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第6章 絶叫しよう! お化け屋敷編

「ダーリン! 一緒に来てくれてありがとう!」
「いやいや。遊園地というものは初めてじゃったから、良い切っ掛けになったぞ」
「えへへ……」
 ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)の言葉に赤くなって俯くイリア・ヘラー(いりあ・へらー)
(よかった! デートが目的だったんだけど、遊園地に誘ってホントによかった! でも……)
「うんうん。こりゃ面白そうだなぁ」
「まあ、来ても来なくてもどちらでもよかったのだがな」
(この二人さえ来なければ……っ!)
 面白そうに周囲を見て回っているウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)は、まだいい。
 黒いロングコートに黒いハイヒールブーツ、黒いロングドレスと黒づくめの格好をした長尾 顕景(ながお・あきかげ)に至っては、イリアの孤軍奮闘を楽しむためにやって来たのだ。
 二人の姿を見て、イリアが肩を落とすのも無理はない。
「む、あれは何じゃ」
「何か面白そうなアトラクションがあった? 行こうか!」
 気を取り直して遊園地を楽しもうとするイリア。
 ルファンの声に、急いでそちらに向かおうとするが、その先を見て思わず足が止まる。
(あ、あれは……)
 人々を恐怖のどん底に突き落とすその館の名前は、お化け屋敷。
 心霊現象が苦手なイリアは、二の足を踏んでしまう。
 それを見た長尾がにやりと笑う。
「ルファン。あれは遊園地の代名詞とも言うべきアトラクションなのだ。あれに入らずして遊園地を語れない」
「おお、そうじゃったか。ならば是非とも入らねばならぬのう」
「くっ……わ、わーい、ダーリンと一緒ならイリアも行く!」
「おもしれぇ、俺も行くぜ!」
 こうして4人はぞろぞろとお化け屋敷の門をくぐることになる。

 ぴちょ……
「きゃぁあ!」
 ぺたり。
「ひゃぁああ!」
 仕掛けの一つ一つに丁寧に引っかかり、悲鳴を上げるイリア。
「ふむふむ。このような仕掛けなのだな。思ったより名前負けだな」
 平然とした表情で、内部の仕掛けに対して冷静に評価を下す長尾。
 現在の長尾にとってはアトラクションよりも目の前のイリア達の方が興味の対象らしい。
「うぅう……」
 涙目になりつつも、ルファンにきつく抱き着くイリア。
「大丈夫かのう? まだまだ先は長いぞ」
 そんなイリアを心配そうに眺めるルファン。
(怖い! けど、これはこれで……正解?)
 自分を見つめるルファンに返事もできず、ただ赤くなって抱き着いた手に力を入れる。
(い、いい雰囲気といえないこともないかもしれない)
 そう、イリアが思った時。
 その場の甘い空気(イリア限定)を引き裂くような大声がお化け屋敷に響いた。

「これは、なかなか本格的ですね、マスター」
「ああ。来て良かったな」
 お化け屋敷の中、こちらもいい雰囲気を醸し出しているのはフレンディス・ティラとベルク・ウェルナート。
(薄暗い室内。すぐ隣には彼女。これはチャンスかもしれない!)
 こっそり気合を入れ直すのはベルク。
 先日のお花見で、距離こそ縮まらなかったものの、フレンディスの痴態とほんの僅かな本心を覗き見ることができたベルクは、再度ここで二人の距離を縮めることを目論んでいた。
(不可抗力ではない、こちらからの、キスとか……)
 そっと、フレンディスの肩を抱こうとする。
「そういえばマスター」
「わ! な、なんだ?」
「先程、ポチの助らしき存在を見かけたのですが…… あの子もこちらに来ているのでしょうか?」
「(ちぃいっ、あのワン公、こんな所でも邪魔しやがって!)いや、あれはポチに似てたが別の犬だ。気にするな」
「そうですか」
「そうそう!(こ、今度こそ……)」
「マスター?」
「フレンディス……」
 ベルクとフレンディスの距離が一歩近づいた、その時。

「ふんぎゃぁあああああああーっ!」

 全てをぶち壊すような大声が、周囲に響いた。

 ほんの少し前。
「もうじきパレードの時間ですな。今のうちに人気のアトラクションを押えておこう。おや、人数が足りないな」
「清音くんと明音くんは、先にお化け屋敷に行っちゃったよ」
「お……お化け屋敷。そこはルートに入っていなかったですな。なら彼女たちは別で楽しんでもらおう」
 シルフィア・レーンの言葉に、僅かに説明をしていた声のトーンが変わるアルクラント・ジェニアス。
 そんなアルクラントを、シルフィアは含み笑いをしつつ眺めている。
(ねえねえ、ちょっと!)
「もむもむ……ん? なあに」
「どうしました?」
 シルフィアがそっと手招きしたのは、羽切 緋菜と羽切 碧葉。
 緋菜は手にワッフルやクレープ、ポテトなどの食べ物をいっぱい持って食べ歩きに勤しんでいた。
「アル君てばね、お化け屋敷がすごく苦手なの。それでね……」
「ふむふむ……面白そう!」
「少しかわいそうな気もしますが、確かに面白そうですね」
 少女たちの悪巧み作戦が、開始された。
 がしっ。
 突如、アルクラントの両腕がホールドされた。
 右に緋菜。左に碧葉。
 そして正面にシルフィア。
「む? どうしました、緋菜。時間節約の為、食事は食堂ではなく食べ歩きと言ったが」
「ま、ま、ま」
「ね、ね、ね」
 ずるずるずる。
 明確な言葉は何一つ言わず、アルクラントを引きずっていく少女たち。
 最初はされるがままだったアルクラントも、彼女たちの行き先に気が付き、急に抵抗をはじめる。
「いや、何をする? 私はお化け屋敷に行くつもりはないのだが」
「いやいやいやいや」
「だから、止めてもらおうか」
「ちょっとだけちょっとだけ」
「止め……止めっ」
「すぐ終わりますからー」
「やめ……うわぁあああああ!」

 音名瀬 清音は【魔道書自称】音名瀬 明音と手をつなぎ、お化け屋敷を堪能していた。
「はぅ〜、やっぱり怖いよぉ」
「だ、大丈夫大丈夫。ボクがついてるよ」
 明音に誘われて入ったものの、やっぱり怖い。
 ぎゅうっとしがみついて離れない清音。
 しかし明音の方も強がってはいるものの、思いの外の恐怖に足が震えていた。
『んばぁ〜!』
「ひゃああ!」
「きゃぁ!」
 お化けの仕掛けにぎゅうっと抱き合う二人。
 その怖がる様子は、係員のテンションを上げるのには十分だった。
 そして、その上昇したテンションの中、まんまと入ってきたのがアルクラント一行で……

「あ……いや、ちょ、止めて……」
「大丈夫よ。わたし達がついてるから」
「……いっ、今そこで音が……あっ」
「まだ入ってもいませんよ」
「いや……」
『んばぁああぁ〜!』
「ふんぎゃぁあああああああーっ!」
 この日最上級にがんばったお化けが、アルクラントたちの前に現れた。
 そして、この日最大級の悲鳴が、お化け屋敷に、デスティニーランドに響き渡った。
 右腕に緋菜を、左腕に碧葉を、正面にシルフィアをくっつけたままダッシュでお化け屋敷内を走り回るアルクラント。
 しかし恐怖に惑い、正しい順路を進めていない。
 結果、余計に迷いまくってその度にお化けに遭遇することになる。
「ひぃいいいいー!」
「あぁああああっ!」
「はぅううううう!」
 暫くの間、悲鳴が尽きることはなかった。

「ぜえ……ぜえ……」
「お、お疲れさん……」
 出口でカメラを構えて待っていたカイは、思わずシャッターを切るのを忘れ労いの言葉をかけた。
 かけるしか、なかった。
 憔悴しきったアルクラントは、その後一歩も進めるだけの体力も気力も残っていなかった。
「アルクラントさんが、大変です……よかったらお水をどうぞ」
 心配そうに水筒を差し出したのは天野 稲穂。
「これでは暫くの間歩くのは無理だねぇ。救護室に連れて行こうかぁ」
 のんびりした口調で、しかしてきぱきと、友人たちに指示を出してアルクラントを介護する天野 木枯。
「あとは……たのむ」
「まかされたよぉ。ゆっくり休んでなさいな」
 アルクラントは木枯の手を取ると、がくりと意識を失った。
「アルクラントさぁあん!」
 慌てて稲穂がアルクラントの脈を取る。
 生きてる。
「私は、アルクラントさんについてます。ちょうど、迷子を見つけたので見てあげなきゃと思ってましたし」
 稲穂の隣には、半ベソをかいたポチの助。
「ふ、ふん、この忍犬の僕が迷子なわけないだろ! だ、だがどうしてもって言うのなら一緒に遊んでもいいんだぞ!」
「ね」
「……その、よろしく……」
「んじゃあ私は皆の付き添いをするかね。元気になったらまた合流しようねぇ」
 木枯は稲穂にひらひらと手を振った。