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平安屋敷の赤い目

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平安屋敷の赤い目

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【第一章】


 節分の日の朝。
 携帯電話を片手に打ち合せをしながら忙しく歩き回っている少年が居た。
 高円寺 海(こうえんじ・かい)。蒼空学園の節分祭り実行委員会副委員長は、煌めく太陽の光にふと足を止めると、
ぼんやりと空に浮かんでは消える煙の塊を眺めていた。
 会場はオープンし、それを告げる花火は上がり、人々の賑やかな声に校庭が埋め尽くされていく。
 全て滞りなく、順調。
 それに……
「良い天気になったな」
 携帯電話の通話停止ボタンを押しつつ、海は一人呟いた。
 実行委員長の泉 美緒(いずみ・みお)もオープンの連絡を受けて居る頃だろうか。
 正面を向けば受付で忙しく動き回っている蒼空学園と百合園学院の生徒達が見える。
 ――今は声を掛けるべきでは無いか。
 そう完結しようとしていると、海の動きに気付いたマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が、
振り向きこちらへやってくる。
 どうやら変に遠慮など要らなかったらしい。
 海は何時も通りの不遜な、有る意味実行委員を纏める者相応しい態度でマリカに質問する。
「守備はどうだ?」
「上々よ。
 かなりのお客様の数だけど、何度も打ち合せしたから何のトラブルも起こって無いし――」
「蒼空学園、百合園学院だけでなく他校や一般入場の方も沢山いらしてますわ。
 アクリト様に協力して頂いた展示が効いてるみたいですわね」
「そうそう、さっき列整備してた子から聞いたんだけど、開門前から並んでいる方が多くいた」
「いらした、ですわよ」
 自らの教育係に口調を注意され、ばつの悪そうな表情を浮かべるマリカに、
海はどう反応したものかとそのまま会話を続ける事にした。
「その辺りは実行委員長の泉に任せきりだったからな」
「で、副委員長様は何をしてたんだ?」
 肩に拳の衝撃を感じて海が振りかえると、蒼空学園校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)が立っていた。
 マリカ達がにこやかに会釈する中、海は肩を片手でさすりながら憮然として答える。
「オレはちゃんと別の仕事をしてたんだよ。
 そういうアンタこそ今日まで俺達実行委員に丸投げ状態だったじゃないか」
「ハハ。
 悪い悪い」
「ッたく……午後の豆まきの鬼役、大丈夫なんだろうな」
「任せとけよ。
 さっき衣裳係と打ち合せてきたけどかなり怖いんだぜ?
 まず歯に付け歯付けるだろ。それからデコのここんとこに角が生えるみたいにメイクして……
 ガオー!!!」
「ぷっ
 ……山葉さんおっかし」
「がおー! じゃまるで子供みたいですわ」
「そうか? 今のかなり自信あったんだがな」
「今のは怖い顔っていうより変顔だろ?」
「んー??
 じゃあ分かった。もっかいやるから見ててくれ」
「はいはい」
 涼司はおどけた様子で後ろを向くと、少しの間を置いて勢いよくこちらに振り返る。
 その刹那と同時に――

「きゃあああああああああああああああ」

 校庭に耳をつんざく様な女性との悲鳴が響き渡った。
「なんだ?」
「こ、高円寺様、あれを……!!」
 テレサが顔を青ざめさせて指差す先。
 海にはただ影から煙が立ち上っている様に見えたのだが、よくよく眼を凝らして見ると、
それは煙では無く生き物だったのが分かる。
 黒く濁った鳶色の様な……何か形容しがたい肌の色に、人にしては異常に小さな頭部。
 毛髪は余り生えているようには見えない。
 それに骨ばって細長い首から先は不自然に曲がっているし腹部は異様に膨れ上がっている。
 人々がおろおろと距離を取っている中、その生き物はあるテントの前で足を止める。
 テントには何かスナックを売っていたようで、生き物はそれに興味を示したらしい。
 ひったくるように食べ物を手にするが、それは燃えカスすら残さない速度で瞬く間に炎上した。
 生き物はまるで豚のような悲鳴を上げると、次々と食べ物を手にするがどれも一往にして炎を上げてしまう。
「あれは……一体……」
 海がもう少し様子を伺わねばと足を前へ踏み出すと、涼司の腕が胸元で制止してきた。
「海、皆を校内に誘導しろ」
「は?」
「いいから早くするんだ!!」
 状況は理解出来ない。
 だが今はこの男、蒼空学園の校長に従った方が良さそうだ。
 涼司が現場に走って行くのを確認して、
海はひとまず受け付け周辺の者達を誘導しようと近くの誘導係に目配せし、声を張り上げた。
「皆、状況が確認出来るまで校内に入ってくれ。
 係の指示に従って慌てずゆっくりと……」
 そこまで言って海は自分の言っている事がどれ程愚かだったか気が付いた。
 生き物が遂に、炎を上げない食べ物を手に入れたのだ。
「……人が……喰われてる!?」
 何がなんなのか分からない。
 ただあの影から現れた生き物……いや化け物が人を捕まえては次々に口の中に放り込んで行くのだ。
 そういえば化け物の周りをぐるりと囲んでいた客の姿が見当たらない。
 それ程の早さで人が消えて行くのは、化け物の数も何時の間にか増えていたからに他ならなかった。
 気づけばエントランスの門の影からも、煙が立ち上がるような動きがある。
 会場内の者達は全て、この場に閉じ込められたのだ。
「テ、テレサさん? ど、どうしよう」
 不安そうに自分の受付の腕章を掴んでいるマリカの手をひっ掴むと、テレサは校舎内へ入る扉を目指して走り出した。
 その行動をきっかけに、海の周りの人の波が騒然とし慌ただしく動き出す。
 エントランスの化け物達が動き出すと瞬く間にそれはパニックとなっていき、絶叫と走り回る人間で
如何に長身の海とは言え、もはやその中で存在を際立たせる事は不可能だった。
 ――駄目だ。これじゃ誘導なんて出来ない。
  どうする? まずオレも校舎に入って、それから客の誘導を……
「少年! 何をぼんやりしているでござる!!」
「あっちが一番近い入り口なんだろ!? 早く入ろうぜ!!」
 そう言って海の腕を引いたのは湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)とパートナーのロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)だ。
 忍の声に霧が晴れる様に頭がはっきりしてきた海は、周囲を見回して涼司の姿を確認する。
 涼司は生徒達を襲おうとしている化け物達を煽る様に惹きつけては走り、校舎の扉から引き離していた。
 海に生徒らの誘導をしろと指示したのは、自分が囮になるからという意味だったのだ。
 豪胆なのか責任感が強いのか。
 涼司の性格を今の海には知るよしも無いが、兎に角彼の指示は遂行しようと気持ちを固くすると
海はもう一度声を張り上げた。
「皆! こっちだ!!」