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【第二章】16

 セネシャルの椎名真は無事に主の双葉京子を見つけ出し、救っていた。
 フロアの入り口にくれば真がきてくれるだろうという京子の読み通りそこに現れた真は、執事服を京子にかけるとそのまま周囲の女性を襲う強盗達までも一掃してしまったのだ。
「ありがとう真くん、ちょっと来辛かったでしょ?」
「ああ、でも一人で下着を買いに行かされた時に比べたら、正当な理由があるだけ幾分ましだよ」
 京子の下着姿をなるべく見ない様に明後日の方向を見ながら真が話すのは、かつてある人物の企みによってプレゼントに一人下着を買わされに行った苦い経験だ。
 ”指令”を受け取って向かった先がランジェリーショップだったあの衝撃。
 そして店員に「少々お待ち下さい」と待たされた清算中の時の気不味さ。
 あれに比べたら、悪漢から主人を救いだすという男らしい看板を背負って居られる今この時は、どれだけ楽だろうか。
「で、あのさ。
 京子ちゃんさえ良ければ今下着姿で逃げている人達の服を取り戻してあげようと思うんだ。
 俺が女性の服やバッグに手を付けるのは抵抗あるから、その……」
「私もそう考えてたわ」

 こうして二人は更衣室を回り、女性達の衣服を回収して言った。
 途中同じ考えでやってきていた瀬乃和深とルーシッド・オルフェールと合流すると、
 男性たちは戦い暴れまわる事で強盗を惹きつける側、女性たちは更衣室で衣服を回収する担当に分かれて効率よく仕事を片づけて行った。
 途中、強盗に襲われていた若い女性を見つけた和深は、
「なんてうらやま――けしからんことを」
 と反射的に口にした己の気持ちを抑えつけて、拳銃から弾丸を発射した。
 嫌がるところを無理やり服を剥かれそうになっていた女性の艶めかしさに、いざ助ける際は「後ちょっと遅らせてから助けようか」、
 とさえ思ったが、後々にあるであろうルーシッドの制裁を思うと、すぐ考え直して素直に助けた。
 すると助けた女性が和深をトロンとした目で見つめてきたのだ。
「あ、ありがとうございます」
 これは確実に惚れている顔だ!
「最高!!」
 和深は今、心の底から、役得だと感じていた。

 隣では真が和深の弾丸から逃げ出した強盗に向かって駆け出していた。
「用意は整っております」
 真の行動速度は強盗を遥かに凌いでいる。
 強盗はまだ攻撃どころか一言も発していないのだが、いとも簡単に後ろを取られていた。
「お引き取り下さいませ」
 必要とあらば暴力も厭わないセネシャルの打撃が強盗の背中に打ち込まれ、強盗はその場に倒れる。
 あとは空京警察が来た時に彼等に任せればいいだろう。

 そんな具合で真が何人か倒した時だった。
「……あれ? 今強盗団と間違えて何か違う人をぶっ飛ばした気が……」
 周囲を見回すと、赤い髪を振り乱したシリウス・バイナリスタが手に男の頭を乱暴に掴んでずるずると階段へ向かって行く。
 彼女は後ろを向いたまま視線だけ真へ向かって感謝の言葉を述べた。
 曰く――
「気にするな、少なくともオレは助かった」
「……? うん?」
 イマイチ状況がつかめていない彼の前で、ぺこりと頭を下げる女性と手を振る女性が次々現れ去って行く。
 シリウス、リーブラ、サビク。
 三人の女性を悪漢から救った事に、真は最後まで気付かないでいた。

【第二章】17
 
 さて。ここに至るまで様々な種類の”紳士”を紹介してきた気がするが、今から登場するのは本物の方の紳士だ。
 全てのレディを愛し、愛される男エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は女性達の素肌を隠すべく、ロング丈のTシャツ等を下着姿の哀れな女性達に配っていた。
 渡し方も紳士そのものだ。
 リースのように「恥ずかしい格好」なんて間違っも言わない。
 ナーバスになっている女性達を傷つけない様に。あくまで慎重に、そして彼女達を喜ばせ心を明るく照らす為に。

「少しは隠して頂かないと、貴女の魅力的な姿に見とれてしまいそうですよ」

 ここでスッと一輪の花をプレゼントする。
 とんでもなくキザったらしい行動だが、彼はそれを恐ろしい程スマートにきめてしまうのだ。まさにイケメン無罪。
 そんな彼の仲間たちもまたスマート……なはずだった。
 何時もなら。
「何て姿で君は走り回っているのかね!
恥じらいというものを持ちたまえ。下着姿は裸と同じだ」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はそう言ってリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)をぴしゃりと叱りつけた。
「だって裸じゃないし。海岸じゃ皆こんな姿でしょ」
 リリアの言う事も最もだが、もうちょっとロマンというものを理解してほしい。のは置いといて。
「解ってるのかね君は……」
 メシエは溜息をつきながらもホワイトマントをリリアの肩にかける。
 こんな男のツンデレとか正直うざいと思われるような行動も、メシエがやれば恐ろしい程にキマっていた。やっぱりイケメン無罪だった。
 そんな彼等を尊敬の眼差しで見つめる少女、通りがかったジゼルだ。
「エース!」
「やあジゼル、君も買い物にきていたのかい?」
 数分の間に結成されていたエース様親衛隊に「何よあの子」と少女漫画的嫉妬視線を受けているのにも気付かず、ジゼルはエースの両手を躊躇無く手に取った。
 突然の行動に流石のエースもやや面食らったものの、そこは紳士的にジゼルのノリに応じてやろうと握手するように上下に動かしてやる。
 まるで子供みたいだな、と吹き出しそうになった気持ちは心にしまった。
「エースは優しいのね、女の子達を助けるなんて、素敵だわ
 私尊敬する」
「本当かい? それは光栄だね」
「そういうのを紳士っていうのよね。カッコいいな!
 うん、私も貴方みたいな立派な紳士になれるように頑張るわ!!」 
「え?」
「じゃあもう行かなきゃ! またね!!」
「ジ、ジゼル!? 待っ……」
 エースの声は既に届かない。
 ジゼルの影は既に道中を共にする仲間たちの元へ遠ざかって行ってしまっている。
「紳士に? 彼女が??」
「どうかしたのかエース」
「そういえば今の子、前に話していた子?」
「あ……ああ」
 メシエとリリアの質問を受けながら、エースは曖昧な答えをしてジゼルが去って行った先を見つめていた。