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朱色の約束

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7:守護者の終焉





 ビショップ・ゴーレムが全て沈黙した中。
 土煙の舞う戦場を猛スピードで駆け抜けたニキータのトラックは、ついにキャッスル・ゴーレムの眼下へと辿り着いていた。その巨大な体を恐れもせず、トラックの上へ立ったスカーレッドは、そのぼろぼろになった体を痛ましげに一瞬見やったが、すぐに首を振ると、大きく息を吸い込んだ。
「命令よ、止まりなさい、キャッスル……!」
 スカーレッドは叫んだが、予想通り、キャッスル・ゴーレムにスカーレッドを認識することは出来ないようだった。命令権を示すものが何も無いのもそうだが、彼が認識している”シア”の記憶とでは、今のスカーレッドの姿はあまりにも一致しないのである。判ってはいたが、スカーレッドは唇を噛んだ。
「・・・・・・助ケル、必ズ・・・・・・助ケル、約束……シア」
 キャッスル・ゴーレムの繰り返すその言葉によって、スカーレッドの脳裏に、古い光景が蘇った。
 まだシアと呼ばれていたその少女は、有力な貴族との結婚が決まっていた。土地を遠く離れる筈だったその日、屋敷を守ってきた守護者であり、彼女の数少ない話し相手だったゴーレムと、少女は約束をしたのだ。
”いい、キャッスル。シアがどこにいても、必ず助けること。約束よ”
 キャッスル・ゴーレムが繰り返し繰り返し、復唱し続けているその命令――いや、約束の言葉だ。
 あの日、全てを焼かれ、敵の手で引きずられていた少女は、助けてとゴーレムに手を伸ばした。その光景を、その言葉を、きっと恐らく沈黙した後もずっと今まで、覚えていたのだろう。ほんの僅かな偶然によって、目覚めてしまうまで。――……だが。
「一族はもういないの。もう誰も、助けを求めてなんかいない……っ」
 叫ぶように声を上げるスカーレッドの声も、届いていないようだ。侵攻の足が緩む様子の無いのに、複雑なものを全部飲み込んで、スカーレッドは一つ息を吸い込むと、通信機を手に取った。
「…………ゴーレムの停止失敗。各自、総力を持ってキャッスル・ゴーレムを殲滅」
「……いいんですか?」
 鳳明が控えめに問うのに、スカーレッドは苦く笑った。
「感傷で事態は好転はしないわ。優先すべきを履き違えるつもりはなくてよ」


 そんなスカーレッドの言葉を合図に、契約者たちは思い思いに攻撃を開始した。
「気はすすまねえが、町に辿り着かせるわけにゃいかないからな」
「ここで止めるぞ」
 ヴェルデと煉が、それぞれ対照的な意気込みを見せるが、今度ばかりは、流石に天音も妨害を挟む余地は無く、グラキエスもまた攻撃を再開せざるをえなかった。
 キャッスル・ゴーレムの周りに集まっていた面々が、その目的と威力の差こそあれ、いっせいに攻撃に転じてダメージを蓄積させていたが、これだけ全身を削られながら、痛覚の無い巨人は、怯みもしなければ、体が悲鳴のように軋んだ音を立てるのにすら構わず、前進を続けようとする意思だけでその進軍の足を止めようとしない。
「こうなれば、最早破壊するしかない」
 その様子に、煉が本格的な破壊攻撃へ転じようとした、そのときだ。
「まだ、それには早いですよ」
 突如として、浩一の声が割り込んだ。
「準備、完了しました。ポイントA5、C33を爆破します」
 離れて、という合図に、その意図を問う前に全員が反射的に距離を取った、次の瞬間。
 ドンッ! という大きな爆発音に続いて、地鳴りのような音が鳴り轟いた。
 浩一がふたつのポイントに設置したかぼちゃ爆弾と、その二点を結ぶ最後の一点に突き立てられた政敏のドリルによる三点爆破によって岩盤が砕かれたのだ。足元が突如砕けたことにより、バランスを崩したキャッスル・ゴーレムは、自重と重力に圧し負けて、更に大きな地響きを立てながら、ついに転倒した。
 その瞬間を狙って、三船達が削っていた関節部を、ヴェルデと煉が破壊し、完全にキャッスルの足を奪った。が。
「こいつ、まだ動くつもりか……!」
 転倒し、足を失い、立ち上がることすら出来なくなっていながら、キャッスル・ゴーレムは盾を杖代わりに上体を起き上がらせると、ずるずると胴体を引きずりながら、それでもまだ前へと進もうとするのだ。そのあまりの執念に、誰もがその止めを刺すのを躊躇っていた、その時だ。
「スカーレッド……!」
 上空から、叫ぶ声があった。
 近づいてくるヴァルのエンペリオスの掌に運ばれている、クローディスだ。唐突な登場に思わず目を見開いたスカーレッドに、クローディスは片手を掲げて、それを振り下ろした。
「受け取れ!」
 その言葉に、咄嗟に投げられたそれを受け止めると、そこにあったのは、いま手術の真っ最中であるスカーレッドの契約者が持っていたはずの、ペンダントだった。鳩に三つ葉の紋章が刻まれたそれは、間違い無く本物だ。ヴァルと共に病院に駆けつけたクローディスは、セレンフィリティたちと共に医者に交渉し、預かってきたのである。
 あまりに突然のことに、らしくなく呆然としていたスカーレッドだったが、我に返った瞬間には、遅かった。
「……ッ」
 視界が急に翳ったのにばっと振り返ると、キャッスル・ゴーレムの巨大な腕が、スカーレッドに振り下ろされようとしていたのだ。
 瞬間、弾かれたように、数名が動いた。
「大尉……ッ!」
 叫ぶ声と同時、神速の軽身功で飛ぶようにして一気に間合いを詰めた鳳明は、その盾を持つ手に向かって飛び込んだ。
「食らぇえええ……ッ!」
 鳳明の羅刹の武術は、その手の最も脆くなった部分を正確に狙い定めると、本来七打に分ける打撃の全てを一撃に乗せ、渾身の力で拳聖の最大の武器である拳を叩き込んだ。元々脆くなっていたのと、岩の目に当たる急所に凄まじい衝撃を受けて、握りこんでいた指が崩壊し、巨大な盾がその手から離れた。
 そして、倒れこもうとするそれから、スカーレッドを庇うように飛び出したのはシュヴェルトライテだ。だが、巨大な盾をその体を使って受け止めると同時、動きを止めたシュヴェルトライテから、突如煉が飛び出した。
「お、おい!」
 慌てるエヴァに操縦を託し、煉はそのままギフトである機晶鎧マーナガルムと機晶剣ヴァナルガンドを纏うと全ての能力を解放して、その剣を掌に向けて振り上げた。
 そして、その刹那。
 ようやく生まれた千載一遇のチャンスに、濃銀の芦毛をなびかせ、フェイミィの跨るナハトグランツが、その手を狙って急降下してきていた。持ちうる機動力全てをフルスロットで風を切り、弾丸のごとく上空から滑空してくるフェイミィは、バルディッシュの切っ先を真っ直ぐに構え、身を捨てるかの覚悟で突っ込んでくる。
「オルトリンデの名に賭けてぇぇっ!」
「奥義、真・雲耀之太刀!」
 声が重なり、刃が重なる。上下に方向から繰り出された必殺の一撃は、堅牢なゴーレムの腕ですら耐えられず、その掌ごと、真実の文字は粉砕された。
「倒れるぞ……っ」
 魔力を失ったゴーレムの体が、鎧ごと崩れて地面へ落ちていく。

 硬い岩石で出来ていたのが嘘のように、砂となって風に溶けていくゴーレムの姿を眺めながら、スカーレッドはペンダントを握り締めると、静かに目を伏せた。

「もう、いいのよ………お眠りなさい、キャッスルゴーレム」