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リアクション
2
一度決断を終えてからの、クローディスの対応は素早かった。
地上はツライッツに任せ、調査団員たちを各柱に配置し、録画、撮影手段を持つ契約者たちがデータの保存を確認したところから、その柱に刻まれた星座を削っていく。そうして、星座との接続を切って、その下にあった本来の封印の碑文を復元しようというのだ。
「この柱のエネルギーの貯蓄能力は、柱本来の機能のようだからな」
エネルギーを保有したまま、かつて覆いのあった場所へ柱を設置すれば、元々の要であった太陽の球体の代わりになるはずだ。
「ただまあ、危険は皆無じゃないがな」
クローディス自身がスカーレッドに教えたことだが、継続を必要とする術式は、それを途絶えさせた時、あるいは途絶えさせようとした時に、何らかの逆流が起こらないとも限らないのだ。
「しかし、この溝が逆に封印強化に利用できる、というのも皮肉だな」
今までの情報から見て、その柱を地上の八芒星と同じ順番と位置に配置すれば、蓄積された力と、封印された「何か」との引き合う力によって、恐らく封印は破れたのだろう。床を這う溝はそのために、書き込みを信じるなら賢者の手によって掘られたものなのだ。封印を解くために作られた溝が、今は逆に強化の為に使われるのは、クローディスの言うように皮肉な話である。
『元々封印を解こうとしていたのに、何故賢者はこの町を後にしたんだろうね』
その合間、ツライッツがストーンサークルの碑文を地下に転送するのを手伝いながらの北都の言葉に、クローディスも難しい顔だ。
「判らないな……裏切ったのか、それともそれすら約束の内だったのか」
地輝星祭が繰り返されていけば、いずれ封印されたものの力は満ち、封印は解除されてしまったのかもしれないが、待っていれば封印が解けるのであれば、こんな溝を作る必要も無かっただろうし、裏切ったのであればその仕掛けを残していくとも思えない。疑問に首を捻っているクローディスだったが、それに対してセリオスから警戒する声が上がった。
「地下の気配が、強くなっている感じがする」
恐らく、封印が弱まっているのにあわせて、地輝星祭が生んだ力が大きかったためだろう。こうしている間にも、封印されたものへ力が送られ続け、その分それはその力を増しているはずである。そしてそれは恐らく、封印に最も深い関わりがあると思われる『声』の主にも同じことが言えるはずだ。
「ふむ」
考えるのも一瞬。クローディスは最初に声の聞こえてきたドームの中央へと進むと、その底へ話しかけるように口を開いた。
「……私の声は聞こえているか?」
その呼びかけの後暫く。ノイズのような音がしたかと思うと、その声は応えた。
『――……ああ、聞こえて……いる』
瞬間、地上側にいた何人かが顔色を変えた。
『その声……っ」
『ディバイス少年の口を使った、あの声と同じであります……!』
封印を解こうとしている存在への不信感が高まっている中での、その地上での声とが一致している、という事実に、皆の間で緊張が走る中、クローディスは息を吸い込んだ。聞きたいことは山程あったが、地下の力が増大しつつあると言う中で、余計な質問をする暇も、躊躇っている暇も無い。「端的に言う」そう前置いて、言い辛そうに、けれどはっきりとした声で、クローディスは口を開いた。
「封印は、解かない。古に嘆く者、とやらにはすまないが、このまま眠り続けてもらうぞ」
クローディスがそう言い終えるのと同時、皆は思い思いに身構えた。声の主が封印を解かせようと、実力行使に出るのを警戒してのことだ。だが。
『――……そうか』
長く重たい沈黙の後、返されたのはそんな一言だった。
『ならば――急げ。綻びは……既に、大きい』
その言葉に、意外な思いでクローディスが目を見開いた。とっさに言葉が出ない彼女の代わりに、エールヴァントが疑問を投げかけた。
「あなたは、封印を解きたかったんではなかったんですか?」
取り戻したい。声は確かにそう言っていた筈だ。そう追求すると、また間を空けて、声は「そうだ」と答えた。
『だが、俺は……内、月の象、その影……眠りの守……望む、は、ただの願い』
ノイズに紛れ、聞き取り辛く掠れた声が続ける。最初に声のした時もそうだったが、その妙に断片的な物言いといい、声をこちらに届かせるのに、何かの障害があるようだ。だが、そんな中にも、複雑な感情を混ぜこぜにしたような音で、封印の強化に対して複雑な思いがあることを滲ませる。声の主自身には、封印を解く事に何かの強い願いがあったのだろう。クローラは僅かに、申し訳ない気持ちで顔を伏せた。
「すまないが、俺たちもここで生きていかなければならない」
搾り出すように漏らされた謝罪に、声は『謝罪は――不要』と静かに応えた。
『願いは……俺の、我儘だ。』
切れ切れながら、様々に入り混じる感情が伝わってくるのに、再封印の準備をする皆の手の動きが鈍る。恐らく、封印を強めてしまうと言うことは、この声の主も共に封じ込められてしまうだろうからだ。そうなれば、この封印についての最大の情報源を失ってしまうことになる。真相を惜しんだもそうだが、何より、恐らくずっと長い間待ってきただろう存在を、その願いを断ってしまうことへの罪悪感が、既に決断したことであっても、皆の間にじわじわと広がっていく。
「まだここで、全部が終わったわけじゃあないだろう」
そんな中、重くなった空気を払うように、ふうっとクローディスがため息をついて、に、と強気の笑みを浮かべた。
「方法はあるはずだ。町を危険に晒さず、お前の望みを叶える方法も」
諦めるのはまだ早いぞ、と続けるクローディスに、声の主も虚を突かれたように一瞬黙ったが、そうだな、と応えた声は優しい響きが微かに混じっていた。
その光景を見ていた白竜は、不意にクローディスに近づくと、「友人から預かったお守りですが」と、すっとその手を差し出した。何事かと首を傾げながら受け取ったそれは、亀裂の中へ入る前、天音が白竜に預けていた、ハート型をした機晶石ペンダントだ。予想外の代物に、珍しくきょとんとしているクローディスに、白竜は少し笑った。
「生きて地上に戻るべき最優先は、あなたですから」
その言葉に、ペンダントの形が否応無く持ってしまうような意味ではなく、本当にただ言葉通り、危険時の保護対象としての優先度、的な意味なのだと悟って、クローディスは軽く笑うと、勿論後に返却する、という意味も込めて「一応預かっておく」とそれを受け取った。が。
「あのなあ……」
羅儀が思わず、といった様子で白竜の肩を叩いた。
「クローディスさんはちゃんと意味が判ってくれるだろうけど、誤解を与えかねない行為だぞ、今のは」
そうツッコミを入れたものの、言われた当人は意味がわからないらしい。きょとんと首を傾げる白竜に、羅儀が呆れつつも更に突っ込みを入れようとすると、それより早く「あああっ!」と二重の声が上がった。
「ちょ、それは反則だろ」
「反則、反則ッ」
ちなみに前者は政敏、後者はアルフの声である。
それでもまだ良く判っていない風の白竜が首を傾げ、その光景に皆の空気がふっと緩みかけた、その時だ。
『――……ッ、な……こ、れは、まさか――……」
「どうした?」
突然の緊迫した声に、クローディスが問いかけると、ドームの中に、突然に低い音が反響した。
フライシェイドの女王が発したのに似た、音とも声ともつかないその響きは、びりびりと空気を震わせて、皆の動きを一瞬止まらせる。
『――ッ、急げ……何か、が干渉……綻びが、裂かれ――……』
――もう、遅い
何かとは、と問い返す間は、無かった。
頭に直接響くような、今まで聴いたことも無いような得体の知れない『声』割り込んできたかと思うと、みしみしと床が軋んだ音を立て始め、まるで根をはるかのように細かな亀裂が床の上に幾つも刻まれていく。次第に大きくなっていくその亀裂が、全ての月の窪みの傍まで及んだ、その瞬間。鏡を割るような高い音を立てて、床の碑文は粉々に砕け散った。
「――……こ、れが……?」
クローディスが戸惑ったような声を上げたが、声に出さなかっただけで、皆同じく戸惑いに満ちた目で「それ」を見た。封印の床から姿を現したのは、長い灰色の髪を広がらせ、透明なガラスのようなものの中で横たわる、美しい女性の姿だったのだ。
白い肌に血の気は無く、呼吸をして居る様子も無いが、死んでいるようには見えない。まるで眠っているかのようなその姿が、何かの言葉を皆に連想させた。が、それが言葉になるよりも早く、動いたのはクローディスだった。
かろうじて修復の間に合っている柱まで駆け寄ると、殆ど力任せにそれを押す。中央の碑文こそ砕かれたものの、封印の要はまだ完全に失われたわけではないのだ。今ならまだ間に合うかもしれない、と、封印の強化を急いだクローディスだった。が、次の瞬間。
「危ない……っ」
叫ぶ声と、それは同時だった。女王に絡みついたのと同じ黒い腕が、突如床から這い出てきたかと思うと、クローディスに向かって襲い掛かったのだ。
「――ッ」
誰もが息を呑んだが、突き飛ばされたクローディスの体は、柱に背をぶつけただけで留まった。しかし。
「アルフ……っ」
エールヴァントが声を上げる。咄嗟にクローディスを庇った腕が直撃し、アルフの体が崩れ落ちるように倒れたのだ。それを咄嗟に支えると、大丈夫だ、とクローディスが青ざめた顔をしながらも強く言った。
「外傷はない。パワーを奪われただけのようだ」
すぐに回復する、と続けられた言葉にひとまずは安堵したものの、状況は楽観を許さなかった。回復の為に駆け寄ったレキと、その彼女たちを庇うように政敏が立ち塞がり、永谷達も他の調査員たちを庇うように展開しつつ壁側まで後退した。姿こそ見えないが、ざわざわと背中を粟立たせるような何かが、ドームの中央に在るのがわかる。
果たして、ずるりと這い出した腕を従えるようにして、輪郭のぼやけた燐光の塊のようなものが床から湧き上がったかと思うと、横たわる女性の傍らで揺らめきながら、それは低く笑うような声を漏らした。
『――予想外だったよ。まさか、封印を解くどころか強めようとするとはな』
中々思うようには行かないようだ、と、漏らすその声は、先程までドームに響いていた声、そしてディバイスの口を借りた声と同じ声色だったが、その雰囲気はまるで違っていた。阻害のないクリアな声は、その端々から敵意のようなものが滲んでいる。
『惑わされてくれるかと思ったが、言葉が足りなかったか』
あの子供は、媒介者としてはいまいちだな、と続けた声に、通信越しにニキータが『馬鹿言うんじゃないわよ』と憤りを露にした。
『勝手に子供の体を借りといて、なぁにその言い草。そんなだから、信用できなかったのよ』
だがその言葉を、声の主は鼻で笑うと、「まあいい」とまるで気にする風もない。
『あいつを苦しめるのは本意じゃないが、こうなっては仕方がないな』
独り言のように呟くと、燐光はゆっくりとその形を変え、白い人の形になると、高々とその手を掲げた。
『真の王を名乗る者よ、今こそ我、アルケリウスとの盟約を果たす時。望まざる眠りを受けし者に、超獣の力を!』
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