感的に理解し、後方の仲間に叫んだ。
「なに、この群れは――ッ! 異常だよ!」
エルトニア・アルヴァニシア(えるとにあ・あるばにしあ)はうんざりと言った感じで、何度目かわからぬ火術を唱えた。
疲れからか、もはや中程度の火球しか出せないのだが、それを適当にコントロールして放るだけで、5体ほどはゴブリンを巻き込めた。
見たことも聞いたことも無いほどのゴブリンの群れに追われ続けていた。
「もうやだッ!」
ギャアアアアアッ――!
そびえ立つゴブリンの山が、ハリケーンにでも遭遇したかのように吹き飛ばされた。
「泣き言は言わないでおきなさい……。ようやくここまで辿り着けたのです……」
「昴、ここは手前とエルトニアに任せて、湊と共に先に進んでいただきたいッ」
ゴブリンの群れの中で刀と槍を振り回した九十九 昴(つくも・すばる)と九十九 天地(つくも・あまつち)。
天地はあまりにも埒のあかない戦いを引き受けると告げた。
「しかし……この数を2人で相手は……」
ギャハッ――!
目に見えぬ一突き――疾風突きでゴブリンを刺し飛ばした昴は素直には聞けなかった。
ゴブリンの本能は、瘴気にあてられた村人の出現により抑制され続けた。
戦いに身を置くその生き物が、怯え、逃げ――。
気付くと神殿のほぼ全てのゴブリンが集結し、一揆の如く新たな侵入者である契約者に襲いかかってきたのだった。
「昴の苛立ち、わかっております。それは手前も同じこと。どうか手前の分まで1つ、怒ってきてください」
「なら、我の想いも湊に託すよ」
「エリー!?」
「所詮はゴブリン。天地と一緒ならなんとなるよ。湊は湊自身のすべきことに集中ッ」
「その通りでございます」
ここまで言われて、意を汲めぬのなら、それはパートナーではない。
「……往きましょう、湊……」
「……そうだよね……」
昴はゴブリンの群れからひとっ飛びで離れ、湊を伴って木々のトンネルを駆け上がった。
残された2人は、未だうんざりするほどの数のゴブリンを遮るように、トンネルの入り口に立ち塞がった。
「では……参りましょう」
「あの娘の邪魔はさせないから、手加減しないよ!」
杖を振るいエルトニアは再び襲いかかってくるゴブリンの群れに火球を放った。
それでも抜けてくるゴブリンは全て、天地の槍の一撃――グレイシャルハザードで薙ぎ払った。
――神殿中央部――
そこには幾人もの契約者が既に到着していた。
どうやら、石を前にして何かを窺っているようだった。
しかし、昴と湊には時間が無い。
受け継いだ想いがある。
「フィリナ、教えて欲しい!」
湊が一歩前に踏み出し、叫んだ。
「なぜ……なぜそうも、全てを失わせるようなマネをするッ。悲しむのは誰だ。ラティオ。ラティオであろう!?」
「村を守ってくれていた者を、何故、裏切るような事が出来た。あまりにも下劣な方法で……因果応報とはいえ、今の村人に罪は、ない。何より私は、子も巻き込まれているのは……見過ごせません」
石が――フィリナが、妖しく発光し出した。
「愛した人を手に掛けさせられたその無念、痛いほど伝わってきます。でも恨んで復讐しても、何も生まれません。それに今の貴女の姿を、ラティオさんは望みますか? 私だったら今のあなたを見るのは、あまりにも辛い。だからどうか……その憎しみを、抑えて」
「フィリナ、今なら間に合うッ! ラティオも笑顔で迎えてくれるであろう!」
石は未だ発光しながら――更に瘴気を撒き散らした。
「……仕方、ありません……」
「……フィリナ……」
断腸の思いと、昴が刀を抜き、湊もまた剣を構えた。
――よしなさいッ!
誰かが叫んだと思うと、次の瞬間には石を破壊しようと試みた2人は吹き飛ばされ、大樹に激突した。
「あーうー……ッ」
「よしなさいと言ったのに……」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とルカルカ・ルー(るかるか・るー)は吹き飛ばされた2人を見て言葉を失った。
他にもこの場で倒れている契約者がいるもので、互いに顔を見合わせて様子見に一拍置いているうちの出来事だった。
「あっ、見て」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が指差すと、嘆きの石がうっすらと透け、まるで閉じ込められたかのようなフィリナの身体が見えた。
だが、
「うー……見てられないよ……」
「美羽、大丈夫?」
フィリナの状態があまりにも酷過ぎて、美羽はコハクの胸に顔を埋めた。
「ふむ……」
「ちょっと、ダリル!? 危ないわよ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はゆったりとした足取りで石に近づき、フィリナを――その身体をじっくりと観察した。
「肉体の腐敗具合が酷い。髪の毛も抜け落ち、ミイラの手前と言ったところか」
そう言い、お手上げだとポーズを取り、肩を竦めた。
「これでもまだ、何かするか? 俺としては、そこらにいる石の破壊の段になるまで待機している契約者達に任せてもいいと思う」
「……まだ、ダメよ。それじゃあフィリナに安らぎも救いもない」
「そうか、なら俺は医者だ。吹き飛ばされた契約者の怪我の具合でも見てくるとする」
石化解除の可能性も考えていたルカルカとダリルのその考えはもろくも崩れ、もはややることと言えば、他の契約者の怪我の具合を見るか、もしくは意地でも石化を解除し、墓穴でも掘るぐらいだった。
「ルカはやるわよ。美羽はどうする?」
「うう……コハクぅ……」
「美羽」
美羽のうるんだ瞳の上目遣いを見れば、コハクとしては引くことを勧めたい。
もはや、あのフィリナの姿を見て、救いがあるように思えない。
しかし、それは身体的な問題であって、精神の解放を考えるならば、何かすべきなのかもしれない。
だが、勧められない。
勧めるにはコハクは、優しすぎた。
「……やる。やってくるよ。フィリナの気持ち、わかるもん。でも、関係ない人たちの命まで奪って、きっとラティオは悲しんでる。でもラティオはもういないし、私達が救ってあげないとね」
「うん……そうだね。美羽ならやれるよ」
コハクの胸から離れた美羽は、ルカルカの隣に並び、共にフィリナの元へ寄った。
「ごめんね、フィリナ。少し、あなたの過去を読み取らせて。私達が、フィリナの悲しみを共有してみせるから。私達なら、それができるもんね!」
「ルカも、フィリナに安らぎと救いを与えたい。そして、天国で、ラティオとまた、笑顔で過ごして欲しいんだよ」
2人は笑顔でフィリナに話しかけ、頷き合った。
今から2人が行うのは、サイコメトリ。
力を合わせ、1人の時よりも長く、鮮明に読み取ろうと試みる。
――いっくよぉッ!」
2人の手が、石に触れた。
キィンッ――!
独特の頭痛とシェイクされる脳に耐えきりながら、暗闇の中を進む、進む、進み続ける。
黒しか見えない映像に、白が中央から広がり始めた。
――ごめんね、少しだけ、覗かせてッ!
真っ白なバックグラウンドに、女性の後ろ姿が見えた。
そこで、手を離すべきだった――。
それはもはや過去の記憶でも映像でもなく――。
――私を見るなあああああああああッ!
憎悪に全てを委ねたフィリナの狂った顔がアップで2人の脳内に刻みこまれ、先と同じように衝撃波に吹き飛ばされた。
それでも違うのは、飛ばされた2人を互いのパートナーが受け止めたことだったが、見るからに顔面蒼白で脂汗を浮かべる2人に、これ以上の何かを続けるのは無理だった。
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