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第2章 厚着のヴィーナス

 潮が香る海の上で、貝殻に乗った女性が佇んでいる。
 名画『ヴィーナスの誕生』の絵画空間。しかし本物とは違って、ヴィーナスはもっさりと服を着込んでいた。
「まったくもう。ヴィーナスちゃんがそんなに厚着してどうするの」
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が、彼女へ激しく詰め寄る。
「宇宙にでも行くつもりなの! ねえクレア」
「ヴィーナス様。あなたの裸姿は、決して猥褻なものではございません」
 クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)も、彼女を説得しはじめる。しかしヴィーナスは恥ずかしそうに身構えるだけだ。
「ちょっと。恥ずかしがってる場合じゃないよ」
 仁王立ちになったレオーナが、堂々と告げる。
「私たちの姿をよく見てよ――。服なんて着てないでしょう!」
 なんと。
 彼女たちは、すっぽんぽんだったのだ。
 レオーナとクレアの弾けるような素肌を、潮風が撫でていった。

「ヴィーナスちゃん。こっちに座って話しあおう」
 レオーナは、ヴィーナスが立っていた貝殻をちゃぶ台代わりに置くと、向かいに彼女を座らせた。びくびくしながら座るヴィーナスの前へ、レオーナが正座をする。
「お願い。私たちの話を聞いてほしいの!」
「えっ……でも……」
 ヴィーナスは頬を染めて、顔をそらした。
 それでも、レオーナは引き下がらない。
「ちゃんと私を見て! 話をするときは、相手の乳首を見るって教わったでしょう!」
「あっ……そういうものなのですか」
 素直なヴィーナスは、レオーナの嘘をすっかり真に受けて、彼女の胸元へ視線を向けた。
「レオーナ様。発言には気をつけてくださいね」
 描写的にギリギリなパートナーへ、冷や汗をかきながらクレアが言った。

 ようやく自分を見てくれたヴィーナスに、レオーナは更なる説得を試みる。
 深々と、頭を下げたのだ。
「ヴィーナスちゃんが脱いでくれるなら、私は土下座だって厭わない」
「そんな……。頭を、お上げになってください」
 だが、レオーナは土下座をつづける。それどころか、彼女の頭はどんどん後ろへ潜っていき、しまいにはでんぐり返しをしてしまった。
 体を反らせたまま、レオーナが言う。
「これは土下座の進化版。『土下ブリッジ』だよ!」
「レオーナ様。限界ですよ」
 さすがに、そろそろ一線を超えそうなため、クレアがすぐさまパートナーの姿勢を正す。
「なんだよクレア。ここから、『土下M字開脚』につながる大技だったのに」
「ダメですよそれは」
 得体の知れない技名にぞっとしながら、クレアはパートナーを制する。このままでは危険だ。

 クレアはあらためてヴィーナスへ向き直ると、仕切りなおした。
「……ヴィーナス様。考えてみてください」
「はあ」
「裸になることを、怖がる必要はありません。現にわたくしたちは服を着ていませんよ」
 落ち着いた口調で話すクレアに、ヴィーナスは耳を傾ける。
 話に聞き入っていた彼女は、だんだん服を着ている自分のほうがおかしいのでは、と思うようになっていた。
「私……脱ぎます!」
 ヴィーナスは、まとっていた厚着をいっせいに脱いだ。
 文字通り、芸術的な裸体が露わになる。
「ごはっ! 生で見ると破壊力がすご……」
 レオーナは鼻血を吹き出しながら、その場に倒れ込んだ。慌てたクレアがすかさずティッシュを詰めていく。
 貧血で意識を失う直前。レオーナは魂の叫びを上げた。

「アゾートちゃんも、こっちに取り込まれてればよかったのに……!!」