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悪意の仮面・完結編

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悪意の仮面・完結編

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 何度邪魔をされても、何度くじけそうになってもあきらめず、自らの欲望に突っ走る。それが仮面装着者の悲しい宿命である。
 セイニィはこのままでは、命燃え尽きる時まで、貧乳強盗として生き続けるしかないのだ。
 そしてまた、犠牲者がひとり……
「巨乳は滅ぶべし!」
 すっかり乾いて復活したグレートキャッツで切り裂かれる胸元! だが、飛び散ったのは血しぶきではない(当たり前だが)。ばらばらになった胸パットだ。
「これは……まさか!」
「やーい引っかかったなバーカバーカ! こんな深夜にメイドがひとりで歩いてるもんかよ!」
「くうっ……!」
 メイド服で女装した風森 巽(かぜもり・たつみ)が男の胸をさらしながら叫ぶ。ざわつく貧乳強盗団の前で変身ベルトを起動し、1ミリ秒で仮面ツァンダーソークー1へと変身を遂げた。
「同じく、罠をかけさせてもらったよ!」
 逃げ場をふさぐように現れる松本 恵(まつもと・めぐむ)
「い、一応言っておくけど……女装って、普通はそんなにしないものよ」
「うっせー! こっちだって好きでやってるわけじゃねえ!」
「僕はそういうわけでもないけど」
 仮面を着けたセイニィに指摘されて、仮面の奥で涙を流す巽と、まんざらでもない様子の恵。
「目を覚ましてよ、セイニィ! こんなの……悲しすぎるよ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、三方めをふさぐ形で立ちはだかる。
「貧乳強盗団なんて……いくら巨乳がにくいからって、こんなのあんまりだよ!」
 あふれそうな涙を抑えながら、訴えかける美羽。
「こうなるとね……もう、戻れはしないのよ。世の巨乳が全滅するか、それともあたしが燃え尽きるまで」
「そうとも!」
 どすっ!
 頭上から落下してきた何者かが、その両手に掲げた旗を地面に突き立てた。
「この真っ平らな胸こそ、凹凸に発展した巨乳キャラ溢れる蒼空のフロンティア文明を全て更地にする神の意志! 貧乳に訪れた救いの時にして、巨乳の黄昏(チチナロク)の到来だ!」
 はためく旗を掲げて叫ぶ武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。その顔には、黒く塗りつぶされたような悪意の仮面。
「……まさか、貴公」
 嫌な予感がして、巽が聞いてみた。
「セイニィ親衛隊隊長、武神だ。ちっぱいを汚すものは誰も許さん!」
「戦力が不足してきたからそこでスカウトしてきたのよ」
「この場には男と貧乳しかいないようだな」
「大人しく去るか、強盗団に入るなら見逃してあげるわよ」
「さっきから黙って聞いてれば……」
 身を隠していたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が据わった目を、強盗団に向けている。
「胸が大きいからって得なことなんて何もないんですよ。大きくて邪魔だし、重いし、ばばくさいだの大木だのご神木だの縁起が良いだの……」
「あんたの方こそ、あたしの悩みなんて何も分かんないでしょうよ! 持つモノの余裕を見せつけて、それで勝った気!? 血は吸う側だけど乳は吸われる側って!? はん!」
 やけを起こしたように叫ぶセイニィ。
「お、おい、落ち着け」
「なんだか、お互いに主張がすれ違ってるような」
 ルシェンについてきたのだろう、榊 朝斗(さかき・あさと)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が呟く。だが、一度燃え上がった火がそうそう落ち着くはずもない。
「もうこうなったら! やっちゃいなさい、構成員A!」
「ちっぱい万歳!」
 諸手を挙げて突撃する牙竜。どんな形でも、戦いが始まったのだった。


「巨乳にあっては巨乳を狩る! 貧乳こそが正義だ!」
「その通り! いけー!」
 牙竜が突っ込む後ろで、セイニィが旗を掲げる。それに応じて、同じ仮面を着けた女たちが一斉に路地から現れた。その様は、さながら革命を描いた絵画のごとし。
「こんなに数が多かったら、セイニィに近づけないよ!」
「まずは、この親衛隊とやらを片付けないといけないみたいだね」
 セイニィを速攻で叩こうとしていた恵が、困ったように言うのを、朝斗が呟く。
「巨乳は混沌と不調和そのもの! この地平の調和のためには無駄なものだ!」
 叫びながら、巨大な斧を振りかざす牙竜。実力は一級なのがまた、たちが悪い。
「私だって好きでこんな体型になったわけじゃないんですよ! あなたたちに分かりますか!?」
 ついに怒りの臨界点を超えたらしい。ルシェンの怒りのオーラじみて、酸の霧が一斉に広がる。
「……むうっ!」
 苦しさと、腐食される斧にうなりを上げる牙竜。だが、ここで止まるわけにもいかず、斧を一気に振り下ろす。
「……はあっ!」
 飛び出した巽が両手に構えたトンファーでがっきと斧を受け止めた。ぎりぎりと、一瞬の拮抗。
「お前も巨乳の味方をするのか?」
「俺は胸の大きさで敵味方を決めたりはしない!」
 突き返す巽。距離を離した二人が、再びぶつかり合う。
「俺は蒼い空からやってきて! 溢れる悪意を砕く者! 仮面ツァンダー! ソゥッ! クゥッ! 1!」
 素早い連打が牙竜の体を打つ。反撃のために振りかぶった腕を、巽の掌底が受け止めた。
「何をする気だ……やめろ!」
「そう言われて止めるわけにはいかない! ……青心蒼空拳! 一死七生撃!」
 がーーーーーん!
 鐘を打ち付け合うような激しい打撃音。巽の仮面が、牙竜の顔に着けられた仮面を打ち割っていた。
「……って、それ単なる頭突き……」
「一死七生撃!」
 ツッコむ恵に、言い張る巽。倒れ伏す牙竜が、最後の力を振り絞って、がばと上着を開いた。
「……それは!」
 親衛隊の仮面をひとつずつ丁寧に外していたアイビスが声を上げる。いつの間にか、その上着には機晶爆弾がセットされていたのである。
「正気に戻る前に、最後の花を咲かせよう……貧・乳・万・歳!」
 ちゅどーん!
 街の一角が爆発に包まれた。


 ぱらぱら……粉じんが飛び散り、それはもう凄惨なことになっている路地裏。
 すっくとたった長身の女が、こめかみをひくつかせている。
「ふ……ふふふふ……ははは……もうこうなったら自棄よ! 仮面を外すだけじゃなくて、その体に思い知らせてあげますよ!」
 高笑いをあげるルシェンが、その魔力をむちゃくちゃに吹き散らしていく。
「朝斗!」
「お、おう!」
 カプセルからジェットドラゴンを呼び出したアイビスが、朝斗の手を取って上空へ避難。
 上から見下ろすと、暴れ回るルシェンが強盗団はもちろん、戦いで力を消耗した巽やすでに倒れている牙竜を巻き込んでいるようだった。
「……とりあえず、団員たちは任せて大丈夫そうだね。近づきたくないけどさ」
 ふう、と朝斗が額の汗をぬぐった。
「……あれ、でも……セイニィさんは?」
 はたと、アイビスが首をかしげた。


「はあ、はあ……まさか、こんなに邪魔者が多いなんて……やはり、巨乳にはかなわなってわけ……!?」
 牙竜の爆発に紛れて、路地に逃げ込んだセイニィが肩で息をしながらうめく。
「もうやめようよ、セイニィ。こんなことしたって、みんなの価値観が変わるわけじゃないよ」
 細い路地で、追いついた美羽が声をかける。きっとセイニィが仮面の奥から彼女をにらみつけた。
「でも、こんなことしたってみんなに怖がられるだけだよ」
 と、コハク。それでも、セイニィは聞く耳持たず。
「止められるものなら、力尽くでやってみなさい!」
「それじゃあ、遠慮なく」
 ふと、声が聞こえた。はっとしたセイニィの振り返った先にあったのは、銃口である。その狙いは、仮面ではない。明らかにセイニィの体を狙っていた。
「っ!」
 銃声と同時に猫のような動作でセイニィが飛び上がる。銃弾は一瞬前までセイニィの胴があった場所を通り抜ける。
「……ピアノ!」
「はーい」
 銃を撃った本人……炎羅 晴々が声をかけると同時、こちらも隠れていたのだろう、ピアニッシモ・グランドの両手がセイニィの顔にのばされる。
「……巨乳にだけは、やられるわけには!」
 こうなってはもはや意地である。グレートキャッツを振りかざしてけん制し、壁を蹴って起動を変える。
「……ごめん!」
 コハクは一瞬の迷いの後、襲撃者を止めるよりも、セイニィの仮面を奪うことを優先した。酸性を下げたアシッドミストが広がる。霧の湿気でセイニィに水を浴びせる作戦である。
「うう……っ!?」
 狙い違わず、湿気を帯びたセイニィの動きが鈍る。そこへ、急加速をかけた美羽が追いすがる。
「……これで、目を覚まさせてあげる!」
 思い切り振り上げた手を、セイニィの横っ面に振り下ろす。……すなわち、全力のびんただ。
「はぐっ……!?」
 ぱきん、と仮面を粉々に砕かれながら、セイニィ自身も地面に落ちた。
「あーあ。壊れちゃったのか。……オリジナルのが欲しかったのに」
「マスター、よかったの?」
「こんなものに頼らなくたって構わないさ」
 一瞬のチャンスにかけて外したのだから、これ以上首を突っ込むつもりはない。晴々とピアノがまた、闇の中に戻っていく。
「きゅう……」
「だ……大丈夫かな?」
 頬を腫らして気絶しているセイニィの前にかがみ込み、一応の治療を施しながら呟くコハク。
「ま、まあ、ちょっとお仕置き、ってことで」
 自分でもやりすぎたかな、と心の奥で呟きながら、美羽は自分を説得したのだった。