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リアクション
第二章:地の底の意思
同じ頃。
地下では、ディバイスの口を借りた「誰か」とそっくりな声が消え、皆がそれぞれ調査に戻る中、「どうしました」と叶 白竜(よう・ぱいろん)が、浮かない顔をしているクローディスに声をかけた。
「いや、何でもない」
クローディスは首を振ったが、白竜は逆に目を細めた。
「……何か、予想と違うことがありましたか」
その言葉と探るような目線に、クローディスは軽く目を開く。どうやら白竜は、彼女がまだ何か、皆に話していないことがあるのではないか、と疑っているようだ。果たして、やや諮詢した後、クローディスはふう、と息を吐き出した。
「どちらかと言うと、逆、だな」
その言葉に、どういうことか、と問いかける白竜の視線に、クローディスは「フレイム・オブ・ゴモラを覚えているか?」と続けた。
予想外の単語に軽く目を開く白竜に構わず、クローディスは説明を続ける。
「あれのログの断片を調査していたら、攻撃対象候補の中に、ここの座標が含まれていたんだ」
その一言に、その兵器の名前に聞き覚えのある者が、何とも言えない顔をした。
「でも、あの兵器は人口密度を基準にしてたんじゃなかったっけ?」
五千年前なら、この町より栄えていた場所は他にも一杯あったはずだろ、と世 羅儀(せい・らぎ)が疑問を口にすると、勿論、とクローディスも頷く。
「その通りだ。ログもかなり断片だったし、単に空京を中心にした設定範囲の中にこの座標が混じっていただけなのかもしれない」
だが、とその表情は優れない。
「人口密度が高い、と誤認する要素がこの場にある、という可能性がある」
例えば、この場所に封印されている「何か」が、特殊な性質を持っているのかもしれないし、封印そのもののエネルギーに誤認させる要素があるのかもしれない。勿論、ただ設定範囲の中で人間が存在している場所、としてだけの意味で候補になった可能性も捨てきれないが。
だがもし、前者であるなら、この場に封じられたものの大きさはどの程度のものだと言うのか。それを想像して表情を硬くしているクローディスに、ぽん、と肩を軽く叩く手があった。緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。
「憂いてる顔もいいけど、焦りは禁物だぜ、クロちゃん」
振り返ったクローディスに、政敏はに、っと笑いかける。
「全部背負い込む必要はないだろ。俺たちもいるんだし」
な、とパートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に視線を一瞬向けてから、再びクローディスに向けなおすと、おどけるように片目を瞑って見せた。
「ひとつひとつ行こうぜ」
「……そうだな」
その言葉に肩の力が僅かに抜けたようで、くすりと小さく笑うと、すぐにいつも通りに表情を引き締めると、クローディスは自らが率いる調査団へと向き直った。
「我々は、床、壁面、通路に残る碑文や文様の調査に重点を置く。他はサポートに徹しろ」
「了解」
即答で応える中間達に頷き、クローディスは政敏ら契約者たちに向き直った。
「適材適所と行こう」
その言葉を合図に、その場の全員は頷くと、思い思いの目的と手段をもって、すぐさま行動を開始した。
「フライシェイドの女王を滅ぼした光は、儀式と関係あると思うんだよ」
女王が崩壊して直ぐ、床の紋様を録画していたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、その情報を鈴のパートナーである秦 良玉(しん・りょうぎょく)を経由して外部へと送信してもらう傍ら、その映像を見やって首を捻った。淡い燐光の残った床の光は、今は大分薄くなってしまったが、壁から柱を伝って、水路に流れる水のように、まだ床に刻まれた溝の中で音もなく走っている。
姫神 司(ひめがみ・つかさ)はしゃがみ込むと、その溝に手を伸ばし、恐る恐る指で触れた。ほんのりと暖かい光に邪気めいたものはなく、封印、という単語を連想させるような激しさが無い。それに首をかしげながら、司はその光の集約点である窪みを見やった。
月を象ったらしい円形の窪みの内側の紋様が、月の満ち欠けを示すのはわかるが、中心の碑文をぐるりと円を描いて囲うようにして配置されたそれら八つの円の、起点が問題だった。
「この床の紋様は、月の満ち欠けを示しているようだが、どちらが頂点かな」
地上で灯ったランタンの星座の数も八つ、この紋様も八つ、ということでそれぞれが対応しているのだろうが、対応する頂点が新月の方か満月の方か、で意味合いが大きく違ってくるのだ。床と睨めっこをしながら司が唸っていると「多分こっちが頂点よ」とリーンが新月の方を示した。
「柱の光と、星座が一致しているなら、点灯の順番からいって新月が北の星座の位置に当たるのよ」
記憶術で記憶している柱の点灯順を思い返しながらのリーンの指摘に、ふむ、と司は納得したように声を漏らすと、さらさら、とその順番や配置を細かにノートへと記していく。
「小アルカナにおいて棒の1は出発点。確かに、新月の位置が頂点と見て良いと思います」
その横で言葉を添えたのは、司のパートナーであるグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)だ。星座の神々を描いたとされる、長老の家にあったという絵のデータを見やりながら、それぞれの持っているものと同じ象徴を示すタロットカードを、地面の上に置きなおしたノートの上に重ねていく。
「こうやって見ると、要素が四方で分かれているように見えますね」
グレッグの独り言のような言葉に、司が覗き込んだノートに並ぶ、一本の棒、二つの杯、四本の刀、八つの硬貨、それぞれが違う方角を示している。
「棒は火、硬貨は地、杯は水、剣は風を表します。そこから逆に、他の要素を置き換えると……」
三本の花は地、五匹の魚は水、六本弦の竪琴が炎、七本の麦穂を風、とすると、丁度エリアが四つの要素で分割されているようにも見える。
「なるほど、四大元素か」
司が唸るように言うのに頷き、グレッグは説明を続ける。
「八芒星は、森羅万象、完全性を意味します」
「完全性、か……」
エリクサーでも作ろうとしたのかな、と冗談めかす司に、ううん、とレキが首を捻った。
「なんていうか、封印って感じの意味にならないのが、気になるなあ……」
言いながら、光の経路を辿るようにして録画していたレキは、最も溝の集約する月の窪みと、その上を覆っていたと思われる物の破片を眺めた。大理石に似た素材のそれは、大きさから見て、さほど巨大なものではなさそうだ。
「……ということは、この窪みに嵌っておったんじゃろうな」
その隣で、共に床にしゃがみ込むようにして眺め、ミア・マハ(みあ・まは)も首を捻る。
「じゃが嵌っておったのなら、光を止めてしまわんかの」
あるいは光の力を溜めておくものだとしても、今度は光が溝から外に溢れてしまうように思う。試しに触れてみたが、こちらには熱はなく、一見したところでは、少なくとも昨日今日砕けたというわけでもなさそうだ。
「増幅装置でも置いてあったのかの?」
「もしくは、蓋、ということも考えられませんかね」
三船 敬一(みふね・けいいち)のパートナー、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)がそんなことを言った。
「異界は実際には開かれていて、それを封じるための”蓋”……なのかもしれません」
「その意見はあたいも賛成だ」
同意したのは狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。
「気になるのは、本来の目的が”異界を開くこと”であった点です」
グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)もそれに付け加えるように口を開く。
この祭りで得る恩恵である豊穣は、その目的ではないのだ。であるなら、それは単なる副産物である可能性は高い、とグレアムは指摘する。歌にあった天蓋の奥に隠す、という言葉も、その開いた異界の入り口を、蓋を閉めて隠す、という解釈も出来なくもない。そう続けたグレアムに乱世も頷く。
「うっかり開いちまった異界のゲートが、制御できなかったのかもな」
開いたゲートから呼び出した”何か”のために土地は豊かになったが、その制御が利かずにフライシェイドも誕生するか呼び出すかしてしまい、慌てて封印した、ということかもしれない。
「だが、封印しっぱなしだと土地が枯れちまうから、年に二回、封印を弱めて祭をすることで、エネルギーの補給をしてた、とかな」
「成る程な」
その意見に、三船 敬一(みふね・けいいち)も考えるように腕を組む。
「俺は、この場所に封じられているのは、何らかのエネルギーのような気がするんだよな」
土地の豊饒化も、それが原因ではないか、と疑っているのだ。それに、そのエネルギーで動いていたのだとすれば、封印の直上に据わっていた女王が、生命体ではなかった、ということにも説明がつきそうだ。
「確かめる必要があるでしょうね」
会話に加わったのは白竜だ。
「黒崎さんも、気にしているようですし。最近砕けたものなら、サイコメトリで何か判るかもしれません」
「それなら、こちらは床の方を受け持とう」
手を上げたのは、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)と、そのパートナーであるセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)だ。
「文字の解読は本職にお任せした方が良さそうだしね」
「そうだね」
二人の言葉に、レキが頷く。
「サイコメトリが使える人は、できるだけイメージを集めてもらえるかな」
今は情報を集めないと、と続けるレキの言葉に、何人かが頷く。それを確認してから「それから」と今度は良玉に視線を向けた。
「こっちで情報をまとめたら、地上へ伝えてもらえるかな」
良玉はレキに頷くと「なら」と後を引き継ぐ。
「地上からの情報は、あたしから皆へ中継するとしよう」
個人個人で情報を散乱させるより、ある程度情報は纏めてしまったほうが効率が良いじゃろう、と続く言葉に、レキ達と共にクローディスも頷く。
「我々の情報も逐次、開示する」
よろしく頼む、と下げられた頭に、良玉が返答の変わりに笑って頷いた。
「何にせよ、封印の要となるのはこの床だろうね」
皆が手分けして調査に当たる中、床を調べていたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)の呟きにクローラも頷く。
「蓋があったにしろ、増幅装置があったにしろ、この月の円が、歌にもある”点”に相当しそうだし」
強化する方法は、この床にヒントがあるはずだ、と続けるクローラに、セリオスも頷いた。
「最低でも、今溜まってるエネルギーを散らすことが出来ればいいんだけど」」
考え込むようにしたセリオスだったが、ただ一人、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は「強化するって言ってもなあ」と懐疑的な表情だ。
「もう既に緩んじまってんだぜ。蛇口じゃあるまいし、そう簡単に強弱付けれるもんかね?」
その言葉には、三者とも思わず沈黙した。
封印というものは、その性質上、解くか封じるかの二極性のものだ。解けかかっているものを、再封印し直す、というのなら兎も角、同じくらいの強度に維持させる、というのは難しい。
「どうにかするしかない、というなら……封じるしかないだろうな」
クローラの声は、決意と同じほどの憂いがある。
「目的は定かではないが”覚悟が必要”というその覚悟を、町の人に強いるわけにはいかないからな」
「そうだね」
エールヴァントは頷くが、アルフは複雑な顔だ。
「封じなおしてもまた綻ぶ可能性もなきにしもあらずだと思うけどなあ」
だからいっそ、解いてみるってのも有りだと思うんだけど、と続けたアルフは、調査団と共に床の紋様を丁寧に調べているクローディスのほうを向いて「なあ」と声をかけた。
「クローディスちゃんだって、興味あるだろ?」
突然向けられた言葉に目を開いたクローディスだったが、すぐにそれは複雑な笑みに変わった。
「……無い、というと嘘になるな」
「変なこと聞くんじゃないよ。それより、今は調べ物が先」
クローディスの一瞬の沈黙に、その複雑な心境を感じ取って、エールヴァントは肘でアルフの脇をつついて話題を逸らすと、床のサイコメトリをクローラに任せて、情報の整理に勤しみ始めた。
そんな彼らを横目で見ながら、同じくサイコメトリで情報を集めるために、セリオスは柱の方へと近寄った。すると、そこでは一人、他の面子とは目的を異にして調べていた東 朱鷺(あずま・とき)が、首を捻っていた。
「この柱……動かせる気がするんですよね」
「動かせる?」
その言葉を聞きつけてセリオスが問うと、朱鷺は「ええ」と頷いた。その目線を追いかけて、セリオスも成る程、と納得したように呟く。地面に走っている溝は、丁度柱の太さと同じになっているのだ。そして、それぞれの溝は全ての月を象る穴と繋がっている。そこから考えると、この柱を動かすことで、この場に何がしかの影響を与えることが出来そうだ。
「現時点が正常の封印なのか、或いはその逆かは判りませんが、動かし方次第で封印は解けるかもしれません」
「あるいは、封印を強化することもできるかも」
ん。と全く正反対の意見を口にした二人は、思わず目を合わせて軽く眉根を寄せたが、両者が何かを口にするより先に「じゃあちょっと上の方も調べてみないとかしら」と、ひょい、と二人の視線の間に顔を覗き込ませたのは、いつの間にか近寄っていたヴァルキリーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)だ。どうやら、遠巻きに二人の会話を耳にして、興味を引かれたらしい。セリオスと朱鷺止まるのも待たず、ヒルダは翼を羽ばたかせて浮き上がると、柱にそってゆっくりと高度を上げた。
円柱の周りには、装飾と思われる紋様の間で、ストーンサークルに刻まれていたのと同じ形状の文字が刻まれているが、同じ文字が繰り返されているだけで、特に真新しいものは見つからなかった。
「上の方に何かあるかな、って思ったんだけど……」
予想が外れたかしら、と眉根を下げたヒルダだったが、ふと、触れた柱の感触にぱちりと瞬きした。
「あら……?」
「どうかしましたか」
上で首を傾げる気配に、朱鷺が訊ねると「うん……」と曖昧な呻きをもらしたかと思うと、今度はドームの壁に触れる。
「やっぱり」
それで確信を得たらしく、床に戻ってきたヒルダは、先を促す朱鷺の視線に頷いた。
「この柱ね、壁の素材とは違ってるみたい」
「本当?」
その言葉を受けて、セリオスは改めてまじまじと柱を見つめると、神経を集中させて掌を柱に触れさせた。
「これは、徹底的に調べる必要がありそうだね」
呟くと当時、発動したサイコメトリが、柱に残された情報をセリオスへと運んでいった。
そんな風にして、各々が調査に勤しむ間、縁の下の力持ちとして働いていた者たちもいた。
女王が消滅してしまった後も、消えることなく残っていたフライシェイド達が調査の阻害にならないよう、大岡 永谷(おおおか・とと)をはじめとして大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)と大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)、丈二、そして桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)と桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)の四者が、互いに連携を取りながら四方の守りを固めていたのである。
「しかし、女王が消えてもフライシェイドが消えないとはな」
こっちは女王と違って、死骸は普通に残るみたいだし、と今まさに打ち落としたばかりのフライシェイドを拾い上げ、永谷が眉を寄せた。
「生命体として、母体とその子供の構造が違う、ってのはどういうことだろうな」
「さあな」
答える煉は余り興味なさそうに肩を竦めた。
「とりあえず、女王が消滅したことで凶暴化する、ってことがなかったのは幸いだ」
もし先日の襲撃のように、大量のフライシェイドが一斉に暴れだすようなら、町が危険に晒されていたところだ。それが無いだけ良かった、と見るべきかも知れないが「ですが父様」と真琴が控えめに口を挟んだ。
「もっと大変なものが眠っているかもしれないじゃないですか」
その意見には「まあのぅ」と、警戒と称して、ちょいちょい女子を目で追っていたりする藤右衛門が頷いた。
「虫どもはまあ、これだけ頭数があれば何とかなりそうじゃが」
まだ何も判っていないものの相手となると、と危惧する声に、剛太郎も息をつく。
「出来れば、封印をあれこれする前に手勢を揃えられれば良いと思うでありますが……」
とは言え現状、祭の進行によって現場に変化が起こっているのだ。今から準備を完璧にしている時間も無いだろう。やや沈んだ空気の中、それを切り替えようとするように、永谷が「そういえば」と口を開いた。
「剛太郎さん達は、どうするつもりなんだ?」
「どう、とは?」
首を傾げる剛太郎に、永谷は続ける。
「俺や丈二は教導団だから、上の決定に従う立場だが、剛太郎さんや煉さんは違うだろ」
「そうは言っても自分も……」
教導団の指示の元に動いているのだが、と困ったように言いかけた剛太郎を制して「まあまあ」と永谷は笑いかけた。
「率直な意見を聞いておきたいだけだよ」
実際にはどうするかは別としてさ、とリラックスさせようとしているのか、気楽な調子で言うのに、やや考えると剛太郎は「そうでありますね」と口を開いた。
「解く解かないは何とも言えませんが、解くのであれば祭りが終わったあとにすべきではないか、とは思っているであります」
「煉さんは?」
「俺はどちらでも構わない」
興味がないわけではないだろうが、二人ともどちらかといえば「その後」の危険についてが気になっているようだ。
「町に有益なのであれば解けばいいと思うし、逆なら倒すのでもいい」
いずれにしろ現状では、判断材料が足りないな、と言う言葉に丈二も頷いたが、ですが、とも続ける。
「情報不足のほうは、そのうち埋まるでありますよ」
周囲を見回しながらの言葉には、調査を続ける皆への信頼がある。その視線を追いながら、永谷もそうだな、と頷いた。
「それまで守り抜くのが、我々の任務、というわけでありますね」
とは剛太郎だ。
そうして、再び気を引き締めて、フライシェイドの残党を警戒していたところで、柱を調べていたヒルダが、丈二の元へ戻ってきた。
「壁の様子も一応見てきたけど、新しく生まれてくる気配は無いわ」
今飛び回っている分を倒せば、とりあえずの脅威は無くなる、ということだ。それを聞いて、後ひと頑張り、とそれぞれ武器を構えなおす中、ヒルダが何故か両手に集めてきたフライシェイドの死骸を見て、丈二が嫌な予感に顔を曇らせた。
「あの……ヒルダ、それはどうするつもりでありますか?」
「もちろん、食材にするの」
にっこりと笑うヒルダの顔が、逆に怖い。
「全部終わったら、今度こそこれが美味しいってことを証明するんだから」
「そんな嫌な死亡フラグの立て方、しないで欲しいであります……」
がっくりと肩を落とした丈二に、永谷達の小さな笑い声が、通信の中に響いた。
「なんだか纏まりきらないのよね」
そんな中、俄かに集まり始めていた情報に、そう呟いたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
「何かが足りてない、そんな感じがするのよ」
「何かって、何が」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がそんな彼女の様子に首を傾げたが、その引っかかっているものに気を取られているセレンフィリティは、説明する言葉が見つからないのか、単純にまだ考えている最中なのか「何かよ」と曖昧に答えた。
「こう、もやもやっとしてる、っていうか、ぐるぐるしてないというか」
「あんまり感覚的に言わないでよ。もっと具体的というか、論理的に言えないの?」
言いながら、何故文系の人間が理系の人間にそんなツッコミを、と内心で自らにもツッコミを入れながらセレアナが問うが、これにもやはりセレンフィリティの様子は変わらず「足りてないのよね」とばかり繰り返した。
「そう……歯車かな、情報の歯車が足りてないの」
まだ、謎を紐解くためのピースが揃っていない、と難しい顔でセレンフィリティは天井を見上げた。
薄明かりが灯るドームの上、その厚い地層の上でも、皆が恐らく情報を集めてまわっているはずだ。
「それが揃ってはじめて、謎は姿を現すはず」
思いのほか冷静な物言いを珍しげに見やり、セレアナも「そうね」と頷いた。
「私たちはまだ、側面しか見ていない状態だもの」
その言葉に、今度はセレンフィリティが頷いた。
「まるで月と太陽ね……」
昼と夜、光と闇を象徴するもの。対であって裏表。揃っていてこそ世界と言う一つを示すもの。
その一言に、長老の家にあった絵や、伝承の歌の一説を思い出しつつも、大仰ね、とセレアナは肩を竦めた。
「隠されているものが、そんなに大仰じゃなければいいけど」
呟くセレアナの声は、決して大きなものではなかったが、酷く不吉な響きをドームに反響させたのだった。
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