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リアクション
「貞継様。間もなく、入港です」
「わかりました、船長。ここまでの航海、お疲れ様でした」
「お言葉、痛み入ります」
深々と頭を下げる『ワタツミ』の船長に鷹揚に頷きながら、鬼城 貞継は久方振りの葦原島を眺めた。
中天高く昇った太陽が、目に眩しい。
「祭の日に相応しい晴天ですね」
「はい。この分なら、明日も晴れるでしょう。結構なことです」
船長が、嬉しそうに言った。
ワタツミは、マホロバ海軍が自力で建造した初めての軍艦である。
建造と言っても、発掘した大型飛空艇から回収した動力システムや計器類を、木製の船に組み込んだもので、純粋な意味では自力建造してとはいえない。
とはいえ、長きに渡る鎖国の間に船や航海に関する技術のほとんどを失ってしまった幕府が、短期間でここまで漕ぎ着けたことは、評価して良い。
(初めての遠洋航海であるこの葦原航を、これといったトラブルも無しにやってのけた事は、称賛に値する――)
貞継は、そう考えていた。
その思いは皆も同じらしく、船長を始めとする乗組員たちの顔にも、どこか誇らしげな表情が浮かんでいる。
(これからは我が幕府も、広く世界に出ていかねばならぬ。そのためには更に技術を学び、より大きく強い船を作らなくては――)
既に隠居の身でありながら、いつの間にかそんな事を考えている。
「おい、あれ見てみろよ!」
「なんだ、あれ?」
そんな声が、貞継の思索を打ち破った。
見れば、数人の水兵が陸の方を指差している。
「どうしたのです?」
「こ、これは貞継様!」
貞継に、水兵たちが直立不動の姿勢を取る。
「構いません。何か、あったのですか?」
水兵たちは互いに顔を見合わせた挙句、どこか決まりが悪そうな顔で、陸地を指差した。
そこには――
「歓迎! 鬼城貞継公御一行様」
と勢い良く墨書された、大きな横断幕を持つ、巨大なヒヨコが目に入った。
そして、こちらに向かって手を振る男の顔も。
自然と、貞継の顔に笑みが溢れた。
「相変わらず、元気なようですね」
「お知り合いの方ですか?」
貞継の独白を聞きつけた、船長が訊ねる。
「はい。あの人は、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)。私の友人です」
「ご友人ですか。……何とも、熱烈な歓迎ぶりですな」
こちらの視線に気づいたのだろう。ちぎれんばかりの勢いで腕を振るアキラに、船長が苦笑する。
「良い人なのですよ、とても」
「お好きなのですね。あの方が」
「えぇ」
貞継は、船長の言葉に相槌を打ちながら、いかにも高貴な身分らしく、優雅に手を振り返す。
その目が細められているのは、単に太陽の眩しさだけではなかった。
「――これで、よし。と」
セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)は、廊下をもう一度振り返ると、満足気に頷いた。
両側に並ぶ障子の一つ一つの前には「待合室」「喫煙所」などと書かれた札が掛けられ、突き当りには「お手洗い→」という案内板が立っている。
こうした会場の整備や調度の用意、それに来客が宿泊する部屋の準備などが、初春宴接待役としてのセレスティアの仕事であった。
「あ、セレスティアさん!お疲れ様です!」
その声に彼女が振り返ると、ちょうど五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)が向こうから歩いてくるところだった。
「円華さん、お疲れ様です」
セレスティアは、疲れた風もなくにこやかな笑みを返す。
「アキラさんは?」
「ルシェイメアたちと一緒に、貞継様のお迎えに行きました」
ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は今頃、アキラと一緒に貞継に手を振っているはずだ。
「え!?もうそんな時間ですか!――た、大変!すみませんセレスティアさん!失礼します!」
時計を確認すると、慌てて廊下を走っていく円華。
「は、はぁ……」
声をかける暇もなく、呆然として円華の後ろ姿を見送るセレスティア。
円華はパタパタと音を立てて、廊下の角に消えていった。
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