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序章:もみワゴンは行くよ、トコトコと
その日、空京の外れに見たこともないワゴンがどこからともなく現れた。
レトロな車体に種もみのイラストがプリントされ、可愛らしい丸文字で“種もみ運搬中”と表記された、種もみ剣士所有と一目でわかるワゴン車だった。
屋根の上には、大きなのぼりが立てられ、垂れ幕に挑戦状がはためいている。
Misumi.The winner is here! Defeat me if you dare! (勝者みすみ、ここにあり! 私を倒せるものなら倒してみなさい!)
「増長しているわけでも自己顕示旺盛なわけでもないけど、こうやって書いておくとモヒカン以外にもたくさんの武者修行者たちが戦いを挑んでくるから……」
ワゴンの所有者にして、最強種もみ剣士の千種 みすみ(ちだね・みすみ)は、ほんわかと、だが強い意志を瞳に宿して微笑む。
他に何のとりえも無い自分には、もっと修行を続けるしかない。英雄クラスを倒すため、もっと強くなるためには手段は選んでいられない。そう言わんばかりの彼女の表情だった。
空京でのしばしの休息の後、みすみはワゴンに乗り込んだ。
自分を鍛えてくれるであろう、まだ見ぬ敵を捜し求めるために。
「私ね、この戦いが終わったら結婚するの。相手いないけど」
「その台詞はまずいでしょう、みすみちゃん。死亡フラグ立っちゃうよ?」
ヒッチハイクでワゴンに乗り込んできた吉井 真理子は、みすみの種もみ配りを手伝いながら、みすみに微笑んで返す。
「でも、頑張ってる子好き。私が結婚してあげてもいいかもね〜、なんて」
そんなことを言いながらワゴンの助手席に乗り込みかけて、背後から視線を感じた真理子はぎょっとして振り返る。
「あ、あの。あなたたちは……?」
「……ん、俺がここにいるのが迷惑だったか?」
「ツァンダに帰るから一緒に乗せてもらおうと思ったんだけど、私たち空気読めてなかったみたいね。お二人ともお幸せに」
なんとも言いがたい苦笑を浮かべてこちらを見つめていたのは、高円寺 海(こうえんじ・かい)と雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)だった。
海と雅羅は、空京からツァンダへの帰り道、偶然みすみのワゴンを見つけて便乗させてもらおうとやってきたのだが、雰囲気の違いを読み取って回れ右しようとする。
「あ、ちょっと待って。今の冗談だから、本気にしないでね。いや、もちろん、みすみちゃんのことも嫌いってわけじゃないんだけど、その……」
あわあわと言いつくろう真理子。
「いいよ、よかったら乗って。挑戦者も同乗者も、そしてモヒカンも随時募集中だから。旅の連れは多いほうが楽しいし」
一方みすみは特に困った様子もなく、ワゴンの扉を開いて海と雅羅を招き入れる。
乗せてあげる、というか、ぜひついてきてほしいとその瞳は言っていた。
「……そういうことなら、遠慮なくご一緒させてもらおうかな」
海はその言葉どおり、ワゴンにさっさと乗り込んで、ドッカリと後ろのシートを陣取った。
「もちろん、タダとは言わない。お代ならそこの彼女が支払ってくれるだろう。存分に請求してくれ」
キリリと親指で雅羅を指差す海。
「はあ? あんた、カッコイイ顔してなにをセコいことを口走ってるのよ。イメージ崩れるわよ?」
半眼の雅羅に、海はふっと小さな笑みを浮かべた。
……ほんの冗談だったんだが、それすら理解できないとは残念な女だ。そんな表情だ。
「うわぁ、腹立つわね、あんた。……みすみ、海のことならジャンバラ大荒野のど真ん中あたりで放り捨てていいから。そこまでは荷物だと思って運んであげてね」
「雅羅こそ、ワゴンのタイヤが擦り減らないように、端っこのほうに座ってろよ」
「なんで、海に命令されるわけ? 私も真ん中に座るに決まってるでしょ」
雅羅は、海の前のシートに広々とスペースをとって腰掛けた。
「さあ、出発しましょう、みすみ。この後ろの男なら無視していいから」
「やれやれ……。みすみ、この女なら置物と思えばいい。気にせずマイペースで行ってくれ」
言い合う海と雅羅に、みすみはクスリと微笑む。
「……仲いいのね」
「その台詞はさすがに聞き捨てならないな。あまりめったなことは口にしないほうがいい」
「そうよ、私だって、この男と偶然出会って困惑してるんだからね。いい迷惑よ、本当」
「……うふふ、そうなの」
楽しそうに頷いて、みすみはワゴンを出発させる。トコトコと小気味のいい駆動音を響かせながら、もみワゴンは走り始めた。
ややあって、真理子は助手席から振り返って、空と雅羅に親しげに話しかける。
「私、吉井真理子。日本の本土からやってきたの。よろしくね」
「へ〜、一般人かぁ。久しぶりよね」
興味津々の雅羅。彼女らはすぐに打ち解け、仲良く話し始める。
「……ん、誰かいるな。どうする?」
黙って前方を見つめていた空が、ワゴンの行く手に人影を見つけて問いかけてくる。モヒカンなら俺が始末してやる、と請け負ってくれる。
「ありがとう。でも大丈夫よ。あの人たちは、旅の仲間だから」
みすみはワゴンの速度を落とした。
待ち構えていたのは、挑戦者でもモヒカンでもなく、旅の同行者たち。ヒッチハイカーだった。
「みんな仲良く行きましょう」
みすみの導きで、ちょっとおかしな、そして楽しい旅が始まる……。
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