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【第二章】21

 再び一階に戻って。

 ちなみに、その頃ジゼルはまたも上着を無くしていた。
 エースの行動に感動したジゼルは、泣いている少女を見つけると自分が羽織っていた上着をかけてやったのだ。
「これは大事なお友達に借りたものなの。そのお友達はきっと貴女をまもってくれるから、見つけたらその時ついでに返しておいて」
 そうしてジゼルは少女をルカルカたちの元へ行くように誘導してやったのだ。
 人間としては賞賛すべき行動ではあったが、またも下着姿になっているジゼルに、皆は掛ける言葉もなかった。

 で、話しは戻って。
「皆さん! 無事でしたか!!」
 パートナーの三月と合流した杜守柚は、超感覚を使ってジゼル達の元へと戻ってきていた。
 異常無さそうな皆の姿に安心した柚がふと隣を見てみると、彼女の言いつけを守って三月はそっぽを向いたままでいる。
「下着姿のジゼルちゃんや皆さんをあんまり見ないようにして下さいね。
 もし 私なら恥ずかしくて照れちゃうから……分かるでしょ?」
 柚の言葉をきちんと理解していた三月だったが、有事の際にはそうはいかなかった。

 つまりまたも強盗達が現れたのだ。
「またあの人たち、どうしよう。私脱いだほうがいいかな?
 でもこの下着が取られちゃったらお店の人困っちゃうわよね。うーん……」
 その場で考え出して動くのを止まってしまったジゼルの手を、三月は思わず掴んだ。
「ジゼル、危ないって分かってる?」
「う、うん。なんとなくわかる
 でも皆も危ないからやっぱりこれ脱いだほうがいいかなーって」
 スリップの隙間からブラジャーを三月に見せつけるジゼルに、三月は慌ててしまった。
「ちょっわわ! 兎に角俺の後ろに隠れて!!」
 三月がジゼルを庇おうと彼女を自分の後ろにやった時だ。
 彼の手がジゼルの柔らかな――平均サイズの――胸に触れてしまったのは。
「ごめん!!」
 後ろを向いているので顔を伺う事は出来ないが、三月の耳は真っ赤に染まっている。
 そこへきて初めてジゼルは何か胸に引っかかるものを感じた。
 ――胸を触ると、恥ずかしいの? なんで???
「私……何か間違ってる……??」
 直ぐに動き出した三月が霞斬りで強盗達に攻撃を仕掛けているのを、柚が彼等の足元に向かって氷術を放つのを、
 シェスティンが光の刃を振るうのをジゼルはただぼーっと見ていた。
「何か……何かおかしいような……」
 ぼんやり考え込んでいるジゼルの元へ、敵が迫っていたのだ。
「ジゼル危ない!」
 三月の声が彼女に届く前に、ジゼルの身体は後ろきた強盗の男に抱えられてしまった。
 ジゼルが悲鳴を上げて男の両腕から逃れようとすると、その喉元でナイフの切っ先が煌めいた。
「うるせぇ! 大人しくてめぇの下着を見せろ!!」
 男はナイフを持つ手の反対側の手をジゼルへ伸ばすと、そのままスリップの胸元を無理やり引っぱった。
 下着の華奢な素材は男の力に耐えられず千切れ、ジゼルの胸元と強盗達が求めていた宝石が露わになる。
「こいつだ……こいつが例のブツを持っていやがった!!」
 男は明らかに興奮した様子でそう叫ぶと、まるでもう所有物だと宣言するように腕に力を込めてきた。
 ジゼルの象牙のように白い肌に食い込んだ指の痕が赤く染まって行く。
 ナイフを持った手が圧迫しているのは喉だった為、ジゼルは声を出す事が出来なくなっていた。
 ――声が出ない。歌が歌えない!!
 セイレーンのジゼルにとって唯一とも言える攻撃、「歌」を歌う事が出来なければ、彼女は非力な少女と変わらない。
 訳も分からず生理的に溢れた涙で滲む視界には、皆が武器を構えたまま何かに耐えて居る様にこちらを見ている姿だった。
「おっと、近づくんじゃねーぜ? ちょっとでも近づいたらこの女をこの俺の剣でぶっ刺してやるからな?」
 男の挑発じみた、下卑た言葉に皆は腹を立てていたが、だからと言って迂闊に近づく事は出来ない。
 ナイフは喉元に突きつけられたままなのだ。下手に動けば男の言うようにジゼルが何らかの怪我を負うのは確かだ。
 そんな折、ジゼルの持つアクアマリンの欠片が、主人に起こった異変に反応して強い光を放つように輝きだしたのだ。
「な、なんだこりゃ!?」
 強盗がそれを見逃す訳はなく、ナイフを持ったままの手でアクアマリンに触れる。
 アクアマリンはジゼルの生命の源で、彼女を救ってくれた人達との友情の証で、今やジゼルそのものと言えるようなものだった。
 ――嫌! 触らないで! 大事なものなのよ!!
「この女、珍しい宝石を付けてやがる。金目のものか?
 いや、こんな高価なブラジャー買うくらいだからさぞかし高いもんに違いねぇな」
 男は今度は空いた手でネックレスのチェーンを引き千切ろうと手を伸ばした。
 それを何とかして止めようと伸ばした指先は、酸欠の為か酷く震えていた。
 朦朧とする意識の中、ジゼルの頭の中には走馬灯のように皆が心配してかけてきた言葉が駆け巡っていた。
 ――皆が気をつけなさいって言ってたのはこの事だったの? 気持ち悪い、怖いよ。誰か助けて!!
 藍緑色の瞳から涙が零れ、床へと落ちる瞬間だった。

 音もなく、断末魔もなく強盗の男はジゼルから離れ横に崩れ落ちた。
 代りに後ろに立っていたのは高峰雫澄だ。
 その場に居て、ジゼルの安全を考えた皆は動く事すら出来なかったが、最初からその場に居なかった人間にとっては造作も無い事だったのだ。
 相手は所詮小物のチンピラ風情だ。レベルの違う人間に何時の間にか後ろに回り込まれていたすら気付かなかった訳だ。
「――っは、ぁ……」
 男の手から離れた事でやっとまともに息が出来るようになったジゼルは思い切り息を吸い込むと、目を回してぐらりと倒れてしまう。
 反射的に伸ばした雫澄の腕に落ちてきたジゼルの肩は激しく上下し、喉からはひゅーひゅーと息が漏れている。
 あれ以上喉に強い力を込められていたら、本当に危ない状況だったかもしれない。
 まあ何としても危機は脱したのだ。と、安堵した柚らが二人の周りに駆け寄ってきた。勿論雫澄のパートナーのナギは真っ先に。
「なす兄ナイスタイミングだよー!!
 ってボク下着姿だったー!? 見ないで! 見ないでなす兄ーー!!」
 混乱状態のナギに理不尽にそこらへんの物――隣は土産ものとお菓子の店だったからチョコレートの袋だったり、喰らったらリアル痛いキャンディだったり――を、ぼこぼこと投げつけられて、雫澄は支えていたジゼルごと地面に転んでしまった。
「いて、いてててて」
「うわーんなんでこうなるんだよー! なす兄の馬鹿ー!!」
「って、待って待って物投げないで!? 助けに来たんだってば! え? 僕が悪いの? ええ?」
「そんな事よりもその服、さっさとナギに寄こしなさい」
 ナギの代りにやってきたのは矢張り同じく彼のパートナーのシェスティンだ。
「ちょ、待っ……」
「さあ脱いで!!」
 有無を言わさぬまま、最終的にはシャツまで取られてしまった。
 シェスティンはめそめそしているナギにてきぱきとパーカーを着せ、自分はシャツを着るとジャケットを「余った」と雫澄の顔面に投げてよこす。
「余ったって……人の服をなんだと思って……あぁー……仕方がないなぁ」
 溜息をついて下を向くと、脚の上で朦朧としていたジゼルがよろよろと起き上がろうとしていた。
 不安定に揺れる肩を支えてやると、床に無残に落とされていた愛用のジャケットをジゼルの肩にかけてやる。
「ほら、取り敢えずこれでも着ておきなよ」
 目を半分閉じたままのジゼルが雫澄に言われるままに袖を通してみると、ふと自分の手がジャケットの袖から出ない事に気が付いた。
 ジャケットの持ち主は、上半身を女性達と同じ様に下着一枚にされて測らずとも他の男性より露出が高い状態だったから体形が良く分かる。
 それで今度こそ遂に、本当にジゼルにショックの瞬間が訪れた。
 女性のみの一族で生まれ、他の性別と関わる事無く十数年を過ごしてきたジゼル。
 地上には男という性別もあるよと教えられても、「うんわかったーおっけーだよー」と軽いノリで流してきた。
 ――だって同じだと思ってたから。
 正直生物学的な意味でも精神的な意味でも何が同じで、何が違うんだかジゼルは理解していなかったのである。
「……雫澄って私より大きいのね」
「うん? まあ10cmくらいは違いそうだけど」
「男の人って……私と違うのね」
「え?」
 正直彼女が何を言っているのか分からない。
 雫澄がジゼルの顔を下から覗き込むと彼女の目から大粒の涙がぼろぼろと零れているのに気が付いた。
「え、ジゼルさん……泣いて!!」
「……ぅ……こわか……った……あんなっ……ことに……なる、なんて」
 強盗に襲われた事が余程恐怖だったようだ。と思って宥めてやろうと手を伸ばした瞬間。
「だめえええええええええええええ」
 ジゼルは大声でそれを拒否すると、後ろに一足飛びに遠のいたのだ。
「へ?」
 呆気にとられている中、三月が心配そうに近づいてくる。
「ジゼル、どうし」
「だめええええええええええええ三月もきちゃだめなの! 見ちゃだめなのよ!!」
 言いながらジゼルはジャケットのボタンをとめだした。
「ジゼルちゃん、大丈夫ですか?」
 近くに寄ってきた柚の手を、ジゼルは震える手で掴んで早口で喋り出す。
「ど、どうしよう柚、私、私今まで男の人って……女の人と同じだと思ってたからっ! だから普通に抱きついたり……
 あ、私今日食人に抱きついて……三月に胸を……その上こんな格好で走り回って……でもなんか違うよ!? 身体とかなんか……違うんだよ!? あわあわわわどどどどどどうしようどうしよう」
「ジゼルちゃん落ち着いて!!」
「いやああああこうやって考えたら私今まで変な事ばっかしてたああああ変態さんだよおおどうしようどうしようどうしよう」
「ジゼルさん!」「ジゼル!」
 頭を抱えてヘッドバンキング状態で暴れるジゼルの姿を遠くに見ながら、姫星は加夜に向かって質問した。
「ジゼルさん、どうしたんでしょう」
「んー……」
 加夜は思い当たる言葉を頭の中で検索して、一つの教科書に載っていた言葉を思い出して人差し指を立てた。
「第二次性徴?」