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リアクション
さて、災難は早速やってくる。
「ああ、いい旅だ……」
窓の外を流れ行く光景を眺めながら、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は満足げにくつろいでいた。
もっと早く行ける手段はあるんだろうけど、たまにはのんびりワゴンの旅も悪くない。
日頃の疲れを癒すには、こんな旅行もたまにはいいのかもしれなかった。
「ねえ、見て。なんて綺麗な景色……」
うっとりと眺めているのは、隣の席のセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)だ。
「ああ、そうだな。なかなかの絶景だな、セレア……」
「ですが、健闘様に勝る景色はありませんわ……」
「え? あ、あのさ……それ、ちょっと買い被りすぎないか?」
「そうかしら? こうやって見つめているだけで天にも昇る気持ちですの」
「お、おいちょっと、胸で俺の腕を挟まないでくれ。恥ずかしいじゃないか」
「あらあら、わたくしとしたことが……申し訳ありませんわ」
幸せな二人。密着したまま、甘い甘い時間が過ぎて……、いかなかった。
突然。
ドンッ! という追突音とともに、ワゴンが大きく揺れる。
「まあ、何事ですの?」
気分を害したように眉をひそめるセレア。
運転席で、真っ青になったみすみがロボットのようにギギギと振り返るのが見えた。
「どうしよう、事故っちゃった……」
「運転には自信があったんじゃなかったの?」
と桐生 円(きりゅう・まどか)。他の乗客たちは、もうすでにトラブルには慣れっこになっていて、ほとんど反応しない。
「突然、岩陰から飛び出してきて……、いけない。様子を見に行かなくちゃ」
「ボクもついていってあげますよ。ちょうど暇になったところですし」
空京から乗り込んでいたが、そろそろ飽きてきていた非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)がつき合って、みすみはワゴンの外に出る。
「待ってくださいませ。もちろん、あたしにもいきますわ」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)もついてくる。
「危険であろう。いやな予感がする」
「怪我人がおられるようでしたら、アルティアにお任せくださいませ」
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)とアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も付き従った。
と。
「うううう……」
四人が外に出ると、ワゴンに追突し、バラバラになった軍用バイクの下敷きになって、一人の少女が呻いていた。倒れていたのは、シャンバラ大荒野を旅をしていた高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)だった。
「大丈夫ですか? しっかりしてください!」
近遠が咲耶を抱き起こす。 額から血を流し、かなり痛そうだ。
「うむ、これは重傷であるな。アルティア……」
「承知しております」
イグナの言葉に、アルティアは早速回復を施し始める。
みすみが、これからどうしようかと立ち尽くしているときだった。
反対側の木陰からサングラスにアロハシャツの青年が姿を現す。
「おい、オレの連れになんてことをしてくれたんだ?」
彼は、サングラス越しにみすみをじろじろと見やって威圧的な声を出す。
「どうしてくれるんだ? これは、かなり重大な事故だぞ? キミ、免許はもっているのかね?」
「あ、いえ……その……」
「なに、どういうことなんだ? 無免許で人をはねたら刑務所行きだ。事態を把握しているのかね?」
「……すいません」
相手がモヒカンでなくよくいるチンピラ風青年なので、みすみは気圧されてシュンとなった。案外、普通の女の子らしく、こういう手合いは苦手なのかもしれない。
「ここじゃなんだから、ちょっと向こうへ行って話しをしようか」
そこへ、
「どうしたの、みすみちゃん? 怖いお兄さんに絡まれているの?」
みすみの困った様子を見て、真理子が降りてくる。
「交通事故の示談の話ね。そういうことなら、私に任せて」
言いながら、真理子はサングラスの青年に向き合う。
「あなたたちのほうこそ免許証を見せてちょうだい。お名前はなんていうの? とりあえず警察……ってあるのかな? まあいいや、そういう所に連絡しましょう。それから、このバイク、保険に入ってるよね……って、あれ?」
ジャキリ。と頭に硬いものを押し付けられて、真理子は目を見開く。
「くくく……、こんなにうまくいくとは思わなかったな」
青年はサングラスをはずしてメガネにかけなおした。カムフラージュのためのアロハシャツの上からどこからともなく取り出した白衣を纏う。
「動かないほうがいいぞ。俺は目的のためなら頭を撃ちぬくことにためらわない」
真理子にライフルを突きつけて笑みを浮かべたのは、ドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。
「ワゴンに強力な戦闘力を持つ乗客がいることくらいわかってますからね。正面から攻撃するより効率がいいってことですよ」
ハデスの背後から、6連ミサイルランチャーを装備したヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が、倒れていたはずだった咲耶とともに、みすみと、そして近遠たちを挟み込むように構えを取った。
……やれやれ、とさっきまで真利子と交流していた乗客たちは眉間にしわを寄せる。やはり、力づくでも外に出るのを止めておくべきだったと言わんばかりだ。
さて、どうするか……。
「……当たり屋じゃないですかぁ」
ユーリカがハデスを睨む。
「当たり屋ではない。悪の秘密結社オリュンポスだ」
「ふっ、こんなことだろうと思ったわ。我が掣肘してくれよう」
イグナが身構える。
「おっと、動くなと言ってるだろう? 我々と違い、一般人は簡単に死ぬんだぜ?」
「あううう……、ごめんなさい。あれだけ注意されておきながら、私が無用心だったために……」
真理子は硬直したまま動けない。
ハデスは、真理子を抱えたまま宙に浮いた。
「フハハハッッ! 状況がわかったら、武器を捨ててもらおうか。このワゴンは我々がいただく」
ようやくワゴンの中の他の乗客たちも気づいたようで様子を見にやってこようとする。
「ヒャッハー! てめえらバスから降りるんじゃねえよ、俺様が乗り込むんだからよ」
ピンクのモヒカンをカッコよくなびかせて、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が入り口に立ちふさがった。
パチンと指を鳴らすとどこからともなく、モヒカンの影が現れ、遠巻きにワゴンを囲んだ。
「野郎ども! 終わったらおせち食い放題だぜ! それまでいつでも襲撃できるようにしておけよ!」
「ヒャッハー! 了解しましたぜ、拳聖さま!」
モヒカンたちの雄たけびをバックにゲブーはゲハハハハッッと高笑いする。
「性紀末覇者とは俺様のことだぁ、拳聖さまのゴッドハンド、拝ませてやるぜぇ!」
「うわー、ハデスにゲブーか。最低の連中だな……」
彼らを知っている乗客からそんな声が聞こえてくるが、まったく関係ない。
「話はわかりました、ハデスさん。人質交換しましょう。ボクが人質になってもいいですから吉井さんを放していただきます。ちなみにボクは戦闘力は一般人なみです。あなた方にとっての安全度なら、彼女と同等でしょう」
両手を挙げながら、近遠が言う。
「その交渉は成り立たないぜ。すでに人質の一人なんだから」
答えたのはハデスではなく、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)だった。
「俺様的には、善だの悪だのどんなグループだの関係ないんだけどさ。……ちょうど通りがかりだ。全員脱がしてやろうかぁ!?」
「……なっ!?」
これまでとの雰囲気とは一変し、辺りにエロエロオーラが立ち込める。近遠たちはたじろだ。
アシッドミストの酸を操り服を溶かす。禁書写本 河馬吸虎は超本気だ。
「脱がせるなり揉ませるなり好きにしたらいいんじゃないかしら」
頭を抱えながらバスの奥から出てきたのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。
このまま和気藹々の旅を続けてもいいと思っていたのだが、よりにもよって……。
「河馬吸虎、あんたねぇ……!」
自分のパートナーが“やらかしちまった”彼女は、不祥事を迅速に回収すべくバスを降りようとする。
「ヒャッハー! 色っっぽい姉ちゃんキター! めえが一番手かぁ!」
ゲブーは、リカインの胸を鷲掴みにする。
「もみワゴンは揉みワゴンってなぁ。ここは天国だぜ、ヒャッハー!」
もみ、もみもみ……。
「……」
「……あ、あれ? 反応なし?」
リカインは、ゲブーの横をすり抜け、そのままつかつかと禁書写本 河馬吸虎の傍までくると、ゲブーが掴んだのよりはるかに強い握力で、パートナーの頭をガシリと掴んだ。ちなみに怪力の篭手装備済みだ。
「私、ただのか弱い歌姫なんだけど。スイカくらいは軽く握りつぶせるわよ?」
にっこりと笑いながらギリギリと力を込めるリカインに、禁書写本 河馬吸虎はぎゃあああっっ! と悲鳴を上げた。
「とりあえず、帰ったら10時間耐久ソロリサイタルショーよね。大丈夫、私のどが痛くなっても頑張るから」
リカインは、みんなに向かってぺこりと一度頭を下げると、そのまま禁書写本 河馬吸虎をずりずりと引きずり、草原の向こうへと去っていった。
その後を追うように、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)もバスを飛び出し、去っていく。
「ななな、こんなところで宇宙刑事やっちゃだめだよ。悪の秘密結社とかいるけど、他の人たちに任せておけばいいから……」
「オッケー。あばよ(涙」
「よろしく(勇気」
サンドラとなななは何を話していたのか、仲良さげに手を振りながら別れを告げる。
え〜っと。
「……」
あっけない敵の退場に、みなは一瞬あっけに取られる。とはいえ、状況はさほど変わっていないわけで……。
「先ほどの話の続きをしましょう、ハデスさん。ボクたちは抵抗しません。吉井さんを放してあげなさい」
近遠は気を取り直して、ハデスに告げる。
「待ってください。それでしたら、あたしもですわ」
「やむをえないようでございますね」
ユーリカとアルティアも両手を挙げながら、進みでた。
「くくく、面白い。ならばオリュンポスの契約の戒めを受けて……、んっ!?」
言いかけたハデスは、止まったワゴンの窓の隙間から黒光りする鉄塊が顔を覗かせているのに気づき、息を呑んだ。
わずかな窓の隙間から、邦彦がハデスを狙撃する。
「真利子さん、目を瞑って少しだけ頭を下げて!」
次の瞬間、曙光銃エルドリッジから光の弾丸が迸った。それは、狙い過たずハデスの突きつけるライフルの砲身に命中する。
「くうっ……!」
衝撃で武器を取り落とすハデス。
「シャンバラの悪いイメージ晒してんじゃねえぞ、てめえら! 消えろ!」
邦彦はさっきとはまったく違う鋭い目つきで、さらに数発銃を放つ。
その隙に、イグナが動く。咲耶とヘスティアに飛びかかった。
「貴公ら、覚悟はできておろうな!」
続いて、ユーリカとアルティアも参戦する。
両者の間で激しい戦闘が起こる。だが、それもつかの間。
「くくく……、どうやらここまでのようだな。今日のところはこの辺にしておいてやろう。さらばだ……!」
ハデスは人質を放棄して姿を消す。
落下してくる真理子を受け止めたのは、お使いの帰りに偶然ワゴンに乗り込んでいた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)だった。
「もう大丈夫だよ」
「……」
真理子は口をパクパクさせるだけだ。彼女の身体を支える輝夜の手を見てさらに目を見開く。
「刺激が強すぎたかな。まあ、とにかく無事でよかったよ」
腰を抜かして立てなさそうなので、抱きかかえたまま連れて帰る。
「……あ、ありがとう」
しばらくして、ようやく真理子は声が出るようになったらしい。小声で礼を言ってくる。
「あたしには礼はいらないさ。偶然乗り合わせたバスで偶然事件に遭遇しただけ。ま、説教するつもりは無いけど、これからはちょっと気をつけようね」
「甘く見ていたつもりはなかったんだけど……」
真理子は、それからずっと黙り込んでしまった……。
でもまあ……、と輝夜は考える。エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)のお使いに来ていなかったらこうやって女性を拾い上げることも出来なかったわけで。これはこれで悪くなかったのかも、思った。
そうこうしている内に、ハデスのパートナーとして手伝っていた咲耶とヘスティアもそのまま逃亡してしまった。
「あっ、待ちなさい」
「くっ、逃がしたか……」
悔しそうなイグナ。
「ヒャッハー! 拳聖さまに続けぇ!」
そこへ、待機していたモヒカンたちが殺到する。
「ヒャッハー! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
これはゲブー。ワゴンに乱入し、誰彼かまわず女子の胸を揉みまくる。
「きゃあああっっ!?」
「あなた、なにしてんのよっ!」
全員に殴られ蹴られ叩き伏せられボコボコにされても、ゲブーはまだ倒れない。
「例えこの身が滅びようとも! 俺様は! おっぱいを! 揉み続ける!」
「死ね!」
「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
「よくも健闘様とわたくしのデートを邪魔してくれましたわ! 許しませんわ!」
「眠れゲブー、とこしえに!」
デートの邪魔をされた、勇刃とセレアがゲブーを殴り続ける。
「このような害獣はみすみたちに近寄らせることはおろか、目に触れさせることすら許されませんね」
モヒカンたちを始末していた志方 綾乃(しかた・あやの)が戻ってきて、ゲブーの前に立ちはだかった。種もみを狙う不届き者どもよりも、こちらのほうが問題だろう。
「ヒャッハー! すごいおっぱいだぜぇ!」
「お下がりくださいませ旦那さま」
綾乃は、家令の技能でゲブーが狙う女子たちをいっせいに回避させる。
「逃がすかぁ! おっぱい! おっぱい!」
雑魚モヒカン相手の戦いも飽きていたところだった。英雄クラスの拳聖なら、相手としても不足はないだろう。綾乃は遠慮なく全力で家令の猟銃をぶっ放す。
「ひゃっはー! おっぱいが揺れてやがるぜぇ!」
弾丸が身体中に命中してもゲブーは突っ込んできた。
「あなたの行動はわかっています。私のおっぱいを狙っているでしょう。……志方ないですね」
行動予測でゲブーの動きを察した綾乃は、一気に勝負に出るために正面から向かい合う。
むにゅり。
ゲブーのゴッドハンドが綾乃の巨胸をひっしと掴んだ。
次の瞬間、ドンッ! と猟銃が至近距離からゲブーの急所を打ち抜く。
ゴフリ! とゲブーは満足げな笑みを浮かべながら血を吐いた。
「では、おひきとりくださいませ」
「我がおっぱいに一片の悔いなし!」
ゲブーはおっぱいをもみ続けたゴッドハンドを天に突き上げる格好で立ったまま気絶した。
性紀末覇者、堕つ――!
そしてそのまま、ゲブーはポイと砂漠にほうり捨てられた。
だが、彼はまたどこかで現れるだろう。滅びることはないのだ……。
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