百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

朱色の約束

リアクション公開中!

朱色の約束

リアクション







4:妄執の巨人




「アルくん、行って……!」
 ビショップ・ゴーレムの防衛網の一角が崩れたその隙に、友人たちのフォローと言葉を受けながら、最初に飛び出したアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)と、パートナーシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の駆るワールド・ファイン・ラインは、キャッスル・ゴーレムに接近するのに成功した。
「……でかいな」
 名の通り、城砦の動き出したかのようなその巨大さに、一瞬息を呑みながらも、その足を止めるべくワイヤーロープを射出して、足に絡めさせた。……が。
「……ッ、うわッ」
 片足に絡めとった途端、機体が引っ張られてバランスを崩したのだ。
「重心修正、リバランス!」
「う、うん……っ」
 咄嗟に機体を傾けて立て直したが、踏み止まろうにも、キャッスル・ゴーレムの足は凄まじい力で踏み出され、ぎしぎしと嫌な音を立ててワイヤーは軋んだ。なんとか動きを鈍らせることは出来ても、完全は止めることは敵わないようだ。
 ワイヤーの方が先に、負荷に耐えかねてブツリと切れようとしていた、その瞬間。数本のワイヤクローがひゅんと空を切り、足を守る鎧の隙間に引っかかると、三体のパワード・スーツが宙を舞った。三船 敬一(みふね・けいいち)の率いるパワードスーツ隊、{ICN0003416#カタフラクト}だ。三人を運んだ、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)
がハンドルを握る輸送車両が離脱するのを横目で見つつ、敬一、白河 淋(しらかわ・りん)コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)の三人は、ワイヤクローを巻き戻す力を利用してキャッスル・ゴーレムに張り付いた。
 当然、ゴーレムのほうもそれを見過ごすはずは無く、大きく足を振りかぶって振り落とそうとするが、敬一は足のアーマーの隙間からパイルバンカー・シールドを突き立てることで何とかそれに耐えた。それでも油断すれば吹き飛ばされそうな力に、敬一は難しい顔だ。
「崩れかかっちゃいるが、基本的なパワーは落ちちゃいないようだな」
「戦闘指揮をビショップに任せている分、エネルギー全てを破壊力に回せてるんでしょうね」
 アニスが纏めた、和輝の集めた情報を受けて、レギーナが答える。和輝によると、行動の方向性をキャッスル・ゴーレムが定めて指令を出し、ビショップ・ゴーレムがそれに基づいて隊列を指示しているようだ。元々そういう性質なのか、それとも来るって居るのか、今のキャッスル・ゴーレムは前進のみの命令を発しているが、その単純さ故にパワーがあるようだ。
「簡単にゃ破壊できないか……」
「ならば確実に削いでゆくまで」
 コンスタンティヌスが力強く応える。会話の間もキャッスルの体をよじ登り、コンスタンティヌス、淋の二人も、振り落とされないように体を固定させると、それぞれの武器を構えた。
 が、その時だ。
「止まり、なさ―――いッ!」
 ゴガンッ!
 咆哮のような響く声と、大きなフライパンを思い切り叩きつけたかのような金属音が、荒野に響き渡った。
 飛空艇で空から接近したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、あろうことか巨大なキャッスル・ゴーレムのその頭を(勿論、レゾナント・アームズが増幅させ、怪力の籠手の力を思う存分発揮してはいるが)七神官の盾で思いっきり殴りつけたのである。
「調子の悪い機械は、殴れば治るはずよ!」
 迷い無く放たれた一言に、皆が思わず言葉を失った。
「――バグってんのはてめぇの頭だバカ女ッ!」
 頭によぎった数々のツッコミをより端的に叫んで、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)はパートナーの信じられない所業にその頭を掻き毟った。
「ゴーレムは機械じゃねえし、殴って治るとか、いつの時代の家電だよッ」
 畳み掛けるようにして怒鳴ったアストライトとは対照的に、弱りきった顔で頭を抱えていたのはキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)だ。
「た、確かにゴーレムの目的を確かめてから対処するべきとは言った。言ったが……、……」
 想定外もいいところの行動に、キューは二の句も継げないようだ。



 場の空気が妙な具合に一瞬固まった、そんな最中の同時刻、更に上空。
「拠点から離れてるときに限って……っ」
 本来タシガン空峡を拠点としている義賊”天空騎士”、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は唇を噛んだ。たまたまツァンダへ向かっていた折にこの事態に遭遇し、自身の「シャーウッドの森」空賊団に連絡をとりながら助太刀に赴いたのだが。
「あんな至近距離に生身の人がいては、火力による援護は危険ね……」
 上空からの大規模な火力援護では、巻き込んでしまう可能性がある。そうなると、頼れるのは、とリネンは視線をパートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)へと向けた。
「グランツのパワーと速度なら飛び込んで致命傷を与えられるはずよ。でも……」
 一対一の状況ではない。乱戦の中に、単身で飛び込むのに、危険性が、皆無とは言いがたい。だが、フェイミィは「なに、問題ない」と口の端を上げた。
「逆にあれだけ細かい的が多けりゃ、一度に対応はできねぇだろ」
 必ず隙が出来るはずだ、と言うのに「そうね」とリネンは頷いて、力強い笑みをフェイミィへと送る。
「あなたとグランツなら、その隙をものに出来ると、信じてるわ」
「そう言われちゃ、応えるしかねえよなぁ、グランツ?」
 不敵に笑って鬣を撫でる騎乗者の言葉に、ペガサスナハトグランツは、任せろと言わんばかりに嘶いた。



 そして、もう一方、同時刻の地上、キャッスルの足元。
 敬一達がキャッスル・ゴーレムに密着しているためか、それとも単純な攻撃力を重視した結果なのか、ビショップが自分たちを攻撃するものへの反撃に集中しているのを幸いに、混戦状態ながら、他の契約者たちもキャッスル・ゴーレムへと接近を果たしていた。
「弱点は、ええと、右の掌……で、あってましたよね?」
 どこか不安げに確認を取る琳 鳳明(りん・ほうめい)の言葉に『そうよ』とスカーレッドの声は即答した。
「一般的なゴーレムと同じよ。真実を失えば、死が訪れる。”e”を消されれば、土塊へ還るわ」
「了解」
 元気良く答えはしたが、盾を握るその大きな手を間近に見やり、鳳明は息をついた。
「流石に簡単にはいかなそうな位置だね」
 鳳明の言葉に、パートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)も頷いた。
「(何とかここまで近付けたけど……どうするの)」
 精神感応で直接鳳明へと語りかけるのに、まずは手を開かせる方法を考えないと、とキャッスル・ゴーレムを眺めた。ゴーレムは魔法生命体だ。その作成者によって、見た目は千差万別なものなので、当然鳳明もキャッスル・ゴーレムを見るのは初めてだ。だが。
「……大尉は、随分詳しかったよね」
 千差万別、ということは弱点たる文字の位置も様々なのだ。それを、ずっと盾を握っているはずのキャッスル・ゴーレムの掌にそれがあると知っていた。
「……」
「どうした?」
 同じく、その点について引っかかっていたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。イスナーンのコクピットで考え込んでいる様子の天音の様子にブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)ても応える様子が無い。首を傾げていると、その口が「シア、助ける、約束……か」と、ゴーレムが口にしていた単語を小さく呟く。
「恐らく、名前だ……ルレンシア、そして……スケーシア」
 どうも引っかかるんだよね、と独り言のように呟いた天音は、くす、と小さく笑みを漏らした。
「こうなると、ただ倒してしまうわけにはいかないよね」
 その言葉の意味を、ブルーズが問い質す間もなく、天音は機体を反転させると、何故かキャッスル・ゴーレムではなく、ビショップ・ゴーレムへ向けてビームアイを放った。それは、ビショップ・ゴーレムの宝玉の側面に当たると屈折し、
今まさに、レーザーマシンガン”フロッティ”によって攻撃を仕掛けようとしていた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の駆るシュヴェルトライテの直ぐ脇を通り抜けた。
「……ッ、てめぇ、どこ狙ってる!」
 追加行動で瞬間的に後方へ回避したエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)が、通信機越しに怒鳴りつけてきたが、天音の方はしれっとしたもので「ごめん」と謝罪した。
「ちょっと、狙いが甘かったみたいだ」
 その言葉でエヴァが沈黙したのは、納得したのではなくそれ所ではない、と煉が説得したためだ。まだ憤慨露なエヴァもその時は引いたものの、大掛かりな攻撃を仕掛けようとするたびに、タイミングを狂わせるように飛んでくるビームアイの跳弾に、流石に煉も「おい」と軽く苛立った声の通信を天音へ飛ばした。
「何のつもりだ……?」
 だがそれに天音は答えず、にっこりと笑うばかりだ。ブルーズは頭痛を堪えるようにして頭を振ったものの、何とかその場を取り繕おうとした、が、それより先にシュヴァルツ・zweiからグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、通信を寄越してきた。
「どうやら、あなたは、このゴーレムを破壊させたくないらしい」
「どうしてそう思うのかな?」
 とぼけるような天音の言い方に、グラキエスは「技量の不足には見えない」と断じた。
「ゴーレムを動かした黒幕、にしては、攻撃に殺意も感じられないしな」
 かといって、当然攻撃の邪魔になるタイミングで誤射した、と言うのも通らない。妨害していたんだろう、と、どこか面白がっているような声に、天音は肩を竦めつつも、さあね、と強くは否定しなかった。
「もしそうだというなら、どうするんだい」
「協力しよう」
 その回答には、問うた天音の方が軽く驚いたように目を開いた。同時に、パートナーであるエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)も、僅かに驚きに一瞬言葉が出ないようだ。
「俺も、ゴーレムの目的は気になっているところだ」
 グラキエスは、意思があるかのように誰かを真摯に探している様子に、本来の目的が破壊でないように感じているのだ。それならば、目的のはっきりするまで、破壊はしないでおきたい、というのがグラキエスの意見のようだった。
「エンドは優しい子ですね」
 自身も魔道書という存在柄か、ゴーレムから感じる意思のようなものを尊重してやろうとするグラキエスに、ロアはどこか嬉しげな様子だ。そんな二人の様子を通信機越しにしながら、天音は軽く肩をすくめる。
「構わないけど、良いのかい」
「あなた一人で動いているのではないのでしょう?」
 周りを敵に回すかもしれないよ、と言いたげな言葉に、目的を探っている協力者が居るはずだ、と指摘するのはエルデネストだ。
「それに私もロアも、グラキエス様の意思に添うまでですから」
 そんな会話の中、一旦攻撃の手を止めた煉が「だが」と反論した。
「このまま直進させれば、ツァンダだ。目的に拘ってる場合じゃないだろう」
 直ぐに破壊してしまうべきだ、と主張する煉に、グラキエスも反論を返す。
「目的も判らないまま破壊するのも、危険だろう。今倒しても、もしかしたらまた何年か後に復活するかもしれん」
 ならば、これだけの戦力があるうちに目的をはっきりさせておいたほうがいい。そのために、直ぐに破壊してしまうわけにはいかない、と、食い違う意見に僅かばかりぴり、と空気が変わる。だが。
「破壊するしないは兎も角として、このまま直進させるわけにもいかんだろ」
 そんな風に会話に割って入ったのはヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)だ。
「そうですね……足止めは必要です」
 ロアが頷くのに、それに、とヴェルデは続ける。
「万が一に備えとく必要もあるしよ。今は削れるだけ削っとこうぜ」
「……そうだな」
 お互い、これ以上の押し問答は確かに時間の無駄だと判断して、頷いたのを皮切りに、ヴェルデはエリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)に指示してソードウイング/Fをバーストダッシュでキャッスルに近付けさせると、機神掌で鎧に打撃を与えると、その衝撃を流しきれなかったらしい、ただでさえ崩れかかっていた鎧の装着部分からがらがらと中身だと思われる岩が落ちてくる。
 当然キャッスル・ゴーレムが反撃に手を伸ばしたが、その時は既ソードウングFはその場を離脱している。そんなヒットアンドアウェイで地道に削っていくつもりのようだ。この調子で削っていけば、いざと言うときの脅威を少しでも減らせるはずである。だが、天音はあまり危機感を感じて居なさそうな声で「まあでも」と口を開いた。
「恐らく、そこまでの脅威にはなりえないんじゃないかな」
 その言葉の意味が判らす、ヴェルデの「どういうことだよ?」という問いには、その回答がそろそろ届く頃だと思うよ、と、天音は意味深に言ったのだった。