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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】夕陽のコントラクター(後編)

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第3章

 市庁舎……その門前。市民からも見える位置に、市長は屋根の日陰に座っている。
「失礼。市長、お話でもいかがかな?」
 声をかけたのは、林田 樹(はやしだ・いつき)。市長はつっと視線を向けてから、にこやかに笑みを向けた。どうやら樹の読み通り、大会は市民へ親しみやすさをアピールしたいらしい。
「どうぞ、お茶も用意してあります」
 樹と市長を挟む位置から、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)がティーカップに紅茶を注ぐ。そっと後ろに下がったジーナの視線は周囲に隙なく向けられていた。
「盛況ですね」
 緒方 章(おがた・あきら)が聞く。樹よりはいくらか、礼儀を知っている自覚があるからだ。
「ええ、ガンマンたちにとっては腕の見せ所ですからね」
 広場から町中へ、徐々に戦いは拡大していく。もちろん建物にもいくらか傷がつくが、それらの修理で生まれる需要も見込んでいるらしい。
「質問だが……あっ」
 言いかけた樹が、一点に目を向けた。その先では、市庁舎の壁に張り付いた八神 誠一(やがみ・せいいち)が、市長の執務室の窓に飛び込もうとしていた。
 確かに、広場に面した市庁舎に忍び込むのは広場に注目が集まっている今が最後のチャンスだろう。
(おわっ! 気づかれたぞ! どうすんだ!)
 市庁舎の物陰に隠れていたシャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)が、慌ててテレパシーを誠一に送る。誠一は壁に張り付いたまま、
(黙っててくれるようにおねがいしよう)
 窓の鍵を外そうとしながらそう答えた。
「んな無茶な!」
 思わず声を上げたシャロンに、周囲の注目が集まる(幸いにも、誠一には向かなかった)。
「あ、あぁ!? 何見てんだ!」
 背をぐーっと伸ばしてガンを飛ばすシャロン。わざわざ厄介毎に巻き込まれたくないので、市民のほとんどは目を逸らすが……
「どうかしましたか?」
 寄りによって、肝心の市長がその様子に気を引かれてしまったようだ。シャロンの居る場所から斜め上に目を向ければ誠一はすぐそこだ。
「し、しーっ! しーっ!」
 これに対してシャロンが取った行動は、同じ契約者のよしみを頼りに、口に指を立てて樹たちに助けを求めることだった。
「たぶん、大会を見て興奮していらっしゃるのでしょう」
「それより、聞きたい事があるのですが」
「この大会は、いつ始まったものなのかな?」
 ジーナが市長の行く手を阻み、章と樹が視界を防ぐ。意外な助け船に驚いている間に、誠一が窓の鍵を開けて部屋の中に飛び込んだ。
「そうだな……はじまりは、かなり前のはずですよ。ガンマンたちが誰が強いのかを決めるためにはじめた……のだが、徐々に規模が大きくなってね。今では私が、その開催を引き受けています」
「じゃあ、この町で開かれるようになったのは……」
「私が引き受けてからだから、3年前からになるね」
 ふむ、と樹は考え込んだ。その間に、章が市長に話題を向ける。
「あなたは3年前からこの町の市長に?」
「いや……もう8年目になります。血の気の多い人は多いのですが、町を作ろうという人が少なくてね」
「その頃から大会に参加しているものもいるのか?」
 改めて樹が聞くと、市長は小さく首をかしげた。
「いや……命を落とす者も多いですからね。今の保安官はもう大会に参加してないし、ジャンゴだって凄腕たちが消えた隙を見計らって今のような行動に出ているはずですよ。……ああ、ですが、あなた方のように、まったく別の場所から参加する方は初めてですよ」
 答えを聞いて、樹が章に視線を向ける。
(どう思う?)(揺さぶりをかけよう)とアイコンタクトを終えるころ、誠一が窓から這い出してシャロンと合流していた。
「そういえば、以前、市長はあのふたり組……サンダラーとご関係があったそうですが?」
 迷わずに、話題を切り込む樹。市長の表情がぴくりとこわばった。
「……確かに、私は彼らを雇っていましたが。今は関係ありませんよ。この大会に参加する姿を見るだけです」
「ですが、彼らは多くの人間を殺しているようね」
 新たな話者が加わった。話を聞いていたのか、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)がつかつかと近づいて来る。
「彼らも承知の上で参加しているはずです。それに、多くはならず者。おそらく、サンダラーのふたりも正義感に駆られてやっていることでしょう」
「正義感? あれが?」
 思わず聞き返す千歳。
「この町の墓地を訪ねて参りましたが、多くのガンマンたちが埋葬されていました」
 千歳の背で、イルマ・レスト(いるま・れすと)が頭を下げる。
「墓碑のないものはまとめて埋められて……どんな理由があっても、人の命をむやみに奪うことは許されないことではありませんか?」
「裁判や刑務で、悪人のために余計な手間をかけることは無駄ですよ。彼ら同士で殺し合ってくれるなら、そうさせればいいのです」
 ぴりぴりした空気が流れはじめた。こほん、と市長は咳払い。
「……もちろん、納得の上で、ですが」
「じゃあ、今のサンダラーはただの無法者だと?」
 千歳の問いに、市長は小さく頷いた。
「もちろん。他の参加者と同じですよ」