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【ぷりかる】老婆とお姫様の贈り物

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【ぷりかる】老婆とお姫様の贈り物

リアクション

「……早く、戻らないと」
 老魔女から薬を手に入れた少年は来た道を急いで走っていた。
 その頭上に響くは、
「ドーモ、少年=サン! ニンジャです。捕まえる気ないから安心して」
 アリステアの明るい声。
「馬鹿者! 自分から忍者と名乗るな!」
 幽の呆れを含んだ鋭い指導が背中から響く。
「……忍者?」
 少年は屋根に立つアリステアを足を止めて不審そうに見上げた。
「そうです。君、グィネヴィア=サンに会いましたね」
 アリステアが最初の一撃を口にする。
「……!!」
 自分の行動を知る見知らぬ人達に驚き、少年はもの凄い速さで走り始めた。
「逃げるぞ!」
 幽がアリステアの背中で声を上げる。
「かくなるウエはニンポ・ピストルカラテで……」
 アリステアはそう言い、クナイを出すかと思いきやハンドガンを取り出し、構えた。
「待て、ピストルカラテ? それは忍法でも空手でもなくただの威嚇射撃だ! クナイを使え! クナイを!」
 何をしようとしてるのか察した幽はアリステアの忍法にすかさず指導を入れた。
 その間に少年の姿はどんどん小さくなっていく。
「……クナイ」
 アリステアはクナイを取り出し、少年の足元に投げて逃走を防ぎ、素速く屋根から飛び降り、幽と共に前後の道を塞いだ。
「……!!」
 少年は焦った様子で前にいるアリステア、後ろにいる幽を見た。
「前門にタイガー、後門にバファローがいるような顔だ。一人で悩むのヨクナイ。平安時代の剣豪、ミヤモト=マサシもそういっている」
 アリステアは言葉はおかしいが、顔は真面目である。
「ミヤモト=マサシ……」
 幽はアリステアに突っ込むのをやめた。ここに来るまでに指導という名の突っ込みをし続けて気力ゼロである。

「……おぬしについて色々と聞き込みをした。何を抱えておる?」
 幽は気を取り直して改めて少年に訊ねた。
「……」
 少年はペンダントを握り締め、答えに窮する。
「グィネヴィア=サン、国に大切な人ときいた」
 アリステアは情報を引き出そうと知った情報の一部を口にする。
「……それは」
 少年は言葉を濁す。

 そこに近くで小鳥捜索をしていた人達が騒ぎを知ってやって来た。
「ルカ達が力になるよ」
「そうですよ。話して下さい」
 ルカルカと稲穂。
「みんな、頼りになるよ」
「……手に入れた薬は何だ? 人に危害を加える物ではないのか?」
 木枯とダリル。薬を取引した事はもう明らかとなっている。ただ何の薬かはまだ甚五郎達が調査中。
「危害なんてない! 助けるための物だよ!」
 少年はダリルの言葉に怒り、声を大きくした。
「……少年=サンに薬をあげたのは悪い人です」
 アリステアは少年にとって衝撃的な事を口にした。
「……悪い人? そんなはずない。聞いたんだ。あの人に薬を貰ったらきっと上手く行くって助けになるって」
 少年は正しい事をしているのだと分かって貰おうと必死に言い張る。
「火事を起こした犯人だ」
 ダリルが淡々と事実を述べる。
「聞いたとは誰に聞いたのだ? おぬしを騙す者は誰だ。誰の助けになろうとしておるのだ」
 幽がすかさず少年の発言から聞き出すべき事を立て続けに聞く。
「……騙されてなんかいない」
 幽の発言に少年は握っている手の平を広げてペンダントを見つめた。
「ならば、話してもよかろう? 騙されていないのなら」
 少しでも情報を聞き出そうと少しだけ柔らかい調子で聞く幽。
「……できない。口止めされてるから」
 少年はぷるりと首を振り、幽の言葉を流した。
「……口止め、か」
 そう洩らす幽は少年の胸に輝くペンダントに視線を向けていた。
「……もしかしてグィネヴィア=サンの助けですか。オトモダチですか?」
 アリステアが思いついた事を訊ねた。
「……そ、それは違う。たぶん、知られてない。けど、僕は……」
 少年は大げさに首を振ってアリステアの言葉を否定し、困っていた。
「慌てずともよかろう。同じ出身から考えると思い当たる相手はグィネヴィアとなるだけだ。ティル・ナ・ノーグのおぬしの国で何かあったのか。グィネヴィアは声を失い、眠り、精気を奪われておる。おぬしが頼りにした者によって」
 幽がアリステアが答えに至った手札を教え、グィネヴィアを知っているという事実を突き、動揺させてその口から漏れる言葉を聞こうとする。もう一つ確認したい事もあるから。
「……そ、そんな。グィネヴィア様が……どうしよう……そんな事……」
 激しく動揺し始める少年。顔は真っ青で胸のペンダントを手に取り、不安そう鈍く輝く石を見つめている。

「……心配ありませんよ。私達が助けますから」
「私達はグィネヴィアさんだけではなくて君も助けたいんだよ」
 と稲穂と木枯が揺れる少年の心を落ち着かせようとするが、生まれた動揺は消えず、少年は眉を寄せ、思い詰めた顔のまま。

「……少年=サン、名前は教えて、OK?」
「……フォリン」
 アリステアが名前を訊ねると考える余裕が無くなっていた少年はあっさりと答えてしまった。
「……行かなきゃ、確認しなきゃ……どうして……こんな事が……僕は」
 ペンダントを手に取ったままつぶやき始めた。

 つぶやきが終わったかと思ったらフォリンは顔を上げ
「……グィネヴィア様を絶対に助けて」
 と動揺を含んだ声でグィネヴィアの心配をしたかと思ったら突然胸のペンダントが激しく光を発した。
 まるで意志を持ち、フォリンを逃がそうとしているかのように。

 光が収まった後には、フォリンを追い詰めた者達しかいなかった。
「……消えた」
「目くらましか、あのペンダントにはやはり何かあるな」
 アリステアは周囲を見回し、幽は自身が気になっていた事が正解であった事を知る。答えに困るとフォリンはペンダントを見つめていた。お守りではなくそれ以上の何かがあるかのように。

「そうですね。でも力になれませんでした」
「でも助けになる人がいると教える事は出来たよ」
 稲穂は幽の言葉にうなずき、木枯はフォリンの力にはなれなかったが、自分達のような助ける存在がいる事を教えられたと一応満足していた。そして稲穂は皆に連絡してから木枯と共に小鳥捜索の仕事に戻った。フォリンが犯人と取引した薬について『医学』と『薬学』を持つダリルは甚五郎に見解を求められた。試験薬での結果を聞き、有用な見解を述べていた。

「……ペンダントの他に薬も気になるが、犯人のアジトを調査している者によって明らかになるだろう。今はやるべき事をするか」
「そうだね」
 ダリルとルカルカも契約破棄の仕事に戻った。

 残ったアリステアと幽。
「……フォリンはおそらく故郷に戻ったな」
 幽はフォリンの行方を口にする。推理は簡単だ。
「マッポーめいた事件は終わりませんか」
 アリステアが幽に聞いた。
「マッポー……そうだな。薬を取り上げる事も出来なかった。まともに出来たのは名前を聞き出し怪しいペンダントに悪人では無いという事実を確認した事ぐらいか」
 幽はアリステアの言葉を肯定した。何かが分かったようで分からない。確かなのはフォリンは悪い子供では無い事ぐらい。

 こうして話をしている間にグィネヴィアは救われ、老魔女は報いを受けたという連絡が来てアリステア達はグィネヴィアと他の仲間の元へと急いだ。