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悪意の仮面・完結編

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悪意の仮面・完結編

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「いざ! 尋常に! 決闘を!」
 夜のしじまに鋭い叫びが響く。
 叫んだ女は吸血鬼。名は茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)。構える剣は梟雄剣ヴァルザドーン。夜の街で、存在感を主張するかのようなその女の元には、灯りに誘われる虫のように強者が引き寄せられる。
「あの子を止めないと! 街が大変なことになっちゃいます!」
 と、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)。すでに朱里の周囲にはがれきと化した建物が崩れている。この場に何があったのか、復元するのは難しそうだ。
「……と、言っても、あの子にどうやって太刀打ちすれば……」
 隣で呟くのは、レイカ・スオウ(れいか・すおう)。衿栖はしばし考え込んでから、
「ここで私たちが戦っていることに気づいて、誰かが助けに来るかも知れません。恐れずに、戦いましょう!」
 無茶な作戦ではあるが、ここでぼんやり眺めているだけというわけにも行かない。息を吐きながら、それでは、とレイカは手の中のショットガンを構えた。
「その勝負、受けました!」
 叫びながら、引き金を引く。ぱっと散弾が飛び散る間に、朱里も動いている。
「いざっ!」
 がっ! と、乱暴に硬いものを打ち付け合う激しい音。足下に崩れたがれきが、散弾と同じように飛び散って弾丸をはじき返す。
「ひやあっ!?」
 悲鳴を上げながら、衿栖とレイカが身をかわす。果たして、その騒ぎを聞きつけたものもいた。
「完全に器物破損……それに、傷害、決闘罪だ。止めさせてもらうぞ!」
 ピュウッ! 鋭く空気を切り裂いて、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が投げた金貨が朱里に迫る。
「これくらい!」
 ごうと旋風のように振り回される剣風が、ゴルダを追い散らす。
「大人しくすれば自首と見なしてやる! 神妙にしろ!」
「誰が!」
 朱里が標的を変えて迫る。が、それに立ちはだかるものもいる。
「決闘! 受けて立たたせてもらいますえ!」
 ポータラカ大雪原の精 エステリーゼ(ぽーたらかだいせつげんのせい・えすてりーぜ)。鋭い跳び蹴りが朱里の胴を狙うが、朱里は剣を床に突き刺して急制動。その目の前の地面を、エステリーゼの蹴りが粉々に砕いた。
「おおっ! 見て、すごいすごい!」
 ……と、拍手と歓声を同時に上げたのは、多比良 幽那(たひら・ゆうな)。エステリーゼと共にやってきたのだが、仮面の悪意が渦巻くツァンダで身を守るためか、その姿と精神が幼児化してしまっているようだ。
「そうだなあ。ほら、飲み物もあるから大人しくしていような」
 と、アストルフォ・シャムロック(あすとるふぉ・しゃむろっく)がポップコーンの袋を開け、コーラの缶を渡す。
「はーい」
 元気に両腕を上げて受け取る幽那。その周りにいる人のような植物……アルラウネたちも、そのほとんどが熱心に決闘の様子を見物している(倒れているものもいるが、誰も気にしていないようだ)。
「……外野は置いておいて、決闘の続きどす!」
「決闘罪は、両人が違反することになるんだが……ああ、まあ、いいや、とりあえず、事態を収めてから考えよう」
 エステリーゼとマイトがそれぞれに呟く。
「こっちも、行きますよ!」
「なんとか、接近することができれば……」
 衿栖とレイカも、人形と銃を手に詰め寄る。
「すごいわね。決闘というより、捕り物みたい」
「捕り物なんだよ!」
 仕方ないとばかりにスタンバトンを抜くマイト。が、朱里は自分を囲む誰かに向かうのではなく、その場で剣を低く構えた。
「喰らえ!」
 かっ! 剣から光があふれる。はじけるようなレーザーが周囲を焼き払う。幽那たちの所までは向けないのが、彼女なりの悪意の表出らしい。
「その剣! やっかいそうだ」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)がひょうとがれきの陰から飛び出し、まっすぐに突きを放つ。がっ、と朱里が剣を立てに構えて受けるが、まったくサイズの違う二つの武器は、しかし拮抗したバランスでつばぜり合う。
「私と互角なんて、ずいぶん鍛えてるのね!」
「少し、裏技も使ったがな」
 にやりと答える煉。その背後では、レーザーに打ち払われたものたちが体勢を直している。
「みんな、無事か!?」
 助け起こし、その治療にあたるのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)。共にやってきたフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が、朱里に負けず劣らずの巨大な剣を構えた。
「あの剣はやっかいです。私があれを止めますから、皆さんはその後に集中攻撃を!」
 ぱっとその背中に光翼が広がる。低く構えた体勢から、一気に突進。
「……うおっ!」
 激突の一瞬前に、煉がつばぜり合いから飛び退いた。危うく、巻き込まれる一瞬前のタイミングだ。
「受け止めてやるわよ!」
 挑戦者はいつでもウェルカムの体勢で、朱里が叫ぶ。しかし、一瞬後にはっと気づいた。剣を握る手の感覚が鈍い。刀身に霜が走り、手首が冷え切っていた。
「これも裏技ってやつでね」
「しまっ……!」
「はあああっ!」
 煉の技で手が凍り付いていることに気づいた瞬間、フィアナが猛烈な勢いで剣を振り上げていた。鈍い衝撃。巨大な梟雄剣が宙に舞い、深々と地面に突き刺さっていた。
「くっ……!?」
 びりびりと手足がしびれる。フィアナの、煉の……そして後方に控えるものたちの攻撃が来る。そう察した朱里は、ぱっときびすを返した。
「逃げるつもり! 追いましょう!」
 衿栖が意外そうに声を上げる。が、すぐにそうではないことが分かることになる。


 朱里が駆け込んだのは、駐車場だ。
「まさか……!」
「そのまさか!」
 失った剣の代わりに、留められている自動車を持ち上げ、振り回す。吸血鬼の持つ人外の膂力と、梟雄にふさわしい腕っ節によってなせる技だ。
「……あれ、どうするんだ?」
 なんとも規格外の戦いぶりを見て、なぶらがぽつり。
「考えがあります。なんとか、接近することができれば……」
「よし、やってみて!」
 レイカの言葉にゴーサインを出したのは、他でもない幽那(ついてきた)である。そうとなっては、エステリーゼは乗ってみようと頷いた。
「そしたら、うちらであの人の気を引きつけますさかい、あんじょうよろしく頼みますえ」
 と、言うなり走り始める。となれば、もはや作戦開始だ。他のものが同様に走り始める。
「かかって来なさい!」
 朱里がフロントドアを引きはがし、投げる。
「まったく、もう! 早く元に戻ってください!」
 衿栖の操る人形が立ちはだかり、ドアを弾く。
「……このっ!」
 今度は、頭上に車を持ち上げた。そのまま振り下ろすつもりだ。
「させるかっ!」
 素早く踏み込んだ煉が、籠手に包まれた腕でそれを受け止める。びしりと、衝撃に耐えきれずに足下の床がへこんだ。
「補陀落客雪拳……大旋空重墜脚!」
 高く飛び上がったエステリーゼが、体ごと旋回するような鋭い蹴りを放つ。すっぱりと、掲げられた車が両断された。
「……くううっ!」
 朱里は壊れた車を二人に押しつけるように手を離し、別の車を武器にしようと手を伸ばすが……
「悪いな、そうはさせない!」
 横から伸びてきたマイトの手が、その腕をつかんだ。体重移動をかき乱すような回転の加わった投げが、朱里の体を壁にたたきつける。
「このっ……!?」
 乱暴に跳ね起きようとする朱里の目前に、迫るものがあった。
「……行きますよ!」
「構わず、このまま!」
 ぱっと飛び散るような閃光。全力で加速するフィアナの腕の中で、レイカが銃を構えていた。
「これが私の全力です……受けてください!」
 フィアナが空中で腕を放す。ブースターを切り離したロケットのように突っ込むレイカの腕と銃を、いくつもの鎖が巻き付き、締め上げていた。
「……ああああああっ!」
 自らの魔術に悲鳴を上げながら、激しい雷を撃ち放つ。朱里が壁際から身を起こすよりも早く、その仮面が砕かれていた。
「……ああっ!」
 あれだけの加速がついていながら、強化された魔術の反動で吹き飛ばされるレイカ。
「わわわっ!?」
 その体を受け止めるために飛び出した衿栖だが、反動を押さえきれず、さらに後ろへひっくり返りそうになる。
「……っと」
 さらにその背中をなぶらが受け止めて、なんとかドミノ倒しは防がれたのであった。
「無茶しやがる……っと、こっちは……
「……きゅー」
 マイトが確認するようにのぞき込む。朱里はどうやら、激しい戦闘とダメージでノックダウン状態のようだ。
「ひとまず、蒼空学園まで護送しよう。でも……」
「ああ、治療も必要だな」
 ぼろぼろになった駐車場と学生たちを見て、煉が肩をすくめた。
「あのー……何というか」
 何かを言いかける衿栖に、フィアナが首を振って制する。
「分かっていますよ、仮面のせいですし……それに、全力でぶつかれて、少し楽しかったです」
「そうどすなあ、たまにはこういうんも刺激的でええんと違いますか」
 と、エステリーゼ。
「すごかったから、よし!」
 幽那も、やはり無責任に頷いている。
「あ、あはは……ごめんなさい……」
 と、ひとまず代理で謝る衿栖だった。