百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

魔術師と子供たち

リアクション公開中!

魔術師と子供たち

リアクション

   12

 その頃ジョーイは、玖純 飛都(くすみ・ひさと)の訪問を受けていた。ステラがいないので、コーヒーも、水の一杯すら出ていないが、飛都は気にする風でない。
 仏頂面のジョーイに、「不満そうだな」と飛都は一言だけ言った。
「あんたたちは何なんだ、一体」
「と言うと?」
「何で次から次へこう……他人のことに首を突っ込むんだ? 放っておいてくれないか? 俺たちは俺たちだけで、何とかやっていくんだから!」
「出来ると?」
「出来るさ!」
「無理だな」
 飛都はあっさり否定した。
「何だと!?」
 ジョーイは睨みつけたが、飛都は気にせず続けた。
「年のさほど変わらないオレから見ても、お前たちは甘すぎる。開拓地では子供だからといって甘えていれば死ぬだけだ」
「そんなこと、言われなくたって分かってる!」
「ならどうして、大人を利用しない?」
「利用――?」
「立場のある人間に仲介させて交渉したり、必要な力や知識を得るための努力をする気はあるのか?」
「……力と知識は欲しい」
 だが、他のコントラクターに話したように、金がない。
「だから大人を利用しろと言うんだ。その気があるなら、鉱脈からの利益と奨学金で何とでもなるはずだ」
「だから、鉱脈とか掘ったらこの土地が――」
「意地や思い出にしがみついているようでは、先はない。どうせまた、同じことが起きる」
 ジョーイは唇を噛み締め、膝の上で拳を握った。飛都の言うことに反論できない。
「お前がその気なら、オレたちでハーパーを説得しよう。適正金額で買い取ってくれるように」
 ジョーイは俯いたままだった。そう簡単に答えが出せるものではないだろうと、飛都も急かさなかった。
「あのう」
 子供部屋に行ったはずの退紅 海松(あらぞめ・みる)フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)が、裏口から顔を出した。
「エディくんとキーチくんとミホちゃんは、どこにいるんでしょうか?」
「……? 部屋にいるだろ?」
「いませんけど?」
「はあ!?」
 ジョーイは呆気に取られ、次いで慌てて子供部屋のドアを開けた。もぬけの殻だ。
「あ、あいつら――!」
 何度注意しても、エディは外へ行きたがる。親たちの代わりに、冒険とするのだと言って聞かない。冒険者としてはまこと頼もしい気質だが、現実問題として武器もまともに扱えぬ十歳のエディは、何度も怪我をしその度にステラが神経をすり減らしている。
「悪いけど、返事は後にしてくれ。まずはあいつらを探さないと」
 ジョーイはガンベルトを腰に巻いた。
「私も一緒に参りますわ」
「いいよ、俺一人で」
「いけませんわ! 可愛らしい子供たちが危険に晒されているのに、この退紅 海松、どうして見過ごすことが出来ますの!?」
 非常にやる気満々の海松を、フェブルウスはジト目で見ていた。
 確かここに来る前は、「レアメタルに限らず、他のやり方でアイールの街を盛り上げることもできるでしょうに……。わざわざ他人の土地を奪ってまでやることではありませんわ」だから子供たちを守る、と言っていたはずなのだが、動機が微妙にズレてきている気がする。
 いや、動機と行動が逆になっているというか、そもそも海松らしいと言うべきか。フェブルウスは、いつでも動けるようにシャドウボクシングを始めた。海松が犯罪に走りかけたら、止めなければならない。
「危険だし……」
 年上とはいえ大人とは呼べぬ、しかも女性である海松に対しては、ジョーイもあまり強くは言えぬようだった。渋々、同行を承知すると、
「ありがとうございます!」
と、海松はジョーイに抱きつき、頬にキスした。
「ちょっと! やめろって!」
 これは犯罪か? スキンシップのレベルか? フェブルウスが迷っていると、電話が鳴った。海松の魔の手から逃れ、ジョーイが出る。アイール水路警備局からだった。
 エディが誘拐されかかったこと、今はキーチ、ミホと共に保護したこと、こちらにハーパーの手下が向かっているらしいことを聞いて、ジョーイは飛び出しかけた。
「いけませんわ!!」
 海松は再びジョーイに抱きついた。今度はハグではない、全力で彼の行動を阻止している。
「離せ!」
「あなた一人で何が出来ますの!? まずは落ち着いてください! エディくんたちは無事なんですのよ!」
「あいつら! ハーパー! ぶっ殺してやる!」
 それから飛都を睨みつけた。
「ハーパーに話をつけるだって!? 見てみろ、やっぱり大人なんて信用できないじゃないか!」
「そうだな」
 飛都も、ハーパーがこれほど馬鹿だとは思っていなかった。
「だが、大人を一括りにするのは乱暴な話だ。もう四年もすれば、お前も立派な大人なんだ」
「俺……俺は、そんなのは嫌だ。利用したり、されたりは嫌だ!」
 海松がどうしても離れないので、ジョーイは銃を抜いた。――と。
 シュッ。
 実に見事なストレートが、ジョーイの顎を捉えた。ジョーイは目を回し、海松の腕の中に崩れ落ちる。重みで海松はしゃがみ込んだが、その手は決して放さなかった。
「あらら」
 フェブルウスはキャスケット帽をかぶり直しながら、二人を見下ろした。
「狙いが外れてしまいました」
「可哀想なジョーイくん……でも、これでいいのですよね」
「目が覚めたら余計に怒って、飛び出しそうですけどね」
「それもそうですね」
 海松はポケットから「寺院の弾丸」を摘み出した。「これで眠ってもらうというのは、いかがでしょう?」
「ああ、そうですね。ついでに敵の仕業ということにしておきましょうか。僕も傷害罪で捕まるのは嫌ですから」
 うん、とフェブルウスは頷き、ジョーイの手から銃をもぎ取った。
 図らずも、ジョーイに力がないことを証明した二人であった。