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6:猛攻




「時間を稼ぐ、か。簡単に言ってくれるもんだ」

 独り言のような、それでいて通達のような通信を受け取って、敬一はため息を吐き出した。
 だが、そうは言いつつもその顔はどこか笑っているようでもある。
「ビショップの役目はリモコンと同じようなものですね」
 そんな敬一達を含む、対ゴーレムの戦線の中にある面々に、クローラが言った。
「一体一体の動作を管理しているのではなく、命令を与えているんだと思います」
 だから、交戦中であっても、マディの再生や速度が停滞したりはしないようだ。その情報に追従するように、今度は和輝が「それから」と口を開く。
「マディ・ゴーレムの速度は、どうやらキャッスル・ゴーレムのそれに依存しているみたいだ」
 全体の進軍速度と、キャッスルゴーレムの進行速度が一致している、という指摘に、なるほどね、と天音が納得したように呟き、グラキエスはふむ、と目を細めた。
「ならば、キャッスル・ゴーレムの歩行速度を落とさせれば、少しは稼げるな」
 その呟きに似た言葉には「そいつはこっちで受け持つぜ」と政敏が力強く答える。
「文字通り足止めします。念のため、意識を逸らせてもらえますか」
 続けて、浩一が言うのに、了解、というが早いか行動に移したのは菜織と敬一達だ。
 キャッスル・ゴーレムの鎧をよじ登り、体を固定させていたコンスタンティヌスと淋が、対神スナイパーライフルで鎧の継ぎ目を狙っていく。崩れかけているとは言え、元々頑強な岩で出来たゴーレムだ。一撃でどうにかなってはくれないようだが、効果が皆無なわけでもない。それに、自らの体を抉る敵を、放っておく筈が無く、果たして、三人を振り落とそうとキャッスルは激しく全身を震わせた。
「ぐ……っ」
 淋たちは何とかしがみ付いたが、永くは持ちそうに無い。そんな彼らが振り落とされるより前に、菜織は叢雲を急接近させると、挑発するようにキャッスルの眼前で機体を翻して意識を逸らせた。
 そうやって、死角となった足元、キャッスルゴーレムの進行予測先では、浩一達が急ピッチで地面を掘り進めていた。堀を作っていた朋美からのデータの助けもあって、その作業そのものは比較的容易く、またはたから見れば畑作りに見えるその仕草のおかげで、マディやビショップの攻撃対象にならないのは幸いだったが、何しろ時間が差し迫っている。ツァンダからはまだ距離があるが、キャッスルのスピードは思いのほか停滞する気配を見せないのだ。仕掛けが完成する前に到達されては、行為そのものが無意味となってしまう。
「急いでくれ、あまり長く持たないぞ」
 焦る浩一たちに追い討ちをかけるように、菜織が通信をかけてきた。パイロットの疲労もそうだが、何より急加速を使いすぎて、エネルギーのほうがそろそろ危うくなり始めているのだ。
「あんまり無理はするなよ?」
 そんな菜織の言葉に、政敏が言ったが、それには何故か美幸がふん、と鼻を鳴らした。
「こちらの心配は無用です。あなたはさっさと、すべきことをしてください」




 彼らがキャッスル・ゴーレムの足止めを行っているのと同じ頃。
 マディ・ゴーレムの軍勢の進行を阻むために、防衛に残った面々も奮闘しているところだった。
「えいッ、落ちてー、落ちてー、落ちてくださーいッ!」
 陽が叫びながら、奈落の鉄鎖で、マディ・ゴーレムたちを朋美と共に作った堀へと落とし込んでいく。朋美の読みどおりの場所へ進行したマディ・ゴーレムたちは、深く掘られた堀に行く手を阻まれて、進行のペースは格段に落ちてきていた。倒しても倒しても復活するが、進行することができなければただの動く土塊だ。勿論、この短時間ではゴーレム全てを屠ってしまえるほどの堀を作りきることは出来なかったのだが、その分、レキやイーリャ、そして桂輔に北都たちが連携してただでさえ細くなっていたゴーレムたちの陣形を、更に細くさせることで堀へ誘導して足止めをかけているのだ。
「とはいえ、このままここで繋ぎとめておくだけじゃ、直ぐ限界がくるわ」
 朋美が眉を寄せた。イコンのエネルギーは無限にあるものではない。クローラたちがビショップからの再生命令を阻害させて再生機能を妨害できている今は良いが、ここでイコンが止まるようなことになれば、堀だけではこの軍勢を止めることはでいないのだ。
 北都は、前線でビショップと戦っているもの達へと、そちらが苦しいのも承知の上で苦笑気味に「お願い」を口にした。

「少しでも数を減らしてもらえると助かるな」






「……了解……データは、取れた……」
 北都の通信を受けて、村雲 庚(むらくも・かのえ)は頷いた。
 キャッスル・ゴーレムに近づく者と自身へ攻撃を仕掛けてくる者と、どちらに優先順位があるのかはまだはっきりとはしないが、少なくとも攻撃に対しては確実に反撃が来るようだ。その確認を独り言のように呟き、そろそろ、攻撃に転じる頃合だ、と判断した庚は、ビショップ・ゴーレムの配置や、今現在で入ってきている情報を、まとめて頭に叩き込む。
「まずは……連携を、崩す」
 言って、通信機を通じて、ビショップ・ゴーレムに相対している面々への作戦を告げた。




「マスター、バルムングとの接続完了。機体状況問題なし。いつでもいけます」
 猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)に、パートナーにしてバルムンクの心臓部でもあるセイファー・コントラクト(こんとらくと・せいふぁー)が告げた。それを受けて、勇平は頷くと、連携の確認のために通信を寄越す庚に「準備完了だ」と声をかけた。
「こっちは、いつでもいけるぜ」
 力強い言葉に頷く庚の横、ソルティミラージュのサブパイロット席で、これまでで出揃っているビショップの攻撃や回避などのデータを確認していた壬 ハル(みずのえ・はる)が、最後の確認とばかりに口を開いた。
「気をつけて。ターゲットされたら、直ぐ回避に移らないと危険だよ」
「判っている……狙撃班……いけるか……?」
 問いかけには、方々からの応答が入る。皆、準備は終わったようだ。気合を飲み込むように、庚は深呼吸すると、操縦桿を強く握りなおした。
「アイハブコントロール……仕掛けるぜ」
 静かに、一声。
 それを合図に、庚の駆るソルティミラージュは、一体のビショップ・ゴーレムへと突撃した。そのゴーレムが自分をターゲットしたのを確認し、レーザーの射程ギリギリまで一気に退避すると、それを合図に一斉の砲撃がビショップに襲い掛かる。それを、ビショップ四体同時、かつそれぞれ砲火の角度を、そのビショップの位置から見て、キャッスル・ゴーレムから逆方向になる一方に絞って攻撃を与える。
 激しい爆音と閃光が行き交い、弾ける。上空からそれを見下ろしていた和輝の目には、それはまるで地上に開く四枚の花弁のようにも見えた。
 そうして、ビショップ・ゴーレムが攻撃された方角へ、反撃の為に距離を詰めようとしたその時。
『高度300、距離450……今だよ!』
 言葉より早い精神感応で伝わったハルの声に応えるように、庚はスモークディスチャージャで周囲を一気に煙に包み込ませた。周囲の視界が、僅かな間ゼロになる。そして、それで十分だった。
 四体のゴーレムがキャッスル・ゴーレムを見失った隙に、ターゲットを追う性質を利用して、振り切らないように注意しつつ現状を離脱することで、ビショップ・ゴーレムたちを分断することに成功したのである。
「……さあ、じっくり料理してやろうじゃねえか」
 庚の口元が僅かに引きあがる。

 単体に分かれたビショップ・ゴーレムと、契約者たちの猛攻の火蓋が、切って落とされた。