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【●】光降る町で(後編)

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【●】光降る町で(後編)

リアクション

 同時刻、町外れ。
「……なに、あれ……」
 月夜が青ざめた顔で呟く。
「あれが、超獣…」
 避難の指揮を執っていたルカルカも、思わず動きを止めてそれに見入り、氏無が口を歪ませたような苦笑を浮かべる。
「……こりゃあ、アーケードがあって良かったかもしれないねぇ」
 あんなものを見たら、パニックじゃすまなかっただろうね、とぼやくように言った。


 それは、異形以外の何物でもなかった。
 殆ど黒に近い灰色の燐光を淡く纏う巨大な胴体は、ゼリーのようにぶよぶよとしており、爬虫類を連想させる体型をしている。だが、そこから足のようにずるりと伸びる大小様々な無数の手は、人のそれに似ていた。特筆すべきは頭部と思しき場所で、灰色に濁った目が一列に並び、その下にある一文字の裂け目は恐らく口だろう。
 百足に良く似た巨大なオオサンショウウオ、というのが近いかもしれない。
「超獣って言うよりあれじゃ化け物さぁ…」
 キルラスも思わず呟く。超感覚を発現する獣の耳と尻尾が、本人の意識に寄らず警戒に逆立っていた。とてもではないが、嘗ては神聖視されていたとは思えない。
「エネルギー体に意志のようなものが発生しただけだ、っていうからね。媒介者の意識を反映した見た目に変化してるんだろうねぇ」
 こんな状況でありながら、相変わらずの語調で氏無が言うと、避難経路の一つを担当していたマルティナから、緊迫した通信が飛び込んだ。
『黒い腕が、大通りを中心にどんどん増えてますわ。このままだと、中央が孤立して…』
 その声が最後まで言い終えるより早く、氏無は振り返りもせずにルカルカに視線を投げた。
「トラック、飛空挺の侵入を許可する。退路は北を避け、町の視認ぎりぎりの距離まで退避」
「了解」
 即答するルカルカ達が踵を返すのを待たず、回線先のマルティナに、というわけで、と話を戻す。
「そこに誰がいる?」
「契約者が一名と、自分、エイスハンマーと、ベルティの二名ですわ」
 名前を確認すると、地図データにあれこれと忙しなく何事か書き入れながら氏無は指示を続ける。
「南側大通りから、救助用のトラックが向かってる。ベルティ、エイスハンマー両名は現場を維持。それから、ええと?」
「レン・オズワルド」
 意図を悟って即座に名乗ったレンに、今までの口調が僅かに速度を落とした。
「君は、自分の身は守れるね?すまないけど、余力があるなら…」
「判っている。町の人や観光客の安全確保に協力する」
 最後まで言わせず、当然だとばかりに返る声に、氏無は見えないのを承知の上でその頭を下げた。
「感謝する」
 そんなやり取りをしながらも歩き続ける氏無の横をついて行きながら、太郎がその横顔に声をかけた。
「何か手伝うことは」
 その言葉に、氏無は一瞬目を細め、ふう、と息を吐き出した。
「……ボクはここから動けない。シュミット大尉と一緒に、こちら側に避難してくる人を誘導するのを手伝ってもらえないかな」
 あれの正面を通るわけにもいかないからねえ、と苦笑する視線の先の異形に、太郎も頷いた。
「判った」
「こっちだ」
 丁度その時、北大通に居た人々を誘導していたクレアが到着するところだった。一人で警護し続けるには、その人数は多すぎる。すぐさま太郎も援護の為に駆け寄ったが、それより早く、最後尾から黒い腕が忍び寄っていた。
「急げ……!」
 叫んだが、遅い。今まさにその手が最後尾の女性にかかろうとしていたその瞬間、銃声が連続した。キルラスの銃が、正確に女性を避けて黒い腕を撃ち抜いたのだ。闇をまとわりつかせた漆黒の魔弾は、一撃で腕を霧散させていく。
「後方は任せるさぁ」
 安心させるようにそう言ったキルラスに、感心したように氏無は「へえ」と呟いたが、からかうのも忘れない。
「頼もしいねえ、にゃんこスナイパー」
「だからっ、にゃんこ言うなさぁ……!」
 フーッとそれこそ猫のように尻尾をぶわっと逆立てたが、その語調のせいでいまいち怒っているのは伝わらなかったようだった。




「大丈夫、すぐに助けが参りますわ!」
 マルティナが安心させるように言ったが、町は混乱のただ中にあった。
 地面から生えて来る黒い腕は、何かを探すように這いずり回り、見境無く人間に掴みかかろうとするのだ。一本一本の腕は細く、密度の濃い霧程度の強度しかないが、払っても払っても、後から後から湧いて出て来てきりがない。 メルキアデスと二人、外に最も遠いために逃げ遅れてしまった人々を、ストーンサークルに集めたまでは良かったが、その周辺の陣を保つのが精一杯なのだ。
「くそ、しつっこいな……っ」
 メルキアデスが思わず吐き捨てる。なんとかガードラインを割らせないで済んでいるものの、確実に体力は奪われていた。
「弱音を吐くな。俺達が気弱になれば、皆が不安がる」
 そんなメルキアデスを叱咤激励しつつ、ダークビジョンによって暗がりでも効くその視界に何か捕らえると、レンは真空波を放って道を切り開くと、誰が止める間も無く、そのまま腕の群れの中へと飛び込んだ。逃げ遅れたのだろう、腕に纏わりつかれてぐったりとなった少女を抱え上げると、ゴットスピードで離脱してストーンサークルへ戻ってくる。
「この腕が、即座に命を奪うものじゃないのだけが幸いか……」
 呟く顔は苦く、少女の身柄を引き受け、
 女王を失っても、その封印の効力は失っていないのか、ストーンサークル付近は腕が生えてくる様子はない。だが、近づけないわけはないのだ。人々にその手が触れないように、洞窟から戻った面々も、体に鞭打つように協力して防御網を張っていたが、救援のない消耗戦に、次第に息が上がりつつある。
 少しずつ、少しずつ、人の輪が狭まっていく。このままでは、トラックの到着の前に、黒い腕に埋め尽くされていそうだ。誰もがそんな不安に表情を固くした。その時だ。
「させないわ……っ」
 リカインが、人々へと迫り来る黒い腕の群れの前へと躍り出たのだ。その身一つでありながら、きっと強い意思を秘めた目が腕たちを見据えると、すうっと息を吸い込み、咆哮を放つ。びりびりと空気をふるわせたその音は、心なしか腕の輪郭をぶれさせたように見えた。それを目ざとく捕らえ、閃くものに口を開いたのはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。
「アナグラムだ!」
「歌の詞を、歌い替えて。思いつくままでいい」
 天音がブルーズの発想に気がついて補足する。難しい要求だったが、迷っている暇は無かった。
「―――ッ!」
 それは、ただ原文を並び替えただけの、粗いものだった。だが、元々の力ある言葉が含まれたその歌は、咆哮のように空気を震わせると、エネルギーが逆流するようにして黒い手が崩れるように霧散した。併せてペトも歌を重ねると、光へと変じた力が共鳴し、黒い手の発生を僅かに鈍らせる。
「……っ、効いてる」
 キューが目を見張った、その時だ。その歌への拍手か何かか、というタイミングで、飛び込んできたのは何故か花火だ。
「おお、みんな無事みたいやね」
 その後に続く社が、リカインたちを見て安堵の息を漏らした。彼もまた、黒い腕を花火を使って撃退しながら、取り残された人がいないか探して回っていたのだ。そして。
「お待ちどうの、救援や!」
 言うが早いか、いつの間にか町の至る所に仕掛けていたらしい花火のうちの一つを吹き上げさせると、それを目印に、メシエの放ったサンダーブラストが閃き、黒い腕が蹴散らされると、その隙から飛び込んだ救助用のトラックが、土煙と共にギキイッとブレーキ音を響かせた。
「お待たせ!」
 トラックの上から飛び降り、その動作と同時に。周囲の腕をファイナルレジェンドで払って場を確保すると、面々は、即座にメシエと共にその場を維持させる者と、エースと共に避難の手助けする者とで別れて人々をトラックへと乗せていく。最も体力の低い老人や子供、それから腕に襲われたものや負傷者を第一便にして、ルカルカがその護衛につくのを見やり、前へ出たのはスカーレッドだ。
「目標、南大通り」
『クリアだよ』
 短い言葉に即座、氏無の応答が入る。その回答に、スカーレッドは愛用の鎌を構えて口元を引き上げた。
「退路を確保するわ。アクセル最大で突破なさい」
 いいわね、と、ハンドルを握るダリルが頷くのを確認するのも待たず、バチバチ、と周囲に火花が散るのが見えるほどの気迫を込めると、スカーレッドは光の刃が輝く鎌を振り下ろした。瞬間、幾重にも折り重なった光の刃が、大通りにひしめいていた黒い腕を、鍵爪で布を裂くように根こそぎなぎ払っていった。
「……ッ」
 その威力に一瞬息を呑んだものの、ダリルはすぐに我に返るとアクセルを踏み込んで、開かれた退路にトラックを走らせた。

 
「お前も無事でよかった」
 第二便以降のトラックも発進をはじめ、小型飛空艇なども併せての避難が慌しく行われる中、何故か民間人の中で一人残っていたディバイスの姿を見つけ、淵は安堵に息をついたが、その様子が少し、可笑しかった。その目はじっと、ストーンサークルの中心を見つめている。だが、そこには視認できるものは何も無いのだ。突然の出来事に混乱しているのだろうか、と、ディバイスを自前の箒に乗せるべく淵は手を伸ばしたが、それをするりとすり抜け、ディバイスはゆっくりと中心へと近づいていく。
「……っ」
 まるで誘われているかのような様子に、タマーラがぎゅっと掌を握って首を振り、止めようとするが、そんなタマーラに、ディバイスはゆるゆると首を振った。
「違うよ……わかるんだ」
 その横顔は、口を借りられていた時の空ろなものではなく、彼自身の強い意志がある。その目に、タマーラが止めるのを一瞬躊躇った瞬間、ディバイスの小さな手が何かを掴んでいた。
「おい、何をして……」
 そんな二人の様子に、無理にでも箒にのせようと振り返った淵は、そんな状況ではないと判っていながら、目を見開いて言葉を失った。
 握り締められたディバイスの掌から、淡く光が漏れているのだ。いや、漏れているのではない。ディバイスの掌そのものも、淡く光を放ち始めている。まるで、その中へと光が入っていくように。
「おい、ディバイス、その手を離せ……っ!」

 淵の叫ぶ声も虚しく、それは、次第に光を増していき、そして一層の輝きがその体を包み込んだ次の瞬間――……


 ――……少年の姿は、無くなっていた。