百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

朱色の約束

リアクション公開中!

朱色の約束

リアクション




2:土煙の中で



 それぞれが連絡を取り合って、各々思い思いの配置につく中、ゆっくりとではあるが陣形を変えていくゴーレムたちの軍勢は、地平線をぼやかせてしまうほどの土煙を上げて、確実にその距離を近付けていた。


「鋭角になってきてるってことは、突破力を重視してるってことかな」
 呟くような清泉 北都(いずみ・ほくと)の言葉に、だろうな、と和輝は頷いた。
「前衛のゴーレム……大尉曰く、マディ・ゴーレムは、武器は持っていないようだ」
「その分数で押し切るタイプ、というわけですか」
「嫌な感じだなあ」
 パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)が言うのに、北都は顔を顰める。
 クローラの威力偵察で判ったことだが、マディ・ゴーレムは、体を崩されてから再生するまでのラグが余り無いようだ。確かに、死ぬことのない軍勢が数に頼めば、どんな壁でも力技で突破できるだろう。
「逆に考えれば、ありがたいことだと思わない?」
 皆が難しい顔をしていた中で、スカーレッドは不敵に口の端を上げた。
「こちらは数に劣っているけれど、質では勝っていてよ。横に広がられるより、やりやすくて助かるわ」
 その豪気な物言いに、同調する者、苦笑する者と反応は様々だが、その言葉に触発されるようにして、それぞれが各々の武器を構えなおしたのだった。


 

 数秒後。
 戦闘開始の口火を切ったのは、北都とクナイが駆る機体、アシュラムだ。
 まだ距離のある内から、陣形の先端部分の真正面へとウィッチクラフトピストルの弾丸を連続して撃ち込んでいく。先制攻撃を食らわせることで、正面に敵が居ると認識させて引きつけ、軍勢を中央へ集めようと言うのだ。
「無理にたくさんターゲットされにいく必要は無いよね」
「ええ、数体で十分なはずです」
 北都の問いに、クナイが頷いた。マディ・ゴーレムの軍勢は、数は多いがそれぞれに意思は無く、管理をしているのはたった五体だ。ただの駒であるマディ・ゴーレム数体に認識されれば、それは全体へ認識されたも同義のはずである。果たして、数体のマディが倒された途端、明らかに軍勢が北都の方へ向けて、じわりとその密度を増した。
 それを見届けて飛び出したのは、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の駆る、フィーニクス・ストライカー/Fだ。
「火力支援を行います。目標は前二列のマディ・ゴーレム」
「消し炭になりたくなかったら、下がってなさい!」
 その言葉の通り、北都が下がったのと殆ど同じタイミングで、降下と同時に放たれたツインレーザーライフルが、前列のゴーレムを一気に焼き尽くしていく。
 それを弾幕代わりに一旦距離を取って、レーダーをチェックしていたクナイの合図に頷くと、通信機に向かって声を投げた。
「頼んだよ」

 その合図を受けて飛び出したのは、それぞれ、陣形の両脇分かれてに待機していたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)、そして柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)ノイギーアだ。正面へと軍勢が注目している間に、脇からの圧力で更に突撃幅を狭めるためだ。
「行くよ……!」
 一声と共に、疾風迅雷の速さでマディたちの群れの中に飛び込んだレキの体が、風のようにその間をすり抜けていく。そして、その両の足が、ようやく止まった、その瞬間。まるで積み木が崩れるかのようにして、レキの通り過ぎたあとのマディたちの体が、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「ボクの財天去私の味はどう?」
 その様子に満足げにした、そのときだ。飛び込んできたレキを敵と認識して、近くにいたマディ・ゴーレムがいっせいに襲い掛かってきたのだ。
「危なかったぁ」
 空蝉の術で辛くも逃れたところで、周囲の気温が突然冷えた。ギャザリンヘクスと紅の魔眼によって上げられた魔力によって、ミアがブリザードを放ってマディ・ゴーレムごと周囲を凍らせたのだ。破壊されても直ぐに復活するゴーレムだが、凍らせてしまえば、暫くは復活も出来ないだろう。
「深追いは禁物じゃぞ」
 全く、と心配した分、ミアは声を尖らせて怒ってみせたのだった。

 そしてその反対側では。
 桂輔が、アルマと共にありったけの火器を使って、軍勢の端を中央へ押しやろうとしているところだった。
 だが、あまりに多勢に無勢だ。余り踏み込みすぎると、逆に軍勢の意識をこちらに向けてしまいかねないため、タイミングと距離を調整していたが、それに気を取られているうちに、予定より深くに、その足は切り込んでしまっていた。
「しまった、この位置は……」
 気づいたときには、一歩遅かった。
 側面の最後尾、つまり陣形の中でも最も隊形を変化させやすい場所へ踏み込んでいたのだ。
 数こそ少ないが、その分お互いにぶつかりあうことのないマディの群れが、ノイギーアに迫る。
「……っ、乱れ撃ちます」
 アルマが咄嗟に圧し戻そうと火器を全開にしたが、相手は不死身の体である。じりじりと包囲されようとしてた、そのときだ。
「下がりなさい」
 高い声が飛び、条件反射的にノイギーアが後退すると、間一髪のところで、先程まで機体のあった位置を、赤い翼が横切ったかと思うと、そこから花が開いたかのように大きな火柱が上がって壁を作った。
「ジヴァ、ビショップに近づき過ぎよ」
「うるさいわね劣等種。この私が、レーザーの的になるなんてへまするわけないでしょ」
 イーリャの心配を鼻で笑ったジヴァは、そのまま両脇を超低空で滑空させると、再び先頭へ舞い戻って、北都と共に前列へ盛大に攻撃を加える。それによって、散開しかけたマディの目標を、再び先端へと引き戻しているのだ。それも、先程よりもより鋭角になる形で。

 その様子を見届けて、ざっとマントを翻し、颯爽と現れたのは、漆黒の鎧に全身を包んだドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。
「クハハハ、そろそろ真打登場というところだな!」
 魔鎧アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)を纏い、剣へと変じた聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)を携えて、ハデスは威風堂々と仁王立ちになって、土煙の上がるマディの軍勢を見やった。
「土人形ごときに、余が支配する予定のこの地を蹂躙させはせん!」
 演技がかった大仰なセリフだが、カリバーンは「よかろう」と同調した。
「町を襲わんとするゴーレムを倒すためならば、この聖剣勇者カリバーン、一時的に力を貸そう!」
 力強い言葉に、ハデスは満足そうに口の端を上げると、カリバーンの切っ先を軍勢へと向けた。
「余は秘密結社オリュンポスの大首領、魔王クロノス!」
 名乗りを上げるハデスの漆黒の鎧が、光を受けて輝いたように見えた。
「貴様らは、余の戦闘データになってもらうぞ。クハハハハ!」
 宣戦布告するや否や、ハデスは真っ向から軍勢へと挑みかかった。
 当然、正面はマディ・ゴーレムが最も密集している地点だが、魔王クロノスを名乗るハデスは、全く怯むことなく突き進むと、距離を詰めるや否や、マディに攻撃の隙を与える間もなくカリバーンを振り下ろした。
 瞬間、正面のゴーレムは砕かれ、切っ先から同時に放たれた氷と光の刃が、周囲のゴーレムを纏めて屠っていく。
「クハハハ!脆い、脆すぎるぞ……!」
 そうやって高笑いを響かせながら、戦場を縦横無尽に駆け回っていくハデスに、北都は思わずといった調子で「豪気だなあ」と感心したように呟いた。
「あれは無茶無謀、という気もしますがね」
 対して、クナイの言葉は冷静だ。その呆れと、同じくらい実は感嘆しているらしい横顔にくすりと笑いながら、北都はアシュラムの操縦桿を握りなおした。
「僕も負けていられないな」




 防衛ラインが激しく戦闘を開始した頃、やや戦場から一歩引いた位置で難しい顔をしていたのはレン・オズワルド(れん・おずわるど)だ。エンペリオス・リオを傍に待機させている、レンの相棒ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)も、パートナーのキリカ・キリルク(きりか・きりるく)と共に眉を寄せている。
 彼らが気にしているのは、ゴーレムたちが「どこ」から「何故」やって来たのか、ということだ。
「ゴーレムは魔法生物だ。命令無く動くことはありえない」
 言いながらも何か腑に落ちない、という表情でレンが唸り、ヴァルの表情も更に難しいものになった。そんな二人の間で、キリカはHCでキャッスル・ゴーレムのものと思われる音声を再生した。
『シア・・・・・・助ケル、必ズ・・・・・・助ケル、約束』
 切れ切れで判り辛いが、恐らく同じ内容だろうと思われる言葉を、延々と繰り返すその声に、レンはサングラスごしに目を細めた。
「誰かを探しているようだが、それがゴーレム自身の目的なのか、それとも誰かの意思なのか……確かめる必要がある」
 そして、そのためには。
「「現地に行って、確かめる必要がある」」
 ぴたりとハモった声に、軽く目を開いてレンが振り返ると、近くにいたために会話を拾ったらしいエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がHCで地図データを呼び出し、ゴーレムの進路を矢印で表示させて、指をさした。
「偵察からの報告によると、ゴーレム達本当に一直線に進んできているみたいだね」
 言いながら矢印を辿った指を、ある地点で止めると「ここだ」と、その地点の座標を表示させる。
「最初に姿を確認された場所から、時速何かを考えて逆算すると、この地点が出発点だと思う」
 恐らくそこに何かがあるはずだ、と続けるエースの横で、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、不意に「うん」と目を細めた。
「どうした?」
「……その地点、どこか覚えがあるんですよね」
 エースの問いに、メシエは更に眉を寄せて腕を組んだ。出自柄、古代の知識の深いメシエの記憶に、何かが引っかかっているようだが、随分と古いことのせいもあって、まだはっきりとは思い出せていないようだ。
「あれ程の規模のゴーレムとなれば、その所有者は自ずと限られるはずなのですがね……」
「所有者、か」
 パートナーの言葉に、エースも軽く眉を寄せる。
「俺には、あれが自分の意思で動いてるように見えるんだけどな」
 誰かを助けるために。だが、メシエは「あれは心は持ちません」と肩を竦めた。
「兵器で、道具ですよ」
「道具やったら、それを使う誰か、がおるはずやね?」
 ひょい、と会話に割り込んできたのは、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。裕輝は妙に演技がかった難しい顔をして腕を組むと、そのまま眉間に指を押し当てて「ううん」と大げさに唸った。
「道具が自分で考えん、っちゅうことは、この侵攻はその”誰か”が指示したっちゅうことになる」
 言いながら、後方ながら、最期の壁として先頭に立っていたスカーレッドに近づくと、彼女が首を傾げるのにも構わず「そこで、一旦別の方向から見てみよか」と裕輝は続ける。
「朱大尉、妙にあのゴーレムのことについて、詳しいみたいやね?」
 しかも、その侵攻先に丁度訪れていた。だがそれは、偶然にしては出来すぎではないか、と裕輝は目を細める。
「しかも、朱大尉はそんな軽装の生身や。それ……自分だけは安全やって、知ってたからちゃいます?」
 返答しないスカーレッドに、裕輝の口元がにやりと笑った。
「かの金田一耕助の、親戚の親戚の遠い親戚、かもしれへんじっちゃんの名にかけて、ズバリ、真実はいつもひとつでしょう! 犯人はあんたや、スカーレッド大尉!」
 色々妙な按配に混ざっているが、大変残念なことにツッコミ役が不在のため、皆心の中で「なんでやねん」とツッコミを入れるのに留めた。肝心のスカーレッドの方は、にっこりと笑っている。
「面白い話だけど、私にはそんなことをするメリットはなくてよ?」
 寧ろ面白がっているようなスカーレッドの言葉に、裕輝はびしっと人差し指を突きつけた。失礼だろ、という誰かのコメントは華麗にスルーである。
「意義あり! や! あんたは町を襲わせて、それを防いだっちゅう実績を作ろうとしたんや」
「残念だけれど、それは”待った”と言わせていただくわね」
 案外にノリの良いスカーレッドである。
「もしそうだとしたら、わざわざ応援は呼ばないもの」
「どういうことや」
 裕輝はじろりと見やったが、スカーレッドは涼しい顔で腕を組んだ。
「手柄が欲しいなら、あそこまでの軍勢にする必要は無いでしょう」
 十体や二十体で十分町には脅威になるし、その程度であれば単身で倒せない私ではなくてよ、とにっこり笑うスカーレッドに、裕輝はごくり、と大げさに息を飲み込む仕草をしてあとずさった。
「や、やるやん……せやけど、オレらの戦いはこれからや!」
「ええっと、そろそろ話を戻すぞ?」
 放っておくといつまでも続きそうだったのを、どこかの最終回のような言い回しに幸いと割って入り、エースはごほん、とわざとらしく咳き込むことで、強引に話を引き戻した。
「ともかく、この場所に行けば何か判るかもしれない」
 一同は頷き、そちらは任せるとばかりにヴァルはレンの肩を叩いた。
「俺は残る。こっちはこっちで、何かありそうだしな」
 その言葉に、それなら私はここに残ります、と自分を示したのはメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)だ。
「連絡は任せてください」
「判った」
 そんなパートナーの言葉に頷いて、レンが可変型機晶バイクに跨ったのに、クローディスはちらりとその視線をツライッツへと向けた。その意図を即座に悟って頷き、ツライッツも機晶バイクへと跨る。
「俺も行きます。そこがもし遺跡であるなら、お役に立てるでしょう」
 力強い言葉だが、レンはやや試すように口を開いた。
「……俺は最速で行くぞ」
 暗についてこれるか、と言っているのに、ツライッツはにっこりと笑って、やけにごついバイクの車体をポン、と叩いた。
「足手まといにはならないと思いますよ」
 そんな二人の会話に「そうと決まれば善は急げだ」と声を上げたのはアキュートだ。
「迂回の時間も勿体ねえ。道を開くぜ。手伝ってもらえるかい?」
 問われて、スカーレッドが頷いたのを合図に、皆それぞれ目線で意図を確認しあうと、配置についていく。
「防衛ライン、ポイントAより一時的な侵攻ルートを確保する。北西の直線上より離脱せよ」 
 その伝達と共に、スカーレッドは愛用の大鎌を構えると、その手にエネルギーを集中させながら「行くわよ」と合図を送ると共に、その刃を一気に振り下ろした。
 瞬間。ゴウッ、と音を立てて放たれた巨大な真空波が巻き起こり、その直線上にあったもの全てを抉り取るように切り裂いていく。と、同時。
「行け……ッ、サンダーバード、フェニックス!」
 アキュートの召喚した二体の召喚獣が、道の塞がらぬ内にと飛び出したバイクの両脇を、守るようにして飛んでゆく。雷と炎の走るように、二人のバイクはアクセル全開で荒野を突き抜けて行ったのだった。




 更に一方。
 北都たちとはまた別の方法と目的で、マディ・ゴーレムの群れと戦っていたのは、久我 浩一(くが・こういち)達だ。
「そうやってると、もぐらたたき見たいに見えるな?」
「馬鹿なこといわないでくださいよ、兄貴」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)の言い分に、何となくそれっぽく見えてしまって、思わず浩一はため息を吐き出した。浩一は先ほどから、希龍 千里(きりゅう・ちさと)と共にアルタードのソニックブラスターでマディ・ゴーレムを潰して回っているのだが、高い位置から押しつぶすようなその攻撃は、確かにもぐらたたきのように見えなくも無い。マディ・ゴーレムたちが、次々その場で再生して立ち上がってくるのだから、尚更だ。
 ただし、もぐらたたきと違ってこちらはゲームではないし、制限時間は無い分消耗は早そうだ。それでも浩一たちが攻撃を続けているのは、正確にはマディを倒すため、ではなく、ソニックブラスターの与える音波の反響などのデータから、大地の状況をチェックしているところなのだ。
「判ってはいましたが、何というか、地道ですよね」
 ツライッツさんの気持ちがわかりそうな気がします、とぼそりと浩一は呟いた。
 そんなアルタードの送ってくるデータを受けとったカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は、黒月のサブパイロット席で軽く眉を寄せた。
「やっぱり、大陸の力が弱くなってきているって言うのは本当みたいね」
 カチェアの言葉に、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)もまた重く頷く。ユビキタスでこの辺りの地質等の情報がないか探していたのだが、その数年前までのデータと、カチェアが集めている地質のデータが、一致しないのだ。
「このあたりは、岩盤もかなり固かったはずなんだがな」
 通信を受けたクローディスも、この辺りの調査の折のことを思い出しながら、何とも言えない顔だ。浩一達が調べたデータでは、この辺りの地層はそこまで強固な岩盤が存在しないことを示している。それだけ、現在のパラミタ大陸の状態が良くないのだと実感してしまって、そんな場合でもないが気が滅入りそうになるのだ。
「ですが、今この時ばかりは好都合です」
 凛と割って入ったのは千里だ。一瞬面食らったように目を開いたリーンも、直ぐに破顔して頷き「そうね」と同意した。
「久我君、カチェア、できるだけ広範囲のデータをお願い。脆くなってる地点を割り出すわ」
「了解」


「ぎゃーっ、こっち来ないでーっ!」
 そんな彼らとは対照的に、この激しい戦場にあって、ひとり慌てふためいた様子なのは皆川 陽(みなかわ・よう)だ。それもそのはずで、彼自身は志願してこの場に来たというよりは、たまたま現場近くにいたために、巻き込まれた、というのが近いのだ。マディ・ゴーレムとイコンが入り混じった中を、ほとんど逃げ惑っているにも近いが、それでもまだ最前線に踏み留まっている。空飛ぶ箒ファルケで一旦距離を取った陽は、はあ、と息をついた。
「ううっ、みんな強そうだなあ……」
 彼自身も契約者だが、気の弱そうな態度のせいか、その姿は酷く頼りなげだ。それでもぎゅう、と手のひらを握り締め、少年は気力をふりしぼって土煙の上がるマディたちを見やった。
「何とか、しなきゃ……」
 いつもと違って、守ってくれるパートナーはいないが、それでも一人で出来限りのことはしなければ、と決意を新たにして、陽は真空派を繰り出した。それはマディ・ゴーレムではなく地面を抉ったが、狙いはゴーレムを砕くことではない。倒しても倒しても復活するゴーレムを、確実に足止めするためだ。その狙い通り、正確に進行場所を抉ったその落とし穴に、ゴーレムが足を踏み外して落下した。
「やったあ!」
 作戦の成功したのに、手を打ってはしゃいだ陽だったが、喜ぶのも束の間。その落とし穴を避けたゴーレムは、次々とやって来る。これをいちいち対応していたら、体力の方が恐らくもたない。
「……う……ど、どうしよう」
 呟いた、その時だ。青ざめた陽の直ぐ脇に、高崎 朋美(たかさき・ともみ)アイディートが接近し、アサルトライフルでマディたちを一掃した。だがそれも、直ぐに再生を開始しようとするので、共に一旦後方へ引きながら、朋美はイコンから陽に声をかけた。
「ひとつひとつ穴を作っていたのではキリが無いわよ」
「じゃあ、どうするの?」
「堀を作るの」
 イコンから振ってくる声に、陽が問うと、朋美はカチェア達から受け取った地質データを確かめながら言った。彼らは愚直なまでに真っ直ぐに突き進んでくる。方向がわかっているのなら、その対策は不可能ではない筈だ。
「町へ彼らを辿り着かせないために、文字通り防衛線を引くのよ」
 だが、パートナーの言葉にウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)はどこか不満げだ。
「イコンで土木作業しようってのかよ」
 イコンはそういう道具じゃないぞ、と言いたげだが、それには朋美が断固と首を振った。
「相手は不死身の軍勢よ。ただ考えなしに戦って、何とかできる相手じゃないわ」
 それなら、自分の出来ることで最も有効な手段を取るべきでしょ、と続く言葉に、不承不承ながらウルスラーディは沈黙した。そんな二人のやりとりに半ば置いてけぼりになっていた陽だったが、そんな陽に向かって、朋美は「ねえ」と声をかける。
「手伝ってくれるかしら?」
 その問いに、陽は迷うことなく頷いて応えた。