百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

平安屋敷の赤い目

リアクション公開中!

平安屋敷の赤い目

リアクション

 実際校内を回って正義の味方をするのは楽しかった。
 武器で倒せるものの無限に出てくる化け物は、豆を投げつけただけで面白いように逃げて行く。
 悲劇が一転して喜劇になるように、本来のイベントに準じた行動は馬鹿馬鹿しく笑いを誘った。
 今も二匹の化け物に襲われていた生徒を逃がし、海と三月を攻撃隊にして忍達は豆を投げていた所だ。
 海達は強い。こちらには豆もある。万が一があっても柚が気配を察知する為に超感覚を駆使している。
「鬼は〜外! ってごめん高円寺様」
 忍が投げた豆は海の頭にポコンとあたる。
「ああ、別にいいよ」
 海が前を向いた瞬間を見計らってまたひとつ。
「鬼は〜外! ってごめんごめん」
「あ? ああ」
 眉を上げたが、怒ってはいないらしい。ここでまた一つ。いや、景気良く何発かいくか?
「鬼は〜外!」
「ッてめ」
 化け物を斬り伏せた海が忍の方へに完全に振り向いたが、その表情はふざけあっている時の顔とは違い
あおく凍りついていた。
「忍さん!」
 気配を察知していた柚が叫んでいる。
「え? なになに?」
 それが忍の最後の言葉だった。
 後ろから現れた化け物に気づく事無く、頭から丸のみにされてしまったのだ。
 化け物は一匹で無く、狭い廊下では全て数え切れないものの数十匹は居る様に見える。
 いくら虎の子の豆があるとは言え、四人では相手に出来るどころか、逃げ切れるかどうかも怪しかった。
「ごめんなさい! 何故か今、先に気配が感じられなくて!」
「柚の所為じゃない、兎に角今は豆を投げながら逃げよう」 
 海は落胆する柚の肩に手を置く。 
「……それじゃ駄目でござるよ」
 何時の間にかロビーナが豆を投げながら彼らの前に立っていた。
「あれだけの数、逃げ切れるとは思えないでござる」
「でもじゃあどうし……」
「少年」
 ロビーナが振り向いたのは話してた海の方では無く、三月の方だ。
「先程倉庫であたいを助けてくれた姿、格好よかったでござるよ」
「え? あ。ああ、あんなの別に」
「そのように照れなくてもよいでござるよ。
 悪鬼からあたいを護ろうとする少年の熱い心、しかと受け止めたでござるからして」
「え?」
「長い人生、一度くらいあたいと結婚するのも良いでござろ?」
「ええ!?」
「無事にこの戦場を生き延びたらでござるが!!」
 ロビーナは化け物の群れに飛び込んで行く。
「ロビーナ! 駄目だ! 戻ってよ!!」
 三月の声はもう届かない。
 海と柚は互いに目配せし合うと、ロビーナの元へ向かおうとする三月の手を引き走り出した。
 彼女の気持ちを無駄にしてはならないと。
 後ろ髪を引かれる思いを断ち切って。



 その惨劇を、反対から見て居る者達が居た。
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)だ。
 しかし盲目の日奈々には何が起こっているのかは分からない。ただ声や臭いが感じられるだけだ。
「はう……千百合ちゃん、今のは?
 また化け物が――」
「何でも無いわ、日奈々。
 もう一度部屋に入ろ?」

 ――まずい事になったわ。

 千百合が日奈々の手を引こうと手を取ると、細いの彼女の左手の薬指に嵌められた指輪が
自分の指の中で感じられた。
 一見シンプルな銀の指輪だが、自分達の誕生石が散りばめられ、スチータスの花の装飾がされたものだ。
 そのスターチスの花言葉は「永遠に変わらない心」と「変わらない誓い」。
 この指輪を日奈々に贈った時の「永遠に」「変わらない誓い」。
 それは日奈々を守るという事。
 ――大好きだから、大切だから……あたしが守る、絶対。
「日奈々、ちょっとここにしゃがんでくれる?」
 千百合の言葉に、なんだか分からないままに体育座りする日奈々。
 そこは教卓の下だった。
「千……百合ちゃん?」
「日奈々、今からあたしちょっと留守にするけど、あたしが戻ってくるまでここから動かない様にね」
「え? え?
 ……千百合ちゃんは? どうするつもり、なんですかぁ……?」
「少し様子を見に行ってくるだけよ」
 握っていた手を名残惜しくも離すと、日奈々が寂しそうに瞳を潤ませる。
「そんな……一人で?」
「だーいじょうぶ!
 ちょろっと見てくるだけだし、全部終わったらイイコト、しましょうね」
 不安そうな日奈々の額に小さなキスを落とすと、千百合は教室を後にした。
「はぅ……ちゃんと、戻ってきて下さいねぇ……」
 千百合が去り、教室に沈黙が訪れる。
「……うぅ……千百合ちゃん……」
 ぽつんと呟いた時だった。

 ピィイイイイイイン 

 マイクのハウリングの音に、日奈々が悲鳴を上げ飛びあがる。
 勢いで頭が教卓に当たってしまった。
「いた、たたたた……なぁにぃ?」
 ハウリングの音に続いたのは、低く響く男の声。

『私の声が聞こえるか? 私の名は……

アクリト・シーカー(あくりと・しーかー) だ』